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葉音を紡ぐ ――世界樹の麓で  作者: 葉森かなで
三章

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119/130

119 タネ蒔きの成果

 本格的な春が到来した。


 植物は一斉に芽吹き、花を付けた。

 水の温度も少しずつ温み、水中の生き物たちも姿を見せるようになった。

 地下で冬ごもりしていた虫たちも、柔らかな風を喜び、あちらこちらと飛び回っている。

 当然蟻人たちも本格的に採集班が地上に出ている。


 そんな中、地中で頑張っているのが、双葉と絵葉、そして子蟻達によって結成された「種蒔き班」だ。

 古いゴミ捨て場を往復して、せっせとタネを運んでいた。

 研究を続けた結果、かなり浅い場所でないと、タネは芽吹いても地表に出られない事がわかった。地表に出られない芽は、すぐに萎びて枯れてしまうのだ。


「ホトケノザのタネは大成功だよね」

「どんどん芽を出して、もうまもなく花が咲きそう」

「タネの周りの柔らかい所が、ご馳走なんだよね」

 子蟻たちが嬉しそうに毎日報告しあっている。


 一葉と風葉の意見を参考に、タネの周りが美味しい花を選んだ。

 その中で、巣の中でタネが見つかったのが、ホトケノザ、スミレ、カタクリだった。


 双葉と絵葉は過去の図鑑を読み込み、スミレとカタクリのタネを、仙桃の木の北側に植えることを決めた。

 仙桃の芽はスクスクと育ち、蟻人にとっては十分「木」と言えるほどに成長していた。

「あまり近いと陽当たりが悪すぎる」

「でも、木陰がないと、夏の暑さで枯れてしまいます」

「仙桃の木は、まだまだ大きくなるだろうし」

「カタクリの花が咲くのは七年後ですからね」


 今日はカタクリとスミレのタネ蒔きの日だ。


 植えると決めた場所は、巣よりも少し外れていた。

 泉の広場から、新しい坑道を掘り進める必要もあった。


『泉の広場の地上部分は、荒地で土が脆い。崩れやすくて掘りにくい』

 それが蟻人の共通認識だったのだが……


「普通に掘れると思うよ、もう荒地とは言えないな」

 葉月が土の状態を確認しながら言った。


 第二出入り口を覆うように置かれた世界樹の枝を中心に、秋に植えた菌糸マットが苔を一面に広げている。日陰部分にはシダが葉を広げ、日向には草も顔を出し始めている。

 いずれ仙桃の根が張ると、より富んだ土地になるだろうと予想された。


 タネ蒔きのために、葉月と絵葉が中心になり、坑道が掘り進められた。

 細長く、網の目のように浅い位置の狭い坑道だ。

 地表の苔のマットの隙間から、ところどころ陽の光も入った。


 掘り終わると今度は、古いゴミ捨て場のふかふかの土を運び込み、そしてタネを土で覆う。


 そこで双葉が新たな提案を始めた。

「ここで実験をしようと思うんだ」

「実験?」

「そう、古いゴミ捨て場でタネが芽吹いていたでしょう?だから、このタネを植えた所をゴミ捨て場にしてみようかと思って」

「なるほど。ゴミ捨て場を掘る手間も省けて一石二鳥かも!」

 葉月が賛成した。


「ただ問題があって……新しいゴミ捨て場を開けてみたんだけど、臭くてほんのり温かくて、芽を出しているタネもグッタリとしてたんだ」

 みんなの顔がガッカリする。

「私が思うには、タネからゴミの距離と分量じゃないかな。だから通路毎に実験したいんだよ」


 双葉の指示で、区画割りがされていった。

 カタクリでは結果がわかりにくい。スミレで実験することにした。

 ゴミを捨てずに土で埋め戻す区画、タネの上にゴミを捨てる区画、タネから離してゴミ捨てる区画。

 双葉はキノコ栽培の時の手法を活かして、手際よく作業を進めた。


「上手くいくかなぁ」

「成功したらご馳走がいっぱい取れるんでしょ?」

「楽しみ」

 子蟻たちが期待に胸を膨らませていた。




 二週間も経つと、スミレは芽が出て葉が育っていた。

 どの区画でも、変わりなく育っている。

「あれ?ゴミは関係なかったですか?」

 絵葉が記録をとりながら言うのを、双葉がたしなめた。

「そんなすぐに結果は出ないよ。最低でもタネが取れるまで観察しないとね」


 今日は採集に出る前の一葉も様子を見に来ている。

「去年と景色が全く違うね。カラカラだった地面が嘘みたいだ」


 辺りの土が明らかに元気になっているのだ。

「地下水路が復活して、世界樹がずいぶん元気を取り戻したからね」

 双葉が嬉しそうだ。


「それも大きいけど、研究班の開発した菌糸マットの効果も大きいよね。土が乾きにくくなってる」

 一葉の言葉に、絵葉も同意した。

「菌糸マットは、青い池周辺でも根付いていました。大成功ですよね」

「あれは、梅雨に本領を発揮するから、楽しみだね」

 双葉が目を細めて、苔の付き具合を眺めた。


 一葉はふと視線をあげ、急成長中の仙桃の木にスルスルと登った。

 仙桃は、もう苗木とは呼べないほど育ち、日々若葉が生い茂っている。

 その時、若葉の根元に、小さな突起を見つけた。

「ちょっと二人とも、登ってきて!」


 双葉と絵葉が登っていくと、そこには朝露よりも濃厚な甘い蜜の玉がぷっくりと膨らんでいた。

「甘い! これは朝露?いや、仙桃の雫かな?」

 早速なめてみた双葉が聞いたが、一葉も知らなかった。

「せっかくだから集めよう」

 水筒に蜜を詰めていると、絵葉は葉の裏にアブラムシを見つけた。

「アブラムシか……この後増えるよね」

「間違いないね」


 一葉は少し考えから言った。

「葉っぱにアブラムシが付くのは良くないね。アブラムシ牧場に移すか……」


 桃の木は全部で七本ある。

 全部回るには人手が足りない。

 そう判断した一葉は、報告のために巣に戻った。


 この後、仙桃の見回りと、仙桃の雫の採集に走り回ることになる。


 思わぬ春のご馳走に、みんな大喜びの一日だった。

















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