54 女王さまの椅子
女王室の隅に、その枝は横たえられていた。
探索から戻ったあとも、誰となく眺めては、
「立派ですねぇ」
と感心していた一本である。
双葉が枝の周りをくるりと歩く。
「棚!」
葉月は腕を組んで眺める。
「補強材にも向いています」
護葉は真面目な顔で、
「入口の補強でも」
紬葉は枝肌を撫でながら、
「机も作れそうです」
思い思いの案が飛び交う中、仁は枝を見つめたまま静かに口を開いた。
「蜜葉乃さま」
「貴女の椅子を作りませんか」
蜜葉乃がきょとんと目を瞬かせる。
「……私の椅子ですか?」
「はい」
「最近は皆さんとお話しされる時間も増えました」
「少し休みやすい場所があっても良いかと思いまして」
蜜葉乃は慌てて首を振る。
「で、でも……私だけですか? そんな立派なものじゃありません」
すると、一葉がすっと前へ出た。
「違うよ」
蜜葉乃が首を傾げながら視線を向けた。
一葉は少し照れくさそうに笑った。
「女王さまだからじゃない。お母さんの椅子なんだから」
その言葉に、部屋が一瞬沈黙した。
「そうですよ!」
双葉が元気よく頷いた。
「お母さん、いつも座る場所ないもん!」
紬葉も小さく笑う。
「私も賛成」
葉月も静かに頷いた。
「女王室にはちょうど良いと思います」
仁が蜜葉乃を見つめて言った。
蜜葉乃は皆の顔を見回し、困ったように笑った。
「……ありがとう、みんな」
製作は、その日の午後から始まった。
仁が枝を見ながら全体の形を考える。
葉月は不要な部分を丁寧に削り落としていく。
「この木……」
「削りやすいですね」
「繊維もまっすぐです」
「加工しやすくて助かります」
仁も頷いた。
「良い材です」
一方、双葉は実験室へ向かった。
戻ってきた時には、ふかふかの乾かした苔を両手いっぱいに抱えていた。
「座布団を作ります!」
その横では、紬葉が布で木肌を磨いている。
ごし、ごし。
ごし、ごし。
磨くたびに、白っぽい木肌にやわらかな艶が浮かび上がる。
光を帯びると白銀色に輝いた。
「あれ?」 紬葉が首をかしげながら言った。
「磨くほど、きれいになります」
仁も木肌へ手を添える。
「……不思議ですね。ですが、悪くありません」
そのまま四人は作業を続けた。
あっという間に時間が過ぎて夕方になっていた。
「できました!」
紬葉がぱっと手を上げた。
女王室には、落ち着いた木の色をした一脚の椅子が置かれていた。
大きすぎず、小さすぎず。
背もたれは緩やかに体を支え、
肘掛けは自然な枝ぶりをそのまま活かしている。
苔の座面は柔らかく、それでいて沈み込みすぎない。
紬葉が胸を張る。
「つやつやです!」
葉月も静かに満足そうだ。
「ぐらつきもありません」
仁は椅子を見渡し、小さく頷いた。
「……上出来ですね」
その時だった。
双葉が、そっと椅子へ近付くと「ちょっとだけ……」
腰を下ろそうとしたところで、仁の穏やかな低い声が飛んだ。
「双葉、何をしているんですか?」
その言葉に、双葉はぴたりと止まった。
「……確認です……座り心地の」
そう言って、慌てて椅子から離れた。
部屋中が笑いに包まれた。
仁も苦笑しながら一歩横へ退いた。
「では女王さま、どうぞ」
蜜葉乃は少し照れながら椅子へ腰を下ろした。
ふんわりと苔が優しく体を受け止める。
背もたれにもたれると、不思議なくらい肩の力が抜けた。
「……いかがでしょう」
仁が尋ねると、蜜葉乃は目を細めた。
「……落ち着きます」
娘たちが嬉しそうに顔を見合わせた。
「よかった!」
「大成功ですね!」
そのまま皆で話している様子を聞きながら、蜜葉乃の触覚がゆっくりと下がっていった。
仁が気付いて呼びかけた。
「女王さま?」
返事がない。
蜜葉乃は小さく舟をこぎ始めていた。
一葉が思わず小さく吹き出した。
「寝ちゃいそう」
双葉も小さく笑った。
「座布団大成功です!」
その気配に蜜葉乃ははっと目を開け、
「あっ、ご、ごめんなさい…… なんだか座り心地がよくて……」
そう言って照れ笑いを浮かべた。
部屋には、優しい笑い声が広がっていた。
夕暮れ、娘たちがそれぞれの持ち場へ戻ったあと。
仁は柔らかな布で椅子をゆっくり磨いていた。
蜜葉乃が少し困ったように笑う。
「そんなに磨かなくても……」
仁は手を止めず答えた。
「毎日使うものですから。長く、大切に使いたいのです」
磨かれた木肌は、夕陽を受けて静かに艶めいていた。
その椅子が、この巣でこれから何十年も家族を見守ることになるなど。
この時は、まだ誰も知らなかった。
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仁の日誌
先日持ち帰った枝で、蜜葉乃さまの椅子を製作。
艶も形共に申し分のない、立派な「女王さまの椅子」が誕生した。
また一つ、巣が形になっていく。
私はこの椅子を毎日磨こうと決めた




