110 パーティの前に
地下三階の大浴場は、古代ローマの栄華を、そのまま具現化したかのような内装だった。
空間の四方を囲むのは、滑らかに磨き上げられた白大理石の壁と、それを支える重厚な円柱。
天井は美しいドーム状のアーチ。
北側に大きく取られたステンドグラスの窓は、落ち着いた光で浴室内を照らす。
床一面に敷き詰められたモザイクタイルの青や金の色彩も美しい。
浴槽の真ん中では、荘厳なライオンの口から絶え間なく湯が湧き出しており、この贅を尽くした空間を、豊かな湯量で満たし続けていた。
蟻人から大きな動物まで楽しめるように、深さの違う浴槽が用意されている。
「パーティの前にはお風呂に入らないとね」
神様に促され、大浴場にやってきたのは、招待された神域の生き物たちだ。
「お風呂って……ここはもしかして天界?」
「このお湯に浸かるってこと?」
「汚したら怒られるんじゃ?」
あまりの豪華さに、大人たちはタジタジだった。
無邪気に湯船に飛び込んだのはナキウサギの兄弟だ。
「こら!お湯が汚れるだろう。出てきなさい」
父親に叱られてショボンとする二匹に、神様が優しく声をかけた。
「まずはここで体を洗ってからだよ」
初めての石鹸の泡に、再び大はしゃぎ。神様に体を洗ってもらった二匹は、今度はライオンの彫刻の口から湯船に飛び込むという遊びを始めた。
「まあいいじゃないか。今回の工事ではナキウサギのお兄ちゃんも大活躍だったんだよ」
クマの言葉に、息子たちを叱ろうとしていたお父さんは恐縮した。
「イタズラ坊主がお役に立ててよかったです」
「奥の見えない坑道に、蟻人と入っていくなんて勇気があるよ」
「蟻人といい、ナキウサギといい、小さいくせにすごいよな」
みんな、少しずつ雰囲気に慣れてきたようだ。不慣れな手つきで体を洗い、背中を流しあって、湯船に浸かり始めた。
イノシシがキョロキョロと辺りを見回して神様に聞いた。
「そういえば蟻人は呼ばなかったのかい?」
「一応、男湯と女湯に分けたんだよ。女湯では、蟻人たちがお風呂の入り方を教えてくれるだろう」
「蟻人たちは、普段からお風呂に入るらしいな」
「初めて入ったけど、これは最高だよ。寒い冬というのを忘れてしまうほどだ」
「ありがとう神様!」
みんなに感謝されて神様も嬉しそうだ。
以前蟻人から聞いた、病気予防の一つとして風呂を作ってみたのだ。
こんなに喜ばれるなんて思っていなかった。
「気に入ったなら、いつでも入りに来たらいいよ」
神様の言葉に歓声が上がった。
早速、どうやってここまで来るか、動物たちが相談している。
実は今日は、神様が転移させてくれたのだ。
朝、カエルがパーティの事を知らせに来た。
でも、外は猛吹雪だ。体の大きなクマであっても遭難しそうだ。
残念だがまた春になったらみんなでお城に行こう。
そう話し合って、水路出口の空洞で過ごしていたところ、昼過ぎに神様が突然現れたのだ。
世界樹に住んでいる鳥やリスたちも同様だった。
たしかに、冬にここまで来るのは大変だ。
「青い池の近くにお風呂があるといいんだけど……まあ、この冬は僕が転移させてあげるよ。毎日とはいかないけど」
歓声が上がった。
「クマでも通れる大きな地下通路を作れないかな?」
「ちょっと距離がなあ」
「掘るより、地下水路の脇を通って近くまで来れないかな」
動物たちとカエルが地下の地図を話し合っている。
「今度絵葉に頼んで、地下の地図を作るか。みんなの知識を合わせたら、案外地下通路を作れるかもしれないよ」
「少しくらいなら、クマとイノシシが掘ってくれるだろう?」
「蟻人の巣を壊さないように掘らないとな」
色々な案が出て、みんなが楽しそうに笑っている。
その姿を見ながら、神様も笑っていた。
思い返せば分身の仁を作って、蟻人の蜜葉乃と結ばれ、神域に巣を構えた時から、止まっていた神域の時間が再び流れ始めたのかもしれない。
お風呂くらい、いくらでも僕が作ってあげても良いけれど、みんなで作るのが楽しそうだ。
その時ふと、昔次兄に教えられた言葉を思い出した。
『世界樹を植える場所はよく考えて。他の生物と近すぎる場所はおすすめしないよ』
まだこの言葉の意味はよくわからないけど、作りすぎるのは良くない気がする。
僕はちょっと見守るだけにしておこう。
どうしても手伝う時は『事前に相談』しないとね。
神様は、そんな事を考えていたのだった。




