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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
三章

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122/130

122 旅立ちと再会

「おはよう、蜜葉乃。ゆっくり眠れたかい?」

 仁の甘い声で目が覚めた。


 そうだった。クモの集落に来たのだったわ。

 辺りを見回しながら、蜜葉乃は仁に微笑んだ。

「おはよう仁。早起きなのね」


「今日は昨夜と打って変わって、いいお天気だ。起きないとクモの子たちのバルーニングを見逃してしまうよ?」

 仁は最近やっと、二人きりの時には夫婦らしく振る舞ってくれるようになった。

 差し出された仁の手に掴まり、蜜葉乃は体を起こした。


 すかさず温かいタオルが差し出され、仁が手際よく朝の支度を手伝ってくれる。

 準備されたドレスに着替えると、仁の手を取って歩き出した。


 女王としての一日が、また始まる。




 屋外の広場に出ると、外は雲ひとつない快晴だ。

 クモの集落の一番端っこの木の高い位置に広場はあった。


 子グモたちと、その親がすでに集まり、それぞれに別れの挨拶をしている。


 クモのバルーニング。


 クモは自ら何本もの糸を吐き出し、風に乗せる。

 その糸に体を引かせ、大空へと舞い上がるのだ。


 行き先は風まかせ。

 どこへ運ばれるのか、無事にたどり着けるのかさえ分からない。


 新しい場所で生きていくための旅。

 もう二度と会えない別れなのかもしれない。

 蜜葉乃は感傷的に眺めていたのだが......


「ちゃんとキジバトの言うことを聞くのよ」

「自由だと思ってハメを外してはダメよ。報告が来るのですからね」

 そんな会話があちこちから聞こえてくる。


 案内の守弦がそっと教えてくれた。

「よほど遠くに行かない限り、キジバトのネットワークで見守られているんです」

「まあ!」

「危険があれば助けが駆けつけますし、頼めば手紙も届けてくれます。そうやって慣れた頃、この子達もそのネットワークの一員として過ごすようになるのですよ」

「神域外も神様は見守ってらっしゃるのね」

「守弦が神様のために作り上げたシステムです。神様はお忙しい方ですからね」


 クモ族を中心に、何世代にも渡って築き上げてきた世界があるらしい。


 そうしているうちに、旅立つ子どもたちが広場の端に集まり、何本もの糸を出して風にたなびかせ始めた。


 広場に優しい風が吹き抜け、思わず目を閉じる。

 目を開けた時にはもう、子グモたちは大空に攫われ見えなくなっていた。


「行ってきます」

 微かに響いてくる声だけが、子グモがいた名残りだった。


 なんだか婚姻飛行を思い出すわね。

 もう背中の羽はないけれど、代わりに優しい仁と、たくさんの娘たち。私は幸せを手に入れたわ。


 ふと仁に目を向けると、彼も蜜葉乃を見つめていた。

 まるで黒曜石のような、凛としてそれでいて優しい仁の瞳。

「今度、蜜葉乃さまの育った場所を訪れてみましょうか?」

「生まれ育った巣に?」

 どのようなところだったのか、思い出そうとした。ぼんやりと、ばあやの顔が浮かんだが、婚姻飛行より前の記憶はすでに曖昧だ。


「外の世界も見てみたいわね。いつか女王を引退したら、一緒に見て回れるかしら......」

「もちろん。貴方の望むままに」

 仁が耳元でそっと囁いた。


 まだまだ蟻人の巣は始まったばかり。

 神域には蜜葉乃の巣しかない。

 女王を産み育てて、別の巣を増やすことも必要だ。

 引退までの道のりは、まだまだ遠い。


「まずは神域を豊かな場所にしたいわ」

「クモ族の作る家具や雑貨は素晴らしいですね。是非、手に入れたいものです」


「まずは、相互に交流を持つことが必要ですね。定期的に交易の計画はどうでしょうか?」

 そう言って守弦は蜜葉乃と仁を、ある部屋に案内した。




 そこはクモの役所だった。

「交易の希望は、昨日の会議でクモの方からも出たのです。ちょうどお話しようと思っていたのですよ」

 案内された部屋には、一葉も呼ばれていた。

 担当者らしき、小型のクモが勢いよく立ち上がり、目を潤ませて挨拶を始めた。

「はじめまして。再びこの地で蟻人の皆さんとお会いできた事を、嬉しく思います。私は、交易担当の糸月(いつき)と申します」


『はじめまして』なのに『再び』? 蜜葉乃と仁、一葉はそろって不思議そうな顔をした。

 守弦が説明をしてくれた。

「古き夜弦の時代、蟻人とクモは良き盟友だったと言い伝えられているのです。作られたばかりの神域を、共に発展させた、中心となる種族だったと」


 蟻人たちが納得して頷き、蜜葉乃が口を開いた。

「私も、保管庫の資料にそう記録されていたことは、仁や双葉から聞きました。今代も手を取り合って、神様にお仕えできる事を願います」


 それを聞いた糸月は嬉しそうに何度も首を縦に振りながら言った。

「良かった!では早速、蟻人たちの巣を案内しましょう!」

 それを聞いた守弦が慌てた。

「先走りすぎだ!蟻人の皆さんは、まだ何も事情をご存知じゃない!」


 蜜葉乃と仁は顔を見合わせた。










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