45 おひるねまでが採集です
見つけた地下の採集場は、その後、坑道係と護衛役の手で少しずつ整えられていった。
入り口には「地下のたね広場」と看板もかけた。
足もとの小石はどけられ、危ない割れ目には葉縄が渡され、迷いやすい分かれ道には巣印札が下がる。地上へ出る採集よりもずっと安全で、道筋もはっきりしてきた。
そんなある日、紬葉が胸を張って言った。
「というわけで、新人さんたちの採集練習を兼ねて、地下のたね広場へ行きます!」
女王の間で報告を聞いていた蜜葉乃が、ぱちぱちと瞬く。
「新人さんたち、というと」
「子蟻組です!」
紬葉の言葉に、そばで話を聞いていた子蟻たちが一斉に顔を上げた。
「さいしゅう!」
「ごちそうひろう!」
「いくー!」
わっと盛り上がる子蟻たちの声に、仁がこめかみを押さえる。
「待ってください。盛り上がるのが早いです」
「まず、引率体制と安全確認の報告を」
「もちろんです!」
紬葉はびしっと姿勢を正した。
「同行はわたしと護葉。採集場までの導線は確認済み。詰所から先の危険箇所には札も設置済みです!」
「子蟻たちは採集場から離れないこと。無理をしないこと。危険札の向こうへは絶対に行かないこと」
護葉が淡々と付け足す。
「そこは徹底させる」
仁はしばらく考え込み、それから小さく頷いた。
「……わかりました。許可します」
「ただし、行程は短めに。子蟻たちが疲れる前に切り上げてください」
「はい!」
元気よく返事をした紬葉が、そこでにんまりと笑った。
「それとですね、今日はもうひとつあります」
そう言って持ち込まれたのは、小さな荷車だった。
葉脈のしっかりした葉を何枚も重ねて箱型にし、下には丸く削った木の実殻の車輪が四つ。前には葉縄の引き手までついている。角には補強用の蔓が巻かれ、側面には可愛らしく小さな葉飾りまで結ばれていた。
「できました! 採集用荷車です!」
双葉が作る道具は実用一辺倒なことも多いが、紬葉が作ったそれは、ずいぶん愛らしい見た目をしていた。
「まあ、かわいい」
蜜葉乃が目を細める。
「かわいいですね」
葉月も素直に感心した。
紬葉はえへんと胸を張る。
「これで荷物がたくさん運べます!」
子蟻たちはすっかりその荷車に夢中だった。
「のりたい!」
「これ、ぼくの!」
「わたしもー!」
「だめです、荷物を積むものです! 今日は採集のお仕事です!」
「えー」
「しごとするー」
「がんばるー」
口々に言いながらも、子蟻たちは荷車の周りをぴょこぴょこと跳ね回っている。まったく諦めていない顔だった。
「……護葉」
「見張る」
「お願いします」
そんなやり取りを経て、ちびっこ採集隊は出発した。
先頭で紬葉が荷車を引き、その後ろを子蟻たちがぞろぞろ続く。最後尾に護葉がついて、危ない歩き方をしていないか目を配る形だ。
詰所を抜け、整えられた坑道を進んでいくと、子蟻たちはそれだけで楽しそうにきょろきょろした。
「ここ、あたらしいみち?」
「このふだ、なに?」
「こっちはいっちゃだめのにおい!」
巣印札や危険札を指さしながら、あれこれ質問が飛ぶ。
紬葉は荷車を引きながら、振り返って説明した。
「そうです。この札は“ここはうちの巣ですよー”の巣印札、こっちは“ここから先は関係者以外だめです”の危険札です」
「札があるところは、ちゃんと意味がありますからね。勝手に越えちゃだめですよ」
「はーい!」
返事だけは元気である。
採集場へ着くと、子蟻たちはさらに大はしゃぎになった。
割れ目の向こうから吹き寄せられてくる種や木の実片は、小さな子蟻たちが拾うのにちょうどいい大きさだ。紬葉が「これは食べられます」「これは固いのであとで砕きます」と説明すると、子蟻たちは真剣な顔でこつこつ拾い始めた。
「みて、ひろった!」
「こっちにもある!」
「おっきいのあったー!」
「上手です上手です! その調子ですよ!」
紬葉はすっかり先生役である。
護葉も、子蟻がふらふらと危険札の方へ寄りそうになるたび、ひょいと持ち上げて戻した。
「そっちはだめ」
「こっち」
「……うん、そう。そこで拾う」
口数は少ないが、やっていることは完全に面倒見のいいお姉ちゃんだった。
採集は思いのほか順調に進んだ。
荷車の中には、種や木の実片が少しずつ溜まっていく。子蟻たちも最初は遊び半分だったのに、紬葉が褒めるたびに気を良くして、せっせと働いた。
「よし、今日はこのくらいで戻りましょうか」
紬葉がそう言った頃には、荷車には十分な収穫が載っていた。
子蟻たちも「はーい」と元気に返事をした――その時は、まだ。
帰り道の半ばで、最初のひとりがこてんと転んだ。
「だいじょうぶですか?」
紬葉が慌てて覗き込むと、子蟻は床にぺたんと座ったまま、うとうとしている。
「……ねむい」
次の瞬間、別の子蟻が護葉の脚にしがみついた。
「ごよー……あるけない……」
「えっ」
さらに後ろでは、
「ぼくも……」
「なんか、ふわふわする……」
「つかれた……」
と、次々にへたりこんでいく。
はしゃぎすぎたらしい。
紬葉と護葉は無言で顔を見合わせた。
「……護葉」
「うん」
「計算外です」
「見ればわかる」
結局、荷車の中の採集物は端へ寄せられ、そこへ眠そうな子蟻たちが順番に積まれていった。
ひとり、ふたり、さんにん、よにん。
丸くなって眠る子、紬葉の袖を掴んだままうとうとする子、護葉の腕に抱えられてそのまま寝てしまう子。気づけば荷車の中は、戦利品と子蟻の寝息でいっぱいになっていた。
「かわいいですけど重いです〜……!」
紬葉が葉縄を引きながら悲鳴を上げる。
「かわいいと重いは両立する」
護葉は真顔だった。
護葉も荷車の後ろを押し、時々はみ出しかける子蟻を支え、落ちそうな木の実片を押し込む。だが、眠った子蟻は思ったより運びづらい。あっちへこっちへ子蟻たちが寝返りを打てば荷車がぐらつく。
「待ってください、その子がずり落ちます!」
「こっちも落ちる」
「ひゃああ、荷物がー!」
だんだん二人とも必死になってきた頃。
巣の中の別の場所で、その「困った」を拾った者がいた。
「……あ」
結葉だった。
休憩用の葉寝台でごろりとしていた結葉が、ぴくりと顔を上げる。
「紬葉と護葉が困ってる」
近くで帳面を整理していた仁が顔を上げた。
「結葉?」
「すごくすごく困ってる匂いする」
結葉は真面目な顔で触覚をひくひくさせた。
「詰所の向こう。たぶん帰り道」
仁は一拍だけ考え、それからすぐ立ち上がった。
「行きます」
「結葉、案内できますか」
「うん」
二人が向かった先では、紬葉と護葉がまさに限界を迎えていた。
「も、もう少し……!」
「紬葉、左」
「えっ、左? あ、寝返りー!」
荷車の中で、子蟻がひとりころんと転がりかける。紬葉が慌てて支えようとして、今度は引き手がぶれる。そこへ、静かな声が飛んだ。
「何をしているんですか、あなたたちは」
「仁だ!」
「じーんー!」
振り返った紬葉の顔が、ぱっと明るくなる。
その横から、結葉がぴょこっと顔を出した。
「たすけにきたよ」
「結葉まで……!」
紬葉は本気で泣きそうな顔になった。
「ありがとうございますぅ……!」
仁は荷車の中を見て、しばし無言になった。
眠った子蟻がぎゅうぎゅうに詰め込まれ、その隙間に種や木の実片が押し込まれている。もはや採集車なのか子守り車なのかわからない状態だった。
「……なるほど」
仁が静かに言う。
「子蟻が疲れた時に使えるかもとは思いましたが、全員を積む前提ではありませんでした」
「私もそう思ってました!」
紬葉が即答した。
「護葉、荷車は私が引きます。あなたは子蟻が落ちないよう後ろを」
「わかった」
「結葉と紬葉は横について、誰か起きたら声をかけてください」
「はーい」
そうして帰り道は、一気に安定した。
仁が荷車を引き、護葉が後ろから支え、結葉が横で眠った子蟻の頬をつついては「まだねてる」と報告する。紬葉は空いた手で採集物を押さえ、ようやく人心地ついた顔になった。
巣へ戻る頃には、荷車の中の子蟻たちはすっかり熟睡していた。
報告を聞いた蜜葉乃は、眠った子蟻たちを見てふふっと笑う。
「たくさん働いたのね」
「はい! とっても頑張りました!」
紬葉は胸を張ったあと、しゅんと肩を落とした。
「でも、次からは“帰りに全員寝る”前提で計画を立てます……」
「それがいいでしょうね」
仁が深く頷く。
「採集計画書に“子蟻回収手段”の項目を追加してください」
「そんな項目あるんですか」
「今できました」
真顔で返され、紬葉は思わず吹き出した。
その横で、結葉が荷車の中を覗き込みながら言う。
「でも、これ、いいね」
「みんな、すやすやでかわいい」
その一言に、全員の視線が荷車へ向いた。
ぎゅうぎゅうに並んだ子蟻たちは、木の実片を抱えたまま眠っていたり、隣の子にくっついていたり、ひとりだけ口元に粉をつけていたりする。たしかに大変だったが、それ以上に可愛らしい。
蜜葉乃が目を細める。
「紬葉の荷車、大成功ね」
「……はい!」
紬葉はぱっと顔を輝かせた。
「次はもっと、寝やすくて運びやすい形に改良します!」
「改良の方向が完全に子蟻輸送用なんですが」
仁が頭を抱える。
けれど、誰も反対はしなかった。
安全な地下のたね広場と、可愛い荷車と、よく働いてよくはしゃいで最後には眠くなる子蟻たち。
そんなにぎやかな一日も、巣にとってはきっと大事な“いつもの日”なのだろう。
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仁の日誌
地下たね広場の運用訓練として、紬葉・護葉引率のもと子蟻たちを同行させた。
採集そのものは問題なく、子蟻たちも意欲的に作業。収穫量もまずまずで、たね広場が新人教育に向くことは確認できた。
一方で、帰路にて子蟻全員が疲労により睡眠。
紬葉製作の荷車は結果として非常に有用だったが、採集物と子蟻を同時輸送する状況は想定外であり、引率側の負担が大きかった。今後は行程短縮、休憩地点の設定、回収手段の事前確保が必要。
なお、紬葉は「次はもっと寝やすい荷台に改良します」と張り切っていた。
採集用荷車がいつの間にか子蟻輸送車へ進化しつつある件については、見なかったことにしたい。




