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第二話

 BBは驚いていた。

 何かが倒れるような大きな音がして、入り口で誰かが争っている。BBが気がついたときには、すでにマリアが男の腕の中に押さえ込まれていた。状況を把握すると同時に、無意識に手がホルスターに伸び、銃をつかむ。大男にしては軽く機敏な動作で椅子から立ち上がり、銃を構えた。だが、BBの位置からでは、小柄な男は豊満な身体のマリアの後ろにすっかり隠れてしまっている。右手はオートマチックのおそらくGlockを握っていて、銃口はマリアのこめかみにあてられていた。

「レニー! レニーに用があるそうよ」

 マリアが叫ぶ。BBの眉が曇った。今、レニーは席をはずしている。果たしてそれがいいことか悪いことか。銃を持った男が持ちこむ用というやつに、ろくなものがあるはずがない。あったためしがない。

 目の端に、驚いたような表情のエリックが立ち上がるのが見えた。銃は持っていない。

 今日は非番のあとだからかホルスターをつけていないようだ。またあいつは机の引き出しに銃を入れたのか、案の定こんなときにゃ間に合わねぇじゃねぇか、とBBは愚にもつかないことを考える。自分はちゃんとホルスターを下げているが、手に届くところにあっても役にたたねぇんじゃどうしようもない。

 BBはいらだった。


 ゆっくりとエリックの手が引き出しに伸びたが、身体の位置をずらさなければ引き出しは開かない。

「手は頭の上にあげとけよ、坊や。このお嬢ちゃんに穴をあけたくなけりゃな」

 すかさず男が声をかけ、エリックの手が止まった。

「そっちのでっかいあんた。あんたもその銃を捨ててもらうぜ。危なくてしょうがねぇ」

 男によって乱暴にマリアの身体がBBのほうに向けられた。男の顔が見えたが、マリアの影にまだ隠れている。ちっ、と心の中でBBは舌打ちした。奴がエリックに気を取られているうちに机の横を廻って狙える位置に移動しようと思っていたが、やはり相手はそこまで間抜けなわけではなさそうだ。

「でかいの、銃は床に置け」

 男の命令にむかつきながら、BBは慎重に銃を床に置く。

「オーケー、オーケー。なかなか聞き分けがいいじゃないか。ついでにスマホも置いときな」

 男が小馬鹿にしたような口調でいい、BBの口元が屈辱に歪む。いやいやながら銃の隣にスマートフォンも置く。

「あんたもだよ、坊や」

 屈辱にエリックの顔がゆがむが、何もできない。しかたなくエリックもスマートフォンを床に置いた。


「ところで、彼女」

 男がマリアの顔をわざとらしく覗きこんだ。

「レニー・クラウンはどこだ?」

 マリアの目がすばやく部屋の中を見回す。レニーの金色頭のほっそりした長身は見当たらない。確かにさっきまでBBと軽口を叩きながら、自分の席のあたりにいたはずなのだが。レニーはいない。マリアが口を開こうとするより早く、BBが叫んだ。

「俺だ、俺がレニー・クラウンだ」

 男が冷笑を浮かべた。

「まさか? でかいの、お前が? 馬鹿なことを言うなよ。お前のはずねぇよ。あいつは金髪で女みたいな顔した野郎だって聞いてるぜ?」

 うわお、とBBが心の中で声をあげた。レニーが聞いたら、絶対ただじゃおかない台詞だ。あんな顔をしているくせに、いや、それだからこそなのか、レニーは女みたいな顔とか、おかまみたいな野郎とかいう悪口に敏感だ。子供の頃から上級生であろうとなんだろうと片っ端から締めて廻った、と聞いている。逮捕された犯人がついてはいけない悪態をついて、何度レニーに締められたか知れない。そのレニーの悪癖は、いくらBBや部長が注意しても改まることはなかった。


 ついでだから、いまここにレニーがいてこいつを締めてくれたらいいのに。そう、もしもこの場にレニーがいたら、と考えてBBは眉間に皺を寄せた。いや、いなくて正解だ。

 こいつはレニーにろくでもない用事があるはずだ。レニーはレニーで、こいつの台詞を聞いたらいきり立つに違いない。そうでなくても、奴は血の気が多いってのに。普段はとてつもなく冷静なくせに、頭に血がのぼったらなにをしでかすか知れたものではない。そうなれば、この件はもつれるのが必至。俺たちで何とかしなくては。今、ここにいる、この三人で。

「それとも隠れてんのかね、レニーお嬢ちゃんは」

 男が何かを言うたびに、タバコ臭い息がマリアの鼻に届く。マリアは思い切り顔をしかめた。

 レニーが隠れるはずないじゃないの。あの人は、ああ見えてもかなり強いし度胸があんのよ。あたしが困ってるってのに、怖くて隠れているはずがないでしょう。真っ先に飛び出してきてくれるわよ。

 頼れるBBもエリックもいる。きっと何とかしてくれる。安心するのよ、マリア。

 みんなちゃんと刑事なんだから。ああ、でもいつになったらこいつの腕から逃げられるんだろう。それにマリアの足元に倒れているフレッド。

 ときおり呻き声が聞こえるから生きてはいるだろうけれど、早く医者に見せたほうがいいかもしれない。クリスマスなのに病院にいかなくちゃいけないんだわ、可哀想に。


 と、そこまで考えてマリアは愕然とした。

 そうだ、クリスマスだった。ちゃんと帰れるのだろうか、こんな状態で。イアンに遅れる、と連絡もできない。そもそも少しでも遅れること自体がアウトかもしれない。イアンは怒りまくるだろう。いや、もしかしたらもうすでに別の女と・・・・・・。

 マリアの恐怖心は怒りに取って代わった。頭に血が上っていくのが自分でもわかる。

 こんな奴。マリアは自分を締めつけている、見た目よりも筋肉質の男の腕に思い切り噛みつきたい騒動にかられた。


 エリックは歯を食いしばった。

 書類をのっけるために持ってきていたパイプ椅子があだになった。それが邪魔で、銃の入っている引き出しが開かない。もたついているうちに、男から警告を受けてしまった。いまは腕を頭の後ろに組んだ屈辱的な状態で突っ立っているしかない。

 レニーならどうする? そう、彼ならどうするだろう? 彼ならきっとチャンスをうかがう。奴が何かに気を取られたその一瞬が勝負だ。絶対彼なら、その機会を逃さない。

 椅子を蹴ってどけ、引き出しを開ける。ノートが確か上にのっていたからそれを跳ね飛ばし、銃把グリップをつかみ取る。遊底スライドを引いて、撃つ。さぁ、それで何秒かかる? エリックは、頭の中でその場面を何度かイメージしてみた。一秒? 二秒? いや、三秒かもしれない。だめだ、時間がかかりすぎる。マリアが撃たれるか、自分が撃たれるかどっちかだ。背筋を汗が伝う。奴から目を離すな。どんな仕草も見逃すな。エリックはマリアと男に視線を当てたまま、左の足でパイプ椅子を少しずつ動かし始めた。


 すでにレニーはギブアップしていた。

 デパート前の小さな公園のベンチに座り、レニーはぼんやりと人波を眺めた。ただでも女性にプレゼントを買うなんていう難行は苦手なのに、あの人波にもまれる根性はない。犯人を追いかけるためなら、不眠不休で走り回っても平気なのだが。

 レニーの前を通り過ぎる人々は、みんな嬉しそうに弾んだ足取りで歩いている。手に持っているのは、誰かへのクリスマスプレゼントだろう。何が入ってるのかな、とレニーはぼんやりと考えた。みんな何を喜ぶのだろう。両親と弟たちにはもうすでに送ってある。兄にはこの間会ったとき――場所が裁判所だったので、あいかわらず無粋な奴だと苦笑されたが――に手渡しした。両親や兄弟たちにプレゼントを買うのはあまり困らなかった。ネーム入りのブックカバー、手触りのいい革手袋、手編みのショール、新しく出たばかりのゲームと公式戦でも使われるサッカーボール。悩む必要はない。きっと使うだろう、喜ぶだろうと思われるものばかりだ。


 だが、彼女にはどうだろう。彼女は、何がほしいだろう。何も思いつかないレニーは、そもそも実際に物を見ないとプレゼントが選べないタイプだ――特に女性には――。ネットショッピングでどうにかなりそうでもない。

 付き合い始めたのは十一月の初めからで、まだ二ヶ月にも満たない。彼女の部屋にも泊まったことがあるが、高価で綺麗な物が好きだということしかわからない。だからといって、高ければなんでもいいというわけでもなさそうだし、ブランド物なら何でもいいというわけでもなさそうだった。そんな踏み込んだところまではまだ付き合いがないのだ。というか、今後もわかりあえるのかどうかすらわかっていない、といったほうが正しいかもしれない。ここ最近ずっとレニーは、三ヶ月のサイクルでガールフレンドにふられるということを繰り返していた。それは警察の仕事のせいとばかりもいえない。

 長続きしない理由について、

「おまえ自身が真剣に相手を愛してないから、相手も誠意を感じられないんだ」

 という旧石器時代あたりの、しかしきわめて正論をBBに吐かれたばかりだ。正論過ぎて反論ができない。

 そして、やってきたクリスマス。


「またふられんのかぁ」

 あーあ、とレニーは空を仰いだ。すでに空は夜の色に変わりつつあるが、街のあちこちにつけられた電飾でいつもよりいっそう華やかな色合いに染まっている。デパートの前にあるツリーの灯りがひときわ明るかった。

 腕時計を見ると、署を出てからすでに二十分以上経っている。もうそろそろ帰らなくてはBBにどやされる。事件が起こっていないとも限らない。小さく息をついて、レニーは立ち上がった。彼女には誠意を込めてプレゼントが遅れることを謝るしかないだろうな。

 それでだめなら・・・・・・。いやいや、そんな、とレニーは頭を振った。

「だめだな、最初からこれじゃ」

 つぶやいたときだった。悲鳴が聞こえた。


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