表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/44

19 大失敗と大成果

 巣の中は、しばらくのあいだ大変な騒ぎだった。


 暴走した蔓と根は、どうにか葉月と護葉を中心に押さえ込んだものの、栽培区画から実験室、そこから隣の通路にかけて、土壁はあちこちめくれ、床には根が這い、飛び散った胞子で空気はほんのりきのこ臭い。育房室もボロボロだ。


 双葉はというと、騒ぎの中心でしょんぼりと小さくなっていた。


「……ごめんなさい」


 しおれた声でそう言って、両手を膝の上に置いて座り込んでいる。

 髪にも肩にも、どこから飛んできたのか細かな胞子がついていて、ふわふわした見た目のわりに、ずいぶん“事件の当事者”らしい姿だった。


 目の前には、蔓で半ば埋まった実験室。

 壁際には、暴走した植物の残骸が積まれている。

 少し離れたところでは、仁が崩れた棚を片づけながら、無表情で何かを計算していた。


 そこへ、葉月が土埃を払いながら戻ってきた。

 腕にはまだ切り落とした蔓の繊維が何本も引っかかっている。髪も乱れているし、頬にも土がついているが、本人は気にした様子もない。


「女王さま、ひとまず動く根っこは全部止まった」

「まあ、葉月、お疲れさまです」

「ん。……ついでに、通路の奥も少し見てきた」


 その言葉に、仁の手がぴたりと止まる。


「少し、とは」


「ほんの少し。崩れた先の確認だけ」

「それを一般に“勝手に進んだ”と言います」

「まだ怒る段階じゃないでしょ、執事さん」


 葉月はけろりとしている。

 仁はこめかみを押さえた。


「怒る段階です。現在、巣内では実験室の暴走、通路損壊、胞子飛散、育房室への延焼ならぬ延根未遂が同時進行しておりました」

「最後の言い方だけちょっと面白い」

「面白くありません」


 ぴしゃりと言われ、葉月は肩をすくめた。

 だがその口元は、少しだけ笑っている。


 そのやりとりを、少し離れたところで見ていた一葉が、小声で風葉に囁いた。


「仁さん、今日はいつもより三割くらいお怒りですねえ」

「うん。たぶん、片づけるものが多い」

「なるほど」

「でも、たぶん元気」

「え、そうなんです?」

「忙しいときの仁さん、ちょっと生き生きしてる」


 一葉が目を丸くする。

 言われてみれば、確かに仁は大騒ぎの最中ほど動きに無駄がなくなる。声は低くなるし表情も固いが、指示の速さはいつもの倍だ。


 それが執事として良いことなのかどうかは、一葉にはよくわからなかった。


 ***


 その後、巣の中央にある少し広い部屋で、急遽「被害確認と今後の対策会議」が開かれた。


 もっとも、“会議”といっても、参加者の半分は小さい妹たちである。

 結葉と紬葉は途中から「きのこまだあるかな」「あとで焼いて食べたい」とこそこそ話し始めているし、千葉夜は千葉夜で、避難させた幼虫たちの様子が気になるのか、さっきから何度も育房室の方を振り返っていた。


 それでも、巣の今後に関わる大事な話だ。

 蜜葉乃は部屋の中央に座り、みんなを見回した。


「まずは、誰も大きな怪我をしなかったこと、本当によかったです」


 その言葉に、姉妹たちはそれぞれ頷く。

 護葉だけは少し後ろに控えたまま、静かに立っていた。


 騒ぎの最中は葉月の後ろから崩れた土を支え、双葉を引っ張り出し、暴れる蔓を押さえ込み、避難経路を確保した。誰より目立つわけではないのに、気づけば一番危ない場所にいた。


 仁がちらりと護葉を見る。


「では、報告を始めます。被害は三つに分けられます」


 いつものように、床に枝で簡単な図を描く。


「第一に、実験室区画の半壊。第二に、栽培区画から西通路にかけての損傷。第三に、胞子飛散による一時的な空気悪化。ただし、幸いなことに育房室と女王室は修復可能な範囲です。」


「千葉夜がすぐ閉めてくれたからねえ」

 蜜葉乃が言うと、千葉夜はちょこんと背筋を伸ばした。


「だって、ちいさい子たちに胞子ついたらかわいそうです」

「えらい」

 一葉がすぐ褒める。

 千葉夜は少しだけ照れたように笑った。


 仁はそのまま話を続ける。


「そして次に――成果です」


 双葉がぴくりと顔を上げた。

 葉月も腕を組んだまま視線を向ける。


「今回の事故は、大失敗でした」

「はい……」

 双葉が小さくなる。


「ですが、同時に、いくつか見逃せない収穫がありました」


 仁は床に描いた図の西側を、枝先でとんと叩いた。


「まずひとつ。暴走した根が西通路の奥の土壁を押し破った結果、壁の向こうにある空隙の位置がかなりはっきりしました」


 その瞬間、葉月の目がぎらりと光った。


「やはり空いていたのですね」

「ええ。完全な開通には至っていませんが、反響、風の流れ、土質の変化から見て、向こうにさらなる通路ないし空間があるのはほぼ確実です」


 蜜葉乃が息を呑む。


「まあ……」

「以前から葉月が言っていた“壁の向こう”です。今回の崩れで、位置と深さの見当がつきました。今後、掘り進めるべき場所を絞れます。とりあえず露出した部分は早急に巣に取り込む方向で、調査と補強をいたしましょう」


 葉月は口元をにやりとさせた。


「つまり?」

「今は掘るな、です」

「なんで」

「なんでではありません。補強と安全確認が先です」

「ちぇ」


 即座に却下され、葉月は露骨に不満そうな顔をした。

 だが蜜葉乃には、その不満の中に混じる嬉しさもちゃんと見えた。

 ずっと気にしていた壁の向こうに、ようやく本物の手がかりができたのだ。無理もない。


 仁は咳払いをひとつして、さらに続ける。


「ふたつめ。暴走した根が、崩れかけていた天井や壁の一部に絡みついたことで、結果的に補強材として機能した箇所があります」


「えっ」

 双葉が顔を上げる。


「特に西側の通路は顕著です。根が土を縫うように入り込み、脆かった層をまとめている。もちろん暴走状態のままでは危険ですが、量と向きを制御できれば、坑道補強材として非常に優秀です」


 葉月が目を細める。

 今度は職人の目だ。


「……たしかに。触った感じ、ただの草の根じゃない。乾くと固くなるし、でもしなる」

「はい。崩落防止に使えます。木片や葉繊維だけでは足りなかった部分を補えるでしょう」


 双葉の触角が、ぴく、ぴく、と揺れた。


「つ、つまり……」

「分量を誤れば大事故です」

「はい」

「ですが、成功すれば有用です」

「……!」


 しゅんとしていた双葉の顔に、少しだけ光が戻る。

 失敗は失敗だ。でも、全部が無駄だったわけではない。そのことが、彼女にはたまらなく救いだった。


「みっつめ」

 仁は今度、部屋の隅に積んである植物の残骸を見た。

「今回の暴走で、地上由来と思われる繊維質の根、樹皮片、養分を多く含んだ菌糸、さらに保水性の高い土塊が大量に確保できました」


「資材ですねえ」

 一葉が言う。


「はい。補強材、敷材、栽培用土、保湿材として利用可能です。現状不足していた資材を、一度にかなり補えます」

「すごい……」

 紬葉がぽかんと口を開ける。

「暴れたのに、いろいろ置いてったんだ」

「置き土産が乱暴すぎますが」

 仁は真顔で言った。


 部屋のあちこちで、小さな笑いが起きる。

 さっきまでの緊張が、少しだけほどけた。


 そこで、蜜葉乃がそっと護葉へ目を向けた。


「それから、もうひとつ大きなことがありますね」


 視線を向けられ、護葉は一瞬だけ目を瞬いた。

 まだ、こうしてみんなの中心で話題にされるのに慣れていないのだろう。


 蜜葉乃はやわらかく微笑む。


「護葉。今日は、本当に助かりました」

「……いえ。やるべきことをしただけです」

「でも、葉月も双葉も、護葉がいなかったらもっと大変でした」

「同意します」

 仁が即座に頷く。

「護葉は状況判断、救出、通路確保、いずれも極めて優秀でした」


 護葉はわずかに視線を下げた。

 褒められても、表情はあまり変わらない。けれど耳の先がほんの少し赤くなっているのを、一葉は見逃さなかった。


「というわけで」

 蜜葉乃が手を合わせる。

「みなさんに、改めて紹介したいと思います。護衛係の護葉です」


 部屋の空気が、ぱっと華やぐ。


「わあー!」

「護葉!」

「もりねえさまだ!」


 結葉と紬葉が一気に声を上げた。

 千葉夜もふわっと笑って、「この前、ちいさい子を運ぶの手伝ってくれました」と嬉しそうに言う。


 一葉はにこにこしながら、護葉のそばへ寄った。


「改めまして、探索班長の一葉です。今後ともよろしくお願いします、護葉」

「……こちらこそ。一葉の噂はよく聞いています」

「噂」

「虫のお友達が多いとか、すぐ外へ飛び出したがるとか」

「後半は誰情報です?」

「仁です」

「仁……」


 裏切りに近いものを感じて、一葉が仁を見る。

 仁は少しも動じずに答えた。


「事実かと」

「事実ですけども」


 くすくすと笑いが広がった。


 護葉はその様子を静かに見ていたが、やがて一歩前へ出る。


「女王さま。もし許していただけるなら、今後は護衛と危険時の対応を、私が中心になって担いたいと思います」


 部屋がしんとする。

 護葉の声は落ち着いていて、けれど芯があった。


「家族が増えました。巣も広がっています。探索、栽培、育房、坑道――どの仕事も大切ですが、それぞれが安心して動くには、守る役目を切り分けた方がいい。今回、そう感じました」


 仁が静かに目を細める。

 護葉の言葉を、試すように聞いている顔だ。


「護衛班……ですか」

「はい」

「構成案は」

「現時点では私一人でも構いません。ただ、いずれ妹たちが育てば、避難誘導、女王護衛、通路警備を分担したいです」


 理路整然としている。

 しかも、先を見ている。

 仁が気に入るのもわかる話し方だった。


 蜜葉乃は、ぱっと表情を明るくした。


「まあ、頼もしい」

「では」

 仁が一礼する。

「私からも提案を。護葉には今後、正式に護衛班長をお願いしたく存じます。私が巣全体の運営と外部調達に出ている間、巣内の安全管理を一部委任できれば非常に助かります」


「右腕みたいですねえ」

 蜜葉乃が言うと、護葉は少しだけ目を見開いた。

 仁は表情を変えないまま答える。


「まだ補佐候補です」

「候補なんですね」

「評価はこれからです」

「厳しい」

 一葉が小声で呟く。


 けれど護葉は、その厳しさにむしろ安心したように、すっと背筋を伸ばした。


「承知しました。期待に応えます」

「よろしくお願いします、護葉」

 蜜葉乃が微笑む。

「はい、女王さま」


 こうして巣には、新たに護衛係が定まった。


 ***


 会議が終わりかけた頃、結葉がそわそわと手を挙げた。


「あの」


「はい、結葉」

 蜜葉乃が促す。


「さっきから、すっごくいい匂いがするんですけど」


「……あ」


 双葉が固まる。

 葉月が、にやりと笑った。


「それ、たぶんきのこ」

「きのこ」

「暴走の時に胞子飛んで、実験室の隅で一気に育った」

「一気に」

「しかも、たぶん食べられるやつ」


 仁がすかさず補足する。


「正確には、先ほど安全確認済みです。少量を試した結果、毒性なし、味は良好」

「試したんですか」

 一葉が聞くと、仁は当然のように頷いた。

「執事ですので」

「執事はきのこの毒見もするんですねえ」

「必要でしたので」


 その瞬間、紬葉の目がきらきらした。


「じゃあ、食べていいの?」

「いいんですか?」

 結葉も身を乗り出す。


 蜜葉乃は仁を見る。

 仁はほんの一瞬考え、それから静かに一礼した。


「本日の復旧作業の慰労も兼ねて、許可いたします」

「まあ!」


 その一言で、部屋の空気が一気に明るくなった。


「きのこぱーてぃだ!」

「きのこぱーてぃ!」

 結葉と紬葉が飛び跳ねる。

 双葉も「……わたし、味付け考えます」と少し元気を取り戻した声で言った。

 千葉夜は「幼虫たちにはまだだめです」と真面目に確認し、葉月は「焼いたのと蒸したの両方やりたい」とすでに食べる気満々である。


 そして、しばらく後。


 復旧途中の巣の一角で、本当にささやかな“きのこパーティ”が始まった。


 仁が薄く裂いたきのこを石板の上で炙り、双葉が香りの良い葉を少し添える。双葉の栽培区画から無事だった香草を分けてもらったらしい。紬葉が運び、結葉が匂いを嗅いで「これ絶対おいしいやつ」と断言し、一葉は「がんばったみんなへのご褒美ですねえ」と嬉しそうに笑う。


 蜜葉乃も、ひとくち食べて目を丸くした。


「……まあ」

「どう?」

 双葉がそわそわと聞く。


「とってもおいしいです」

「ほんと?」

「ええ。ふわっとしていて、でも旨みがしっかりしていて……」

「よかったあ……」


 双葉はへなへなと力を抜いた。

 どうやら、失敗の罪悪感が少し和らいだらしい。


 葉月は葉月で、焼ききのこを齧りながら、壁の向こうの方角をちらちら見ている。


「……ねえ、仁」

「何でしょう」

「明日から補強終わったら、少しだけ掘っていい?」

「駄目です」

「まだ言い終わってない」

「最後まで聞いても結論は同じです」

「執事、融通きかなすぎ」

「坑道係が逸りすぎです」


 そのやり取りに、護葉が小さく口元を緩める。

 一葉がそれに気づいて、こっそり嬉しくなった。


 蜜葉乃は、娘たちの笑い声を聞きながら、そっと胸の奥に手を当てた。

 体調はまだ万全ではない。それでも、以前のような苦しさはもう薄い。花蜜と、娘たちが運んでくれる食べ物と、少しずつ整ってきた巣のおかげで、身体がちゃんと“前へ進んでいる”のがわかる。


 大失敗だった。

 でも、大成果でもあった。


 壁の向こうへ進む道筋が見えた。

 巣を守るための新しい補強材も見つかった。

 足りなかった資材も増えた。

 おいしいきのこまで手に入った。

 そして何より――守ってくれる娘が、またひとり、しっかりと立ち上がった。


「女王さま」

 ふいに仁が声をかける。


「はい?」

「本件を踏まえ、明日より“実験室運用規則”を制定します」

「まあ」

「双葉には監督者をつけます」

「えっ」

 双葉が固まる。


「危険植物の使用量、混合条件、栽培区画との距離、胞子類との併用制限、緊急停止手順――」

「待ってください、仁さん」

 一葉が思わず口を挟む。

「すごく長くなりそうです」

「当然です」

「双葉が寝ちゃいます」

「寝ません……!」

 双葉が慌てて反論する。

 けれどその声に、またみんなが笑った。


 仁はため息をつきながらも、どこか諦めたように目を細める。


「……とにかく、今後は事故防止を徹底します」

「はい」


 蜜葉乃が笑う。

「でも、今日はもう、みんなでおいしくきのこをいただきましょうね」

「承知しました」

「きのこ、まだありますよお」


 一葉が嬉しそうに皿を差し出す。

「仁さんも食べます?」

「いただきます」

「葉月、壁の方見ながら食べないでください」

「え、なんでわかったの」

「見てたからです」

「護葉、こわい」

「護衛ですので」


 復旧途中の巣に、笑い声が広がる。


 土壁はまだあちこち崩れたままで、通路の先には片づけきれていない根も残っている。

 壁の向こうは、まだ開いていない。

 やることは山ほどある。


 けれども、その夜の巣は、確かに明るかった。


 失敗しても、助け合える。

 転んでも、拾えるものがある。

 騒ぎのあとに、ちゃんと前へ進める。


 そんな家族の強さが、少しずつ、この小さな巣に根を張りはじめていた。



仁の日誌


双葉の実験、大失敗により実験室半壊。

ただし成果は多い。


・西壁の向こうに空隙あり。位置がかなり明確になった

・暴走した根は補強材として有望。制御法の確立が必要

・繊維、保水土、菌糸など不足資材を大量確保

・きのこは非常に美味

・護葉、護衛班長として正式採用。適性高し


問題児が増えるたび、巣も少しずつ強くなる。

喜ばしいことではあるが、胃が痛い。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ