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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで


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22/42

22 ちいねえちゃんは育房室にうるさい ーー王国リフォーム大作戦その2

 女王室の改装が終わった翌日。

 巣の中では、さっそく次の工事計画が持ち上がっていた。


「次は育房室を整えます」


 朝の点呼のように、仁がきっぱりと言い切る。

 その場にいた姉妹たちは一斉に顔を上げた。


 場所は、巣の中心に近い共有室。

 朝のごはんを終えたあとで、妹たちはそれぞれ好き勝手な位置に座っている。一葉は蜜葉乃のそば、双葉は葉っぱの束を抱えたまま、葉月は壁にもたれて腕組み、結葉と紬葉は並んで床にぺたんと座り、風葉は少し後ろの影にいる。千葉夜はというと、育房室から連れてきたちびっこたち二人を膝に乗せたまま、きょとんと瞬いていた。


「育房室ですか?」


 蜜葉乃が首を傾げる。

 その横で、千葉夜の触角がぴくりと揺れた。


「はい。現在の育房室は、卵・幼虫・羽化したばかりの幼い子たちが同居しており、区画分けが不十分です」


 仁は床に簡単な見取り図を描きながら説明する。


「加えて、最近はちびたちの行動範囲が広がっております。育房室の端から端まで転がる、保温材の山に潜る、勝手に通路へ出ようとする、などの事例が増加中です」


「きのうも、ひとりいなくなったと思ったら保温繊維の中で寝てました……」


 千葉夜がふわふわした声で補足する。

 膝の上のちびっこが「ねてた」と得意げに復唱した。


「しかも、卵の近くで全力で転がる子もいます。ころがるのはだめです!」


 千葉夜が珍しくきっぱり言う。

 膝の上のもう一人が「だめ」と小さく頷いた。


 蜜葉乃は思わずくすりと笑った。


「まあ、にぎやかになりましたものねえ」


「にぎやか、で済ませていい段階ではありません」


 仁は真顔で言った。

 そして、いつものように淡々と結論を出す。


「よって本日より、育房室の改装を行います」


「……ちょっと待って」


 葉月が片手を上げた。

 壁にもたれていた姿勢のまま、半眼で仁を見る。


「女王室の次が育房室ってのはわかるけどさ。あたしの坑道拡張は?」


「後日です」


「即答!」


「現在優先すべきは、増え続ける子どもたちの居住環境改善です」


「ぐぬぬ……」


 葉月は不満げに唇を尖らせたが、反論はできない。

 実際、育房室はかなり手狭になってきていた。


 卵の置き場。

 幼虫の寝床。

 羽化したばかりのちびたちが集まる場所。

 それに、千葉夜が保温材や湿り気の違いを見ながら細かく区分している“この子はここ”の配置。

 もともとは創設室で最低限の広さしかなかった部屋に、今ではいろいろなものが詰め込まれている。


「育房室なら、わたしもお手伝いしたいです」


 一葉が元気よく手を挙げた。


「お花の匂いのする葉っぱとか、やわらかい繊維とか、赤ちゃんたちが好きそうなものを探してきます!」


「わたしも! あったかい葉っぱ探す!」


 双葉も勢いよく乗ってくる。

 その瞬間、仁の触角がわずかに揺れた。


「双葉」


「はい!」


「“赤ちゃんたちが好きそうだから”という理由で、未知の植物を育房室へ持ち込むのは禁止です」


「まだ何もしてないよ!?」


「先日の前科がありますので」


 先日の前科――つまり、蔓と根と胞子が暴走した一件のことだ。

 双葉は「うっ」と言葉を詰まらせた。


「今回は、ちゃんと安全なやつにするもん……」


「“安全だと思う”ではなく、“安全が確認されたもの”にしてください」


「はあい……」


 しょんぼりした双葉の肩を、一葉が「だいじょうぶだよ」とぽんぽんする。

 その隣で紬葉が「双葉、葉っぱ持ち込む前に一回見せてね」と言い、結葉が「匂いも確認する」と真面目に頷いた。


 なんだかすでに、双葉対策班ができつつあった。


 そんな中で、ずっと静かだった千葉夜が、おそるおそる手を上げた。


「あのう……」


 みんなの視線が集まる。

 千葉夜は膝の上のちびっこをそっと下ろして、少しだけ背筋を伸ばした。


「育房室のことなら、その……わたし、言いたいことが、いっぱいあります」


 その一言に、仁がすっと居住まいを正した。


「ぜひ伺います」


「えっ」


「本件に関して、最も現場を把握しているのは千葉夜です。ご意見を」


 急に正式な会議みたいな空気になって、千葉夜は目をぱちぱちさせた。

 けれど、蜜葉乃がにこりと笑う。


「千葉夜、聞かせてくださいな」


「はい、女王さま……!」


 そうして、ふわふわおっとりした育房係は、育房室改装会議の中心へ押し上げられたのだった。


 


 千葉夜の要望は、予想以上に細かかった。


「まず、卵の場所と、幼虫さんの場所と、羽化したばかりの小さい子たちの場所は、ちゃんと分けたいです」


「理由をどうぞ」


「卵さんは静かな方がいいですし、幼虫さんはあったかさが大事ですし、小さい子たちは動くので……あの、混ざると、転がります」


「転がるのですね」


「転がります」


 仁が真顔で頷く。

 葉月が横で吹き出した。


「あと、幼虫さんの寝床は、やわらかいところと、少しかためのところを選べるようにしたいです」


「選べる?」


 一葉が首を傾げる。


「はい。この子はこっちが落ち着く、この子はあっちの方がよく眠る、ってあるんです」


「まあ」


 蜜葉乃が感心したように声を漏らす。

 千葉夜はこくこく頷いた。


「それから、保温材の置き場lは角を丸くしたいです。ちびたちが勢いよく突っ込むので……」


「突っ込むの?」


 今度は双葉が聞き返した。

 千葉夜はとても真面目な顔で答える。


「はい。走ってきて、そのまま、ぽすっと」


 言いながら、自分の手で“ぽすっ”の動きをしてみせる。

 あまりに平和な説明なのに、内容は完全に事故報告だった。


「あと、寝ている子のそばを通る道は、少し広くしてほしいです。今は誰かが通るたびに風が当たって、起きちゃう子がいるので」


「なるほど」


「それから、夜灯り苔は少しだけ。明るすぎると眠れない子もいるので、寝床から少し離したところに置いてほしいです」


「わあ……」


 一葉が思わず呟いた。


「千葉夜、すごく考えてるんですねえ」


「えっ」


 千葉夜はびっくりしたように目を丸くする。


「だって……みんな、ちゃんとあったかくて、安心して寝られた方がいいので……」


 言いながら、少し照れたように視線を伏せる。

 その膝に、さっき下ろしたちびっこがまたよじ登ってきた。


「ちいねえちゃん、あったかい」


「うん、あったかいですよお」


 千葉夜がその子の頭をなでる。

 もう一人のちびっこも反対側からくっついてきて、千葉夜の袖にしがみついた。


 その様子を見た蜜葉乃が、ふわりと微笑む。


「千葉夜は、本当に育房係にぴったりですね」


「そ、そんな……」


「いいえ、本当です。わたし、安心しました」


 女王にそう言われて、千葉夜の頬がほんのり赤くなる。

 仁はそのやりとりを見ながら、静かに結論を出した。


「方針は決まりました。育房室を三つの区画に再編します」


 枝の先で床を示す。


「第一に、卵と孵化直後の幼虫を置く静養区画。第二に、成長中の幼虫と千葉夜の管理スペースを兼ねた保温区画。第三に、羽化した幼い子どもたちの遊び兼休憩区画」


「遊び区画までできるの?」


 紬葉が目を輝かせる。

 仁はこくりと頷いた。


「通路に飛び出されるよりは、最初から安全な範囲で動ける場所を設けた方が合理的です」


「仁さん、最近ちびたちに甘くない?」


 葉月がにやにやしながら言うと、仁は無表情のまま答えた。


「甘やかしているのではありません。事故防止です」


「それを世間ではだいたい優しいって言うんだよ」


「存じません」


 即答だった。


 


 工事は、その日のうちに始まった。


 まず葉月が、育房室の壁と床を見回して構造を確認する。

 どこを広げれば通路とぶつからずに済むか、どこを削れば保温が逃げにくいか、どこに補強を入れるべきか。腕組みしたままじっと考えていた葉月は、やがて「あっちの壁を少し下げる」と決めた。


「ただ広げるだけじゃだめなんだよ。風の抜け方が変わるから」

「温かい空気が逃げすぎると、ちびたちが寒いし」


「さすが葉月……!」


一葉がきらきらした目を向けると、葉月は少しだけ顔を背けた。


「べ、別に。坑道係として当然だし」


「でもかっこいいです」


「……そういうのは、工事終わってから言って」


 照れ隠しみたいに土壁へ手をつく。

 その横で仁は、補強材として使う根の繊維や乾いた葉片を整えていた。


 一葉と紬葉は、柔らかい葉や香りの穏やかな花びら集め係。

 結葉は匂いがきつすぎるもの、湿りすぎるものの選別係。

 双葉は「空気がやわらかくなる草」の候補をいくつか持ってきたが、仁と千葉夜の二重チェックを受けることになった。


「これは?」


「ちょっとだけ落ち着く匂いのする草!」


「強すぎます。却下」


「これは?」


「葉っぱがふかふかになる苔!」


「増殖速度が不明です。保留」


「これは?」


「夜にしゅわって香る花!」


「“しゅわって香る”の説明が曖昧すぎます。却下」


「うう……」


 双葉がへにょんとしおれる。

 その横で、千葉夜が申し訳なさそうに小声で言った。


「でも、この小さい草は、たぶん大丈夫かもしれません……。香りも弱いですし、根も浅いので」


「採用します」


「はやい!」


「現場責任者の意見ですので」


 双葉が「ちいねえちゃんに認められた……!」と嬉しそうに草を抱きしめる。

 千葉夜は「えへへ……」と照れながらも、その草を育房室の隅へ慎重に植えた。


 風葉は表立って騒ぐことはしなかったが、工事のあいだずっと出入口近くや通路の影を行き来していた。

 ちびたちが勝手に外へ出ないよう見張ったり、葉月が削った土を運ぶ流れを整えたり、時々ふらっと消えては必要なものを見つけて戻ってくる。


「風葉、これどこに置けばいい?」

 と紬葉が聞けば、

「そこだとちびが蹴る。こっち」

 と短く答える。


「結葉、そこは通るから匂いが混ざる」

「えっ、そうなの」

「うん。あとで迷う」


 必要なことだけを、必要なだけ言う。

 でもその一言一言が、きちんと役に立っていた。


 そして何より、千葉夜が忙しかった。


「その繊維は、もう少しほぐしてほしいです」

「はいっ」

「こっちの寝床は、あと少しだけ高くしてください」

「承知しました」

「夜灯り苔は、その位置だとまぶしいかもです」

「三歩分、奥へ移します」

「この葉っぱは、角がちょっとかたいので、幼虫さんの近くじゃない方がいいです」


 ふわふわした声なのに、言うことは一切ぶれない。

 仁も葉月も、気づけば「千葉夜の指示に従って動く工事班」になっていた。


 その様子を見ていた蜜葉乃が、思わず笑う。


「千葉夜、すっかり監督さんですねえ」


「か、監督だなんて……!」


「でも、誰よりも頼もしいですよ」


 蜜葉乃に言われて、千葉夜はますます赤くなった。

 けれど、その直後にちびっこが保温材の山へ勢いよく飛び込もうとしたので、即座に抱き上げていた。


「だめです、まだそこは工事中ですよお」


「えー」


「えー、じゃありません」


 やさしい声なのに、ここだけは譲らない。

 ちびっこはむくれながらも、千葉夜の腕の中でおとなしくなった。


「……強い」


 ぽつりと風葉が呟く。

 一葉がうんうんと頷いた。


「ちいねえちゃん、育房のことになると本当に強いです」


 


 夕方近く、育房室は見違えるようになっていた。


 入口から入って左側は、卵と小さな幼虫のための静かな区画。

 保温材はふわりと丸く積まれ、壁際には湿り気を保つための葉片が丁寧に並べられている。夜灯り苔は直接寝床を照らさないよう、少し離れた角に控えめに配置された。


 奥は、成長中の幼虫たちの保温区画。

 柔らかい寝床と少しかための寝床がゆるやかに分かれていて、千葉夜が様子を見ながら移動させやすいようになっている。保温繊維の厚みも場所ごとに違い、まるで小さな寝台が並んでいるみたいだった。


 そして右側には、羽化したばかりのちびたちのための小さな遊び兼休憩区画。

 床はやわらかく、角はすべて丸くされ、転んでも痛くないように薄い繊維が敷かれている。紬葉が編んだ蔓の輪っかや、一葉が持ち帰った花びらも少しだけ飾られていて、妙にかわいらしい。


「……まあ」


 蜜葉乃が、育房室の入口で立ち止まった。

 ふわりと明るくなったその部屋を見て、目を丸くする。


「すごいです。前よりずっと、あったかそうで、やさしいお部屋になりました」


「はい……!」


 千葉夜が、ほっとしたように胸の前で手を組む。


「これなら、みんな、ちゃんと寝られると思います」


「ちいねえちゃんのお部屋だー!」


 ちびっこたちがさっそく新しい遊び区画へ飛び込んでいく。

 ぽふ、ぽふ、と保温材の上へ転がって、きゃっきゃと笑い合う。


「だから転がるんだよなあ……」


 葉月が半眼で呟く。

 だが今回はちゃんと転がっても大丈夫な設計だ。


 千葉夜はちびたちの様子を見守りながら、卵の区画、幼虫の区画、遊び区画を順番に見回していく。少し位置が気になる繊維を直し、寝床の端を整え、夜灯り苔の明るさを確かめる。


 その後ろ姿を見ながら、蜜葉乃はそっと仁に話しかけた。


「千葉夜、すっかり頼もしくなりましたねえ」


「もともと資質はありました」


「はい。でも、こうして形になると、なんだかうれしいです」


「……ええ」


 仁も静かに頷く。

 千葉夜は女王の変化に誰より敏感で、幼い命の機嫌や体温にもよく気づく。

 その力が、こうして巣の中で“役割”として育っているのだ。


「みんな、少しずつ、自分のお仕事を見つけていくのですね」


 蜜葉乃の声は、やわらかかった。

 その目には、誇らしさと、母親らしい愛しさがいっしょに浮かんでいる。


 すると、その時だった。


「女王さま、見てください!」


 一葉が、遊び区画の奥から元気な声を上げる。

 振り向くと、ちびっこが二人、保温材の山に半分埋まりながら、すやすや眠っていた。


「……寝た」


 風葉がぽつりと言う。


「はやいですねえ」


「はやいです……」


 千葉夜が感極まったように両手を胸に当てる。


「ちゃんと、落ち着いて寝られてます……」


 まるで自分のことみたいに嬉しそうだ。

 蜜葉乃はその様子に目を細め、そっと笑った。


「大成功ですね、千葉夜」


「はい……!」


 千葉夜は今度こそ、照れながらも、しっかり頷いた。


 こうして、王国リフォーム大作戦その二――育房室改装は、無事に成功したのだった。


 ただし、その夜。


 快適になりすぎた育房室に、ちびっこだけでなく、一葉と双葉まで「ちょっとだけ一緒に寝てもいいですか」と転がり込み、

 さらに様子を見に来た蜜葉乃まで「まあ、なんだか落ち着きますねえ」と腰を下ろしてしまったため、


「……ここは託児室兼女王休憩所ではありません」


 と、仁が深夜に真顔で全員を回収することになるのだが。


 それはまた、別の話である。



仁の日誌


育房室改装、完了。


今回の現場責任者は実質、千葉夜だった。

普段はおっとりしているが、育房環境に関する判断だけは驚くほど早く正確で、温度や湿度、寝床、導線まで細かな指示を出してくる。

葉月も私も、途中から完全に「千葉夜監督の施工班」だった。


完成した育房室は予想以上に快適で、幼体は即座に熟睡。

その一方で、一葉、双葉、蜜葉乃さままで居座る事案が発生した。

設計としては成功だが、運用には少々問題がある。


それでも千葉夜が「これなら、みんな、ちゃんと寝られます」と安心した顔で笑った。


その一言で、今回の改装は成功だったのだと思う。


巣は少しずつ広がり、役割も家族も増えていく。

もうここは、ただ暮らすための巣ではない。


少しずつ、“家族の王国”になっている。


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