109 神様のお城
仁に『事前の相談』をした神様が転移した先は、世界樹だ。
「相談は大事だよね。世界樹とカラスにも事前に相談しないとね。雪が積もる前に!」
張り切った神様は、まず世界樹の枝に巣を作っている、神使のカラスを呼んでみた。
だがすでに夜中だ。
早朝からの大騒ぎで疲れ果てていたカラスは、神様の相談に寝ぼけながら一言。
「わかりました……」
カラスの同意を貰った神様は、大はしゃぎで世界樹と相談を始めた。
「砦は大袈裟かな。南側にはカエルの池と、クモ族の山があるものね。砦はダメだね」
「……」
「うんうん、根っこで斜面を補強してくれるの?じゃあ、下から登りやすいように階段もつける?いっそ、地下通路も作ろうか!」
「……」
「そうだね。地下室を大きめに作って、地上部分は小さめの可愛いお城にしようかな」
「……」
「えっ。水路の進行方向を変えるのは……後日相談してからにしようよ。水の流れは繊細だと、今日僕は学んだからね!」
「……」
「そうでしょ!この場所がピッタリだよね。坑道に繋げられるから、世界樹のところにも地下から行けるし。これなら君も冬でも寂しくないね」
「……」
「わかってるね!そう。この位置なら、いずれ城の両側に仙桃の木が生えるんだ。楽しみだよね」
夜中の相談はとんとん拍子に進んだ。
こうして神様と世界樹の共同作業が進んでいった。
カラスの目覚めは早い。夜明けと共に目覚め、毎日神域を夫婦で見回るのが日課だ。
今朝はあまりの寒さに、夜明け前に目が覚めた。辺り一面猛吹雪だ。
周囲を見回していると、お嫁さんの千代や子カラスたちも目を開けた。
「おはよう。寒くなるとは聞いていたけど、これはすごいわね」
「おはよう千代。世界樹の上でこれだけ寒いとは……他の動物たちは大丈夫なのか?」
そう言いながら朝の準備をしていると……神様がやってきた。
「おはよう!昨日のあれ、徹夜して作ったんだ。来てよ!」
神様はそう言うなり、カラス一家を転移させた。
「……ここは??」
戸惑うカラスに、にこやかに神様が答えた。
「昨日、事前に相談したじゃないか。お城だよ!我ながら良いお城ができたと思うんだけど、どうかな?」
事前の相談の心当たりが全くないが、神様が全身で『褒めて』と言っている。
お城か……神様の兄神たちも、みんな建てていた。
事情があって、今までこの星にはなかったが、あっても良いだろう。
「良いお城を建てましたね」
カラスの言葉に、神様は嬉しそうに笑った。
「そうでしょ。今は雪で見えにくいけど、昨日濁流が削った斜面を利用して上手く建てたんだ。葛の根っこを掘った場所だよ。世界樹との共同作業だよ!」
嬉しそうな神様の姿に、カラスも嬉しくなった。
適当に生きているように見える神様だが、ここまでの道のりは苦労も多かった事を、神使として、そばで見守ってきたカラスは知っている。
神様が喜ぶのなら、少々の無茶には目を瞑ろう。
「さすがに一晩中作業して疲れたよ。僕は少し休むね。夜はみんなを呼んでパーティをしよう。準備をお願いするね」
そう言い残すと、転移して消えた。
「ええええ………この大雪の中、どうやってみんなを呼ぶんですか?」
千代が困った顔をしている。
うちの嫁は、困った顔も可愛いな。心の中で惚気ながら、カラスは段取りを考えていた。
「とりあえず、朝食にしてから城の中の配置を確認しようか」
今日も大変な一日になりそうだ。
手早く朝食を済ませたカラス一家は、早速お城を見て回ることにした。
「神様が作ったにしては質素なお城ですね。こじんまりとして可愛い」
息子が感心したように辺りを見回した。
「なんだか教会っぽいイメージ?」
カラスはそう言いながら、神様の長兄の星に、こんな建物があったと思い出していた。
きっと、神様はそれを参考に作ったのだろう。
これなら違和感なく、ここの住民たちにも受け入れられる。
二階建ての建物の一階は、礼拝堂を思わせる大広間だ。
まだ家具も少なく、ガランとしているが、住民が集まれる居心地の良い空間になりそうだ。
吹き抜けの二階スペースに上がると、大きな窓ガラスが張り巡らされている。
あいにく今日は吹雪だが、晴れれば良い景色だろう。
南側の窓からは、カエルの池や蜘蛛の住む山。北の窓からは世界樹や青い池。遠くまでよく見えそうだ。
壁には、この地域の過去を写し取った絵がたくさん展示されていて、まるで美術館。小さな小さな世界樹が少しずつ成長していき、だんだんと生物が増えていく様子が克明に記録されていた。
「これは昔、神様が作ったクモの分身、夜弦の絵ですね。懐かしい」
カラスは目を細めて見入っていた。
「いやだ、私も描かれているわ。
千代が恥ずかしそうに笑う。
二階の一画は、部屋として区切られており「ぼくの部屋」と札がぶら下がっている。
どうやらここが神様の私室のようだ。
眠っているであろう神様を起こさないように、一同はそっと階段を降りた。
次に向かったのは、地下室だ。
「地下室があるなんて素敵ですね」
「地下は食糧庫かしら」
などと話しながら階段を降りると、予想通り。食糧庫とキッチンのようだ。
「これだけの大きさがあれば、パーティも開けますね」
千代の嬉しそうな声が、まだ伽藍堂のスペースに響いた。
「一人でどれだけの食料を貯め込むつもりだ?まさか天空から運んでくるわけじゃないだろうな……」
カラスは誰が手配するんだと、少し不安になったが、すぐに忘れた。
「お父さん、見て!また階段があるよ!」
息子がさらに下に降る階段を見つけたからだ。
「地下二階もあるのか?」
地下二階はお風呂だった。かなり大きい上に、大中小いくつも浴槽があった。一体何人で入るつもりなんだ……カラスは呆れたが、神様の城だ。ちょっと豪華でも問題ないだろう。
地下二階には玄関があった。
こんな地下に?疑問に思いながら開けてみると、そこは古い坑道に繋がっていた。
昨日、葛の根っこを掘り出した時に露出してしまった坑道だ。
「こうやって繋いだのか。これは便利だな。この坑道を使えば世界樹にも行けるし、蟻人の巣にも、地下水路にも行けるじゃないか」
「以前に神様の使っていた部屋にも繋がっているわね」
夫婦で感心していると、ちょうど仁と葉月、守弦が通りかかった。
みんな突然出来上がった豪華な扉を前に、目を見開いて驚いている。
「まさか神様、一晩でお城を本当に作ったんですか?」
仁が絞り出した言葉に、カラスは頷いた。
「仁の驚きは当然だよ。私も目覚めていきなり連れてこられたんだ」
カラスは同志を得て、少し嬉しかった。
「そうそう、今夜パーティをするって神様が張り切ってる。みんなに伝えてもらえるかい?この吹雪だから、来れる者だけでの開催になると思うけど……」
カラスの言葉に、みんな頷いた。
「カエルから、青い池のみんなにも伝えてもらいます。世界樹に残っているメンバーにも伝言しておきますね」
守弦が請け負った。
大空洞の虫たちには、蟻人が伝える約束をして、カラス一家は再び城の探索に戻った。
結果、この城は地下五階まであった。
いや正確には、下から数えれば七階建てとも言えるだろう。
地上部分より、半地下の部分のほうがはるかに大きい。
南斜面を利用して建てられているため、地下といっても南側には窓がある。
地下五階は、ちょうど斜面を下り切ったところにあった。
脆かった斜面は世界樹の根が支えていた。まるで幾何学模様のように細かく根を張り巡らしたその姿は、荘厳な教会の外壁の一部のようにも見える。
「さすが神様。一晩で作っちゃう?」
「世界樹も凄いよね。もしかして元気になって、力を取り戻してるの?」
息子たちが大騒ぎしている。
そう、これが本来の神域の姿だと、カラスは満足していた。
神様の兄弟たちの星は、もっともっと豪華だった。
今までが素朴過ぎたのだ。
天変地異と謎の奇病以前の記憶を持つものは、今やカラス一家だけだ。
あれは、この星にも神様にもダメージが大き過ぎた。
やっとここまで復興したのだ。
ようやく動き出した。
カラスと千代はそっと寄り添いながら、城を見上げていた。




