115 小さな一歩
今日の双葉と絵葉は採集した植物の標本を作っていた。
クモの保管庫からは、資料を持ち出さない約束だったが、守弦と交渉して、病気に関係ない資料、例えば図鑑やレシピなどは許可をもらったのだ。もちろん大切に扱って無くさないことは固く約束した。
「これは福寿草ですね」
「花も茎も根っこも毒なのに、体に良さそうな名前だね」
「こっちの花は?」
双葉が資料をめくって探す。
「あった。それはカタクリの花。鱗茎からは片栗粉が取れる。食用」
「食用ですか。根っこが食べられるなら、葛みたいな感じかな?それともお芋に近い?」
二人でページを読み進める。
「なになに。『カタクリは発芽から花が咲くまで七年から八年程度かかる。タネの周りが美味しいので、鱗茎を掘るよりも、種を待つのがおすすめ』だって。だから一葉と風葉が、取るのは花を一つにしておけって言ったんですね」
絵葉はタネの周りを食べることも多い事を思い出した。
スミレやホトケノザのタネもそうだ。
「いつもタネの周りだけ食べるけど、タネはどうしているんでしょう?」
「ゴミ捨て場に捨てるよ」
双葉が迷わず答えた。巣が小さかった頃は、双葉もゴミ捨てをしていたのでよく知っている。ゴミ捨て場は、満タンになれば封印して場所を変える。大体巣の外れに掘ることが多い。
「タネなんですから、芽が出るんですよね?」
「考えたことはなかったけど、出るかもね」
その答えに、絵葉が少し考えてから言った。
「見てみたいです。できるだけ古いゴミ捨て場がいいです」
「それならわかるよ。最初のゴミ捨て場は第一出入り口の近くだし。今から案内するよ」
二人はまず、地上から様子を確認することにした。
一年目の巣は、本当に小さかった。入り口から出て、方向さえ考えれば推測は難しくない。
途中で出会った風葉が事情を聞き、付いてきてくれた。
まだ春の採集は始めていないが、雪はすっかり溶けて、緑がちらほらと見える。
「明日からお天気が良ければ、地上の採集に出ることにしたんだ。染色班が作ってくれた綿入りのコートが暖かいから、今までよりも早く外に出ることができるよ」
風葉が、新しいコートを自慢げに見せる。
「冬の間に紬葉と彩葉が研究していたね。クモの糸で編んだ布の間に、ふわふわの綿を詰めるなんて考えつかなかったよ」
「クモの糸は撥水効果付きですからね。雨が降っても大丈夫なんだ」
この冬は、班の枠組みを超えた研究があちらこちらで進んだ。
酒造り、食品、衣料品、文房具、楽器。
自由な発想で、自由なメンバーが次々と新商品を生み出した。
素朴だった蟻人の巣は、実用性はもちろん、装飾性や芸術性も高くなってきている。
神様のお城には敵わないが、蟻人の王国も発展しているのだ。
そんな話をしているうちに、三人は第一出入り口から地上に出て、初期の頃のゴミ捨て場の真上辺りに着いた。一番に声を上げたのは、双葉だ。
「ここだけ緑の育ち方が違うよね。ホトケノザ……これはなんだろう。スズメノヤリの葉っぱかな」
どちらも蟻人が、タネの周りを好んで食べる植物だ。
風葉と双葉が周辺を見回すと、飛地のようにポツポツと草むらができている。
過去のゴミ捨て場の位置を思い出しながら、風葉が移動して確認していたが、確信をもったようだ。
「間違いないね。ゴミ捨て場のタネが芽吹いてるよ。暖かくなれば、別のタネも芽を出すと思う」
風葉の意見に、双葉も同意した。
「最近のゴミ捨て場は知らないけど、一年目のゴミ捨て場とは一致するね。これは知らなかったな」
蟻人のゴミ捨ては、知らず知らず植物を植えていたのだ。
絵葉が目を輝かせて言った。
「では、タネを捨てずに蒔けば、タネが取り放題ということですか?」
「どうだろうね……キノコ栽培でも、思った通りに育たないことは多い。逆に勝手に生えてきたりね」
「昔はよく、通路や部屋の隅にキノコを生やしてたよね。片付けるのを手伝わされたよ」
風葉が一年目の双葉の苦闘を思い出して笑った。
「まあ、やってみないとわからないかな。第一出入り口の周りはともかく、第二出入り口の周りは荒地だしね……」
三人はしばらく相談して、封鎖されている地下のゴミ捨て場を掘って確認することにした。
「このゴミ捨て場を封印したのって、一年前くらい?臭いとか凄そうだよね」
封印したゴミ捨て場の壁の前で、風葉が立ち止まった。
「どうかな。あまりに臭かったら中止しよう。幸いここは巣の外れなので、被害は少ないと思うよ」
双葉が壁を観察しながら答えた。
「こう見えても、私は地下探索班メンバーです。私に任せてください」
絵葉が坑道堀りの道具を持って、どこから掘るか調べ始めた。しばらく考えていたが、やがて決心したように壁を掘り始めた。葉月のスピードには敵わないが、さすが坑道堀りに慣れている。手際よく掘り進めると、ゴミ捨て場が現れた。
「全然臭くないね。森の匂いみたい?」
匂いに敏感な風葉が辺りを見回しながら言った。
中はゴミが天井まで詰まっていたはずだが、今は半分以下の容量になり、空洞ができている。土からいくつか芽が立ち上がり、地上に向かって伸びていた。
双葉も、地面の土を掴んで念入りに確認した。
「これは完全に土になってるね。しっとり濡れてるけど、ふかふかの土だ」
土には白っぽくなって菌やキノコが広がっている。
「ゴミが分解されて、土に戻ったんだね……」
双葉は何か思いついたのか、あちらこちらと土を調べていた。
こうなった双葉は、しばらく話しかけても反応しないとみんな知っている。
絵葉は風葉に相談を始めた。
「これって、欲しい所にこの土とタネを埋めたら、花畑ができるんじゃないですか?」
「花畑が?それは便利かもしれない。出入り口に近い採集場所が作れるってことだよね?」
「ここの上はホトケノザがたくさん生えていました。その種ばかり植えたら、どんどん芽を出すのでは?」
「たしかに。まあホトケノザはどこでもよく育つけど……この部屋は、この後違うタネも芽を出すかもしれないから、観察してからの方がいいんじゃない?」
「なるほど。種類によって、芽を出す時期が違いますね」
せっかくの絵葉の提案は保留になりそうだ。
「じゃあ、もっと深いゴミ捨て場の土を浅い場所に移すのはどうですか?」
このゴミ捨て場は、巣の創設期に使っていた場所だ。人数も少なく、部屋も全体的に浅い場所にあった。今は何十倍にも人数が増え、深い場所にも部屋がある。当然ゴミ捨て場も、深くなっている。
「深くて古いゴミ捨て場か……」
しばらく考えていた風葉が思い出したのは、地下の護衛室近くのゴミ捨て場だ。自分の世界に入り込んでいる双葉を置いて、二人で行ってみることにした。
地下のゴミ捨て場は、先程よりも分解しきれていない感じはしたが、限りなく土には近い状態だった。湧き水のせいか水気が多く、キノコや菌糸が多かった。
よくみると、ホトケノザのタネからも芽が出て伸びていたが、力尽きたように土にへばりついていた。
「芽は出ていますが、地上を見つけられなかったので倒れたのでしょうか?」
絵葉が素早くスケッチを描きながら言った。
「専門的な事はわからないけど、力尽きたって感じがするよね。上に持っていって植えてみる?」
二人はそっとタネを土ごと掬った。周りにいくつか、まだ芽の出ていないタネも見つけたので、一緒に植え替えてみることにした。
上に戻ると、ちょうど双葉の長考が終わったようだった。
経緯を話し、下から運んできたタネを見せると、双葉は大喜び。
すぐに良さそうな場所を見つけて植え替えた。
その間に、風葉が地上に出て目印になりそうな石を運んできてくれた。
絵葉は、その様子をスケッチ。
こうして、ホトケノザのタネは記念すべき栽培第一号となった。
この後、蟻人にゴミ捨て場の活用と植物の栽培が根付いていくのだが、今はまだ誰も知らない。
ゴミ捨て場での作業の後は仲良くお風呂に入った。
清潔は仁が決めた大事なルールだ。
実験室に戻り蜜水を飲んでいる時、絵葉が『古の地図』の写しを広げて言った。
「この地図には、生姜や葛、ウコンや芋が書き込まれています。これってもしかして、過去の蟻人が栽培していたのかもしれませんね」
「そうかもしれないね。よく気付いたね」
双葉に褒められて、絵葉が嬉しそうに笑った。
「だって今日、ホトケノザのタネを植えた場所を地図に書き込んだんです。発見して書き込んだのかもしれませんが、自分で植えても書き込むでしょ?」
「そうだとしたら、至急考えないといけないな。水生姜と葛は、この冬たくさん収穫した。次の冬も収穫したいからね」
「お酒の材料ですしね」
「……まあ、それも重要だな」
今年も、研究しなければならない事が目白押しだ。
何から手をつけようかと、さっそく双葉は悩み始めていた。




