119 タネ蒔きの成果
本格的な春が到来した。
植物は一斉に芽吹き、花を付けた。
水の温度も少しずつ温み、水中の生き物たちも姿を見せるようになった。
地下で冬ごもりしていた虫たちも、柔らかな風を喜び、あちらこちらと飛び回っている。
当然蟻人たちも本格的に採集班が地上に出ている。
そんな中、地中で頑張っているのが、双葉と絵葉、そして子蟻達によって結成された「種蒔き班」だ。
古いゴミ捨て場を往復して、せっせとタネを運んでいた。
研究を続けた結果、かなり浅い場所でないと、タネは芽吹いても地表に出られない事がわかった。地表に出られない芽は、すぐに萎びて枯れてしまうのだ。
「ホトケノザのタネは大成功だよね」
「どんどん芽を出して、もうまもなく花が咲きそう」
「タネの周りの柔らかい所が、ご馳走なんだよね」
子蟻たちが嬉しそうに毎日報告しあっている。
一葉と風葉の意見を参考に、タネの周りが美味しい花を選んだ。
その中で、巣の中でタネが見つかったのが、ホトケノザ、スミレ、カタクリだった。
双葉と絵葉は過去の図鑑を読み込み、スミレとカタクリのタネを、仙桃の木の北側に植えることを決めた。
仙桃の芽はスクスクと育ち、蟻人にとっては十分「木」と言えるほどに成長していた。
「あまり近いと陽当たりが悪すぎる」
「でも、木陰がないと、夏の暑さで枯れてしまいます」
「仙桃の木は、まだまだ大きくなるだろうし」
「カタクリの花が咲くのは七年後ですからね」
今日はカタクリとスミレのタネ蒔きの日だ。
植えると決めた場所は、巣よりも少し外れていた。
泉の広場から、新しい坑道を掘り進める必要もあった。
『泉の広場の地上部分は、荒地で土が脆い。崩れやすくて掘りにくい』
それが蟻人の共通認識だったのだが……
「普通に掘れると思うよ、もう荒地とは言えないな」
葉月が土の状態を確認しながら言った。
第二出入り口を覆うように置かれた世界樹の枝を中心に、秋に植えた菌糸マットが苔を一面に広げている。日陰部分にはシダが葉を広げ、日向には草も顔を出し始めている。
いずれ仙桃の根が張ると、より富んだ土地になるだろうと予想された。
タネ蒔きのために、葉月と絵葉が中心になり、坑道が掘り進められた。
細長く、網の目のように浅い位置の狭い坑道だ。
地表の苔のマットの隙間から、ところどころ陽の光も入った。
掘り終わると今度は、古いゴミ捨て場のふかふかの土を運び込み、そしてタネを土で覆う。
そこで双葉が新たな提案を始めた。
「ここで実験をしようと思うんだ」
「実験?」
「そう、古いゴミ捨て場でタネが芽吹いていたでしょう?だから、このタネを植えた所をゴミ捨て場にしてみようかと思って」
「なるほど。ゴミ捨て場を掘る手間も省けて一石二鳥かも!」
葉月が賛成した。
「ただ問題があって……新しいゴミ捨て場を開けてみたんだけど、臭くてほんのり温かくて、芽を出しているタネもグッタリとしてたんだ」
みんなの顔がガッカリする。
「私が思うには、タネからゴミの距離と分量じゃないかな。だから通路毎に実験したいんだよ」
双葉の指示で、区画割りがされていった。
カタクリでは結果がわかりにくい。スミレで実験することにした。
ゴミを捨てずに土で埋め戻す区画、タネの上にゴミを捨てる区画、タネから離してゴミ捨てる区画。
双葉はキノコ栽培の時の手法を活かして、手際よく作業を進めた。
「上手くいくかなぁ」
「成功したらご馳走がいっぱい取れるんでしょ?」
「楽しみ」
子蟻たちが期待に胸を膨らませていた。
二週間も経つと、スミレは芽が出て葉が育っていた。
どの区画でも、変わりなく育っている。
「あれ?ゴミは関係なかったですか?」
絵葉が記録をとりながら言うのを、双葉がたしなめた。
「そんなすぐに結果は出ないよ。最低でもタネが取れるまで観察しないとね」
今日は採集に出る前の一葉も様子を見に来ている。
「去年と景色が全く違うね。カラカラだった地面が嘘みたいだ」
辺りの土が明らかに元気になっているのだ。
「地下水路が復活して、世界樹がずいぶん元気を取り戻したからね」
双葉が嬉しそうだ。
「それも大きいけど、研究班の開発した菌糸マットの効果も大きいよね。土が乾きにくくなってる」
一葉の言葉に、絵葉も同意した。
「菌糸マットは、青い池周辺でも根付いていました。大成功ですよね」
「あれは、梅雨に本領を発揮するから、楽しみだね」
双葉が目を細めて、苔の付き具合を眺めた。
一葉はふと視線をあげ、急成長中の仙桃の木にスルスルと登った。
仙桃は、もう苗木とは呼べないほど育ち、日々若葉が生い茂っている。
その時、若葉の根元に、小さな突起を見つけた。
「ちょっと二人とも、登ってきて!」
双葉と絵葉が登っていくと、そこには朝露よりも濃厚な甘い蜜の玉がぷっくりと膨らんでいた。
「甘い! これは朝露?いや、仙桃の雫かな?」
早速なめてみた双葉が聞いたが、一葉も知らなかった。
「せっかくだから集めよう」
水筒に蜜を詰めていると、絵葉は葉の裏にアブラムシを見つけた。
「アブラムシか……この後増えるよね」
「間違いないね」
一葉は少し考えから言った。
「葉っぱにアブラムシが付くのは良くないね。アブラムシ牧場に移すか……」
桃の木は全部で七本ある。
全部回るには人手が足りない。
そう判断した一葉は、報告のために巣に戻った。
この後、仙桃の見回りと、仙桃の雫の採集に走り回ることになる。
思わぬ春のご馳走に、みんな大喜びの一日だった。




