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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで


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43/47

43 ここから先は、うちの巣です

 仁の正体騒ぎが巣じゅうを駆け回っていた数日のあいだも、巣の近場の整備は止まっていなかった。


 蜜葉乃が 「しばらくは遠くへ手を広げず、巣の周りを整えましょう」 と決めてから、坑道係は巣に近い通路の掃除や補強、行き止まりになっていた小部屋の整理などを少しずつ進めている。

 その日も、朝の報告の席で護葉が大きな手を挙げた。


「女王さま。仁。提案がある」

「はい、護葉。何でしょう」


 仁が記録板を持ったまま顔を上げると、護葉はいつになく、きりっとした顔で言った。


「巣に近い坑道の途中に、坑道係の詰所を作りたい。採ったものの仮置きと、見張りの拠点を兼ねた場所だ」

「詰所、ですか」


 葉月が横からうなずく。


「今整備している範囲の先は、将来的に第二の出入口に使えるかもしれません。ならば、途中に荷物をまとめる場所と、護葉が様子を見られる場所があると便利です」

「双葉たちも、札の置き場があった方が使いやすいと思います!」

「葉っぱ箱も、そこに置けますし」


 双葉と紬葉も揃って身を乗り出す。


 仁は少し考え、それからこくりとうなずいた。


「わかりました。規模は巣に近い範囲だけ、無理な拡張はしないこと。出入口候補として使えるよう、通路の広さも確認しながら進めてください」

「はい!」

「了解した」


 こうして、坑道係の小さな詰所づくりが始まった。




 場所に選ばれたのは、巣からそう遠くない横道の小部屋だった。


 もともとは少し広めの行き止まりで、壁際に土くれが溜まり、床も少しでこぼこしている。けれども、入口からの見通しは悪くなく、通路を行き来する気配も拾いやすい。


「ここならいいな」

 護葉が腕を組んで見回す。

「巣へ戻るにも近いし、荷物も置ける」


「では、まずは床を均します」

 葉月はさっそく壁を叩き、緩んだ土を落としながら点検を始めた。


 双葉と紬葉は葉っぱ箱を抱えて、その少し後ろにしゃがみこむ。


「工事中の札、出すね」

「うん。まずは危険札」


 ぺたん、と通路の入口脇に貼られたのは、先端の尖った危険札だった。

 これで「関係者以外は入らないでください」の印になる。


「待機札はこっち! 土を運ぶ場所の手前!」

「撤退札は、崩れやすい壁を掘る時にすぐ使えるように、箱の上にまとめておこう」


 双葉たちはきびきびと札を仕分けしていく。

 以前作った葉っぱ箱の中には、待機・危険・撤退の札が種類ごとにきちんと束ねて入っていた。


 そして紬葉が、今日のために増やした一枚を取り出す。


「新しいのはこれ!じゃじゃーーん。その名も「巣印札」!」


 双葉が得意げに掲げた小さな葉札には、巣印の香石を擦りつけた跡があり、真ん中に丸い切り抜きがひとつ入っていた。

 待機や危険の札よりも、少しだけ柔らかい形だ。


「巣の出入口とか、うちが使ってる通路の目印にするの」

「ここから先は巣の一部ですよ、ってわかるように」


 護葉がふむ、と感心したようにうなずく。


「いいな。子どもらにも、ここから先は勝手に出ちゃだめだって教えやすい」

「それに、将来ほんとうに第二の出入口にする時も便利です」

 葉月も賛成した。


 双葉は嬉しそうに胸を張る。


「だから詰所の入口にも貼るんです!」

「ここから先は、うちの巣ですって」


 その言い方が妙に誇らしくて、紬葉がくすっと笑った。


「うん。いいと思う」




 工事は、護葉が大きな土くれをどかし、葉月が壁や床を整え、双葉と紬葉が札と道具を回す形で進んだ。


「護葉、そっち少し右です! 床の段差が残ります!」

「おう」


 ごろり、と大きな土塊が動く。


「葉月、こっちに待機札!」

「ありがとうございます。では双葉たちは、この土を箱の横へ」

「はーい!」


 役割がきれいに分かれているので、作業は思ったよりもずっと早い。


 途中、壁の一部が少し崩れそうになった時には、葉月がすぐに「撤退札を」と言い、双葉がぱっと札を差し出した。

 危ない場所を避けて補強を入れ、落ち着いてから作業を再開する。


「札、ちゃんと役に立ってるねえ」

 双葉がしみじみ言うと、紬葉もこくこくうなずいた。

「前より、誰が見てもわかりやすいもん」


 護葉は入口近くの壁を押して強度を確かめながら、少し得意そうに言った。


「詰所ができたら、ここで荷物を見張れるな。採集したきのこも、一旦ここへ置ける」

「護葉は見張り番が楽しみなんだね」

 葉月が笑う。


「うむ。見張りは大事だ」

 護葉は真面目な顔でうなずいたあと、少しだけ声を低くした。

「それに、ここがちゃんと使える場所になれば……万が一、外から何か来ても、巣のすぐ手前で止められるかもしれん」


 その言葉に、双葉と紬葉もぴしっと背筋を伸ばした。


 遊びの基地みたいでわくわくしていたけれど、ここはちゃんと、巣を守るための場所でもあるのだ。


「じゃあ、もっとちゃんとしなきゃ」

「葉っぱ箱も倒れない場所に置こう」


 双葉と紬葉は顔を見合わせ、箱の置き場を壁際のくぼみに移した。

 待機札、危険札、撤退札、そして新しい巣印札。どれも取り出しやすいように並べ直す。


 その様子を見ていた護葉が、ふっと目を細めた。


「頼もしいな」


 双葉はぱっと顔を上げる。


「ほんと?」

「ああ。坑道係の詰所らしくなってきた」


 それだけで、双葉の頬がぱっと明るくなった。

 紬葉も少し照れくさそうに笑う。




 半日ほどかけて、詰所はどうにか形になった。


 床はならされ、壁際には採集物の仮置き場。

 葉っぱ箱は入口から見やすい位置に置かれ、その横には巻き葉帯や固め苔を少しだけまとめてある。

 通路側から見れば、たしかに「小さな拠点」と呼べるくらいには整っていた。


「よし」

 護葉が満足そうに腕を組む。

「これで詰所だな」


「最後に、これ」

 紬葉が双葉へ目配せする。


 双葉はこくりとうなずき、巣印札を一枚持って入口の脇へ進んだ。

 小さな葉札をぺたりと貼り、その上からそっと押さえる。


「これでよし」


 丸い切り抜きの入った巣印札が、薄暗い坑道の中でちょこんと揺れた。


「ここから先は、うちの巣です」

 双葉が満足そうに言う。


 護葉はその札を見下ろし、ゆっくりとうなずいた。


「ああ。ちゃんと、そう見えるな」


 そこへ、作業の様子を見に来ていた仁が顔を出した。


「進み具合はいかがですか――おや」


 入口の札に気づいて、仁が目を細める。


「新しい巣印札ですね」

「はい! 詰所用です!」

「第二の玄関になるかもしれないから、ここもちゃんと“うちの場所”だってわかるようにしたくて」

「なるほど」


 仁は中を見回し、床、壁、荷物置き場、葉っぱ箱の位置までひと通り確認したあと、感心したように言った。


「とてもいいと思います。近場の整備を進めるなら、こういう中継地点は必要です」

「ほんとか!」

 護葉がぱっと顔を上げる。


「ええ。護葉さんの見張り場所としても、採集物の仮置きとしても使いやすいでしょう。札の運用もわかりやすいです」

 仁は少しだけ笑った。

「許可を出した者としても、安心しました」


 その言葉に、双葉と紬葉がそろってえへへと笑う。

 葉月も小さく胸をなでおろしていた。


「では、ここは今日から正式に坑道係の詰所ということで」

 仁がそう言うと、護葉は胸を張った。


「任せろ」




 帰り道、双葉は何度も振り返っては、入口の巣印札を見ていた。


 巣からほんの少し離れた、小さな小部屋。

 けれどもあそこには、護葉の見張り場所があって、葉月が整えた床があって、双葉と紬葉の葉っぱ箱があって、みんなで貼った札がある。


 ただの通路の先だった場所が、少しだけ“巣の続き”になったのだ。


「なんか、うれしいね」

 双葉が言うと、紬葉もふわりとうなずいた。


「うん。ちょっと遠いところまで、おうちが伸びたみたい」


 その言い方に、護葉がどこか嬉しそうに笑った。


「いいな、それ」

「だろ?」

「うん」


 葉月まで笑ってしまう。


 巣を大きく広げるのは、まだ先の話かもしれない。

 けれども、こうして足もとを整えて、小さな拠点をひとつずつ増やしていけば、いつかきっと、その先へも安全に手を伸ばせる。


 入口に貼られた小さな巣印札は、そんな約束みたいに、静かに揺れていた。



仁の日誌


 巣近辺の整備の一環として、坑道係の詰所を新設。

 

 場所は巣に近い側坑道の小部屋。採集物の仮置き、資材保管、見張り拠点を兼ねる。


 葉っぱ箱を詰所へ移設し、待機・危険・撤退の既存札を運用。


 新規に「巣印札」を追加。巣の管理下にある通路・出入口候補の表示に有効と判断。


 近場の整備を進める上で、中継地点として有用。今後も巣周辺の安全確保を優先する。

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