121 南の山のクモ族の集落
昔々、神様がこの星に住み始めたばかりのころ。
神様は、自分の分身を作った。
分身はクモの姿をしていた。名前は夜弦。
夜弦はハープの演奏と、絵を描くことが得意だった。
忙しい神様に代わって、神域の外に出かけては各地を見て回り、絵に残して神様に各地の話を聞かせた。
行く先々で子どもを儲けた、子沢山でもあった。
神様の分身を父に持つ子グモたちの寿命は、同じ種族の仲間とは合わない。
そう神様に忠告された夜弦は、神域の南にある山に子グモたちを集めて集落を作った。
元々文明など持たない種だったが、神域に住むとということも重なり、寿命が長い。
近くに文明を持つ蟻人もいた。
彼女たちと交流が始まった事もあり、南の山のクモたちは急速に進化を遂げた。
その子孫のクモたちが、南の山に今もいくつもの集落を作って暮らしている。
春は子グモの旅立ちの季節だ。
小型種は、バルーニングという飛行方法で、大型種は歩きで、あるいは川の流れにのって、各地に散っていく。
「各地に散った子グモたちが、数年神域外で生活をして、やがて南の山の集落に戻ってきます。その旅立ちをみんなで見送るのですよ」
カラスの背中で、守弦が蟻人たちに説明してくれた。
春の里帰りに、守弦は蟻人を誘ったのだ。
蜜葉乃、仁、一葉、そして絵葉が同行することになった。
いつものようにカラスたちが、送迎してくれる。
空の旅なら南の山はひとっ飛びだ。
カエル族の池を通過して、まもなくクモの集落が目に映った。
山の斜面の光景に、蟻人たちは思わず目を見開いた。
朝露をまとった白銀の糸が、モミの木々の間を幾重にも渡り、森そのものが巨大な街へと姿を変えていた。
木々に寄り添うように繭のような住居が連なり、その間を細く美しい吊り橋が幾層にも伸びている。
淡い朝日を受けた糸は虹色の光をかすかに返し、薄霧の向こうまで幻想的な街並みが続いていた。
カラスたちは、集落の一番高い木の上に舞い降りた。
「ようこそ、クモの集落へ。まずは長老の元へご案内しましょう」
守弦はそう言って歩き始めた。
それはまるで円錐形のエレベーターのような形状だった。
蟻人たちが乗り込むと、守弦が糸を巧みに伸ばし、スーッと滑らかに下降した。
「クモ族の技術は素晴らしいですね」
窓から見える景色に、蜜葉乃は感嘆の声をあげた。
仁は優しく蜜葉乃の肩を抱き寄せながら、想像よりもはるかに文明的なクモ族の集落を観察していた。
「ようこそ、クモの集落へ。さあさあ、こちらへかけてお寛ぎください」
一際立派な部屋で出迎えてくれたのは、集落の長老だ。
南の山には幾つかクモの集落があるが、そこを統括する立場で守弦の父だと紹介された。
飛び抜けて大きいわけではないが、ガッチリした体つきで、それでいて温和そうだった。
「なんでも息子が、そちらの女王さまに傷を負わせたとのこと。父として、クモ族の長老として、深くお詫びいたします」
「いいえ、こちらこそご子息が忠告して下さっていた事に気付かず、怪我をさせてしまいました。申し訳ありませんでした」
蜜葉乃も謝罪の言葉を述べた。
なんとも気まずい雰囲気が流れたが、一葉が言った。
「お互いに誤解があったのですから、その件はもう解決済みですよね、守弦?」
守弦がすぐに同意して、お互いに水に流す事で合意した。
「お近づきの印に、蟻人が作った製品をお持ちしました。まだまだ拙いのですが……」
蜜葉乃の言葉で、一葉と絵葉が運んできた品物を机に並べた。
仁が事前に守弦に相談して、準備したものだ。
生姜酒に葛酒、そしてクモの糸を美しく染めた糸で編んだレースのテーブルクロスだ。
「なんと美しい色合い。そして繊細な編み方でしょう!」
飲み物を持って部屋に入ってきた守弦の母が、ウットリとレースのテーブルクロスを手に取った。
「ありがとうございます。クモの糸が素晴らしいおかげで、綺麗な色に染まるのです」
蜜葉乃が誇らしそうに答えた。
「ぜひ、染めた糸を分けていただけないかしら。代わりにこちらからも何か用意させていただくわ」
「交換ですね。ぜひ」
横で長老は、お酒に目を輝かせている。
仁と一葉と長老と守弦。
今夜ゆっくりと飲む約束が交わされていた。
その後蟻人たちは、守弦の案内で集落を見て回った。
集落は、木とクモの糸を駆使して造られている。
クモの糸が陽の光を浴びてキラキラと輝き、風を受けて緩やかに揺れる。
クモ族に染色の技術はなかったが、黒のインクはある。
部屋ごとに模様が描かれ、それぞれの個性で彩られていた。
「クモにはツガイの文化はなく、住まいは個室が大半ですが、作業は協力して大部屋で行うのですよ」
守弦が案内してくれた施設は、図書室、集会所、食堂、展望台など多岐に渡った。
インクや生活用具を作る小規模の工場では、クモたちがおしゃべりを楽しみながら作業中。
手紙のようなものを整理、保管している役所のある木の上には、キジバトの巣があった。
「キジバトは、クモ族の良き隣人なんです。キジバトは、クモの手紙を運んでくれます。お礼にクモが、キジバトの巣を補強したり、掃除したりするのですよ」
「手紙のやり取りですか?」
蜜葉乃が聞き返すと、守弦が集落のクモの生活を説明してくれた。
「タマゴから孵った子グモたちは、少し成長すると一斉に各地に飛び立ちます。そして各地の様子を観察して手紙を集落に送るのです。定住してもいいですし、各地を回る者もいます。数年して、子どもを望む頃に集落に戻ってくる者が多いですね。まあ、外の世界で子どもを作り、連れて戻ってくる者もいますが、寿命の問題がありますからね」
この集落に住むクモは、神様の分身だった夜弦の子孫だ。外界のクモとは比べ物にならないほど長生きする。外の世界で相手を見つけて子どもを作ると、子どもの寿命が短くなってしまうのだ。
「私たちクモ族の役目は情報収集と、神様と神域の守護。そう夜弦が決めて、代々神様に影ながらお仕えしてきたのです。長い寿命は、使命を果たすために重要です」
誇らしそうに守弦が言った。
「守弦も外界に行ったの?」
一葉が尋ねると、嬉しそうに頷いた。
「もちろんです。私は水路を下って外界に出ました。大型種は空を飛ぶには向かないですからね。外界は広大ですよ。私の場合は遠くまで行きすぎて、キジバトが救出に来るほどの騒ぎになりましたが」
蟻人たちは客間に案内され、ゆっくりと体を休めた。
夕方から雨が降り出し、夜半には雷鳴が響き渡ったが、クモの集落はビクともしなかった。
初めて過ごす地上での夜を、蜜葉乃、仁、一葉、絵葉は思い思いに楽しんだ。




