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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
第一章 黒翼建国編
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第五話 『狂石の大門、雪原に刃は狂う』

第五話『狂石の大門、雪原に刃は狂う』です。


今のところ、ありがたいことに三日連続で投稿できています。

まだまだ物語は序盤ですが、ここから少しずつ戦場が動き始めます。


今回も読んでいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

 北方自治区メテオと、ドミニオン王国を(へだ)てる巨大な大門から、丘の上に布陣するドミニオン王国軍が見て取れた。


 雪原の向こう、王旗(おうき)(ひるがえ)っている。


 それだけで、門上に立つ兵たちの喉はわずかに鳴った。


「王自ら前線に出てきたか……」


 普段は余裕の笑みを崩さないイーブルの(ひたい)に、細い汗が(にじ)んでいる。


「さて、イーブル。どうするか」


 エスミックは腕を組んだまま、丘の上の陣を(にら)んでいた。


「病床の王は前線に出てこないだろう、という読みは外れた。だが、予定は変えん。こちらは予定通り進めるしかあるまい」


「兵は萎縮(いしゅく)するぞ。弱ったとはいえ、あのファングだ」


「こうなる覚悟はあったはずだ。元はといえば、民の始めたことなのだからな」


 どこか他人事のようなイーブルの言い方に、エスミックは少しだけ(まゆ)を動かした。


 アルバートに独立を促したのも、ドミニオンを挑発したのも、王の病を利用したのも、すべてはイーブルの筋書きではないか、そう思ったが、口にはしなかった。


 エスミックは門下の兵を見下ろした。


 メテオの兵たちは、誰もが緊張していた。無理もない。彼らが相手にしようとしているのは、ただの遠征軍ではない。大陸を統一した王の名を背負う、ドミニオン王国の軍である。


 エスミックは、声を張った。


「者ども!」


 その一声で、門下の視線が一斉に集まる。


「奴らは理由なく我らが土地を踏み荒らさんとしている! 王の名を掲げ、秩序を名乗り、力を持たぬ者の声を踏みにじる! この国家による蛮行を、我らは許してはならん!」


 兵たちの間に、ざわめきが広がった。


「ファングの時代は終わりを迎えた! 王の血筋に従うだけの時代も、剣を持つ者だけが正義を語る時代も終わったのだ! ここは我らの地である! 我らが守り、我らが生き、我らが子へ渡すべき父祖の地である!」


 エスミックは拳を突き上げた。


「ならば守れ! 王のためではない! 誰かに飼われるためでもない! (おのれ)の地に立ち、(おのれ)の名で生きるために戦え!」


 門下から歓声が巻き起こった。


 それは恐怖を塗り潰すための声だった。だが、声に熱が宿れば、恐怖もまた力に変わる。


 イーブルはその様子を(なが)め、薄く笑った。


「どうやら杞憂(きゆう)だったらしいな。では、手筈通りに。エスミック、可能な限り時間を稼げ」

「フン。貴様もな。何を企んでおるのかは知らんが、この戦で負けるようなことがあれば、俺が真っ先にお前を殺す。それまで死ぬなよ」


 イーブルはいつもの余裕の笑みを取り戻し、大門の奥へと去っていった。


 その背が見えなくなった直後、雪原の向こうで軍旗(ぐんき)が動いた。ドミニオン軍の前列が割れ、一騎がゆっくりと進み出る。


 タチャンカだった。


 彼は馬上からメテオの大門を見据え、よく通る声で告げた。


「北方自治区メテオに告ぐ!」


 雪原に声が響く。


「貴様らは王命を(こば)み、王威を(あざけ)り、自治の名を盾にドミニオンの秩序を乱した。権利、平等、理想。好きな言葉を並べるがいい。だが、それらは王国の庇護の下でのみ許された仮初めの自由に過ぎん!」


 メテオ兵の顔に怒りが走った。


 だが、タチャンカは構わず続ける。


「雑多な種が寄り集まり、国家を名乗るだけならば子どもにもできる。だが国とは、秩序である。血である。歴史である。王旗(おうき)の下に積み上げられた忠誠と犠牲である! それを知らぬ者どもが、王の病を嗅ぎつけ、牙を剥いた!」


 タチャンカは片手を上げた。


 背後の兵たちが槍を鳴らす。


「よって、ドミニオン王国はここに宣告する。北方自治区メテオを反逆勢力と認定し、その大門を破り、自治権を剥奪(はくだつ)し、王国直轄地(ちょっかつち)として再編する。降伏する者は裁きを受けよ。抗う者は、王国の敵としてこの雪原に(しかばね)を晒せ!」


 宣戦布告。


 それは形式であり、同時に最後通牒(つうちょう)だった。


 だが、門上のエスミックは笑った。


「随分と偉そうに吠えるじゃねえか」


 エスミックは肩に担いでいた大斧を持ち直し、門上の縁に足をかけた。


「王だの秩序だの血筋だの、聞いてるだけで虫唾が走る。ここはお前らの庭じゃねえ。奪いに来たなら、奪い返される覚悟くらいはしてきたんだろうな?」


 そして、雪原へ向けて大斧を突きつける。


「来いよ、ドミニオン。王の犬ども。俺がまとめて噛み殺してやる」


 その言葉に、最初に反応したのはヤマトだった。


 彼はタチャンカの横で、ひどく楽しそうに笑っていた。


「いいねえ。やっと戦らしくなってきたじゃねえか」


「ヤマト」


 タチャンカが低く名を呼ぶ。


「お前が先鋒(せんぽう)だ。ただし、突出しすぎるな。相手は単なる武人ではない。妙な手を持っている可能性が高い」


「へいへい。分かってるって」

「ヤマト!」


 タチャンカの制止を聞かずに、ヤマトは馬から飛び降り、肩を回す。背に負った大太刀が、雪光を吸って黒く沈んだ。


「野郎ども! 門の上で偉そうに吠えてる馬鹿を引きずり下ろすぞ!」


 ヤマトの部隊が、一斉に声を上げる。


 その一方で、ナイトメアは本陣寄りの位置で冷たく目を細めていた。


「なぜ俺を出さん」


 隣にいたタチャンカが、視線だけを向ける。


「貴様は待機だ。今、前へ出れば陣が乱れる」


「俺が出れば、あの門ごと斬り伏せられる」


「待てと言っている。今回の作戦ではお前に権限は何もない」


 ナイトメアは黙った。だが、その沈黙は納得ではなかった。


 仮面の奥で、赤い眼光が細く揺れる。


「……命令ならば従ってやる。今はな」


 タチャンカは聞き逃さなかったが、今は(とが)めない。


 戦場はすでに動き出していた。


「突撃!」


 ヤマトの叫びとともに、先鋒(せんぽう)部隊が雪原を駆けた。


 馬蹄(ばてい)が雪を砕く。軍靴(ぐんか)が泥を跳ねる。槍を構えた兵、剣を抜いた兵、盾を掲げた兵が、一直線にメテオの大門へ殺到する。


 その先頭を、ヤマトが走っていた。


 速い。一匹の獣が雪原を裂いているようだった。


「開けろ!」


 エスミックが叫ぶ。


 大門の一部が重く軋み、わずかに開いた。


 そこから出てきたのは、少数のメテオ兵だけだった。あまりにも少ない。迎撃にしては薄く、捨て駒にしては静かすぎる。


 タチャンカの眉が動いた。


「何かある」


 その瞬間、エスミックが門上から飛び降りた。


 大斧を地面へ叩きつける。


 雪が弾け、凍った土が割れた。


 その割れ目から、赤黒い光が脈打つように走る。


 石が変わっていく。


 地面に混じった小石、柵に使われた石材、大門の根元を支える岩盤。そのすべてに、ひび割れた血管のような光が広がっていく。


 狂石鉱石(クレイジー・オール)


 エスミック・イェッケルンが操る、狂気を宿した鉱石の力だった。


「さあ」


 エスミックは口角を吊り上げた。


「踊れ」


 最初に異変が起きたのは、ヤマトの部隊の後方だった。


 一人の兵が、突然(うめ)き声を漏らした。


 次の瞬間、その兵は隣にいた味方の肩へ剣を振り下ろした。


「何をしている!」


 怒号が飛ぶ。


 だが、止まらない。


 別の兵が笑い出す。盾を捨て、目を血走らせ、敵ではなく味方へ飛びかかる。メテオ兵も同じだった。門前に出ていた者たちの中にも、泡を吹きながら暴れ出す者が現れる。


 敵味方の区別が消えていた。


 雪原の一角が、戦場ではなく狂乱の(おり)へ変わっていく。


「ぐ、あ……!」


 兵士が頭を押さえる。


「隊列を崩すな!」


 小隊長が叫ぶが、その声も怒号と悲鳴に飲み込まれた。


 剣が味方を斬る。


 槍が空を突く。


 倒れた兵の上に別の兵が乗りかかり、獣のように殴りつける。


 ヤマトは立ち止まった。


 目の前で、自分の部隊が壊れていく。


「何だ、これ」


 彼のこめかみに、赤黒い光がちらついた。


 頭の奥が熱くなる。


 楽しい。殺せ。斬れ。誰でもいい。


 そんな声が、血の中から湧いてくる。


「……ああ?」


 ヤマトは額を押さえ、ゆっくりと顔を上げた。


 笑っていた。


 だが、その笑みにはいつもの余裕がない。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ」


 ヤマトは黒い大太刀を抜いた。


 そして、狂乱する味方も、暴れる敵兵も、すべてを視界の端へ追いやる。


 見るべきものは一つ。


 この狂気の中心に立つ男。


 エスミック・イェッケルン。


「あいつを斬れば止まるんだろ」


 理屈ではなかった。


 判断でもない。


 ヤマトはただ、最も強い気配へ向かって走り出した。


「エスミック!」


 大太刀を担ぎ、狂乱の渦を斜めに突き破る。


 襲いかかってきたメテオ兵を柄で弾き飛ばし、味方の狂兵を蹴り飛ばし、ヤマトは一直線にエスミックへ迫った。


 エスミックは大斧を肩に担ぎ、愉快そうに笑う。


「来たか、ドミニオンの狂犬」


「誰が犬だ。殺すぞ」


「いい目だ。半分は狂ってるな」


「残り半分でテメエを斬るには十分だ」


 二人の間で、雪が舞った。


 次の瞬間、黒い大太刀と巨大な大斧が、雪原の中央で激突した。


 轟音(ごうおん)が響く。


 狂乱する兵たちの悲鳴すら、その一撃の音に飲み込まれた。


     ◇


 一方、エースの部隊は大門正面から少し外れた位置で、攻城の準備を進めていた。


「城門前の様子がおかしいようですね......」


 先鋒(せんぽう)の混乱は見えていた。だが、今エースに救援に行く余裕はない。


 彼女の役目は、門を破るヤマトの部隊と、そして、王の本陣へ敵を通さぬことだった。東の森には伏兵はいないーーそうタチャンカから聞いてはいるものの、警戒を怠ってヤマトの救援に行くわけにもいかない。


「魔導兵、術式を維持してください。弓兵は東側の森を警戒。大門だけを注視せぬよう」


 エースの声は穏やかだった。


 だが、その指示は早く、迷いがない。


 その時だった。


 東の針葉(しんよう)樹林が、不自然に揺れた。風ではない。


 地鳴りがした。


「来ます」


「まさか!」


 悲鳴のような声の後、森の奥から大量の影が溢れ出した。


 魔獣。魔物。


 狼に似たもの。猪のような巨体を持つもの。羽を持つ異形。四肢の数が合わない黒い獣。角の生えた小鬼(ゴブリン)。肉の塊に牙だけがついたようなもの。


 それらが統制もなく、しかし同じ方向へ向かって突っ込んでくる。


 ドミニオン軍の側面へ。


「撃て!」


 弓兵が矢を放つ。


 魔導兵が火球を撃つ。


 だが、数が多い。


 倒しても、倒しても、森の奥から次が湧く。


 エースは一歩前へ出た。


 六枚の翼が、夜明け前の雪原に淡い光を広げる。


「下がりなさい」


 その一言で、周囲の兵が道を空けた。


 エースは片手を掲げる。


 掌の上に、白金の炎が生まれた。


 それは燃えるというより、祓う光だった。


「天より降りし火よ。不浄を()き、闇を払え。

神聖光(セイクリッド・レイ)


 次の瞬間、白金の炎が無数の光刃となって降り注いだ。


 魔獣の群れが消し飛ぶ。


 黒い獣の体が焼け落ちる前に光へ変わり、魔物の叫びが雪原の上で途切れる。数十、数百の影が、一瞬で浄化された。


 兵たちの間に歓声が上がりかけた。


 だが、エースは表情を緩めなかった。


 森が、まだ揺れている。


 さらに奥から、同じ数の影が現れた。


「……多すぎますね」


 エースは目を細めた。


 ただの魔獣の群れではない。


 恐怖に駆られて逃げてきたわけでも、餌を求めて暴れているわけでもない。動きは乱れている。だが、進む方向だけは異様なほど揃っている。


 何かに押し出されている。何かに操られている。


 エースは消滅した魔物の残滓(ざんし)に、細い魔力の痕跡を見つけた。


 黒い糸のようなもの。


 闇属性の魔力が、獣たちの神経に絡みついている。


「これは、操られて......」


 エースの声が少しだけ低くなった。


「殿下、いかがいたしますか!」


「迎撃を続けます。前線へは通さないでください」


「しかし、この数では……!」


「負けることはありません」


 エースは静かに言った。


 彼女には手段があった。


 この一帯に結界を張り、闇の存在を根こそぎ消滅させることもできる。だが、それには場を整える必要があった。聖炎を固定する支点。魔導兵による補助陣。味方を巻き込まないための境界。


「結界を張ります。補助陣の準備をなさい! 魔物ごときに時間を割いている暇はありません!」


 そのためにも、湧き続ける魔物を消し続けるしかない。


 エースは再び翼を広げた。白金の光が、雪原を照らす。


「来るなら、何度でも(はら)います。補助陣の展開まで、魔物は私が引き受けます」


 その声に、兵たちは背筋を伸ばした。


「ヤマト……先走ってはなりませんよ……」


 

 エースのそのつぶやきは、魔物の雄たけびでかき消された。


 雪原の中央で、ヤマトの大太刀とエスミックの大斧が激突する。


 開戦と同時に、戦場はすでに壊れ始めていた。

第五話『狂石の大門、雪原に刃は狂う』、ここまで読んでいただきありがとうございます。


今回は、メテオとの戦が本格的に動き始める回でした。

ヤマト、エスミック、エース、それぞれの戦場が少しずつ崩れていくような内容になったと思います。


今のところ三日連続で投稿できているので、この勢いをできるだけ切らさずに頑張っていきます。

ブックマーク、評価、感想などいただけると本当に励みになります。


次回もよろしくお願いします。

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