第二話 『静かなる北天、理想は牙を持つ』
第二話
『静かなる北天、理想は牙を持つ』
投稿いたしました。
第一話を読んでくださった方、本当にありがとうございます。
今回は、物語の視点が少しだけ北へ移ります。
静かな雪の下で、何が芽吹いているのか。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
かすかに雪がちらつく北方地域にそびえたつ巨城は、戦のために作られた城で、王城ヴァルメイアの豪華絢爛さとはくらべものにならない。だが、城下には活気があふれ、王都に次ぐ発展を見せている。
城の一室、蝋燭の灯だけを頼りに書物を読む男がいる。その男こそが、自治区メテオを束ねる頭領、アルバート・クレイジスタである。
龍人特有の角を持つその巨体のせいか、元から狭い部屋がさらに狭く見えた。だが威圧感より先に伝わるのは、長く民の声を聞いてきた者特有の静けさだった。
少しうとうとしてきたころに、蝋燭の炎が揺らめく。誰かが訪ねてきたらしい。
「何用だ? こんな夜更けに」
「聞くまでもないだろう。アルバート。お前がわからんわけがない」
「……入れ」
静まりかえった部屋に緊張が走る。二人の間のわずかな空白が、不穏な行く末を示しているかのようだった。
「いずれはこうなる。カリスマの支配はそれの失墜に伴って崩壊するものだ」
先に沈黙を破ったのは、向かいで足を組んでいる黒衣を着た男だった。その言葉は、アルバートの心を深くうがった。
細い指先で紙を弄ぶその仕草は妙に滑らかで、生きた人間のものというより、よくできた人形が思案しているように見える。灯りが頬を撫でるたび、その肌は陶器のように冷たく映る。
「イーブル、何が言いたい?」
机の上の蝋燭の炎がゆらめく。イーブル、と呼ばれた男は不敵な笑みを浮かべた。
「さてな……」
イーブルはそう返しながらも、声色ひとつ変えなかった。
「こんな夜更けに俺の部屋を訪ねてきて、そんな嫌味だけを言いに来たわけではあるまい?」
黒衣の中で、フン、とイーブルは鼻を鳴らした。肯定の意味であるらしい。
「気づかないふりをするつもりか?」
アルバートの顔に暗い影が差し込んだ。
「わかっているはずだ。民が我慢をしきれずに反乱を起こした。俺たちが扇動したわけじゃないが、その責任の所在はお前に行く。民の命を見殺しにして、よもや自分の立場も危うくさせるつもりか」
「……今更どうしろというのだ。民の熱は止められん。こうなってしまった以上、我らに落ち度がないとしても処罰されるのは明白だ」
そのため息は氷のように冷たい。アルバートの目には、諦観が宿っていた。
「この自治区が自治区でなくなってしまったらどうなる?」
「……」
「そのツノは何のためにあるのか、それを考えろ」
アルバートの瞳は窓越しに月を見つめていた。月の光に照らされて、イーブルの首から下げたロケットがきらりと光る。
それを、アルバートは見逃さなかった。
「そうか。すまん。そうだったな」
「それ以上は何も言うな。アルバート」
「ああ。わかっている」
イーブルは満足そうにうなずいた。
「夜も更けたな。すまない」
一礼して、イーブルは部屋を後にした。
部屋で一人、アルバートがつぶやく。
「守るため、か」
蝋燭の炎だけが聞くはずだったそのつぶやきを、イーブルは扉越しにロケットを握りしめながら聞いていた。
◇
オルドレアを出発したナイトメアはイライラしていた。
「陛下の命令だからこそこんな大軍を率いて出たが、何の意味がある? メテオで起こった反乱なら、メテオが片づけるべきだろうが」
「そうも言ってられん。陛下は“アルバートは信用ならん”と考えていらっしゃるのだ」
マックスはぐずる子供をあやすような言い方で、なおさらナイトメアをいらだたせた。なにしろナイトメアにとって、民衆の蜂起などというくだらない戦いは好みではなかった。ましてや負けるはずがない戦ではつまらない。
「陛下が病に臥せった今、武威が失墜する恐れがあります。隠しきれるものでもありませんから、全力を出して一瞬で叩きのめします。他が反乱を起こす気を無くしてしまうぐらい、徹底して殲滅するのが、私たちの任務です」
諭すようにエースはナイトメアに語りかけた。
「武威」や「殲滅」というのはナイトメアの好きな言葉である。「そういうことなら仕方ない」とさっきまでの不機嫌が嘘のように、ナイトメアはやる気を取り戻し、前線の様子を見てくると言って本陣を離れて行ってしまった。
「やるな、お前も」
「何年彼と一緒にいたと思ってるんです? あなたの方が早く慣れてください」
怒ったナイトメアは手が付けられない。マックスには悪気がないものの、子供扱いを嫌うナイトメアを良く怒らせては、エースが後始末をつけていた。
「すまん」とマックスは謝った。
「今回はすぐ彼の機嫌も直りましたから、大目に見ましょうか。もうそろそろメテオ領のはずです。本軍が鎮圧に向かうという話はすでについているはず……」
エースが言いかけたとき、ナイトメアが本陣へと駆け込んできた。
「どうしました? そんなに慌てて……」
「話が違うぞ! メテオの連中が大門を封鎖して、開門を拒みやがった。一体どうなっている!?」
「何!?」
エースとマックスが目を見合わせた。
「私がすぐに向かいます。マックス、兵を動揺させないように、頼みましたよ」
「わかった」
ナイトメアとエースが連れ立って前線に赴く。すると、自治区メテオ領の兵が、本当に大門を封鎖してしまっていた。
「我が名は、エスミック・キュンケル。何人たりともここを通すなとアルバート様の仰せだ。本国の兵か知らんが、お引き取り願おうか」
雷が鳴ったような大声で一喝され、兵たちがじりじりと後ずさりする。しかし、エースは一歩たりとも引かなかった。
「お待ちなさい。アレクサンドラ陛下の命令で、ここを通すように言われたはずです。ここを通さないことは国家に対する反逆で、断じて許されるものではありません」
落ち着きながらも、芯のある声でエースは反論した。
「はて? 何用でここを通りたいと申しているのか」
「北方地域の反乱の鎮圧だ! いいからさっさと……」
ナイトメアが言いかけたとき、エスミックの巨体の陰から、黒衣の男が現れた。
「反乱は我らで鎮圧いたしました。本国が“大変”な時に、これ以上の足労をかけるわけにはいかないとの判断でございます」
「な……!」
おもむろに、男が黒衣の中から書状を取り出す。
「失礼、名乗り遅れましたな。私はイーブル・クロック。我が主たるアルバート・クレイジスタより、ファング・アレクサンドラ王への見舞いの手紙を預かっております故、これを受け取って本日はおかえりいただきたい」
「貴殿は、自分が何を言っているのかわかっているのですか?」
口調は落ち着いているが、目線に怒りがにじみ出ている。今にも手を出しそうなナイトメアを懸命に抑えながらも、対話の意志を崩さない。
「話が見えねえな」
低く唸るように言ったのは、エスミックだった。
「俺たちはここを退く気がねえ。そっちも退く気がねえ。なら、残る道は一つだろうが。――戦うしかねえ。イーブルが言いてえのは、そういうことだ」
その荒々しい言葉を、イーブルは否定しなかった。
ただ、微笑をたたえたまま、静かにうなずく。
「その通りです。アレクサンドラ王の命令は民衆反乱を鎮圧せよ、であり、自治区メテオの軍と戦え、と言ったのではないでしょう? あなた方の仕事はもうありません。王の命令に従った方がよろしいのではないですかな?」
この一言が、ナイトメアの怒髪天を衝いた。もはや、エースの制止の言葉すらも届いていなかった。
「ああ、そうだッ!! 陛下は反乱軍を徹底的に叩き潰せと命じられた! ならば、メテオに与する貴様らも等しく反逆者だ。門の内側に籠もり、我らを拒むその腐った胆力ごと――今ここで叩き潰してやる!!」
ナイトメアの叫びは、虚空へむなしく消え去った。エースの手が、ナイトメアをつかんで離さない。
「これが回答ということでよろしいですかな? それとも……」
エースはわなわなと震えながらこぶしを握り締めた。
「いえ……此度は私の部下たるナイトメア・フリッツの非礼をお詫び申し上げます……申し訳ございません。書状を、受け取らせていただきます……」
エースが強引にナイトメアの頭を下げさせた。イーブルが薄気味の悪い笑みを浮かべ、書状を手渡す。
「指揮官は話の分かる方で助かりましたな。では」
エースはナイトメアを引きずって、本陣へと踵を返した。その足取りは、重かった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第二話では、第一話とは少し違う形で物語が動き始めます。
剣を抜く前の静けさや、言葉の裏にある緊張感を楽しんでいただけていれば嬉しいです。
『LASTDAY』は今後、毎週金曜日に一話ずつ投稿予定です。
次回も読んでいただけると幸いです。




