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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
第一章 黒翼建国編
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第四話 『英雄の帰還門、北天に王旗は翻る』

第四話『英雄の帰還門、北天に王旗は翻る』です。


今回は、いよいよドミニオン王国軍が北方自治区メテオへ向けて動き出します。


戦いの前の熱気、不穏、そしてそれぞれが抱えるものを意識して書きました。


よろしくお願いします。

 その朝、王都オルドレアは熱狂と不穏のただ中にあった。


 王城ヴァルメイアの正門前には、すでに幾列もの兵が整然と並んでいる。磨き上げられた鎧、雪の光を受けて鈍く輝く槍穂(やりほ)、軍馬の吐く白い息。そこにあるのは祝祭の華やぎではなく、戦へ向かう国の硬い緊張だった。


 西門へ続く大路のさらに先には、王都の象徴の一つである“英雄の帰還門”がそびえている。


 本来、それは戦から戻った者たちを迎えるための門だった。


 だが今日、兵たちはその門へ向かって進む。帰還のためではない。北へ征くために。


 巨大な正門が、軋むような音を立てて開かれる。その場にいた者たちは、一斉に(ひざ)をついた。


 王の出御(しゅつぎょ)である。ファングが、城門の奥から姿を現した。


 顔色は明らかに悪い。病の名残か、怒りの熱か、首筋には青い脈が浮かび、鎧の内側からも荒い呼吸が滲んでいるように見えた。


 だが、その眼だけは衰えていなかった。


 かつて大陸を踏み越え、諸国を膝下に置いた王の眼。


 その視線が民衆を撫でた瞬間、王都の空気が変わった。王は、まだ立っている。その事実だけで、兵の背筋は伸びた。ファングが右手をわずかに動かす。城内に控えていた各部隊の指揮官たちが前へ出た。


 そのすぐ後方に控えていたエースとナイトメアは、誰よりも近い位置で王の背を見ていた。


 民衆には巨大に見えるその背が、二人には以前よりもわずかに小さく見えた。


「陛下」


 5人の将軍を引き連れ、マックスが静かに現れた。


「出揃いました」


 ナイトメアは深く息を吐いた。それは退屈そうにも、愉快(ゆえつ)そうにも聞こえるため息だった。だが、そのため息に呼応するように、民衆の中から小さなどよめきが広がる。


「本当に……滅ぼすつもりなのか」


 誰かが、震える声でそう呟いた。


 5人の先頭にいた男が、低く淡々とした声で言う。


「陛下。久方ぶりの召喚、身に余る光栄に存じます」

「ああ」


 ファングは短く応じた。


先鋒(せんぽう)部隊の指揮はタチャンカ。お前に任せる」

「至高の誉れにございます」


 タチャンカは頭を垂れたまま答えた。


 彼らは、狂神五人衆と呼ばれている。それは、王国軍の中でも異質な名だった。


 単なる精鋭ではない。単なる将軍でもない。


 戦場において一軍の流れを変え、国境線そのものを塗り替える者たち。理性よりも力を、秩序よりも勝利を、慈悲よりも殲滅(せんめつ)を体現する怪物たち。


 “狂神”


 その名は畏敬(いけい)ではなく、警告に近い。


「王の剣として、必ずやアルバートを仕留めてご覧に入れます」


 タチャンカは固くこぶしを握り締めた。あとの4人も、それに続いて王に平伏する。


「いや、ガンツとエリカ、ミーは王都に残ってくれ」


 マックスが気まずそうに言った。


「俺たちは南方からわざわざ王都に駆り出されたんだぞ! それが留守番たぁふざけたことをいうんじゃねえ!」


 真っ先に口を開いたのはガンツである。マックスにも迫る長身で、背には巨大な戦斧(せんぷ)をひっさげており、すごむとマックスよりも大きく見える。


「理由も示さずに納得しろなんて、随分と雑な命令ね、マックス」


 紅一点のエリカも、不満を口に漏らす。腰に佩いた細身のレイピアが、雪の光を受けて鋭く光る。


「ああ、いや……」


 マックスは詰め寄られて言いよどむ。好戦的な彼らを言いくるめられるほどの話術は持ち合わせていない。


「いちいちマックスの手を煩わせるな。命令には従え」


「テメエには聞いてねぇんだよ、ナイトメア!」


「エリカがいなければ、自分の意志すら決められぬ愚物が。大口を叩くな。殺すぞ」


 ナイトメアは声を荒げなかった。


 ただ、仮面の奥で赤い眼光だけが細く(ひず)み、ガンツへ冷たく言い放つ。


「落ち着きなされ。大事な戦があろうかというときに仲間割れをするなど、王の御前で何たる無礼か。勝てる戦を落とすことになりますぞ」


 指を小刻みに動かしながら、小柄な男がそう言うと、先ほどまでの騒ぎが嘘のように静まった。


「メテオは小細工に勝ちを見出すしかありますまい。つまりは奇襲、しかも、それで戦局を一変させなければならんのですぞ? そうなれば、どこが狙われるかは明白です」

「王都か!」

「ええ。むしろ敵の本隊は王都に急襲をかけてくる奇襲部隊の方だと思われますな。そう考えると、留守番の方が“戦力”として厚くなければなりますまい」


 ガンツとエリカはそれを聞いて納得した様子で引き下がった。


「すまぬ。ミー、助かった」

「もちろんあなたも留守番ですな? マックス殿」


 マックスはぎこちなく頷いた。


「前線で暴れられんことが不満すぎたか?」


 一瞬、緊張が走った。


「ヤマト、てめえ何が言いたい?」

「フン、前線は強いヤツの仕事、留守番は弱いヤツの仕事だろ? 自分で勝手に解釈して納得するのはステキなことだが、現実を見るのも大事だぜ?」


 ガンツが戦斧(せんぷ)を引き抜いた。


「今の発言は看過できねぇ」


 エリカも、ガンツに同調して腰のレイピアを引き抜く。


「訂正しなさい。さもなくば、あなたの首は胴から永遠に離れることになりますよ」


 ヤマトはけらけらと笑っている。


「ああいいぜ? どうせなら2人まとめてかかってこいや」


「やめ……」

「やめぬか!!」


 ナイトメアが言い終わるより先に、ファングが一喝すると、空気が止まる。途端に、王は少しよろけた。


「陛下、大丈夫ですか!」

「ああ、大丈夫だマックス……すまぬな」


 マックスが3人に向き直る。


「陛下の御身(おんみ)(わずら)わせてまでそれはすべきことなのか!? 貴様ら、軍律違反は死罪と心得るのだ! 王都の留守を守ることも、メテオを攻略することもともに重要との陛下のご判断だ。命を賭して戦うことこそ、ドミニオンの誇りではなかったのか!?」


 マックスの大声が響き渡る。3人は咄嗟(とっさ)に平伏した。


「もうよい……マックス、大儀であった」

「は……」


「ミー、地図は出来たか?」

「只今」


 ミーの指先の動きに合わせて、薄い魔法陣が空中に幾重(いくへ)にも浮かび、地形図の形を成していく。王都から北方自治区メテオへ至る道。補給線。地形。想定される進軍経路。敵の迎撃地点。


「ヤマトは私についてこい。貴様を暴走させるわけにはいかん」


 ヤマトは「ちいっ」と舌打ちしたが、先ほどの騒ぎのせいで、強くタチャンカに申し立てはできなかったようだ。


「エースとナイトメアも前線へ行け。余は一人で十分だ」

「陛下、それでは……」

「大丈夫だ。エースは本隊を率いて布陣しろ。気は抜くなよ」


 ファングは短く言った。エースもナイトメアも、異論は唱えなかったが、言外に王の体調が(かんば)しくないことを悟った。


 しかし、ファングは出撃せねばならなかった。そこに王がいるという事実だけで、兵は退けなくなる。


 それは武威(ぶい)であり、呪いだった。


「行け」


 その一言で、隊列は前進を始めた。


 軍靴(ぐんか)が石畳を鳴らす。


 馬蹄(ばてい)が王都の大路に響く。


 道の両脇を埋め尽くす民衆は拳を握り、声が枯れてもなお、北へ向かう兵士たちに言葉を投げ続けた。


「王国に勝利を!」


「陛下に栄光を!」


(はん)逆者どもを討て!」


 やがて隊列は西門へ向かい、英雄の帰還門の下を通る。


 白い石で築かれた巨大な門には、かつて大陸統一の戦から戻った英雄たちの名が刻まれていた。


 勝者の名。生還者の名。


 そして、帰らなかった者たちの名。


 その門を、今度は出征する者たちが通り過ぎていく。


 エースは門を見上げ、民衆に手を振りながら小さく呟いた。


「帰還の時も、全員でこの歓声を浴びましょう」


 その声には、祈りに似た不安が混じっていた。


 隣でナイトメアが笑う。


「ああ。もちろん、アルバートの首を掲げながらだ」


 それに、とナイトメアは付け加えた。


「居場所があるのは悪くない」


 エースは何も答えなかった。


 英雄の帰還門を抜けると、王都の喧騒(けんそう)は少しずつ遠ざかっていった。


     ◇


「近いな」


 日が傾く頃、ドミニオン軍はメテオ領南端に近い丘陵地(きゅうりょうち)へ到達した。


 東には針葉(しんよう)樹林。西には凍りかけた湿地。北にはメテオの大門へ向かう緩やかな坂道。


 見晴らしは良い。だが、夜になれば森と湿地が敵の影を隠す。決戦前夜の陣を()くには、利点と危険が同居した土地だった。


 タチャンカは丘の上を指した。


「本陣はあそこに置く。王旗(おうき)は北から見える位置に掲げろ。ただし、射線には入れるな。第一防衛線は槍兵、第二に弓兵、第三に魔導兵、最奥に近衛。夜襲があるなら東の森だ」


 命令が次々と飛んだ。


 兵たちは雪を踏み固め、天幕を張り、防衛線を築いていく。杭が打たれ、柵が組まれ、魔導灯が低く据えられた。王の本陣へ続く道だけは広く空けられ、近衛兵が無言で周囲を固めている。


 やがて丘の上には、ファングの王旗(おうき)が立った。その下に黒幕の大天幕が張られる。周囲には四重の防衛線。天幕の前には、戦場を見渡すための高座が設けられた。ファングはそこに座し、北を見据えた。病のためか、その横顔には疲労が(にじ)んでいる。だが、誰もそれを口にしない。王である以前に、かつて大陸を一人で蹂躙(じゅうりん)した最強の戦士が、病で簡単に倒れるはずがない。兵たちはそう信じていた。あるいは、そう信じるしかなかったのかもしれない。


 夜が降りた。


 ドミニオン軍の陣には、魔導灯が低く灯されている。(あわ)い光が雪原を青白く染め、兵たちの鎧を冷たく照らしていた。


 タチャンカが兵たちの前に立つ。


「聞け」


 その声が、夜の陣に響いた。


 喧騒(けんそう)が止む。


 兵士たちの視線が、一斉に彼へ向けられる。


「明日、我々は反逆者の門を叩く。だが、これはただ前へ出て死ぬための戦ではない。陛下はここにいらっしゃる。王旗(おうき)はここにある。我々は王の前で戦う。ゆえに、恐れることは許されん」


 兵たちが顔を上げる。


「だが、無駄死にも許されん。命令を聞け。陣を乱すな。隣の兵を見捨てるな。各々が己の場所で役目を果たした時、軍は一つの刃となる」


 タチャンカは拳を握った。


「明朝、北天の反逆者どもに示す。我らが何者であるかを」


 兵たちの声が、夜を震わせた。


「王国に勝利を!」

「陛下に栄光を!」


 その熱は、確かに兵を鼓舞した。


 だが、エースはその声の向こうに、不安と緊張、そして明日この雪原が血に染まる予感を感じ取っていた。


 彼女は王旗(おうき)を見上げる。


 黒い夜の中で(ひるがえ)るその旗は、誇りの象徴であると同時に、もはや後戻りできないという宣告にも見えた。


 ナイトメアは天幕の外で北を見ていた。


 隣にエースが立つ。


「眠れませんか?」


「眠る身体ではない」


「そうでしたね」


 しばし沈黙が落ちた。


 雪が降っている。音もなく。ただ、黒い夜に白い粒が溶けていく。


「エース」


 ナイトメアが口を開いた。


「陛下が(たお)れれば、国は揺らぐ」


 エースは、わずかに目を伏せた。


「……その話は、今するべきではありません」


「今だからするのだ。王が病み、北の連中はそれを嗅ぎつけた。奴らは権利だの平等だのと綺麗事の理想を並べながら、結局は王威の陰りに群がる(うじ)に過ぎん」


 ナイトメアの声は冷えていた。


 怒っているのではない。


 少なくとも、そう見せようとはしていなかった。


「俺は王の剣だ。王の刃だ。だが、それ以前にドミニオンの刃だ。王冠があり、国家があり、秩序がある限り、俺の役目は変わらん。逆らう者を斬る。汚す者を殺す。ただそれだけだ」


 エースはナイトメアの方を見なかった。


 見れば、その言葉の奥にあるものまで見えてしまう気がしたからだ。


「それは、あなた自身の言葉ですか?」


「当然だ」


 ナイトメアは即答した。


「俺を(あわ)れむな、エース。憎悪も、怒りも、殺意も、俺にとっては呼吸と変わらん」


 雪が仮面に落ち、すぐに闇へ溶けた。


「だからこそ、俺は使える。国家にとって、これほど都合のいい刃もあるまい」


 エースは何も言わなかった。閉じた(まぶた)の長いまつ毛の上に、雪がほんの少しだけ積もる。


 ナイトメアは北の闇を見据えたまま、低く続ける。


此度(こたび)の戦は重い戦になる。ならば、なおさらよい。メテオの連中に教えてやる。王が病もうと、国家は腐らん。王威を(あざけ)る者には、必ず刃が届くとな」


 エースは静かに息を吐いた。


 白い吐息が夜に(にじ)む。


「……あなたは、いつもそうやって自分を納得させるのですね」


 溶けた雪が、エースの(まぶた)から滴り落ちた。


「納得ではない。事実だ」


 ナイトメアは振り返らなかった。


 ただ、仮面の奥の赤い眼光だけが、北の雪闇を裂くように細く(ゆが)んでいた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


第四話は、決戦前夜へ向かうための回でした。


王都の熱狂、英雄の帰還門、狂神五人衆、そしてナイトメアとエースの会話など、戦闘が始まる前だからこそ描ける空気を大事にしています。


次回からは、いよいよ北方自治区メテオとの本格的な戦闘に入っていきます。


少しでも面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、評価、感想などよろしくお願いします。

次回もよろしくお願いします。

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