55 子蟻たちのかくれんぼ
巣は今日も朝から賑やかだ。
冬の間にずいぶん人数も増えた。
「いただきます!」
一葉の元気な声に続いて、子蟻たちも一斉に
「いただきまーす!」
いつも通りの光景だ。
朝食を終えると、それぞれがいつもの仕事へ向かった。
「今日は少し暖かいですね」
「気をつけていってらっしゃい」
「アブラムシさんにもよろしく伝えてね」
蜜葉乃は微笑みながら、一人一人を送り出していた。
その頃、千葉夜は育房室で子蟻たちを並ばせていた。
定期的に行う人数確認なのだが。
「はい、みんないますかー?」
子蟻たちが元気よく返事をする。
「こっちは、いーち、にー、さん……」
千葉夜は人数を数えながら首をかしげた。
「あれ?」
もう一度数えるが、
「……一人足りない?」
慌てて周りを見渡した。
「どこ行っちゃったのかな?」
「誰か知らない?」
異変に気づき、仁もやってきた。
「どうしました?」
「一人見当たらなくて……」
「外には出ていないと思いますが……」
二人で探し始めようとした、その時だった。
「あっ!」
別の子蟻が声を上げる。
「こっちもいない!」
「えっ?」
数え直すと、こっちは二人足りない。
さらに反対側から、
「ちいねえちゃん! 四人いない!」
育房室が一気にざわついた。
「ええっ!?」
仁は思わず立ち上がった。
「総出で探しましょう! 攫われたのかもしれません! 早く!」
突然の事態に、千葉夜は今にも泣き出しそうだ。
緊急招集に、一番に駆けつけたのは結葉だった。
そして触角を揺らしながら、静かに告げた。
「……双葉のところに二人います」
「え?」
「きのこの匂いがします」
慌てて双葉の研究区画へ向かうと、
「わぁー!」
「きのこ大きい!」
目を輝かせて叫ぶ子蟻たちの姿があった。
「もう見つかっちゃった!」
子蟻の言葉に双葉は苦笑い。
「新しい菌床を見せてって言われて……」
「双葉……勝手に連れ出さないで!」
千葉夜が安堵の表情を浮かべて言った。
けれども、まだ五人も行方がわからない。
結葉は、もう一度触角を動かした。
「外にも一人いますね」
風葉が慌てて地上の入口へ向かう。
地上は天敵も危険も多い。みんなに緊張が走った。
ほどなくして、小さな子蟻を連れて無事に戻ってきた。
「外の花を見てみたかったそうです」
「きれいだった!」
イタズラ子蟻は、胸いっぱいに春の匂いを吸い込んできたらしい。
「今度は誰かと一緒に行こうね。約束して」
風葉が子蟻に言い聞かせた。
残りは四人。
結葉はまた目を閉じた。
「あと三人……坑道の入口です」
「今度は地下か」
葉月が小さく笑う。
探しに行くと、子蟻たちは並んで地下の坑道をのぞき込んでいた。
護葉が困った顔で三人を引き止めている。
「地下ってどこまで続くの?」
「ぼくも行きたい!」
「連れてって」
葉月は子蟻たちの前にしゃがみ込んで言い聞かせた。
「もう少し大きくなったら、一緒に行こう」
「ほんと?」
「約束だ。でも勝手には行かないこと。ルールを守れない子は連れていけない」
三匹は嬉しそうに、それから神妙にうなずいた。
「……あと一人」
結葉は触覚を小刻みに動かした。
「気配が薄いけど……食堂かな」
「食堂?」
紬葉が見に行くと、
「……いました」
机の下で、子蟻は器を抱えたまま、すやすや眠っていた。
「あはは……」
「食べたら眠くなっちゃったのね」
皆が思わず笑う。
こうして、あちらこちらに散らばっていた子蟻たちは、みんな無事に戻ってきた。
千葉夜は、ほっと胸をなで下ろした。
「もう、心配したんだから」
「ごめんなさい」
「でも……」
子蟻の一人が照れくさそうに笑う。
「みんなのお仕事、楽しそうだった」
その一言に、千葉夜は少し驚いた。
育房室の外には、探索も、研究も、坑道も、見たことのない世界が広がっている。
子蟻たちの目は、まだ見ぬ仕事や世界への期待で輝いていた。
みんな自分が子蟻だった頃を思い出していた。
妹の世話をしようとして泣かせた事。
仁を手伝おうとして道に迷った事。
女王さまに喜んでもらおうとして、かえって散らかしてしまったこと。
仁も少し考えた後、穏やかにうなずいた。
「成長の証かもしれませんね」
「はい」
千葉夜も優しく微笑んだ。
「そろそろ、この子たちにも、それぞれ向いていることを、見つけてあげたいですね」
仁も頷き、今度は結葉に話しかけた。
「結葉、今日は本当に助かりました」
結葉はきょとんと首をかしげながら
「匂いで分かっただけですよ?」
「それだけではありません」
仁は静かに笑った。
「誰がどこへ行きそうかまで、ちゃんと分かっていました」
結葉は少し照れくさそうに笑う。
「みんなのこと、好きなので」
仁も笑みを返した。
「結葉さんは――」
一拍置いて言う。
「王国の耳ですね」
「耳?」
「みんなの声も、匂いも、気配も、一番よく感じ取る人です。誰にも真似ができません」
蜜葉乃も嬉しそうに微笑んだ。
「とても素敵なお役目です」
結葉は照れながらも、どこか誇らしそうに頷いた。
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仁の日誌
子蟻たちは、育房室を飛び出し、巣のあちこちへ興味を向け始めた。
叱るべき出来事ではなく、成長の証なのだろう。
ならば、一人ひとりの得意なことを見つけ、役割を考えてやる時期なのかもしれない。
そして今日、もう一つ気付いたことがある。
結葉の探知能力は、今後の巣の発展を支えていくであろう。




