43 ここから先は、うちの巣です
仁の正体騒ぎが巣じゅうを駆け回っていた数日のあいだも、巣の近場の整備は止まっていなかった。
蜜葉乃が 「しばらくは遠くへ手を広げず、巣の周りを整えましょう」 と決めてから、坑道係は巣に近い通路の掃除や補強、行き止まりになっていた小部屋の整理などを少しずつ進めている。
その日も、朝の報告の席で護葉が大きな手を挙げた。
「女王さま。仁。提案がある」
「はい、護葉。何でしょう」
仁が記録板を持ったまま顔を上げると、護葉はいつになく、きりっとした顔で言った。
「巣に近い坑道の途中に、坑道係の詰所を作りたい。採ったものの仮置きと、見張りの拠点を兼ねた場所だ」
「詰所、ですか」
葉月が横からうなずく。
「今整備している範囲の先は、将来的に第二の出入口に使えるかもしれません。ならば、途中に荷物をまとめる場所と、護葉が様子を見られる場所があると便利です」
「双葉たちも、札の置き場があった方が使いやすいと思います!」
「葉っぱ箱も、そこに置けますし」
双葉と紬葉も揃って身を乗り出す。
仁は少し考え、それからこくりとうなずいた。
「わかりました。規模は巣に近い範囲だけ、無理な拡張はしないこと。出入口候補として使えるよう、通路の広さも確認しながら進めてください」
「はい!」
「了解した」
こうして、坑道係の小さな詰所づくりが始まった。
場所に選ばれたのは、巣からそう遠くない横道の小部屋だった。
もともとは少し広めの行き止まりで、壁際に土くれが溜まり、床も少しでこぼこしている。けれども、入口からの見通しは悪くなく、通路を行き来する気配も拾いやすい。
「ここならいいな」
護葉が腕を組んで見回す。
「巣へ戻るにも近いし、荷物も置ける」
「では、まずは床を均します」
葉月はさっそく壁を叩き、緩んだ土を落としながら点検を始めた。
双葉と紬葉は葉っぱ箱を抱えて、その少し後ろにしゃがみこむ。
「工事中の札、出すね」
「うん。まずは危険札」
ぺたん、と通路の入口脇に貼られたのは、先端の尖った危険札だった。
これで「関係者以外は入らないでください」の印になる。
「待機札はこっち! 土を運ぶ場所の手前!」
「撤退札は、崩れやすい壁を掘る時にすぐ使えるように、箱の上にまとめておこう」
双葉たちはきびきびと札を仕分けしていく。
以前作った葉っぱ箱の中には、待機・危険・撤退の札が種類ごとにきちんと束ねて入っていた。
そして紬葉が、今日のために増やした一枚を取り出す。
「新しいのはこれ!じゃじゃーーん。その名も「巣印札」!」
双葉が得意げに掲げた小さな葉札には、巣印の香石を擦りつけた跡があり、真ん中に丸い切り抜きがひとつ入っていた。
待機や危険の札よりも、少しだけ柔らかい形だ。
「巣の出入口とか、うちが使ってる通路の目印にするの」
「ここから先は巣の一部ですよ、ってわかるように」
護葉がふむ、と感心したようにうなずく。
「いいな。子どもらにも、ここから先は勝手に出ちゃだめだって教えやすい」
「それに、将来ほんとうに第二の出入口にする時も便利です」
葉月も賛成した。
双葉は嬉しそうに胸を張る。
「だから詰所の入口にも貼るんです!」
「ここから先は、うちの巣ですって」
その言い方が妙に誇らしくて、紬葉がくすっと笑った。
「うん。いいと思う」
工事は、護葉が大きな土くれをどかし、葉月が壁や床を整え、双葉と紬葉が札と道具を回す形で進んだ。
「護葉、そっち少し右です! 床の段差が残ります!」
「おう」
ごろり、と大きな土塊が動く。
「葉月、こっちに待機札!」
「ありがとうございます。では双葉たちは、この土を箱の横へ」
「はーい!」
役割がきれいに分かれているので、作業は思ったよりもずっと早い。
途中、壁の一部が少し崩れそうになった時には、葉月がすぐに「撤退札を」と言い、双葉がぱっと札を差し出した。
危ない場所を避けて補強を入れ、落ち着いてから作業を再開する。
「札、ちゃんと役に立ってるねえ」
双葉がしみじみ言うと、紬葉もこくこくうなずいた。
「前より、誰が見てもわかりやすいもん」
護葉は入口近くの壁を押して強度を確かめながら、少し得意そうに言った。
「詰所ができたら、ここで荷物を見張れるな。採集したきのこも、一旦ここへ置ける」
「護葉は見張り番が楽しみなんだね」
葉月が笑う。
「うむ。見張りは大事だ」
護葉は真面目な顔でうなずいたあと、少しだけ声を低くした。
「それに、ここがちゃんと使える場所になれば……万が一、外から何か来ても、巣のすぐ手前で止められるかもしれん」
その言葉に、双葉と紬葉もぴしっと背筋を伸ばした。
遊びの基地みたいでわくわくしていたけれど、ここはちゃんと、巣を守るための場所でもあるのだ。
「じゃあ、もっとちゃんとしなきゃ」
「葉っぱ箱も倒れない場所に置こう」
双葉と紬葉は顔を見合わせ、箱の置き場を壁際のくぼみに移した。
待機札、危険札、撤退札、そして新しい巣印札。どれも取り出しやすいように並べ直す。
その様子を見ていた護葉が、ふっと目を細めた。
「頼もしいな」
双葉はぱっと顔を上げる。
「ほんと?」
「ああ。坑道係の詰所らしくなってきた」
それだけで、双葉の頬がぱっと明るくなった。
紬葉も少し照れくさそうに笑う。
半日ほどかけて、詰所はどうにか形になった。
床はならされ、壁際には採集物の仮置き場。
葉っぱ箱は入口から見やすい位置に置かれ、その横には巻き葉帯や固め苔を少しだけまとめてある。
通路側から見れば、たしかに「小さな拠点」と呼べるくらいには整っていた。
「よし」
護葉が満足そうに腕を組む。
「これで詰所だな」
「最後に、これ」
紬葉が双葉へ目配せする。
双葉はこくりとうなずき、巣印札を一枚持って入口の脇へ進んだ。
小さな葉札をぺたりと貼り、その上からそっと押さえる。
「これでよし」
丸い切り抜きの入った巣印札が、薄暗い坑道の中でちょこんと揺れた。
「ここから先は、うちの巣です」
双葉が満足そうに言う。
護葉はその札を見下ろし、ゆっくりとうなずいた。
「ああ。ちゃんと、そう見えるな」
そこへ、作業の様子を見に来ていた仁が顔を出した。
「進み具合はいかがですか――おや」
入口の札に気づいて、仁が目を細める。
「新しい巣印札ですね」
「はい! 詰所用です!」
「第二の玄関になるかもしれないから、ここもちゃんと“うちの場所”だってわかるようにしたくて」
「なるほど」
仁は中を見回し、床、壁、荷物置き場、葉っぱ箱の位置までひと通り確認したあと、感心したように言った。
「とてもいいと思います。近場の整備を進めるなら、こういう中継地点は必要です」
「ほんとか!」
護葉がぱっと顔を上げる。
「ええ。護葉さんの見張り場所としても、採集物の仮置きとしても使いやすいでしょう。札の運用もわかりやすいです」
仁は少しだけ笑った。
「許可を出した者としても、安心しました」
その言葉に、双葉と紬葉がそろってえへへと笑う。
葉月も小さく胸をなでおろしていた。
「では、ここは今日から正式に坑道係の詰所ということで」
仁がそう言うと、護葉は胸を張った。
「任せろ」
帰り道、双葉は何度も振り返っては、入口の巣印札を見ていた。
巣からほんの少し離れた、小さな小部屋。
けれどもあそこには、護葉の見張り場所があって、葉月が整えた床があって、双葉と紬葉の葉っぱ箱があって、みんなで貼った札がある。
ただの通路の先だった場所が、少しだけ“巣の続き”になったのだ。
「なんか、うれしいね」
双葉が言うと、紬葉もふわりとうなずいた。
「うん。ちょっと遠いところまで、おうちが伸びたみたい」
その言い方に、護葉がどこか嬉しそうに笑った。
「いいな、それ」
「だろ?」
「うん」
葉月まで笑ってしまう。
巣を大きく広げるのは、まだ先の話かもしれない。
けれども、こうして足もとを整えて、小さな拠点をひとつずつ増やしていけば、いつかきっと、その先へも安全に手を伸ばせる。
入口に貼られた小さな巣印札は、そんな約束みたいに、静かに揺れていた。
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仁の日誌
巣近辺の整備の一環として、坑道係の詰所を新設。
場所は巣に近い側坑道の小部屋。採集物の仮置き、資材保管、見張り拠点を兼ねる。
葉っぱ箱を詰所へ移設し、待機・危険・撤退の既存札を運用。
新規に「巣印札」を追加。巣の管理下にある通路・出入口候補の表示に有効と判断。
近場の整備を進める上で、中継地点として有用。今後も巣周辺の安全確保を優先する。




