126 遺跡調査
「遺跡の調査を頼みたい」
急遽戻ってきた仁に連れられて、葉月は護葉と共にボートでクモの集落にやってきた。
三艘のボートには、交易の為のお酒と染色された色鮮やかなクモの糸も積み込まれていた。
川を下るのは簡単だが、遡るには動力が必要だ。
「蟻人サイズのボートを押すくらい、全く問題ないよ」
「普段から泳いでいる範囲だし、いつでも言ってね」
カエルや魚たちが快く協力を申し出てくれた。
はじめての遠出に、クモの集落の素晴らしさ。
どれも驚くばかりだった。
なかでも葉月、護葉に絵葉が合流して地下の遺跡に入った時の衝撃は、言葉で表現できない。
「これを、過去の蟻人が作ったの?神様じゃなくて?」
葉月はその場で動けなくなってしまった。
古いはずなのに、今もなお細部まで彫刻の残る木製のドア。
大きな空間を支える、太い大きな柱の滑らかさ。
大小様々な彫刻の精密さ。
床に敷き詰められた、白い石のタイル。
計算され尽くされた、明かり取りの窓。
そのどれもが、文化の高さを物語っている。
「精密さなら、神様のお城を上回るかもしれません。蟻人サイズですからね」
滞在中にスケッチを続けている絵葉が、奥の通路を案内することになった。
「案内と言っても、ほんの一部しかまだ確認できていないのですが……ここはおそらくキッチンでしょうね。ここで作って、石刻の間や、周りの部屋で食べていたと思われます。机と椅子が残っていますね」
キッチンの一角には小さなドアがあり、そこから地下に降りる階段があった。
「ここは、倉庫でしょうね。いくつかに仕切られているのは、食品毎に収納したのでしょうか」
「深部の空気の流れも、完璧に制御されているな」
葉月は、通気孔の配置を確認しながら、驚嘆の声をあげた。
地下にある複雑な作りの蟻人の巣が、なぜ酸欠にならないのか。
それは換気を考えた設計をするからだ。
簡単に説明すると、太陽光や蟻人たちの体温で巣の上部の空気が温められると、上昇気流が生まれて上部の穴から抜けていく。自然の力をうまく利用して空気の循環を行っているのだ。
葉月は今まで、その設計整備を一手に引き受けて、全ての部屋を快適に保つ努力をしてきた専門家でもあるのだ。
キッチンに戻ると、整備された水路も発見した。
今は止められているが、水を送れるようだ。
「この遺跡は、彫刻や装飾もすごいけど、水や空気の設計もすごいな。うちの巣にも取り入れたい」
「さすが葉月。目のつけどころが、専門家ですね」
「絵葉だって、地下探索班の班員だろう。ちょっとは勉強しろよ」
もちろん葉月も、絵葉の仕事の範囲が広いことはわかっている。
「まあ、絵葉の絵には助けられている。こっちの巣も管理するなら、子蟻を専門家に育てる必要があるな……」
そう呟きながら、最近頭角を表している数名の子蟻の顔を思い浮かべた。
奥まで進むと、再び今度はシンプルなデザインの木製ドアがあった。
「まだこの先は、入ったことがないんです」
絵葉の言葉で三人は顔を見合わせたが、やがて護葉がドアに手をかけた。
久方ぶりに開けられるドアは、意外なほどすんなりと開いた。
「こちらは石灰岩の坑道だから、そんなに汚れていないな」
慎重に進む護葉に二人は続いた。
やがて坑道の先に大部屋が現れた。そこからさらに坑道は枝分かれしている。
先程までの絢爛さは消え、堅牢ながらもシンプルな作りだ。
「なんだかホッとする空間ですね」
絵葉の言葉に、葉月も同意した。
いくつもの部屋があり、枝分かれしてたくさんの部屋につながっている。
「ここは……巣だね。女王部屋や育房室、倉庫、たくさんの個室だろう」
そこには家具は残っていなかったが、生活の痕跡があった。
「そうですね。さっきまでの豪華な部屋は、他種族との交流スペース、もしくは交易の拠点と考えるのが自然ですね」
「地上への出入口は埋めて封鎖されているみたいだ。今日はここまでしか見れないな」
葉月があちこちを確認して言った。
「蟻人のフェロモンがほとんど感じられないな。今まで荒らされていなかったのは、クモ族が守ってくれてたんだろう」
護葉はそう言って、背負子から巣印札を取り出し、巣の端っこに貼って回った。
「久しぶりに『巣印札』が活躍するね。最近縄張りを示す機会がなかったからね」
葉月も手伝った。
絵葉は、新しく描いた遺跡の地図に、巣印札の場所を書き込んでいた。
「さて、蜜葉乃さまのところに戻ろうか」
葉月の言葉で、帰途についたのだった。
「……という感じだった。ちょっと直せば、奥の巣はすぐに使えそうだったよ」
葉月の報告に、蜜葉乃は頷きながら、絵葉のスケッチをめくった。
仁も横で、地図をチェックしている。
「それで蜜葉乃さま、こっちに引っ越すの?」
葉月のストレートな質問に、蜜葉乃と仁の手が止まった。
「……どうするのが良いのでしょう。正直なところ、一人の女王のテリトリーとしては広すぎると思うのですが……」
「そうですね。ここだけでも今の巣の倍以上の規模です。圧倒的に人手が足りません」
「以前のペースで産卵しても、二年はかかるわね」
「それは、蜜葉乃さまのお体に負担が大きすぎます」
「仁は大袈裟ね」
二人の甘い雰囲気が流れていた。
一葉がコホンと咳払いをして話を進めた。
「守弦を始め、クモ族と話したんだけど、交易はすることが確定みたいだね。だから、しばらくの間、ここは巣というより、交易場所として運営するのはどうかな?」
「賛成。奥の巣は使わなくても、石刻の間や、キッチン、いくつかの個室を改装すれば居住も可能だね」
「その範囲なら、少人数で回せるでしょう」
娘たちは賛成のようだ。
「そうね。まずはその案に沿って動きましょうか」
蜜葉乃の言葉に、仁が言った。
「良いのですか?こちらを本拠地として引っ越すこともできるのですよ?」
その言葉に蜜葉乃はすぐに首を振った。
「私の本拠地は、貴方と作りあげた今の巣よ。範囲を広げることはあっても、引っ越す事はないわ」
嬉しそうに二人で見つめあっている。
「こちらはおそらく、新しく女王が生まれた時に引き継ぐことになるでしょうね」
「女王ですか?」
「ええ、どうすれば女王が生まれるのかは……記憶が曖昧なのだけど……そのうちに雄蟻人も生まれると思うわよ?」
「世代交代ということですか?」
「いいえ、そうとは限らないわ。私を生んだ女王は、私を生んだ後も女王だったもの。私は『新たな巣を作る女王』だと教えられて育ったわ」
「なるほど。それは考えていませんでした。どうすれば女王や雄は産まれるのでしょうね」
残念ながら、それは蜜葉乃も知らないらしい。
「まあ、そのうち生まれるのでしょう。それより、まずはこの拠点のことね。葉月に改修の指揮をお願いしても良いのかしら?」
葉月はもちろん頷いた。
「しばらく何人かの子蟻と一緒に、こちらで生活するよ」
「では、護衛を兼ねて、お手伝いを出してくれるかしら?」
今度は護葉が頷いた。
「問題は誰を交易責任者にするか……それは考えておくわね」
こうして大まかな今後の方針が決まったのだった。




