117 食文化を育てたい
蜜葉乃が巣を作り始めてから、夏で丸二年が経過する。
仁との出会いからと言い換えても良い。
たった一つの部屋から始まった巣は、この二年でとても発展した。
仁を除いて、巣の人数が蜜葉乃の産んだ卵の数だ。
蟻人の寿命は数十年と長い。三桁になるまでは女王蟻人は休みなく卵を産むが、だんだんと週一回になり、二週間に一回になり、最近は月に数個産む程度で落ち着いてきた。
あんなに賑やかだった育房室も、今はゆったりと子育てする場に変わっている。
子育て担当の千葉夜も、蜜葉乃の世話をする時間の方が長くなっていた。
そうは言っても、巣の運営に関するサポートは、執務室の仁や結葉の担当だ。
そこで空いた時間を使って千葉夜が担当し始めたのは料理だ。
元々、蟻人に料理の文化はほとんどない。
蜜を煮詰めて飴にしたり、飲み物にしたり、花粉の団子にする程度。
だいたいが、素材をそのまま食べる。
そんな中でひとり千葉夜だけがメニューを開発し始めた。
ちょうどその時、神様のお城のパーティに参加して、初めて『料理』を食べた。
「こんなに美味しいものが、この世には存在したの!?」
千葉夜は衝撃を受け、是非とも蟻人の文化として取り入れなければならないと決心した。
そこからの千葉夜の行動は早かった。
育房室担当から外れる許可を取り、調理室長に名乗り出た。
そして子蟻を束ねて調理室のグレードアップに取り掛かったのだ。
手伝いに駆り出されたのは、ものづくりの得意な紬葉だ。
研究室に染色、布製品の製作、楽器作りにボートや荷車作りとあちこち引っ張りだこの紬葉。それでも、ちいねえちゃんのお願いには弱い。
「まあ、どの班も任せられる人材が育ってるから、調理室の改造も手伝うわ」
そう言って、引き受けてくれた。
「それで、調理室ってどんな感じに改造したいの?今でも竈門はあるからお湯を沸かしたり、平たい石の上で焼いたりはできるよね?」
「色々考えたのよ。神様のお城の食事は天空の食材だから、ここでも手に入るわけではないわ。まずは、蟻人の食生活から考えて、お菓子から手をつけるのが良いんじゃないかと思うのよ」
「お菓子?」
「ええ、それなら『ころころ蜜飴』も作り慣れているしどうかしら?」
蟻人の食生活は甘いものが多い。今まで食べ慣れた物の加工するなら受け入れやすいだろう。
「良いと思う。日持ちしそうなお菓子がいいんじゃない?個人的にはお城で食べたクッキーを希望します」
「そうね。あれは、どうやって作るのかしら。早速お城に行って教えてもらってくるわ!」
そう言うなり、千葉夜は飛び出して行ってしまった。
意気込みは立派だが、千葉夜が巣から出たことなど片手で数えるほどしかない。
ハッキリ言って箱入り娘だ。
「ちいねえちゃん、お城の場所なんて知らないよね……前回は神様の転移で行ったんだから」
慌てて紬葉は後を追いかけた。
予想通り、最初から道を間違えている千葉夜を連れて、無事に神様のお城についた。
突然の訪問だったにも関わらず、お城の使用人たちは快く相談にのってくれたし、調理室も見せてくれた。
「お二人が相談されたように、クッキーは作りやすくて良いと思います」
そう言って、作り方も一緒に考えてくれた。
最初に問題になったのは材料だ。
神様のクッキーは小麦粉、バター、砂糖で作るが、蟻人の世界ではどれも採集できない。
代わりに候補に上がったのは、ドングリの粉とナッツ、蜂蜜だ。
ドングリは蟻人も食べるし、冬は保存性を考えて乾燥させてある。
まずはドングリ粉を蜂蜜で練り、少量の水を加えて生地をまとめる。半分には砕いたナッツを混ぜ、薄く平たく伸ばして、熱した石の上で焼いてみた。
途中から、ナッツの香ばしい香りがたちのぼる。
「初めて作ったにしては、うまくできたんじゃないかしら?」
千葉夜は上機嫌だ。予熱が取れるのを待って、紬葉と一緒に味見してみた。
「プレーンの方は……固いね。それにボソボソだわ」
「油分がある方が美味しいって城の料理人が言ってたものね。油ね。今まで食べたこともなかったわね」
「油を作るところからか……いや、採集するところからね」
道のりは険しそうだ。
気を取り直して、千葉夜が砕いたナッツ入りクッキーを齧った。
「あら、ナッツが入るだけで、ずいぶんと食べやすいわ!?」
そう言われて紬葉も一口食べてみた。
「たしかに……ナッツは絞れば油が取れるって言ってたよね。やっぱり油が必要ね。最初に作る道具は油を絞るものかな」
「でも、ナッツはそのまま食べても良いし、こうやって砕いて混ぜても使えるわ。油を絞るのは勿体無いわね」
「じゃあ何から油を絞ろうかな……さっき候補に上がっていたのは、ナッツ、オリーブ、菜種。オリーブは見たことないから、菜種が有力候補ね。あとで一葉と葉月に、菜種を見たことがないか聞いてみるわ」
紬葉のものづくり欲に火がついたようだ。
そんな風に相談していると、甘い匂いに誘われたのか、子蟻たちが集まってきた。
「良い匂い。何を作ってるの?」
「食べてみたい」
出来栄えに納得のいかない千葉夜は、ちょっと悩んだが、子蟻たちの熱意とキラキラ輝かせた瞳に負けた。
「試作品だから、おいしくないわよ……」
そう言い訳しながら出したが、初めての食感に子蟻たちには大好評。
騒ぎに気付いて集まってきた蜜葉乃と仁にも、概ね好評だった。
「冬に食べ残したどんぐりや芋類を使っていただけると、なお助かります」
さすが仁。在庫の処分まで考えている。
「明日から試行錯誤してみますね」
新しい役目を見つけた千葉夜が、ウキウキと楽しそうな一日だった。




