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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
一章

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48/130

48 大きな公園がやってきた!

 冬の巣は、夏より少し静かだ。


 外へ出る用事は減り、通路の見回りや貯蔵の整理が増える。大人たちはそれぞれ仕事があるけれど、子蟻たちにとってはそうもいかない。


「たいくつー」

「なにかしたいー」

「さむいからおそとやだー」


 朝から転がるように訴える子蟻たちに、仁は書き物の手を止めた。


「……では、空いている上の部屋を一室、子蟻用に使いますか」


 その一言に、子蟻たちがぱっと顔を上げる。


「ほんと!?」

「おへや!」

「あそぶとこ!?」


「ただし、走り回って怪我をしない範囲で、です」

「葉月、一葉、千葉夜 紬葉。様子を見ながら整えてもらえますか」


「はーい!」

「任せてください!」

「……わかった」


 こうして、冬のあそび場づくりが始まった。




 場所になったのは、子蟻部屋の引っ越しで空いた、巣の上側の一室だった。


「思ったより狭いね」

 一葉が部屋の壁を見回して言う。


「子蟻たちが全員入るなら、もう少し広げてもいいかもしれませんね」

 葉月が壁を軽く叩く。丁寧に音を確かめるような手つきだ。


「広げるの?」

 千葉夜が首をかしげると、葉月はにこりと笑った。


「そうだな。幸い、このあたりの土はまだ掘れそう」

「どうせ作るなら、少し余裕がある方がいいでしょう」


 というわけで、まずは拡張から始まった。


 葉月が壁の状態を見て掘る場所を決め、一葉がそこをきれいに広げていく。土運びは紬葉も手伝い、思ったより早く、部屋はひとまわり大きくなった。


 できあがった空間を見て、紬葉が目を輝かせる。


「広い! これならいろいろ置けそうです!」


「いろいろ、って?」


「すべり台とか、登るところとか、くぐるところとか!」


「急に規模が大きいな……」


 一葉が少しだけ引いた声を出したが 紬葉は気にしない。


「だって、ただの空き部屋じゃもったいないじゃないですか!」

「冬のあそび場なら、思いきり遊べた方が楽しいです!」


 子蟻たちも「たのしいのがいい!」と大賛成だった。




 ここで思わぬ才能を見せたのが千葉夜だった。

「……こういうの、作ればいいんでしょう?」


 そう言って千葉夜が持ってきたのは、太めの枝を組んだ骨組みだった。

 葉を編んだ板を渡して、上から下へ滑れるように傾斜をつけてある。


「えっ」

 紬葉が目を丸くする。

「ちいねえちゃん、それ……すべり台ですか?」


「たぶん」


「たぶんで作るものじゃないですよ!?」


 紬葉の声は明らかに弾んでいた。


 千葉夜は少し考えるように骨組みを見てから、別の枝を手に取る。


「こっちに段をつければ、上りやすいかしら」


「あと、下は少し広くした方が転がっても危なくない」


 そのまま、迷いなく手を動かし始める。


 枝を組む。

 葉を編む。

 節を支えにして強度を出す。

 曲がった根をうまく使って、手すりまで作る。


 一葉が思わず感心したように言った。


「……ちいねえちゃん、なんでそんなに大きいもの作るのうまいの?」


「わからない」

 千葉夜は真顔で答える。

「でも、たまにやってたの」


「『たまにやってた』で出てくる出来じゃないですよね!?」


 紬葉が叫ぶ横で、葉月が完成しかけたすべり台を見上げる。


「これは……いい」

「子蟻たち、かなり喜びそうです」


 その一言で、紬葉の中の何かが決まったらしい。


「じゃあ次は、くぐるトンネルです!」

「あと、登れる台もほしいです!」


「増えてるな……」


「冬のあそび場ですから!」


 そうして工事は、あっという間に「ちょっとした遊び部屋」の範囲を超えていった。




 数日後。

 完成した部屋を見て、一葉はしみじみと言った。


「……公園だね、これ」


 そこには、立派なすべり台があった。

 太枝を組んだ低い見張り台のような足場があり、そこから葉の橋が伸びている。

 くぐって遊べる葉トンネルがあり、床にはやわらかい苔が敷かれていた。


 その苔は、前に仁に撤去させられた、夜灯り苔の一部を運んできた。

 ほんのり光る苔が床や壁際に使われていて、部屋の中はやわらかな明るさに包まれていた。きらきらしすぎず、でも普通の部屋よりずっと楽しい。


「夜灯り苔、こういう使い方も、かわいいですねえ」

 紬葉が満足げにうなずく。


「転んでも少しは痛くなさそう」

 一葉も床を踏んでみて納得したようだった。


 そして子蟻たちは、部屋に入った瞬間に大歓声をあげた。


「わああああ!」

「すべりだい!」

「ひかってる!」

「とんねるもあるー!」


 わっと散っていく子蟻たちを見送りながら、葉月が満足そうに言った。


「気に入ったようで何より」


 子蟻たちはすべり台を滑り、橋を渡り、トンネルをくぐり、苔の上に転がって笑い続けた。

 誰かが滑れば、下で別の子が拍手をする。

 登り台の上から「みてー!」と手を振る声がする。

 部屋じゅうが、冬の巣とは思えないほどにぎやかだった。




 その騒ぎを聞きつけて、蜜葉乃も様子を見に来た。


「まあ……」

 入口から中を覗き込んだ蜜葉乃が、目を丸くする。

「本当に、あそび場になっているのね」


「なりました」

 一葉が少し遠い目で答える。

「最初は、空き部屋を使うだけのはずだったんですが」


「途中から止まらなくなったんです」

 葉月が静かに補足した。


 蜜葉乃はくすりと笑ってから、子蟻たちの様子を見つめた。

 滑って、転んで、また走っていく子どもたちは、みんな楽しそうだ。


「いいわね。冬でも、こんなふうに遊べる場所があるの」

「みんな、嬉しそう」


「でしょでしょ!」

 紬葉が胸を張った。

「床の苔もふかふかですし、ちいねえちゃんのすべり台もすごいんですよ!」


 名前を出された千葉夜は、少しだけ目を伏せた。


「……子どもが落ちなければいいので」


 すると、すべり台の上から子蟻が叫んだ。


「じょうおうさまもやる!?」


 蜜葉乃がぱちぱちと瞬く。


「わたしも?」


「やるー!」

「すべって!」

「いっしょに!」


 子蟻たちに取り囲まれ、蜜葉乃は少し困ったように笑った。

 けれど、断るには期待の目が多すぎる。


「……少しだけよ?」


 そうして、蜜葉乃は子蟻たちに手を引かれながら、すべり台の上へ連れていかれた。


「ここから?」

「はい、座って、足を前に出して――」


 紬葉の説明に従って、蜜葉乃がおそるおそる腰を下ろす。

 子蟻たちが下で待ち構えた。


「じょうおうさまー! いけー!」


 勢いに押されるように、蜜葉乃はそのままするりと滑り降りた。


 下まで着いた瞬間、ふわりと目を見開く。


「あら」


「どうですか!?」


 紬葉が身を乗り出すと、蜜葉乃は少しだけ頬をゆるめた。


「……楽しいわね、これ」


 その一言で、子蟻たちは大歓声をあげた。


「もういっかい!」

「じょうおうさまもういっかい!」


「ええっ、もう一回?」


 戸惑いながらも、蜜葉乃は結局もう一度滑ることになった。

 二回目は一回目より少しだけ慣れた顔で、下では子蟻たちがきゃあきゃあと飛び跳ねている。


 その様子を見ながら、一葉が千葉夜の横で小さく笑う。


「結果的に、大成功ね」


「……そうね」


「特にすべり台がよかったわね」


 千葉夜は少しだけ黙ってから、短く返した。


「お役に立てて良かったわ」


 それだけ言って、また子蟻たちの方へ視線を戻す。


 床の苔はふわふわと光り、子蟻たちは何度も滑って笑っている。

 その真ん中に、蜜葉乃まで混ざっているのだから、もう十分だろう。


 冬の巣にできた、新しいあそび場。

 退屈しのぎのはずだった一室は、気がつけば、子蟻たちのお気に入りの場所になっていたのだった。


ーーーーーーーーー


仁の日誌


 子蟻たちの冬季用遊戯室が完成。

 空き部屋の再利用として許可したが、最終的に想定よりかなり大規模な設備となった。

 撤去した夜灯り苔の再利用先としても有効。床材としては見た目・緩衝性ともに良好。

 蜜葉乃様が子蟻たちに押し切られて滑り台を使用。女王さま自ら遊具に乗る姿は、巣全体の士気向上に寄与したと思われる。少なくとも子蟻たちは大喜びだった。


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