第十六話 『愚者の輪舞、踊るは王か傀儡か』
ファング大王の葬儀から1週間後。
ついにアルテミス新国王の戴冠式の日となった。
「ではアルテミス様、今後ともご贔屓に……」
「あぁ」
挨拶に押し寄せてきた領主たちを最後まで見送って、アルテミスは深いため息をつく。
「大人気でしたな」
「よせドラゴン。媚びを売りたいだけだろう」
「ナイトメア達に毒されてはなりませんぞ。陛下はご立派です」
「では、そんなご立派な陛下の元にどれ程の民が集まったのか見てみようか」
王城ヴァルメイアの最上階。ここからは都の全体が見渡せる。アルテミスは少し早足になって窓の方へ向かった。
「……まったく、不敬な奴らめ」
「100年続いた治世が唐突に終わったのですから、まだ受け入れられない者もおりましょう。彼らは彷徨っているのです。アルテミス様が新たな時代を示せば、彼らもそれに応えるでしょう」
窓の外を見続ける新国王。
「私は、物書きになりたかった」
「存じております」
「私はひ弱だ。先代のような度胸もなく、空想好きの凡夫だ」
「空想好きなのは素晴らしいことです。国の未来を空想し、それに真っ直ぐに向かう名君になりうる」
「まだ先だと思っていた。あれほど強かった父が、あんな簡単に病に倒れるなんて」
「本当に、驚きました」
新国王は、めいいっぱいの力を込めて振り向いた。
「それでも私は、国王となるのだ」
目が、細まっていた。
◇
アルテミスが予想していた通り、この場に来ている貴族のほぼ全員が出世を狙っている。ナイトメアを中心とする電撃部隊は、葬式に引き続き監視・護衛の任務を課されていた。彼らは貴族たちを監視し、野望を摘んでやろうと躍起になっている。
「如何にも出世など微塵も考えていない、というような顔を並べおって。白々しい」
自ら貴族エリアの監視の任務を行っているナイトメアは、隣にいるマックスと時々会話を交わしている。
「まぁ、目に見えて治安が悪いよりは良いだろう。むしろ、戴冠式で暴れる者が現れようものならアルテミス様の威厳が……」
「アルテミス様バンザーイ! バンザーイ!
あなたこそが国家そのもの! ユーは国家なり!
新国王ワッショイ、ワッショイ、ワッショ〜〜ィ!
新時代にカンパイ! 天才! 大期待!
あなたに期待、新たな舞台、私はカムイ!
イヤァッホォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!」
貴族用スペースの中心部辺りから甲高い声が鳴り響く。
金ピカの衣装を付けて舞っている者の姿。
「おい、貴様! また騒ぎを起こすつもりか、南方の豚領主!!!!」
ナイトメアは怒鳴りながら、参列者たちを掻き分けて男の元へ迫る。
「なんだお前。きったねえ仮面だなちゃんと洗ってんのか?」
「なっ……」
眉を上げてハハッ、と笑う小太りな男。
「私の名前はカムイ・エアハルト……お前は知っているようだが、南方の天才領主だ! 陛下の戴冠があまりにもめでたくて、逸る気持ちを抑えきれずつい踊ってしまった。すまないな〜」
「知っている。だからこそ聞いている。今度は何を企んで……」
「お! 誰か出てきたぞ! 君も黙りたまえ」
近衛将・ドラゴンが登壇した。
先ほどまでお前の方が騒いでいたくせに何を言うか、とナイトメアは思ったが、しぶしぶ黙ることにした。
「皆さま、陛下がご登壇なさいます。一度ご起立ください」
拡声魔法を使った無機質な声に流されて、一同はまばらに席を立つ。その後、静かにアルテミスが登壇した。
期待通りの、空気を読むような沈黙。
やはり、100年続いた先代が皆にとっての王のイメージで、それに対してアルテミスは、あまりにも小さすぎたのだ。
アルテミスの合図で、皆が着席する。
「私は、父のような王にはなれない……」
聴衆からざわめきが起こった。アルバートだけが、微動だにせずその言葉を聞き入れる。イーブルは、その横でいつもの薄ら笑いと違う、微笑をたたえていた。
「父は最期に言った。余のような王は、もう要らぬ、と。だからこそ、私は己に足りぬものを認めるのだ」
ファングの言葉の意味をかみしめるように、アルテミスは言葉をつづけた。
「余は、父に縛られぬ王になる。民よ、諸侯よ、将たちよ、ドミニオンの未来は、余だけで作れるものではない。皆とともに、切り開くものだ」
そこまで言って、アルテミスは大きく息を吸い込んだ。
「余は、アルテミス・アレクサンドラ! 今日この日より、ドミニオン王国の……王となる!」
先程まで続いていたざわめきが、しんと静まる。
アルテミスが引き下がり、ドラゴンが一歩前に出る。
「アルテミス様を王として認める者は、改めてご起立ください」
誰もが周囲の様子を伺おうとしたその時、食い入るように立ち上がったのはメテオ自治区のアルバートだった。
真っ直ぐな目線をアルテミスに向けて小さな拍手をする。
隣にいたイーブルも、笑みを浮かべながら拍手を送っている。
次にカムイが続く。立ち上がり、手を掲げて拍手する。
そして周囲の領主達にも伝播し、集まった民衆も渋々と立ち上がっていった。
「……」
ナイトメアは、微動だにしなかった。
「では、戴冠の儀を執り行います」
背後から七天使、八環聖教会の大司教たちが姿を見せた。
「陛下、こちらを」
水を司る熾天使、エカテリーナ・ベル・アリューシアと風を司る熾天使アイナ・フォーミュライドがアルテミスに天の祭服を着せる。
「みんな綺麗……」
カムイが随分と似つかわしくないことを呟いたのがナイトメアには聞こえた気がしたが、それは熾天使・エース登壇へのざわめきでかき消された。火の熾天使たるエースは、王権の中枢にいながら大司教でもある。
アルテミスの前で、エースは跪き、王家の剣を差し出す。
若き王は少し重心をぐらつかせながらも、両手で支えながら床に剣を突き立てた。
その奥から、アルテミスよりも大きな影が少しずつ迫ってくる。
「クソが……」
ナイトメアはその影を睨みつける。
影が壇上に登ると、以前にも増して存在感を放つ教皇レオニエルの姿が鮮明になった。
教会。それは、ファングの治世が始まるずっと以前から存在する。だが、教会と王権は相容れない。この100年間、圧倒的武力を持つファングに教会は手も足も出なかった。どちらかが肥大化すると、どちらかが縮小する関係なのだ。
そして今、教会の最高権威と王権の最高権威が対峙している。
「遂にやって来ましたな」
「そうですね」
教会は味方ではないことを、アルテミスはわかっていた。
「アルテミス殿下を新国王として認め、今ここに証を授けよう」
重く響く声が、会場に染み渡る。
アルテミスが膝を突くと、レオニエルがその上から、彼の頭に王冠を置いた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!! アルテミス陛下、バンザーイ!」
ややの沈黙は、カムイによってすぐに破られた。
それに、一部の貴族や民衆達も続く。
「俺たちもやっておくか? アルテミス陛下、ばんざーい」
「思ってもないことをするなイーブル。冷やかしにしかならんぞ」
「ふん……未来は皆で作る、か」
「不満か?」
「いや? アルテミス陛下、ばんざーい!」
答えをはぐらかすイーブルをいぶかしみつつも、アルバートはそれを忘れることにした。
自分の周りの混雑もややマシになってくると、カムイは一息ついていた。そこに、思わぬ来訪者が現れる。
「カムイ殿」
「ふぇっ!? おう、こんばんは。貴方はドラゴン殿ではありませんか」
「少しお聞きしたい事がございます。お時間ございますかな?」
「へっ、へ!? ……もちろん! でも、少しお花を摘みに……」
◇
カムイとハンニボルは、ドラゴンに招かれてヴァルメイア城の小さな会議室に通された。
「ななななんですかなこんな所に呼び出されて」
「カムイ殿、本日貴方は何をしていらっしゃった?」
「あーいや、ふざけたことは謝るさ。ほんの出来心で……」
「いえ。今別のところで企みをやっているオリジナルの貴方が、ですよ」
「……」
明らかに顔を引き攣らせて、“カムイ”は背後のハンニボルに目線を送る。
「オリジナルのカムイ殿が何かを隠している事は事実だ。貴族どもに接触して力で脅している可能性もあり、底が見えない。一方で、擬態魔法が得意な者は基本的に他の魔法が上達しづらい。なら、擬態している者に聞けば危険も少ないだろう?」
「流石です、ドラゴン殿。しかしあなたにとって不利益な事をするつもりはない。それが分かっておられるから、部下を伴わずに我々と対面されているのでしょう」
「その通りだ」
黙りこくった"主"に代わり、ハンニボルが対応する。
「むしろ私は、その貴族たちから巻き取った情報が欲しい。週に一度、私に報告してくれ。そうすればこの件は誰にも漏らさない」
“カムイ”は随分と嬉しそうである。
「ありがとう! はい握手握手!」
はいはい、とドラゴンが手を取ったその時。
「ビンゴ」
カムイの口角が上がる。
カムイの記憶改変は、触れることで記憶を検索し、それを編集するという簡単な手続きで終わる。まずは、記憶を見るのだ。
「!?」
カムイは突然顔が真っ青になったかと思えば、突然笑いだす。ハンニボルも想定外の反応である。
「よし、帰るぞ」
「はい?」
「いや、良い宿だったのでもう一泊してからすぐ帰ることにしよう。それ以降の会合は全てキャンセルだ。では、後は頼んだぞ、ドラゴン」
虚ろな目をしたドラゴンが、不気味なくらいハッキリと「御意」と言っているのが、去り際に聞こえた。
「それにしても……お前は優秀だなぁ。俺を排泄室で5分も待たせていた事だけ気に食わんが、入れ替わりは大成功だ」
「私の知恵など大したことはありませんよ。今回の一番の功労者は……ファインでしょうね」
◇
「ぁぁぁぁぁあ、ほんとなんなの私!!」
宿の一室。枕に顔を埋め、何度も足をばたつかせている少女の姿があった。
「……あなたに期待、新たな舞台、私はカムイ……」
自分の口から出た言葉を思い出した瞬間、ファインの体がびくりと跳ねる。
「ゔぁぁあぁぁあぁぁあああ! 何?韻踏んでるつもり!? 気持ち悪い、ほんっと意味分かんない! こんな言葉がスラスラ出てきた自分が心底恥ずかしい……」
なんとか自分を立て直そうと必死である。彼女が今回の作戦に欠かせなかったことは確かなのだ。いや、寧ろ役割を果たしすぎている。自分のやったことを理解するには、まだ13才の彼女では幼すぎる。
「ま、まぁいいや!! 擬態魔法は今までで一番上手くいったし、みんなの役に立てたんだから……そうよ、いいのよ……私バンザーイ!」
そうだ、今日はもう寝ようと灯りを消す。
「……バンザイ…? 」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”〜!!!」
今日の一件は、少女の心に深く刻まれる黒歴史となってしまった。
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