123 開かれた石刻の広間
「糸月が先走ったせいで、混乱させてしまいました。申し訳ない。まずは見ていただく方が早いかもしれません」
守弦はそう言って、蜜葉乃、仁、葉月と、急遽呼び出した絵葉をクモのエレベーターに乗せた。今回の糸はとても長く、一行は地上に降り立った。
「こちらです」
守弦はそういうと、木の根の隙間から地下に潜っていく道を案内した。
その穴は、垂直移動の得意なクモの族のものとは違い、斜めの斜面になっていた。
「ここはもしかして?」
坑道班の一員である絵葉が最初に気づいて、声を上げたと同時に、視界が開けた。
そこは、地下に作られた広い広場のようだ。構造が泉の広場によく似ている。
守弦が頷いた。
「ええ、蟻人の巣です。今は、一部を他の虫たちが使っている程度で、大部分が空き部屋ですが」
「なるほど。本当に盟友だったのですね。こんなに近くで生活していたなんて」
「クモ、蟻人、カエル。それから神使のカラスを中心に、神域ではみんなが力を合わせて生活してきました」
説明を続けながらも守弦は部屋を横切り、地下の巣を案内して回った。
「当時の蟻人の拠点は、元々こちらでした。けれども、世界樹の世話もすることが増え、あちらにも坑道を掘ったと聞いています」
蜜葉乃と仁は、腑に落ちたようで、頷きあっていた。
「実は、立派な坑道が張り巡らされている割には、部屋が少なすぎると、仁とも話したことがあったのです」
「ええ、あれだけの坑道を整備するには、かなりの規模の人数が必要だったと思うのです」
絵葉も同意した。
「そうなんです。大きな空洞や、泉の広場のような大きな部屋が残っている割には、女王様や、育房の部屋が出てこなくて。生活感が薄いのです。最もまだ発見できていないだけかもしれませんが」
「なるほど。お渡しした地図以外に詳細は残っていません。なぜ書き残さなかったのかはわかりませんが……」
そんな話をしているうちに、坑道は地下深く潜っていった。
やがて倉庫街を抜けて再び大きな広場のような部屋に出た。
部屋には水路が流れている。
「この水路は、最終的に青い池につながっているのです。穏やかな流れで、木片なんかに乗れば今の蟻人の巣の近くにも流れつけます」
「冬ごもりの部屋の近くの、カエルがつなげた水路!?」
一葉が目を輝かせて守弦を見た。
「……私はよく使うルートですが……今度一緒に川下りをしてみますか?
「いいの!?」
その様子を見た蜜葉乃までもが、目を輝かせて仁を見た。
蜜葉乃の願いならなんでも叶えてあげたいところだが……女王が木の枝に乗るのはどうなんだ……?
仁が困り果てていると、守弦が助け船を出してくれた。
「カエルに連絡をとってみましょうか?魚たちに蟻人のボートをここまで運んでもらって、帰りも横を泳いでもらってはいかがでしょう?カエルが上手くメンバーを調整してくれますよ」
蟻人のボートなら、一葉も青い池まで行き慣れている。
蜜葉乃を乗せても、安全だろう。
「もちろんキジバトも上空から見守ってくれます」
守弦の言葉に、仁も頷いた。
蜜葉乃も一葉も大喜びだ。
仁はコホンと小さな咳払いをして続けた。
「遊びではありませんよ。今後交易路として使えるかの視察です」
「わかっています。もちろん視察です」
蜜葉乃嬉しそうな顔に、仁も表情が緩んだ。
「ここは元々、交易路として使われていたようですから、ちょうど良い機会ですね」
守弦はそう言って、来た道とは違った坑道へと案内を続けた。
「ここまでは、他種族の手で運用を続けてきたのですが、これからお見せするエリアは手が入っておらず、修繕が必要です。かなり精密な作りで、正直なところ蟻人以外では維持改修できないと思うのです」
そう言って案内された道は、徐々に狭まってきた。大きめのクモである守弦は、少し脚を曲げて窮屈そうに進んでいる。
「私はここで待っています。これは蟻人が受け継ぐべき遺構でしょう。蟻人だけでご覧下さい。手入れしていませんので気をつけて」
そう促されて進んだ先には、精密な模様を彫られた木製の扉があった。
仁は辺りを注意深く見回し、扉に手をかけた。
長い間手入れのされていないドアは軋み、もうもうと土煙を上げながら少しずつ開いた。
土煙がおさまり、中を観た蟻人たちは、その先に広がっていた荘厳な光景に、思わず息を呑んだ。
「……すごい」
そこは、ただの地下空間ではなかった。
白い石灰岩を削り出して造られた巨大な広間だ。
どこから灯りを採っているのか、部屋の中は明るかった。
壁も、柱も、床までもが白い石で整えられていた。
天井を支える太い柱には、細かな彫刻が施されている。
植物の蔓や花。
見たことのない生き物。
どの像も長い年月を経てもなお、その姿を失ってはいなかった。
床には白い石が規則正しく敷き詰められ、広間の中央には、かつて何かが置かれていたと思われる台座が残されている。
その先には、いくつもの道が地下へ、さらに奥へと続いている。
「……蟻人が、ここを……?」
目の前にあるものを理解するほど、驚きは大きくなっていく。
ここはただの蟻人の巣ではない。
紛れもない文明の跡だ。
そして、その文明は…………
今、自分たちが暮らしている巣よりも、はるかに進んでいた。
白い石灰岩の壁を見上げる。
静まり返った広間の奥から、遠い昔の蟻人たちの声が聞こえてくるような気がした。




