116 発芽の条件ってなんだろう
「大変大変!双葉起きて!」
次の日の早朝、泉の広場の実験室で眠り込んでいた双葉は、風葉に叩き起こされた。
「栽培計画考えていて、さっき寝たばっかりなんだけど……」
渋る双葉の手を強引に引っ張って、風葉は泉の広場にある第二出口から地上へ出た。
出口の上には、大き目の世界樹の枝が横たわっている。
外からの侵入者は防ぐが、中からは出られるようにと設計されている。
枝の下から出て双葉が最初に驚いたのは、地面一面に広がった苔だ。
「苔が拡がっている!秋に植えた菌糸マットが根付いたんだ!」
去年は荒れて乾いた荒地が拡がっていた、第二出入り口周辺。
早春を迎えたばかりだというのに、薄く苔が根付き、ところどころ草も育っている。
「それだけじゃないよ」
風葉が指差した先に見えたのは、秋に双葉が植えた仙桃のタネから出た芽だった。
「大きいね……もう芽が出たの?」
双葉はそう言いながら、芽の下に移動した。芽と言っても、蟻人の何倍もある。手を伸ばしても、先っぽには届かない高さだ。
「タネが大きいんだから芽も大きいんだね」
身軽な風葉が、スルスルと芽の上に登った。
その時だった。
「あれ?本当に芽が出てるね。芽は出ないと思ったんだけど……」
やってきたのは神様だ。スルスルと蟻人サイズに変身した。
枝には、神使のカラスもいた。
「おかえり。出かけてたんじゃないの?」
「ただいま。たった今、天空から戻った所だよ。仙桃のタネを植えたことを笑われたんだけど……芽が出てるよね……他の六つも出てた?」
双葉は、風葉を見た。
「まだ確認してないよ。今から見て回ろうと思っていた所」
「今まで地上に植えて、仙桃の芽が出た事は一度もないらしい。その事で天空に呼び出されていたんだよ」
「そうなの?植えたらダメだった?」
「ダメとも決まっていないよ。天空でしか育たないんだとみんなが思っていただけ。双葉、仙桃の芽に聞いてくれない?」
双葉は芽に手を当ててみたが、すぐに首を振った。
「植物と会話ができるわけではないよ。なんとなく、状態や希望がわかるだけで。今は健康」
神様は、興味深そうに頷いている。
「面白いよね、双葉のその能力。部分的に、僕よりも有能な気がするんだよね」
褒められても、ピンとこないのか双葉がキョトンとした顔で見返した。
「せっかくだから、カラスに乗って、一緒に見て回ろう」
神様はそういうと、返事を待つこともなくカラスの背中に転移した。
空から見下ろす神域は、冬と春の境目にあった。
南の山は淡い緑を帯び始め、その斜面にはまだ白い雪がところどころ残っている。
北には、幾重にも段を重ねるように、青い池が連なっていた。深い青から淡い水色まで、陽の光を受けて水面の色を変えながら、池から池へと水が流れていく。雪解け水は細い銀色の筋となり、山間を下っていた。
眼下には深い緑の葉を広げた世界樹がそびえている。
冬の名残を残す白い大地のあちこちで、春の色が少しずつ顔を出していた。
「春だね」
風葉の口から言葉がこぼれ出した。
「うん、例年より緑が多い気がするよ。荒地が減ってきたのかな」
神様も感慨深げに答えた。
「青い池が復活したのは大きいよね」
「そうだね。去年の春はあそこも荒地だった」
神様がしみじみと言った。
「蟻人には感謝している。君たちが活動を始めてから、神域は息を吹き返したんだ」
それを聞いた二人は顔を見合わせていたが、不思議そうに双葉が答えた。
「別に何もした覚えはないんだけど……」
詳しく話し合うよりも先に、桃のタネを植えた二箇所目に着いた。
カラスが低空飛行で地上ギリギリを飛んでくれた。タネと一緒に植え付けた菌糸マットからは、苔や葉っぱが生え始めていたが、仙桃の芽が出ている様子はなく、そのまま次の場所へ移動した。
結局七箇所見て回り、芽が出ていたのは蟻人の第二出口近くと、神様の城の両側に植えた二つ。合計三つだ。
「三つも芽が出てるんだから、奇跡ではないね。仙桃が地上で発芽する条件が何かあるんだろうね」
興味深そうに双葉が考え始めた。
「今まで、どれくらいのタネを植えた事があるの?」
神様が考え込んでいる。
「どうだろう?聞いた感じでは、兄姉神は一度は試してみるって言ってたけど」
「神様って、兄弟姉妹がいるんだ。何人いるの?」
「いっぱいいるよ。僕は末から二番目だけど。上は何人かなぁ?」
「えっそんなにいるの?」
「僕は歳が離れてるから、天空を離れている兄姉とは付き合いも少なくて。みんな一度は、それぞれの星に世界樹のタネを植えるから、仙桃も一回くらいは試してるんじゃない?天空に取りに行かなくても仙桃が食べられたら便利だもんね」
「じゃあ、失敗した条件はわからないね。発芽した条件を残すのがいいかな」
双葉はそう言いながら、メモを取り始めた。
「『水からは離れていて、岩はあってもいいけど乾燥気味の土がたっぷりあって、日当たりの良い斜面が好き』って、あの時タネが言ってたよね」
「たしかにそんなこと双葉が言ってたな」
「まず、候補としては『乾燥気味の土がたっぷりある』『日当たりの良い斜面』はどう?」
風葉が頷きながら続ける。
「埋める穴の深さは?結構深く掘ったよね?タネの五倍くらいは掘った」
「えっそんなに私は深く掘ってないよ。タネが埋まるくらいの深さだった」
風葉と双葉は、神様の城の両側にそれぞれが一つずつ植えたのだ。
それだけ深さに差があるなら、深さは関係ないのかもと保留になった。
その後、『秋に植える』「神域内』が採用された。
「あとはなんだろう」
考え込んだ二人に神様が笑って、蟻人が植えるじゃない?と言ったが、関係ないだろうと却下された。
「結構本気の意見なんだけど……『双葉が植える』かもしれない」
「そんなまさか」
双葉は笑って却下した。それ以上の条件は思い浮かばず、お互いに思いついたら報告することにした。
「ところで、仙桃の実がなるまで何年かかるか知ってる?」
風葉が尋ねたところ、神様は知らなかったがカラスは知っていた。
天空では一年も経たずに実るらしい。
流石に今年は実はならないだろう。
そう言いながらも、みんな楽しみだった。
後日、七つともしっかり発芽することになるのだが、この時は誰も知らなかった。




