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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで


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23 ごはんの部屋は戦場です  王国リフォーム大作戦その3 

 育房室の改装が終わってから、巣の中はますますにぎやかになった。


 卵と幼虫と、羽化したばかりの子蟻たち。

 役割を持って働く姉妹たち。

 そして、以前よりずっと元気になって、あちこちを歩き回るようになった蜜葉乃。


 それ自体は、とても良いことだ。


 とても良いことなのだが――


「……食糧管理区画が限界です」


 ある朝、部屋の真ん中で仁は静かに宣言した。


 その一言で、朝ごはん中だった姉妹たちの動きがぴたりと止まる。


「しょくりょうかんり……?」


 一葉が首を傾げる。

 結葉は口の端に蜜をつけたまま「ごはんのへや?」と聞き返し、紬葉は抱えていたきのこ片を慌てて飲み込んだ。双葉は葉っぱ入りの小鉢を持ったまま、葉月は壁際で干していた補強繊維をまとめながら、それぞれ仁の方を見る。


 千葉夜の膝には、朝から育房室を抜け出してきたらしいちびっこが二人、すでに座っていた。


「限界って、何がですか?」


 蜜葉乃が穏やかに尋ねると、仁は無言で床に簡単な見取り図を描いた。


「現在、巣の食糧は主に四系統です」


 枝の先が、ひとつずつ印をつけていく。


「探索班が採ってくる花蜜・樹液・甘い草。アブラムシ牧場由来の蜜。双葉の栽培区画から回ってくる葉物・可食草。加えて、きのこ養殖区画からの収穫物」


「いっぱいありますねえ」


 一葉が感心したように言う。

 仁は頷いた。


「ええ。問題は、それらが全部“同じ部屋”に押し込まれていることです」


 その瞬間みんなの脳裏に、ぎゅうぎゅうに押し込まれた、現在のごはん部屋の惨状が浮かんだ。

 片側には蜜を溜めた葉の器。

 別の隅には乾かし中の草やきのこ。

 双葉が「これ食べられるかな」と持ち込んだ葉が一時置きされ、

 仁が仕分け中の餌用資材と、紬葉がまとめた保存用の繊維束が混ざり、

 子蟻たちがそこへこっそり入り込んで、つまみ食いしたり、きのこ片を転がしたりする。


 ……たしかに、だいぶひどい。


「昨日は、乾燥中のきのこに花蜜がかかりました」

 仁が淡々と言う。


「一昨日は保存用の甘草束が、ちびたちの“おままごと道具”として再配備されました」


「さいはいび」


 千葉夜の膝の上のちびっこが、なぜか得意げに復唱した。


「さらに今朝は、アブラムシ用の葉と食用の葉が一時的に同じ棚に置かれました」


「それはだめです!」


 双葉が勢いよく立ち上がる。

 普段は危ない植物を持ち込む側なのに、食用と飼育用の区別には敏感らしい。


「だめです」

 と、護葉も短く頷いた。


「管理の不備は事故につながります」


 仁はそこで、すっと結論を告げた。


「よって、本日の王国リフォーム大作戦その三は――食堂の改装です」


「おおー!」


 ちびっこたちが、一番元気よく反応した。

 ごはんの話だからである。


 


 改装計画は、仁の提案から始まった。


「まず必要なのは、“食べる場所”と“しまう場所”と“準備する場所”を分けることです」


 床に描かれた図の中に、三つの丸が増える。


「第一に、食堂。家族が集まって食べる場所です。

第二に、保存庫。花蜜、きのこ、草、樹液、その他食材を分類して保管します。

第三に、仕分区画。持ち帰ったものを確認し、洗浄・選別・小分けする、作業場です」


「わあ、本格的です」


 一葉がきらきらした目で言う。


 蜜葉乃は見取り図を覗き込みながら、やわらかく笑った。


「みんなで食べる場所がちゃんとあるのは素敵ですねえ。最近は、好きな場所でそれぞれが食べて、気づいたら食事が終わっていることもありますもの」


「あります!」


 一葉が元気よく同意する。


「この前も、結葉が通路で食べてて、紬葉が栽培区画の前で食べてて、双葉は草の様子見ながら食べてました」


「葉月は工事しながら食べてた」


 結葉が付け足す。


「護葉は立ったまま食べてた」


 紬葉も続ける。


「風葉はいつの間にか食べ終わってる」


 双葉が言うと、みんなの視線が風葉に集まった。


「……見張りしながら食べてるだけ」


「つまり落ち着いて食べてないんですよお」


 一葉がまとめると、風葉は少しだけ目を逸らした。

 反論はしないあたり、たぶんその通りなのだろう。


「では、決まりですねえ」


 蜜葉乃が嬉しそうに手を合わせる。


「みんながちゃんと集まってごはんを食べられるお部屋にしましょう」


 その一言で、計画は正式に始動した。


 


 最初に問題になったのは、大きさだった。


 今の共有室の一画を整えるだけでも最低限の機能は持たせられる。

 けれども家族は増え続けていて、ちびたちもそのうち、もっと大きく動き回るようになる。

 どうせ改装するなら、少し先を見越した広さが欲しい。


「広げるなら、こっちの壁かな」


 葉月が土壁を軽く叩く。

 こんこん、と鈍い音が返った。


「今の食糧置き場の裏。少し削れば空間取れそう」


「構造的な問題は?」


 護葉がすぐに問う。

 葉月は腕を組んだまま、しばらく耳を澄ませた。


「上の荷重は平気。根の位置も悪くない。補強入れればいける」


「なら採用で」


 仁が即断する。

 護葉も頷いた。


「工事中の動線は私が管理します。ちびたちは近づけません」


「護葉、ちびたちはすぐ来ますよ?」


 一葉がやや心配そうに言う。

 その言葉通り、すでに小さな足音がぱたぱたと近づいてきていた。


「なにしてるのー?」

「ほるの?」

「ごはんのへや?」

「きのこある?」


 ちびっこが三人、わっと押し寄せてくる。

 いつの間に増えたのか、さっき千葉夜の膝にいた二人に加えて、もう一人増えていた。


「はい、危険ですので一歩下がってください」


 護葉がしゃがみ込んで、穏やかな声で言う。

 その口調は丁寧なのに、逃げ道を塞ぐ位置取りが完璧だった。


「ここから先は工事区画です。見学はできますが、走らない、触らない、転がらない」


「ころがらない」

「さわらない」

「きのこは?」


「きのこは後です」


 ちびたちはなんとなく納得して、護葉の足元に整列した。

 それを見た一葉が小声で呟く。


「護葉って、ちびの扱いもうまい……」


「統率対象の基本です」


 護葉は淡々と返したが、ちびの一人が彼女の脚にぎゅっとしがみついても、振り払わなかった。


 



 その日いちばんの混乱は、「味見係が多すぎる」ことだった。


 当然、今ある食糧も整理し直さなければならない。

 花蜜、きのこ、甘草、樹液、保存用の葉、乾燥させた実の欠片、双葉が持ち込んだ可食草――。


 仁がひとつずつ仕分けしている横で、一葉が「これは食堂に置く用ですか?」と聞き、双葉が「この葉っぱは今日の分と保存分を分けたい」と言い、紬葉が「小さい子でも持てる器がいるね」と考え、結葉が「これ、匂い移るから離した方がいい」と鼻をひくひくさせる。


 そこへ、ちびたちが来る。


「これたべていい?」

「きのこ!」

「みつ!」

「こっちは?」


「待ってください。まだ仕分け中です」


 仁が止めても、ちびたちは止まらない。

 千葉夜が慌てて追いかける。


「まだだめですよお、ちゃんと並べてからです」


「ひとくちだけ!」

「ひときれだけ!」

「ちいねえちゃん、おなかすいた!」


「さっき食べましたよね!?」


 しかも一人が、きのこ片をこっそり抱えて逃げた。


「あっ」

「逃走個体あり」


 護葉が即座に反応する。

 だが、その前に風葉が動いていた。


 ふっと影みたいに床を滑り、きのこ片を抱えたちびの前へ回り込む。

 ちびは「わっ」と止まり、風葉はしゃがみ込んで目線を合わせた。


「それ、まだだめ」


「……だめ?」


「うん。あとで、ちゃんとお皿にのる」


「おさら……」


「今持っていくと、仁が困る」


 その一言で、ちびはぴたりと動きを止めた。


「仁がこまるのは、だめ」


「だめ」


「じゃああとでたべる」


 きのこ片は無事返還された。

 風葉が戻ってくると、一葉が感動したように両手を握る。


「風葉すごいです! 捕獲が早い!」


「捕獲じゃない。説得」


「でもすごかったです」


「……そう」


 少しだけ、風葉の触角が嬉しそうに揺れた。


 


 午後になる頃には、食堂の形が見えてきた。


 広げられた空間の中央には、家族みんなで囲めるような、低い食卓スペースができる。

 床を少し高く平らに整え、その周囲に座りやすいよう、柔らかな繊維を敷いた。壁際には、保存区画として浅い棚がいくつも設けられ、花蜜用、草用、きのこ用、幼虫用と、種類ごとに分けて置けるようになっている。


 紬葉はその棚の前に、ちまちまと編んだ札を並べていた。


「これ、わかりやすいように印つけたの」

「花蜜は花びらの形、きのこは丸、草は葉っぱ」


「かわいいです!」


 一葉が拍手する。

 ちびたちも「かわいいー!」と真似してぱちぱちする。


「これは、ちびたちでも見分けやすいですね」

 護葉が感心したように言った。


 


 そして、改装の仕上げは――試食会である。


「完成した食堂は、実際に使って問題がないか確認する必要があります」


 仁がそう言った瞬間、ちびたちが「たべる!」「ごはん!」「ししょくかい!」と跳ねた。


「待ってください、まだ並べます」


 それからしばらくして、新しい食堂の中央に、その日の食事が並べられた。


 花蜜を入れた葉の器。

 薄く切ったきのこのスープ。

 甘い香りの果物。

 やわらかい葉で包んだ樹液片。

 双葉が選んだ、ちょっと元気が出る葉っぱのサラダ。

 ちびたち用には、食べやすいよう小さく分けたものもある。


「わあ……!」


 一葉が声を上げる。

「すごいです、ほんとうにごはん部屋って感じです!」


「ごはん部屋だよ」

 双葉がえへんと胸を張る。


「ごはんのにおいが、ちゃんとまとまってる」

 結葉は嬉しそうに触角を揺らした。


「座る場所も広いね」

 紬葉がちびたちを手招きする。


「はい、ちびさんたちはこっちですよ。走らないで、順番に座りましょうね」


 千葉夜がふわふわ誘導すると、ちびたちは珍しく素直に並んだ。

 いや、正確には一度並びかけて、途中で一人が花蜜の器へ突進しそうになり、護葉にすっと回収され、また並び直した。


「ちいねえちゃんのとなり!」

「わたしも!」

「きのこはこっち!」


「はいはい、押さないですよお」


 にぎやかな声が部屋に広がる。


 蜜葉乃はその様子を見て、目を細めた。

 女王室の改装も嬉しかったけれど、こうして家族みんながひとつの場所に集まって、同じ食卓を囲めるのはまた別の喜びがある。


「……すてきですねえ」


 ぽつりと零した声に、仁が隣で静かに頷く。


「ええ。今後、食事はできる限りここへ集約します」


「ねえ、仁」


「はい」


「とても、王国っぽいです」


 蜜葉乃がそう言って笑うと、仁はほんの少しだけ目を伏せた。

 それはたぶん、照れ隠しだった。


 やがて、みんなが席につく。


 そんな中で、最初に事件を起こしたのは、やはりちびたちだった。


「きのこおいしい!」

「こっちも!」

「みつ、もっと!」


 一人が花蜜の器へ手を伸ばし、もう一人がきのこ皿へ身を乗り出し、その勢いで三人目が紬葉の前に置かれた甘草を巻き込んで転ぶ。


「あっ」

「きゃー」

「ころんだ!」


「だから転がらないでって言ったのにぃ……!」


 千葉夜が慌てて抱き起こし、一葉が器を支え、紬葉が散らばった草を集め、結葉が「花蜜こぼれる!」と器を押さえる。


 そして仁が、頭を抱えた。


「……やはり食堂は戦場ですね」


 その一言に、蜜葉乃はとうとう声を立てて笑ってしまった。


 みんなもつられて笑う。

 ちびたちも、何がそんなに面白いのかわからないまま一緒に笑う。


 そうして少し騒がしく、少し慌ただしく、それでもあたたかな夕食が始まった。


 新しいごはん部屋は、たしかに便利だった。

 保存もしやすく、配膳もしやすく、みんなで集まって食べやすい。

 でも何より良かったのは、誰かがどこかで一人で食べるのではなく、家族みんなで顔を合わせて「おいしい」を分け合えるようになったことだったのかもしれない。


 ただし、その夜。


 試食会が楽しすぎたちびたちが「ここでねる!」と言い出し、

 双葉が「わかる、ごはんの匂いがして落ち着くもん」と妙に共感し、

 紬葉まで「ちょっとだけなら……」と揺らぎはじめたため、


「ここは宿泊施設ではありません」


 と、仁が再び真顔で回収班をする羽目になるのだが。


 それはまた、別の話である。


ーーーーーーーーー


仁の日誌


食堂兼食糧管理区画、改装完了。


これまで探索班、牧場、栽培区画、きのこ部屋の収穫物が一か所に集まり、管理が煩雑だったうえ、子蟻たちによるつまみ食いや持ち出しも頻発していた。


今回、食堂・保存庫・仕分け区画への分割を実施。


特筆すべきは紬葉の表示札。

今後ほかの区画への導入も検討したい。


皆が一つの卓を囲み、笑いながら食事をする光景は悪くない。


女王さまは「王国っぽいですね」と嬉しそうに笑われた。


王国は、まだ拡張の途中である。


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