105 暖かな一日
葛の根を見つけてから、ずいぶん時間がかかってしまった。
今は一年で一番寒い時期。温暖な神域もクマの体が半分埋まるほどの雪が積もっている。
春は近そうで、まだまだ遠い。
「明日からしばらく晴れそうだ」
カエルの言葉で、葛の根っこを掘り出す日が決まった。
その日は朝から、暖かかった。いや、暑いと言っても良いほどのお天気だ。
「今日は春を通り越して夏みたいな天気だね」
「太陽はいつも通りに見えるんだけど……風が暖かい?」
「水路の水が多いね。蟻人たちは大丈夫かな?」
水路の出口に集まった動物や水の生き物たちがおしゃべりしていると……
「きゃーーーーーーー!!」
絶叫と共に、一葉、結葉、護葉のボートが流れてきた。
どう見てもボートを制御できていない。
あのままでは止まることがでず、出口から池に落ちてしまう!
クマが慌てて水路に入り、ボートを掬い上げた。
「酷い目にあった。なんだこの水流は」
そう言ったのは、ボートを後ろから引っ張ってブレーキをかけようと頑張ったカエルたちだ。引っ張る予定はなかったが、急な流れを見て急遽ブレーキ役を引き受けたのだ。
「乗り込む時はちょっと速いくらいだったのに、どんどん水量が増えて行ったぞ」
一葉、結葉、護葉は、目を見開いたまま固まっていたが、護葉が一番に回復して水筒の生姜湯を二人に飲ませた。
人心地ついた蟻人たちは、やっとみんなと挨拶を交わした。
「初っ端から大騒ぎして申し訳ない」
一葉の言葉に、クマが答えた。
「いや、今朝は不気味なほど暖かい」
「水量が増えたのは雪が溶けて水路に流れ込んだのかもしれませんね。水中は気をつけた方がいい」
それを聞いたカエルが、手分けして水中のみんなに、危険を知らせるのを引き受けてくれた。
流れのままに、凍った池に転落したら危ない。池の魚もなるべく隅っこに隠れる。動物たち池や水路から離れた方がいいだろう。一葉の意見を聞いて動物たちが動き出した。
「今日は葛の根堀は中止にするかい?」
イノシシの問いに、みんな悩んだが、結局は雪がない方が掘りやすいだろうと、決行することにした。
こうして、蟻人とナキウサギのお兄ちゃんを乗せたクマ、イノシシ、キツネなど掘るのが得意なメンバーが出発した。世界樹に住んでいるリス家族とカラスは、現地で合流予定だ。
道中はとにかくドロドロだった。雪がほとんど溶けて辺り一面水浸しだ。
「雪をかき分けて進むのと、泥の中を進むの。どっちがマシだろう」
クマの言葉に、イノシシは叫んだ。
「泥に決まってるだろう!ヌタ場のようで最高だ」
イノシシ以外は、深くため息をついた。
それにしても暑い。
ナキウサギの毛皮に包まる予定だった蟻人たちだったが断った。洋服も脱ぎたいほどの暑さなのだ。
「まあ、吹雪いて寒いよりはいいのかも」
一行は、葛の根っこを目指して進んだ。
上空からは、カラスが見守っていた。
現場に近づくと、結葉が慌て始めた。
「あっちの地下から大騒ぎする気配がする。葉月が慌ててみんなを避難させてる?」
クマがスピードをあげた。みんなも後に続いた。
その時だった。
「やっときたね!雪を溶かしておいたよ!」
満面の笑みで現れたのは神様だ。今日はクマくらいの背の高さに変身している。
肩に止まったカラスが渋い顔をしていた。足元にはリス一家がいた。
「この暑さは神様の仕業か……嫌な予感がする」
一葉の言葉に、結葉と護葉も静かに頷いた。
神様の手伝いは助かるが、反動で大問題が起きる事を、蟻人たちはよく知っている。
「とりあえず、根っこ辺りの斜面に行ってみましょうか」
挨拶もそこそこに、結葉の言葉で移動するとそこは……ちょっとした濁流になっていた。
辺りの雪解け水が一気に南斜面に流れ込んだのだ。
溶けきっていないシャーベット状の雪の塊も流れ落ちていた。
クマやイノシシなら問題ないが、ナキウサギのお兄ちゃんなら流される。
「参ったな。二つ植えた仙桃の種を護る結界の間だから、ここに水が流れ込むんだね……」
またしても神様の爆弾発言だ。
事情を聞いて知っているのは結葉だけ。
「神様の結界ですか……」
結葉が天を仰いだが、すぐに気持ちを立て直した。
「今日の作業は難しいのでは?明日出直しましょう」
すると、神様がバツの悪そうな顔をした。
明らかに何かを隠している。
「……今日、暖かさを先取りしたから、しばらく寒波が続くんだ……春の分も先取りしていいなら明日も暖かくするけど……?」
まだまだ問題が続くのか……
一葉、結葉、護葉が話し合いを始めた。
安全をとって中止するか。明日から寒波なら、反動で今まで以上に寒さがキツイだろう。今日は冬に葛の根っこを掘り出せる、ラストチャンスかもしれない。
でも春になってから掘り出す方が安全だ。
そう結論を出そうと思ったその時、イノシシが呟いた。
「明日から寒波か……食べ物足りるかな」
葛の根っこは、冬の貴重な食糧だ。
すでに地下から掘って食べている蟻人たちは、恩恵を受けている。
それに乾いた地面よりも、濡れている今の方が掘り出しやすいかもしれない。
ただ予定とは違い、地下から指示を出してくれる予定の、蟻人たちがいない。
水没して避難したのかもしれないが、詳細までは流石の結葉にもわからなかった。
どうしようか……議論が行き詰まったその時。
ゴゴゴゴゴ………不穏な音が斜面から聞こえた。
大きな雪の塊が斜面に流れ込んだのだ。
「しっかり捕まれ!避難だ!」
クマが叫び、みんなが一斉に走り出した。




