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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
一章

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46 一緒に冬のお部屋へお引越し

 巣のまわりの整備と、地下のたね広場へ続く道づくりがひと段落した頃。

 巣の中は、ようやく落ち着きを取り戻していた。


 その日、一葉はいつものように外の見回りから戻ってきた。

 地上はまだ雪こそ降っていないが、土の表面は前よりずっと冷たく、風も乾いている。巣口の近くでは、小さな虫たちが落ち葉の裏や土の隙間へ潜り込み、冬越しの場所を探していた。


「もう潜るんですか」


 一葉が声をかけると、落ち葉の影にいたてんとう虫がもそりと動く。


「夜が冷えるからねえ。ここらは風も入るし、ぐずぐずしてると凍えるよ」


「なるほど……」


 一葉は改めて巣口の空気を確かめた。

 たしかに入口近くは冷えやすい。最近は詰所や坑道も整って、風の通り方も前とは少し変わっている。


 そこで一葉は、今の子蟻部屋が入口側に寄っていることを思い出した。


「……中も、冬向けに変えた方がいいかも」


 そう考えた一葉は、その足で仁のところへ向かった。




「冬向けの部屋替え、ですか」


 話を聞いた仁は、少し考えてから頷いた。


「たしかに、子蟻たちの寝床は今の場所より奥の方が暖かいでしょう。巣の構造も少し変わりましたし、見直すには良い時期かもしれませんね」


「あと、女王さまのお部屋もです」


「蜜葉乃様も?」


「はい。今の部屋、前より風が通ります。今は平気でも、冬の夜は少し冷えるかと」


 仁は素直に感心したように目を細めた。


「よく見ていますね、一葉」


「探索班長なので」


「頼もしい限りです。では、今日の午後にでも人を集めましょう」




 集まったのは、一葉、千葉夜、仁、そしてたまたま手の空いていた双葉と紬葉だった。

 話を聞いた蜜葉乃も、子蟻たちを膝に乗せたまま「まあ、楽しそう」とにこにこしている。


「というわけで」

 一葉が説明する。

「冬をまえに、子蟻部屋を巣の奥へ移します。ついでに寝床の葉っぱも厚めに敷き直します」


「賛成です! ぬくぬく仕様にしましょう!」と双葉。

「子蟻たち、夜にころころ転がるから、囲いも少し高くしたいです」と紬葉。


 千葉夜は静かに頷いた。


「では、私は寝床の葉の選別をします。柔らかいものを奥へ運びましょう」


 仁もすぐに段取りを整える。


「運搬は双葉と紬葉。千葉夜は寝床づくり。一葉は場所の確認をお願いします。私は通路の荷物をどけます」


「はい!」


 こうして、巣の冬支度が始まった。




 子蟻部屋の引っ越しは、思った以上に賑やかだった。


「おひっこしー!」

「こっちあったかーい?」

「ねどこ、ふかふかがいい!」


 小さな子たちは、荷物より先に自分たちが新しい部屋へ走っていく。

 双葉と紬葉がせっせと乾いた葉や布切れを運び、千葉夜が奥の部屋で丁寧に寝床を整える。仁は途中で転がってくる子蟻を拾っては元の場所へ戻し、一葉は入口側と奥側の温度差を確かめながら配置を決めていった。


「ここなら風が届きにくいですね」

「寝床は壁際より、少し中央寄りの方が良さそうです」

「わあ、ほんとにあったかい!」


 新しい子蟻部屋は、巣の中心寄りの一室になった。

 床には乾いた葉を何枚も重ね、その上に柔らかな綿毛や細い草を敷く。千葉夜がきっちり整えた寝床は、見た目にもふかふかだった。


 子蟻たちは大喜びで飛び込んでいく。


「ふわふわ!」

「ここ、すき!」

「おひるねしていい?」


「まだ昼です」と仁が言うそばから、もう一匹がごろんと転がった。


「いいんじゃないかしら」

 蜜葉乃が笑う。

「気に入ったみたいだもの」


「そうですね……まあ、今日は特別ということで」


 仁が折れると、子蟻たちはますますご機嫌になった。




 子蟻部屋が片付いたところで、一葉がふと首をかしげた。


「……女王さまのお部屋も、奥へ移した方がいいですよね」


「そうですね」

 仁はあっさり頷く。

「もともとその予定でしたし」


「じゃあ、次は女王さまのお部屋ですね!」

「寝台も運びましょう!」


 双葉と紬葉が張り切る。

 蜜葉乃は「まあ」と楽しそうに笑い、子蟻たちも「じょおうさまもおひっこし!」と大はしゃぎだ。


 女王の間の荷物は、子蟻部屋ほど多くはない。

 香草の束、布、書き物に使うもの、蜜葉乃の身の回りの細かな品々。寝台も、みんなで持てばなんとか動かせる大きさだった。


 一葉が「この奥の部屋が一番暖かいです」と案内した先へ、荷物がどんどん運び込まれていく。


「ここ、いいわね」

 蜜葉乃が部屋を見回して微笑む。

「静かだし、暖かいわ」


「女王さまのお部屋は、こっちがいいと思います」

 一葉が頷く。

「入口から少し離れていますし、冬の間は安心です」


「ありがとう、一葉」


 褒められて、一葉は少しだけ嬉しそうに胸を張った。




 問題が起きたのは、そのあとだった。


 気がつくと、女王部屋には仁が普段使っている寝床一式が、きれいにまとめて置かれていた。

 布も、枕代わりの葉束も、見慣れたものばかりだ。


 仁はしばらく黙ってそれを見つめた。


「……なぜでしょう」


「えっ、だって」

 双葉が不思議そうに首をかしげる。

「女王さまと仁さん、夫婦なんだから同じお部屋でいいかなって」


「そうです」

 紬葉も真顔で頷く。

「冬ですし」


「冬ですし、ではないんですが」


「変ですか?」

 双葉がさらに首をかしげる。

「別々に置く理由あります?」


「ありますよ、たくさん」


「でもお父さんなんですよね?」

 子蟻が寝床から顔を出す。

「じゃあ、いっしょのおへやでいい」


「論理が雑なんですよ」


 即座に返した仁に、蜜葉乃がくすくす笑った。


「でも、たしかに暖かそうね」


「蜜葉乃様まで……」


「嫌なの?」


 にこやかに問われ、仁が言葉に詰まる。

 嫌というわけでは、まったくない。むしろ非常に困るだけである。


 一葉はそんな仁を見て、少しだけ考えたあと真面目に言った。


「私は合理的だと思います。女王さまのお部屋の警護もしやすいですし」


 完全に包囲されていた。


 双葉と紬葉は「じゃあ決まりですね!」と満足げで、子蟻たちは「いっしょ! いっしょ!」とはしゃいでいる。蜜葉乃まで面白そうにしている以上、もはや覆す余地はほとんどない。


 仁はしばらく沈黙したのち、深く息をついた。


「……せめて、事前に相談はしていただきたかったです」


「びっくりするかなって」

 双葉がてへっと笑う。


「びっくりはしました。非常に」


「でも、冬向けですから!」と紬葉。


「その言葉で全部押し切ろうとしないでください」


 そう言いながらも、仁は結局、運び込まれた自分の寝床を元に戻すことはしなかった。


 蜜葉乃が少しだけ目を細める。


「仁」


「はい」


「一緒に冬のお部屋へお引越し、ね」


 その声音があまりに楽しそうで、仁はもう反論する気力を失った。


「……左様でございます」


 そうしてその冬、巣のいちばん奥の暖かな部屋には、女王の寝台と、その隣に仁の寝床が並ぶことになったのだった。


 子蟻たちは新しい部屋で丸くなり、双葉と紬葉は「大成功ですね!」と満足げで、一葉は巣の中の空気が少し柔らかくなった気がして、ひそかに胸を張る。


 そして仁だけが、片付いた部屋の隅で静かに頭を抱えていた。


「……どうしてこうなるんでしょうね、本当に」


「冬だからじゃないかしら」


「便利な言葉ですね、それは」


 蜜葉乃の返答に、仁はついに小さく笑った。


 まあ、暖かいのは事実だ。

 たぶん、この冬は少しだけ落ち着かない夜になるのだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


仁の日誌


本日、巣内の冬支度として居住区の再配置を実施。

外気の流れと保温性を考慮し、子蟻部屋を巣の奥へ移動。寝床の葉材も増量し、冬期向けに調整した。

あわせて蜜葉乃様の居室も奥側へ移設。安全面・保温面ともに妥当な判断である。


なお、その過程で私の寝床も同室へ運び込まれていた。

実行犯はおそらく双葉・紬葉を中心とした善意の集団。


巣としてはたいへん平和で、冬支度としても正しい。

個人としては、少々心臓に悪い。

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