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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
一章

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44 ひみつのごちそう見つけました

「詰所ができたなら、その先も少し見ておきたいんだが」


 朝の報告の場で、護葉がそう切り出した。


「第二の出入口に使えそうな場所がないか、詰所の周りだけでも確認しておきたい。遠くまでは行かない」

「葉月と風葉、それから紬葉を連れて行く」


 仁は少し考えたあと、静かにうなずいた。


「構いません。ただし、詰所より先へ進むのは必要最小限に。危険があれば、すぐ戻ること。無理に調べきる必要はありません」


「わかってる」

「今日は“先を見てくる”だけだ」


 護葉が頷き、葉月たちも素直に返事をした。


 こうして、その日の調査役は、葉月、風葉、護葉、紬葉の四人に決まった。


     


 詰所から先の通路は、まだ“巣の外縁”と呼ぶ方がしっくりくる場所だった。


 足場は護葉たちがある程度ならしてあるが、脇道は暗く、ところどころ崩れやすそうな箇所もある。葉月は先頭で壁や床の様子を見ながら進み、紬葉は葉っぱ箱を抱えてその後ろをついていく。


「そこ、右の細い道はまだ危ないです」


 葉月が言うと、紬葉が葉っぱ箱から小さな葉札を取り出した。

 尖った切れ込みの入った危険札だ。


 葉月がそれを脇道の入口に結びつける。


「これでよし、と」

「護葉、この先は?」


「まっすぐだな。左はまだ見てない」


「じゃあ左は待機札で印だけつけておきます」


 今度は丸い切れ込みの待機札がぺたりと貼られる。

 双葉と紬葉が作った葉札は、最近すっかり坑道係の道具として馴染んでいた。


 さらに詰所から少し進んだところの分岐には、葉月が新しく作った巣印札を結びつける。

 巣印の香石を薄く擦りつけた、小さな札だ。


「ここから先は、うちの管理範囲ですよ、って印ですね」


 葉月がそう言うと、護葉がふっと笑った。


「言い方は可愛いが、やってることは縄張り主張だな」


「だいたい合ってます」


 紬葉が真顔で頷き、風葉がくすっと笑う。


 そんなふうに札を使いながら、四人は詰所の先を慎重に進んでいった。


     


 少し進んだところで、先を見ていた風葉がぴたりと足を止めた。


「……待って」


 低い声に、全員が立ち止まる。


「どうした、風葉」


 護葉が問うと、風葉は壁際の岩の継ぎ目を指さした。


 そこには風葉以外は見落としそうな、細い細い割れ目があった。


「ここ、風が抜けてる」


 風葉は目を細め、割れ目に顔を寄せる。


「外とどこかで繋がってる匂いがする。それと……」

「乾いた草の実みたいな匂い。少し青い匂いも混じってる」


「草の実?」


 葉月がしゃがみ込み、割れ目の奥を覗く。

 だが、暗くてよく見えない。


「護葉、足場はどうですか」


「この辺は大丈夫そうだ。崩れる感じはしない」

「だが、奥は見えん」


「なら」


 紬葉が、抱えていた葉っぱ箱をそっと開いた。


「灯り粒、使います?」


 中から取り出したのは、さくらんぼくらいの粒だった。

 以前作った簡易の照明だ。葉っぱ箱から出すと、しばらくの間ぼんやり手元を照らしてくれる。


 葉月が頷く。


「お願い。そっと、奥へ」


 紬葉は灯り粒を割れ目の中へ転がした。

 ころ、と小さな音がして、淡い光が岩の隙間を滑っていく。


 その光が、割れ目の向こうをぼんやり照らした瞬間。


「……あ」


 葉月が目を見開いた。


 割れ目の向こうには、小さな空洞があった。

 そしてその底には、土のくぼみに吹きだまるようにして、たくさんの小さな粒が溜まっていた。


 乾いた草の実。

 殻つきの種。

 砕けた木の実のかけら。

 茶色い粒、薄緑の粒、細長いもの、丸いもの。

 その中には、湿気を吸ったのか、ほんの少し芽吹きかけている粒まで混じっている。


「すご……」


 紬葉が目を丸くする。


「ごはん、いっぱいあります」


「青い匂いは芽か」

 風葉が納得したように頷く。

「たぶん、風とか雨とかで少しずつ流れ込んできてるんだと思う」


「なるほど……」


 葉月は割れ目の形と空洞の位置を見比べながら、すぐに考えを巡らせギリギリ入れるくらいに割れ目を掘りひろげた。もちろん固め苔で補強も忘れない。


「上か横か、どこかに外へ通じる細い穴があるんでしょうね。そこから種や実が吹き寄せられて、ここに溜まる」

「しかも地下ですから、冬でも採りに来やすいです。外が寒くても、地上を歩かなくて済みます」


「冬場の採集場になるってことか」


 護葉がそう言って、少し身を乗り出した。

 手の届く位置に落ちていた種を、慎重にひとつ拾い上げる。


「食えるのか、これ」


「巣に持ち帰って確認は必要ですが」

 葉月は目を輝かせた。

「食べられる種なら、保存向きでだね」


 紬葉が嬉しそうに集めて回る。


 だが次の瞬間、護葉がすっと手を上げて全員を止めた。


「……今日はここだけだ」


「えっ、もう少し見なくていいの?」


 風葉が首を傾げると、護葉は奥を顎で示した。


「食い物があるのはわかった。だが、あっちは風の通り道だ。どこへ抜けてるかもわからん」

「補強の検討もしなくちゃね」

 葉月もすぐに頷いた。


「そうですね。ここは巣に取り込むには無用心」

「穴を塞いでしまったら、せっかくの実や種が流れ込んでこなくなる」


「じゃあ、採集場所?」


 紬葉の問いに、葉月はにこりと笑った。 


「そうだな。詰所から管理して通う採集場所、がよさそう」

「冬でも使えそうですし、詰所があれば見張りもしやすいですから」


 護葉も異論はないらしい。


「なら、今日は印だけつけて戻るか」


 葉月はさっそく危険札を取り出し、割れ目のすぐ手前に結びつけた。


「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止」


 さらに、詰所側へ戻る分岐には巣印札を追加する。


「こっちは採集場の入口、ですね」


「なんか、ちゃんと“うちの場所”って感じになってきた」


 紬葉が嬉しそうに言うと、風葉がくすっと笑った。


「ごちそう付きのね」


     


 巣へ戻ると、仁は報告を聞きながら、護葉が持ち帰った種を指先で転がした。


「なるほど……詰所の先に、種の吹きだまりですか」


 葉月が割れ目の様子と、採集場所として扱いたいことを説明する。

 冬場でも使えそうだという話まで聞くと、仁は小さく頷いた。


「いい判断だと思います。巣に取り込むより、管理して通う方が安全でしょう」

「保存の利く種なら、備蓄にも回せますし」


 そして、葉月が少し期待を込めて言う。


「食べられる種なら、粉にして練り餌にできます」


「ええ。子蟻たちにも使いやすいですね」


 仁もその案には賛成らしかった。

 ただし、そこでいつものように一言付け加える。


「ですが、採集場になったからといって、いきなり奥まで潜らないように」

「まずは詰所から安全に通える形を整えること。採るのはそのあとです」


「はい!」


 葉月と紬葉が声をそろえ、護葉も「わかってる」と頷く。

 風葉は横から種をひとつつまみ上げて、くん、と匂いを嗅いでいた。


「……ちょっと香ばしい匂いする」

「これ、たぶん当たりだと思う」


「食べるのは確認してからにしてください」


 即座に仁が釘を刺すと、風葉は素直に「はーい」と返した。


 こうして、坑道係の詰所には新しい役目が増えた。


 第二の出入口候補を探すための拠点。

 護葉の見張り場所。

 採集物の一時置き場。


 そして今度からは、割れ目の向こうにある“ごちそう”へ通うための、小さな玄関口でもあるらしい。


 巣の近くを整えるだけでも、思わぬ宝物は見つかるものだ。

 そんなことを思いながら、仁は報告用の板に新しい項目を書き足した。


 詰所先、採集場候補あり。要安全整備。


 その横で葉月たちは、次はどうやって安全に種を運ぶか、もう次の相談を始めていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


仁の日誌


 詰所より先の通路を調査した結果、壁の割れ目の向こうに種子・木の実片の吹きだまりと思われる空間を発見。

 風の流れがあり、外部と細く通じている可能性が高い。巣に取り込むには不向きだが、採集場としての利用価値は高い。


 冬季でも利用可能な採集場所になり得るため、今後は詰所からの安全な導線整備を優先する。


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