120 みんなで護るもの
仙桃の葉で発見されたアブラムシは、みんなの協力で無事にアブラムシ牧場に運び込まれた。
アブラムシほど小さな虫とは、意思疎通が難しい。一葉でさえ、うっすら気持ちがわかる程度だ。
予定外に増えたアブラムシ牧場の調整を終わらせ、仁が女王室に戻ると……隣の育房室が応接室に変わっていた。
「いつの間に?聞いてませんが」
そう言いながらドアを開けると……そこには蜜葉乃と、楽しそうにお茶を飲んでいる、神様がいた。
「仁、お疲れ様。お邪魔してるよ」
「いらっしゃいませ。なぜここに?」
「冷たいなぁ。仁も座って一緒に紅茶でも飲もう」
神様が指を鳴らすと、温かい紅茶とお菓子が現れた。
「それでこの部屋はどうしたのでしょう?」
応接室とドアには書かれていたが、瀟洒な円卓があり、四つ椅子が並んでいる。
蟻人の部屋というより、神様のお城の一室の雰囲気だ。
「蜜葉乃ちゃんと相談して作ったんだよ。素敵な部屋でしょう!」
『事前の相談』は、仁が神様に求めたことだ。
誰に相談するかハッキリは言わなかったかもしれない……仁は心の中で後悔し始めていた。
「あら、ダメだったかしら?神様がいらしてもゆっくりお話しする部屋がないでしょう? 最近卵の数も減ってるし、応接室は良い案だと思ったのですけれど……」
「神様は、そんなにしょっちゅういらしているのですか?」
「そうね。よく相談にいらっしゃるから。私も相談に乗っていただけて助かるのよ」
蜜葉乃のしょんぼりした顔には弱い。仁は小さなため息をそっと飲み込んだ。
「どんな相談だったのか気になりますが、それは後ほど。ちょうど私も神様に相談があったのです」
「仁が相談って珍しいね。僕にできることなら手を貸すよ」
相変わらず軽い、神様の返事が戻ってきた。
「仙桃のことなんです。仙桃には神様が結界を張ったんじゃなかったのですか? 葉っぱにアブラムシがついていましたよ」
「そうなんだ」
「ええ、あのままでは葉っぱが枯れて、木が弱りますね」
そんな話は聞いたことがない。仙桃は芽が出るまでは護ってやらなければいけないが、その後は勝手に育つ強い木だ、と主張する神様に、仁が言い聞かせた。
「それは天空でのお話ですよね。あそこは病気も害虫もいないのでは?」
「たしかに……」
「今回は少しだったので、アブラムシ牧場に回収しましたが」
「ありがとう。じゃあ、仙桃も含めて蟻人のテリトリーにしたらいいんじゃない?」
気軽に神様が言った言葉に、蜜葉乃と仁は顔を見合わせた。
蟻人もテリトリーは主張する。ただし地中での話だ。地上の木をテリトリーにするのはどうなんだろう。
「木をテリトリーにしたことがありませんし、方法もありません。地中ではフェロモンでマーキングできますが……」
「たしかにね……でも、そのうちに実がなる。何よりもタネを植えたのは蟻人だろう?他の者たちが食べても良いのかい?」
神様が不思議そうに尋ねた。
蜜葉乃と仁は再び顔を見合わせていたが、蜜葉乃が口を開いた。
「たしかにタネは植えましたが、それだけで蟻人の物と主張するのはどうなのかしら」
「そうですね。そのように主張を始めると、他の者たちも言い分が出てくるのではないでしょうか。例えば『この実を受粉させたのは蜂のおかげ』と言われれば、誰も食べられなくなりますし」
なるほど……地上にはたくさんの生物がおり、多彩な仕事を受け持っているのか……神様は考えこんだ。
「でも、神域の結界は以前よりも条件を弱めている。これから新しい住人も増えるだろう。テリトリーを主張しないと、せっかく植えたカタクリやスミレも食べられてしまうかもしれないよ」
今度は仁が考え込んだが、やがてゆっくりと口を開いた。
「地下の巣の部分はテリトリーが必要ですが、地上は入り口だけにしておきます。私たちもあちらこちらで採集させてもらっているのです。仙桃の木だけを独り占めはできません。他の虫の協力がなければ、実も結実しませんし」
「そうなんだね。地上の仕組みは複雑なんだね」
「まあ、カタクリはタネが取れるまで七年もかかります。掘り返さないでと説得はしますが」
蜜葉乃も頷いて同意した。
「仙桃は天空の植物でしょう?誰のものとも言えないわ。世界樹だって、みんなで護ってるんですから、仙桃も同じなんじゃないかしら?」
結局、みんなに頼んで見守ってもらう。アブラムシがついてしまった時は、蟻人が引き取る。そういう方向で話はまとまった。
仙桃の実ができた時には改めて話し合おう、神様がそう決めた。
「まあ、仙桃は蟻人が酒にしてくれるのが一番美味しいかもね」
神様は楽しそうに笑って言った。




