↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/130

53 はじめての春

第二章です。一日一話公開予定です。

 坑道を抜ける風が変わっていた。

 冷たく乾いた冬の風ではない。

 ほんの少し湿り気を帯び、土の奥から新しい匂いを運んでくる。


 葉月が足を止め、触覚をゆっくり揺らした。

「……春ですね」


 風葉も静かに耳を澄ませる。

「風の音も違う」


 その一言に、双葉が勢いよく顔を上げた。

「新しい素材はあるかな?」


「あるでしょうね」

 仁が笑うと、双葉はぱっと表情を明るくした。

「やった!」


 朝の食堂は、いつも以上に賑やかだった。

 蜜葉乃は娘たちを見渡しながら、ふっと微笑んだ。


「そういえば……みんな、春は初めてなんですね」


 一瞬、食堂が静かになる。


 そして一葉が勢いよく立ち上がった。

「ほんとだ!春ってどんな感じなんだろう!」


 葉月も静かに頷く。

「冬の間に地下も少し変わっているはずです」


 結葉は触覚をぴくりと動かした。

「もう匂いが違います」


 紬葉は食べ終えるなり立ち上がった。

「荷車出してきます!」


 ぱたぱたと部屋を飛び出していく姿に、皆が笑った。


 ほどなくして、紬葉は荷車を押して戻ってきた。



「今回の採集メンバーは、一葉、風葉、結葉、紬葉です」


 仁が名前を呼ぶと、四人の背筋が自然と伸びた。


「今年最初の地上探索班ですね」

 一葉が嬉しそうに言った。


「はい!」の返事が重なった。

 去年よりも、少しだけ頼もしい声だった。


「では、行ってきます」


「いってらっしゃい」

 蜜葉乃に見送られ、探索班は春の地上へ向かった。



 外は、冬とはまるで別の世界だった。

 若葉が芽吹き、小さな花が土のあちこちを彩っている。

 柔らかな陽射しを受けながら、一葉は嬉しそうに辺りを見回した。

「春ってすごい!」


 風葉は少し先を歩きながら耳を澄ませる。

「羽音、多いな」


 結葉は空気を吸い込み、触覚をゆっくり揺らした。

「花の匂い……土の匂い……みんな混ざってる」


 紬葉は荷車を押しながら嬉しそうに振り返った。

「今日はいっぱい積めそう!」


 一葉が張り切って言った。

「焦らず、いつもどおり行こう」


 探索は順調だった。

 たっぷりの花の蜜、柔らかな新芽、見たことのない形の蔓。美味しそうなキノコ。

 春の恵みは冬とは比べものにならないほど豊かだった。


 その時ふと、風葉が空を見上げて呟いた。

「……雲、動き速いな」


 誰もそれを気に留めなかった。


 まだ、空は青かった。



 お昼過ぎ、荷車いっぱいに採集した帰り道。

 荷物は重いが、みんなの気持ちは浮き立っていた。


「このキノコなんて、見たことない。双葉が大喜びするよね」

 紬葉が眺めていると、

「朝すでに興奮してたよね」

 一葉が思い出し笑い。

「また大事故起こしたりして」

「それはやめて! 後始末が大変」

 と笑いあった。


 その時、ふと風葉が立ち止まって指差した。

「あそこ、なんだろう?」


 視線の先には大きな枝が一本落ちていた。

 冬の間に、どこかから飛んで来たのだろうか。

 一葉が駆け寄ると、思わず見上げるほど立派な枝だった。


 乾いているのに、ひび割れが少ない。

 緩やかに曲がった枝ぶりも美しい。


「……なんだろう、木なのに、いい匂い」

 結葉がそっと触覚を近づける。


「つるつるしてる」 と紬葉は表面を撫でた。


 風葉が枝を叩いてみると、低いどっしりとした音が返って来た。


 木肌には不思議な艶があり、手に馴染む。


「……これは良い木ですね。何か作れそうです!」

 紬葉が目を輝かせて、算段を始めていた。


 一葉が大きな声で言った。

「ちょっと大きいけど、ぜひ持ち帰ろう」


 早速紬葉が枝の端を持ち上げようとして、思わず声を上げた。

「あれ、思ったより重い!」


 結葉が枝の反対側を支えながら言った。

「はい。中まで詰まってる感じがします」



 四人で協力して、なんとか荷台に固定した。

 すでに採集物でいっぱいだったが、どうしても持って帰りたい。

 そんな気持ちになる枝だ。


「これで大丈夫」と風葉が荷車に乗り切らなかった、嵩張る荷物を手に先頭を進んだ。

 紬葉が荷車を引き、一葉と結葉が荷車を押し始めた、その時だった。


 風葉が耳をぴくりと動かす。

「……風、変わった」


 結葉も触覚を揺らし、顔を曇らせた。

「雨の匂い……近いね」


 見上げると、さっきまで青かった空に、灰色の雲が急に広がっていた。

 ぽつり、と最初の一滴が落ちる。


「え、うそ……」

 一葉が空を見上げた瞬間、雨脚が強まった。

 風も一気に強くなる。

 慌てて荷車に雨除けのカバーをかけた。


 突風に荷車が大きく揺れた。

 紬葉が慌てて荷車にしがみつく。


「危ない、押さえて!」

 一葉と風葉が枝の両側から体を寄せ、押さえ込む。


「重いのに、風にまで煽られるの!?」

 一葉が半分笑いながら叫んだ。


 結葉は荷台の縄を確かめ、緩んだ部分を結び直した。

 それから四人は荷車とカバーの隙間に潜り込み、ただじっと風と雨をやり過ごした。


 雨は強かったが、長くは続かなかった。

 やがて、雲の切れ間から光が差し込んだ。


 カバーの隙間から頭を出して、全員が思わず空を見上げた。


 風葉が小さく呟く。

「……静か」


 雨上がりの空気が、ゆっくりと辺りを満たしていた。


 結葉が深く息を吸い込んだ。

「雨上がりの匂い……好き」


 陽の光が、濡れた枝の表面に落ちていた。

 木肌の艶が、雨粒を受けてさっきよりずっと美しく光っている。


「帰るよ」 風葉が言った。


 紬葉が濡れた荷車を軽く叩いた。

「今日は大変だったけど、いい枝拾えましたね!」


 その一言に、皆が自然と笑った。


 風葉が前を向き、歩み始めた。


「今年最初の大物ですね!」

 一葉が満足そうに言った。


 四人は荷車を押しながら、ゆっくりと巣への坂道を歩き始めた。


 春の風が、静かに背中を押していた。


 巣に戻ると、双葉が真っ先に飛び出してきた。


「おかえりなさい! 今日は何がありましたか!?」


 紬葉が荷車のカバーを外しながら笑う。


「見て見て、すごいのがあるよ」


 双葉は採集物を次々のぞき込み、そのたびに歓声を上げた。


「わぁ、キノコ!」


「花もいっぱい!」


 はしゃぎながら荷台を一周し、最後に例の枝へ触れた瞬間、双葉の触角がぴたりと止まった。


「……あれ?」


 紬葉が気づく。


「双葉?」


 双葉はもう一度、そっと枝に触れ直す。


「なんか……変な感じ」


「変?」


「うーん……」


 双葉はうまく言葉にできないまま、しばらく枝を見つめていた。


「木、なんだけど。木じゃないみたいな」


 一葉が首をかしげる。


「どういうこと?」


「わかんない」


 双葉は困ったように笑った。


「気のせいかも」


 それ以上は誰も気に留めず、荷物は倉庫へと運ばれていった。


 ーーーーーーーーーーーー

 仁の日誌


 今日、春が来た。

 今年最初の地上採集も 成功だった。

 みんなの成長を感じる


 探索で持ち帰った枝は、思っていた以上に立派なものだった。

 木目は美しく、乾いているのに割れも少ない。

 これだけの材なら、何かに使わないのは惜しい。

 用途を考えることにする。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。