118 意外な使い道
「お菓子作りのために、油を手に入れたい」
千葉夜と紬葉は、最初に一葉を探した。
ちょうど採集から戻った一葉に、菜の花と菜種の話をすると、あっさりと答えが返ってきた。
「ああ、春の黄色い花ね。春先には蕾や花びらを食べるよね。今日も蕾が少し取れたよ」
そう言って、荷車から菜の花の蕾を取り出してくれた。
「これね!春に食べられる新鮮な花びらね!」
千葉夜が嬉しそうに手を合わせた。
「これのタネが欲しいんだけど、一葉、明日取ってきてくれない?」
その途端、一葉が困った顔をした。
「まだ花も咲いていないのに無理。種は花が咲いて実がなった後に取れる物だよ。まだまだ先。夏の始まりごろかな」
「じゃあクルミの実はどうかしら?」
「それはもっと後だよ」
「まだまだ先なのね」
千葉夜がしょんぼりしてしまった。
他ならぬ、ちいねえちゃんのお願いだ。どうにかしてタネを手に入れてあげたい。でも、早春の今の時期にタネは難題だ。
「タネね……」
ふと、一葉は思い出した。
「紬葉、秋に青い池で集めたガラクタの山があったでしょ?」
「ああ、山積みのを苦労して分別と片付けしたのは私だから覚えてるわよ」
「あの時はお疲れ様。あの中に菜種も混じってたけど、捨てた?」
「……ううん。食用のタネ以外は使い道に困って、倉庫に入れたままだわ」
三人は泉通りの倉庫にやってきた。
倉庫は紬葉の庭といっても良い。
この冬も、結葉に泣きつかれて、片付けを指揮した。
「たしか、この部屋によくわからないタネがいっぱい集めてあるんだけど……」
入った倉庫には、たしかに大量のタネが山積みになっていた。
その中から、一葉が手際よく菜種を選り分けていく。
瞬く間に、カゴいっぱいに集まった。
「この中からよく見つけられるわね」
千葉夜が驚きの声を上げた。
「一箇所に集まってるんだから簡単よ。地上で探す時は、どこにあるかもわからない中から探すんだから」
採集班にとっては当たり前の能力らしい。
「それにしても、ゴミだと思っていたタネに使い道があったなんて……一葉、残ってるタネにも使い道はないの?」
紬葉の言葉に、一葉はもう一度タネの山を見回し言った。
「美味しく食べられそうなタネは、もう抜かれているね。菜種も食べられるけれど、辛くてピリピリするから美味しくない。だから残ってたんでしょう。頑張って、他のタネも使い方を発見してね」
そう言って手を振ると、収穫物を片付けに戻っていった。
なんとなくタネの山を見ていた千葉夜が、不意に大きな声を上げた。
「これって椿のタネじゃない!」
「椿?食べられるの?」
紬葉は知らないようだ。
千葉夜が興奮気味に説明を始めた。
椿のタネには、蟻人の体表を艶々にする成分が含まれている。
割って搾り、良い香りのする花を漬けておくと、女王さまのための特別な『良い香りのオイル』ができるらしい。
「知らなかったわ。いつのまに、そんなオイルが作られていたの?」
紬葉の質問に、千葉夜がちょっと気まずそうな顔をした。
「蜜葉乃さまの生まれ育った巣で使われていたんだって。その話を聞いた仁が、こっそり作って蜜葉乃さまにプレゼントしているのよ……」
「愛する奥様への、旦那様からのプレゼントね……」
「だから製法も秘密だって口止めされてるの!忘れて!」
焦っている千葉夜なんて初めて見た気がする。
紬葉は笑って頷いた。
「とりあえず、菜種は手に入ったわね。道具作りは、私に任せて!」
「そうね。私は、クッキーの改良に取り組むわ。油を絞るのは紬葉に任せるわね」
見つけた椿のタネを仁に渡す段取りをして、千葉夜は戻っていった。
「さて、何から試そうかしら」
一人倉庫に残った紬葉は、石や木材のある部屋に移動した。
そこには、本葉が来ていた。
「荷車の改良を考えていたんですけど、行き詰まってて。気分転換したかったんだ」
紬葉の説明を聞いて興味を持った本葉が、手伝ってくれることになった。
荷車も、紬葉の発明品だ。
改良と聞いて興味を持ったが、今は油を搾る道具が先だ。
「押しつぶしたら油は出るけど、どうやったら楽で効率的に搾れるかよね」
「食べるのですから、美味しさも重要」
二人はあれこれ相談しながら方向性を決めていく。
「潰しても、油が滴り落ちるわけではないから、どうやら搾り出すかの方が問題よね」
「潰す道具はあるけど、全部潰すのはたいへんかな」
本葉はあれこれ材料を組み合わせていたが、ふと閃いた。
「ねえ、紬葉。荷車のブレーキを作った時のこと、覚えてる?」
「もちろん。あれがどうしたの?」
「ブレーキって、車輪を止めるために、こっちを少し動かすだけで、反対側を強く押せるでしょう?」
「そうね」
「だったら、同じことを搾るのにも使えると思う」
本葉は近くにあった棒を拾い上げた。
「短い棒を直接押すより、長い棒を使ったほうが少ない力で強く押せる」
「なるほど……」
「だから、ここに種を置いて、上から板で押さえて……」
本葉は棒を板に引っかけるように置いた。
「この端を押せば、こっちの板が強く種を押してくれる」
「つまり、私たちが頑張って押すんじゃなくて、道具に頑張ってもらうのね」
「そう!」
本葉は嬉しそうに頷いた。
「荷車を止めるのに使った仕組みを、今度は種を搾るのに使うのね」
「でも、挟んで押した時にタネが飛び散るのは非効率だよね。袋にいれる?」
「いいわね。どの素材の袋が最適かしら。目が細かすぎず、荒すぎず……」
ものづくりが大好きな二人は、時を忘れて開発に没頭していったのだった。
後日、油搾り機が無事完成。
蟻人の生活に「油」が急速に普及していく。
油はもちろん料理にも使われた。
クッキーに留まらず、蟻人の食事が徐々に充実していった。
「育房室のちいねえちゃん」は、「お料理上手のちいねえちゃん」に進化を遂げた。
そしてその裏には、様々な調理器具やオーブンなど、道具を開発した紬葉と本葉の活躍があったのだった。




