第十七話 『南淵の密談、沈黙は叛意を隠す』
アルバートにはいろいろ言い訳をして、イーブルは南方地域へ出向いていた。アルバートは当然、イーブルの思惑に気づいていただろうが、何も言わず北方へと帰っていった。
「さて……」
イーブルが独り言をつぶやいたかと思えば、さっと剣を引き抜き、虚空を裂いた。
「私が気づかぬとでも思ったか?」
「……見事だ。さすがイーブル殿」
「何用だ?」
「それはこちらのセリフです。あなたは何用で南方に行かれるのですか」
電撃部隊副長、アーロン・アッヘンヴァル。イーブルの行動に、電撃部隊が気付かぬわけがないのだ。
「気になるのなら、こそこそついてくるのではなく、堂々と私の隣を歩かれるといい。どのみち気づかれてしまっては一緒だろう?」
「本来ならば何もせずに北方へと帰っていただきたいのですが……」
「……あなた方に疑われるのも私の本意ではないのだ。仮にここで私が帰ってしまったら、“やましいことをしに行く”と言っているようなものではないか」
「では、目的は何ですか」
「ついてこられたら、わかるだろう」
アーロンは腕を組んで考えた。イーブルの目的はわからない。ナイトメアに一度、報告をするべきだろうかとも思ったが、ナイトメアはイーブルを嫌っている。どうせ、適当な理由をつけて殺せと命令されるだけだろう。それに、イーブルを殺してしまえば、メテオとの停戦は破綻してしまう。アルテミス政権に代わって間もない今、一度落ち着いたメテオ問題を再燃させたくはない。
「わかりました。私もあなたを“監視”するために同行しましょう」
「感謝する。だが、後ろの兵士たちは送り返してくれ」
「なぜです?」
「彼らが兵士でないふりをできるのか? 隠せるのならそれでも良いが……」
「いえ、彼らを帰せば、私でなく彼らに報告されてしまいますよ」
「敵の心配をするとは、妙な男だな。まあ、その程度なら大した問題ではない。兵の存在で私の目的を阻害されたくはないのでな」
イーブルが何を考えているのか、アーロンには皆目見当がつかない。自分で自分の首を絞めるような条件ばかり出すではないか。ともかく、アーロンにとって悪い条件ではない。イーブルという男を見極めるためにも、アーロンはイーブルに同行することにしたのである。
◇
「全く……ひどい有様だ」
「ええ。私もこんなところまで足を運んだことはなかったのですが……」
道中には瓦礫の山、腐敗臭が鼻をつんとつくたびに、王都との空気の差を思い知らされる。昼間であるにもかかわらず、往来は少なく、通りかかる者は皆みすぼらしく汚い恰好をしている。カラスやネズミの方がまだ、キレイなくらいであった。
「ここはシュライド領か?」
道を通りかかった少年に声をかけた。
「おじさんたち、誰? 何しに来たの?」
「私たちは交易商でな。商品を受け取りに行かないといけないんだが、道に迷ってしまったらしい。ここはどこか教えてもらえるかな?」
無茶苦茶だ、とアーロンは思った。何せ、腰に剣をぶら下げて甲冑を着ている交易商がどこにいると言うのだ。いくら子供だからと言って甘く見すぎである。
「ここはただのスラムだよ。どこに行きたいの?」
少年の視線もじろじろと腰辺りに集中している。物騒なスラムでは護身用に剣を持ち歩く交易商もいるが、さすがにここまで仰々しい者たちは見たことがないらしい。
「さっきも言ったが、シュライドの中心部へ行きたいんだ。ここはシュライド領なのか、教えてくれるかい?」
うーん、と少年は腕を組んで考え始めた。
「何領か、と言われても困るよ。ここは見捨てられた土地だから、強いて言えば"ドミニオン王国領"としか言えないね。それに、僕は生まれも育ちもここだから、おじさんの言うところがどこかもわからない」
「そうか……だったら、知っている人を教えてはくれないか? 困っている大人を助けると思って」
「……言えないね。スラムには怖い大人がいっぱいいるんだ。特に、おじさんみたいな見るからに怪しい人には口が裂けても言えないよ」
「じゃあ、どうすればこのスラムから出られる?」
「来た道を帰ればいいんじゃないの」
少年はえらくそっけない対応でイーブルを突き返し、脇道へと姿を消した。
「骨折り損でしたな。さっさと帰りましょう」
「妙だとは思わないか?」
「……そうでしたかな?」
「いくら厳しい環境で育ったとはいえ、大人びすぎている……明らかに嘘をついている上に武器を持っている我々に一切臆さない少年など、いると思うか?」
アーロンも、それには同感である。だが、イーブルが何を考えているかわからない以上、さっさと北に帰ってほしいのだ。
「まさか、あの少年が幻影だとでもいうのですか。そんなバカげた話はありますまい。それなら我々が気づくはずです」
「それはその通りだが、あの少年が誰かに入れ知恵をされている可能性はある。調べてみるのは無駄ではないと思うが?」
ナイトメアに報告をしようにも、イーブルがいる手前、アーロンには何もできない。それに、まだイーブルの目論見を暴けてもいない。素直に彼に従うしかないのである。
◇
「イーブル殿、そろそろ諦められた方がよろしいのでは」
「そうか? 着実に兆しは見えてきているぞ」
空気の悪いスラム街。アーロンの顔には疲れが滲み出ているが、イーブルは淡々と前を歩き続けていた。
「どこがです。もう3日目。今日はまだ誰にも会っていません」
「だから、それが兆しなのだ」
「はい?」
「昨日居た者もいない……答えは簡単だ。誰かが保護している」
アーロンは思わず立ち止まる。
「バカな……! そんな力を持つ人物など……」
「無論、長くは持たないだろう。長期的にスラム街の住民を全員保護する財力があるなら、初めからそうしているはずだ。ここで粘れば、必ずその誰かが出てくる」
「その前にカムイに通報される可能性もあります」
「いや、1日目の段階でされていないのであれば、出来ない事情があるんだろう」
アーロンは驚いていた。洞察力や精神力はもちろんのこと、イーブルは話しながらも一切隙を見せないのだ。
『何の御用でしょうか』
強力な思念通信。明らかに編集されている声だ。アーロンはあまりにもタイミングが良すぎる、と困惑したがイーブルは臆せず答える。
「直接話を聞きたい。出てきてはもらえないだろうか」
会話したことのない相手へ思念通信を送るには、多くの魔力量が必要である。イーブルは、その時点でただものではないと理解していた。
『それでお帰りいただけることと、ここで私に会ったことをお二方が1年間秘匿していただけるなら』
イーブルが視線を送ると、アーロンは小さく頷いた。
「承知した。我らも貴殿の邪魔立てがしたくてここに来たわけではないのでな」
『では、攻撃する意図はないので無抵抗でいて頂きたい』
先程とは違う、普通の男の声だった。
イーブルとアーロンは、いつの間にか足元に広がっていた闇属性の魔法陣に一瞬で吸い込まれた。
真っ暗な空間。
「一度瞬きをしてください」
すると、それは1つの小さな部屋だった。
目の前には、ローブを羽織って口元のみが見える者の姿があった。喉仏がある為、おそらく男である事は分かる。
「聞きたいこと、とはなんでしょうか」
「なぜスラムの者達を助ける?」
「今はただ助けたいからです。特に南部は一部の者が天然資源の収益を独占していて、格差が激しいですから」
「今は、か。その金はどこから来ている?」
男が言葉に詰まる。
「…………それは私の事を特定できる判断材料になりうる為、お答えできません」
「では、南部の収益を独占している者とは誰だ?」
「代表的なのはカムイの率いるシュライド領ですが、彼らと癒着している貴族が諸悪の根源です」
「では、その貴族らを打倒する、とはならないのか? メッセージを受け取ったが、貴殿は並大抵の魔導士ではないだろう」
魔力だけではない。イーブルは、相対した瞬間から、名も、姿も明かさないこの男に対して、英雄の雰囲気を感じ取っていた。
「如何に正当な革命であろうと、時期を誤れば民からの支持も得られない。そうなれば、良くてシュライド領と相打ちです」
少し間を置いて、男は顔を上げた。
「もちろん、メテオ自治区やドミニオン本国が支援していただけるなら話は別ですが」
「と言うことだが、ドミニオンのアーロン殿、それは可能か?」
突然、イーブルに話題を振られてアーロンは困惑したが、その表情はどこか悲痛であった。
「……難しいでしょうな。この惨状、何とかしてやりたいとは思います。しかし、弱者救済よりも、強者がより強者を目指す国造り……それが、ドミニオンという国の成り立ちです。本来、このような問題は地方領主が解決するべき事案。カムイ殿の更迭を訴えること自体は可能ですが……」
「訴えたところで、まともな領主に変わる保証もなければ、そもそも訴えすらはねのけられる可能性が高い、と」
「そういうことです」
イーブルはローブの男に向き直り、頭を下げた。
「我らも手助けしてやりたいとは思うものの、申し訳ない。ドミニオン領を通って軍は出せん」
男はしばらく黙っていたが、怒っている様子はなく、むしろローブの下で口角が上がったように見えた。
「今の反応を見ていて分かりました。立場は違えど、信念は我々と分かり合えるものがあります。そんなお二方を信用して、我々から1つ情報を提供しましょう」
全く想像がつかず、アーロンは固唾を飲んで次の言葉を待つ。
「カムイあるいは部下のハンニボルは、間違いなく記憶操作系の魔法が使えます。これは我々の1年半にわたるマークの結果です」
「記憶操作? そんな魔法は聞いたことがないな。アーロン殿、聞いたことがあるか?」
「いえ、一時的に他者を洗脳する魔法自体は聞いたことがありますが、にわかには信じがたい……」
固有な魔法を生まれつき、あるいはある日突然使えるようになる者は実際にいる。しかし、記憶を操作できる魔法というのはあのイーブルですら聞いたことがない様子であった。
「我々も調査をしていたのですが、一度記憶を書き換えられた者たちが記憶を取り戻した様子は未だに見られません。長期にわたって維持されるようです」
「記憶が戻る条件は?」
「わかりません。ただ、術者を殺せばまず間違いなく解けるでしょう」
「今のところ、洗脳されたことがわかっている人物はいるのか?」
「周辺領主と貴族はほとんど皆が記憶操作を受けていると思われます。条件はおそらく接触。彼らに対面した時は触れないように気を付けてください」
葬式や戴冠式で見たカムイの姿が思い起こされる。もしかするとあの破天荒な振舞いの裏で、策略が動いていたのかもしれない。
「その点、触れやすいのは領主であるカムイ。自然に握手を求めることも出来ますし、彼自身があの性格なので多少無理に身体に触れてきても誤魔化せる。よってハンニボルよりカムイの方が術者の可能性が高い」
「よくそんな秘密を我々に教えたな」
「カムイは表向き何も動いていませんが、ファング大王の体調が悪化してから領内の税を少しずつ引き上げています。そして、周辺領主から金品を巻き取ることが増えました。その皺寄せは領主でなく、民に来るのです」
男の声が少しずつ低く、早口になっていく。
強い憤りが伝わってくる。
「これなら、一旦ドミニオンの直轄領に入った方がマシだ」
ずっと丁寧語だった口調が、一瞬だけ崩れた。
「最後に1つ。聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「新王、アルテミスにどの程度期待している?」
「力ではない、知の支配。民を思った政治をしてくださると、そう信じています」
その即答に、イーブルも、アーロンも男の本音をそこに見出した。
「そうか……できることなら、メテオに来ていただければ助けてやれるのだが、それはどうやら望んでいないようだな」
ローブの男は、申し訳なさそうにうなずいた。
「では、失礼する。長居、申し訳ない」
◇
スラムからの帰路についたイーブルとアーロンの間に、しばらく会話はなかった。
「……報告するのか? ナイトメアに」
「いえ……報告するようなことは、何もありませんでした」
イーブルは目を丸くして驚いた。アーロンは、この情報そのものを“黙殺”するというのだ。
「貴殿……もしや“人間”か?」
「そうです」
その一言で、イーブルは右手に抱えておいた沈黙の魔法を取り消した。
「なるほど、どおりでスラムから早く帰りたがったわけか」
「……私は強ささえあれば、認めてもらえると。そう思っていましたが、現実はそうではなかった」
「当然だ。自分の努力ではどうにもならん問題もある」
言葉自体は冷たかったが、イーブルには珍しく、諦めたような発言にアーロンには聞こえた。
「電撃部隊の副長に抜擢されたのも、なぜだかはわかりません」
「ナイトメアとの相性の悪さ、ではないか」
「半分はそうでしょうね。どうも、エース様たちはナイトメア様に好き勝手動いてほしくはないようですから、人間の私にストッパーになってほしい、と。ただ、何か別の意図があるようにも思えてなりませんが……」
「考えすぎだ」
イーブルは、ずいぶんとアーロンを慮っているように見えた。
「そうだとよいのですが……あのローブの男にも、同じ雰囲気を感じましたので。人間特有の、何かです」
アーロンは天を見上げながら、自分の夢を語り続ける。
「もし彼が、人間として強大な力に立ち向かうのなら、それを見てみたい……少なくとも、より大きな力が、彼を潰してはならないような気がするのです」
「ドミニオン王国にも、貴殿のような逸材がいるのだな」
「私をそこまで買い被らないでいただきたい。力なき者の持つ理想に、価値などない」
「志を持つことは、己の力につながるぞ」
意味深な言葉を発して、イーブルは歩みを速めた。慌ててついていこうとしたアーロンを、イーブルは剣で制する。
「ここで別れよう。私と2人で楽しく談笑していたところをほかの奴らに見つかれば、厄介だろう?」
「ふっ……確かにそうかもしれません。では、またどこかで」
別の方向に歩き出したアーロンの視界に入らぬよう、イーブルはしばらく跡をつけたが、ナイトメアに報告するような様子は一切、見せはしなかった。
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