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LASTDAY  作者: 杉田健壱楼
第一章 黒翼建国編
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第十一話 『白嶺の協定、悪夢は沈黙する』

第十一話『白嶺の協定、悪夢は沈黙する』です。


今回は、休戦協定のためにドミニオン側がメテオへ向かう回になります。


戦いそのものは終わっても、勝利とも敗北とも言い切れない空気が残り続ける中で、それぞれの立場や思惑が静かにぶつかっていきます。


ナイトメア、エース、マックス。

そしてメテオ側のアルバートとイーブル。


剣を交えない場面だからこその緊張感を楽しんでいただければ嬉しいです。

 休戦協定の当日、王都オルドレアの空には低い雲が垂れ込めていた。


 北方遠征は、戦況だけを見ればドミニオン王国軍の優位で終わっている。だが、帰還した軍に勝者の名は与えられなかった。


 ファング・アレクサンドラが倒れた。


 その一点だけで、勝利は敗北へと書き換えられた。民衆は敗走と噂し、メテオは勝利を喧伝(けんでん)し、王都の空気は冷えたまま戻らない。ゆえに、休戦協定の席には、ドミニオン側が出向くしかなかった。形式の上では使節であっても、それは事実上、敗北を認める姿勢に等しい。


 王城ヴァルメイアの正門前には、使節団のための魔獣馬車が用意されていた。黒い角を持つ魔獣が二頭、鉄鎖のような手綱につながれ、白い息を吐いている。車体には王家の紋章が刻まれていたが、飾りは少ない。沈黙を運ぶための馬車だった。


「本当に、俺まで行く必要があるのか」


 ナイトメアが、露骨に不快そうな声を出した。


 黒衣の裾に冬の風がまとわりつき、仮面の奥の赤い光が鈍く揺れている。


「貴方は前線でメテオ側と直接交戦しています。向こうも貴方の力を知っている。こちらが脅しに行くわけではありませんが、弱腰だけを見せるわけにもいきません」

「なら、黙って睨んでいればいいのか」

「そうです。今日はそれが一番の仕事です」

「屈辱的だな」

「屈辱を飲み込むのも、時には将の務めです」


 マックスは、二人の会話を横目で見ながら腕を組んでいた。


「それに、お前を王都に残す方が危ない。アルテミス王子と顔を合わせれば、また余計なことを言うだろう」

「俺を何だと思っている」

「自制心のない凶器だ」


 ナイトメアは舌打ちしたが、否定はしなかった。


 王城内では、すでに臨時体制として、アルテミス王子が玉座に座っていた。次期皇帝と目される立場ではあるものの、その器を認める者は少ない。だが、王の器でない、と断言するには材料が足りなかった。ファングからの英才教育を受け、文武にも精通している。ただし、あのファングの持つ圧倒的なカリスマ性は、持ち合わせていなかった。


 補佐役にはミーとタチャンカが置かれた。ミーは文書と魔法通信を管理し、タチャンカは王都内の軍令を預かる。二人とも不満を口にはしなかったが、アルテミスを中心に据えるこの体制が、応急処置にすぎないことは誰の目にも明らかだった。


「向こうが何を狙っているにせよ、深入りはしない。協定を結び、撤退条件を確認し、戻る。それだけだ」

「分かっていますよマックス」

「ナイトメアもだ」

「二度も言うな。今日は喋らん」


 その言葉を最後に、三人は魔獣馬車へ乗り込んだ。


    ◇


 メテオ領へ向かう道中、馬車の中は重かった。


 雪原を進む車輪の音だけが、規則正しく響いている。外では、かつてドミニオン軍が踏み荒らした道が、薄い雪に覆われつつあった。血の跡も、壊れた柵も、遠目には白く塗りつぶされている。だが、見えなくなっただけで、消えたわけではない。


「メテオは条件を吊り上げてくるでしょうか」


 エースが小さく言った。


「普通ならな」


 マックスは窓の外を見たまま答えた。


「賠償、謝罪、捕虜交換、不可侵の明文化。要求できるものはいくらでもある。奴らは勝ったと吹聴しているのだから、国内向けにも成果が欲しいはずだ」

「ならば、余計な要求をしてきた瞬間に蹴ればいい」


 ナイトメアが冷たく言った。


「貴方は黙っている約束でしょう」

「今はまだメテオ領ではない」

屁理屈(へりくつ)を言わない」


 エースに釘を刺され、ナイトメアはそれ以上口を開かなかった。


 数刻後、魔獣馬車はメテオ領の市民街へ入った。大門は応急的に補修されており、破られた跡はあえて隠されていない。むしろ、それを見せることで、ここで戦があったことを刻みつけているようだった。


 市民街には兵が立っていた。だが、剣を抜く者はいない。窓の隙間からこちらをうかがう住民の目には、怒りと恐怖が混じっている。ドミニオンの紋章を掲げた馬車が通るたび、通りの音が一つずつ消えていった。


 その奥に、城があった。


 白い岩壁と青灰色の屋根を持つその城は、王都ヴァルメイアのような威圧感ではなく、雪山に根を張る静かな獣のような佇まいをしていた。塔の先端には氷晶を模した旗飾りが揺れ、門の上にはメテオの紋章が刻まれている。


 白嶺城アステリオン。


 それが、北方自治区メテオの中枢だった。


 城門前で馬車が止まると、待っていたのはイーブルだった。相変わらず異形の人形じみた姿をしており、表情は読みづらい。それでも、口元だけは礼儀正しく笑っているように見えた。


「ようこそ、白嶺城アステリオンへ。遠路はるばるご足労いただき、感謝いたします。使節団長はエース・バジリスタ様でよろしいですね」

「はい。本日は休戦協定について、ドミニオン王国を代表して参りました」

「承っております。マックス・イア・ハート殿も、どうぞお入りください」


 イーブルの視線が、最後にナイトメアへ向いた。


「ナイトメア・フリッツ殿も」

「……」


 ナイトメアは答えなかった。沈黙というより、相手に声をかける価値を認めていない態度だった。だが、イーブルは気にした様子もなく、ただ一礼する。


「では、中へ」


 城内へ案内される途中、エースとマックスはイーブルと形式的な話を交わした。負傷兵の扱い、軍の接触を避けるための境界線、協定文書の調印手順。イーブルは淀みなく答え、必要な確認を淡々と済ませていく。


「こちらとしても、これ以上の流血は望んでおりません。兵を休ませ、市街を修復し、民の不安を取り除く。今はそれが最優先です」

「それは、こちらも同じです」


 エースはそう返したが、胸の奥には引っかかるものがあった。

 イーブルは、さもそれが自然であるかのようにエースらを招き入れていた。それが不気味で仕方なかった。


 客間へ通された三人は、そこで数刻待たされた。部屋は広く、暖炉には静かな火が入っている。茶と軽食も用意されていたが、誰一人手をつけなかった。


「落ち着かんな」


 マックスが低く言った。


「待遇が良すぎる」

「毒でも入っていると思うか?」

「毒ならまだ分かりやすい」


 ナイトメアは窓の外を見ていた。白嶺城の中庭では、兵士たちが黙々と木材を運び、負傷者を別棟へ移している。こちらをチラと見るものもいるが、作業の合間に見ているだけだった。


「……まるで俺たちに興味がないみたいだな」


 ナイトメアがつぶやいた。


 エースは返答できなかった。


 やがて扉が開くと、入ってきたのは、アルバートとイーブルの二人だった。アルバートは以前と変わらず、戦場で見せた圧倒的な気配をその身に宿している。だが、その表情にはどこか悲痛にも感じられるものがあった。


「来てくれて感謝する、エース殿。マックス殿。ナイトメア殿」

「こちらこそ、お時間をいただき感謝します」


 エースが立ち上がり、深く礼をする。マックスも静かに頭を下げた。ナイトメアだけは座ったまま、仮面の奥からアルバートを睨んでいる。


 イーブルが卓上に文書を置いた。


「では、休戦協定について確認しましょう。メテオ側の要求は一つです。ドミニオン王国軍の、メテオ領およびその周辺地域からの完全撤退。それ以外の要求はありません」

「……それだけですか?」


 エースは思わず聞き返した。


「はい」

「賠償も、謝罪も、捕虜交換も求めないと?」


 マックスの声にも、わずかな警戒が混じっていた。


「何か勘違いをされているようですが、私どもは独立を宣言したわけではありません。ドミニオン王国自治領メテオ、これを維持してもらえれば良いのです」


 はて? とエースは(いぶか)しんだ。確かに聞いたはずだ。レイファと名乗った男と相対した時、彼は“陛下”と言ったのだ。それは紛れもない、アルバートのことだろう。

 「独立していないとはどういうことか」とはあえて聞かなかった。聞いたところではぐらかされて終わりだろうし、何より今は休戦協定を結ぶことが最優先だ。


「……随分と欲がないな」


 ナイトメアが口を開いて、エースは少し天を仰いだ。


「勝者を名乗るなら、もっと奪えばいい。貴様らはそれが目的でこの戦を仕掛けたのではないのか」


 エースが視線で制したが、ナイトメアは黙らなかった。


「欲のない者などいない。要求しないということは、既に欲しいものを得たんだろう? それは何だ。言え、言うんだ!」


 アルバートは静かにナイトメアを見た。


「……あえて言うとすれば、私が求めるものは平和だ」


 ナイトメアはそれを聞いて鼻で笑った。


「綺麗事だな」


 それ以上、アルバートは何も言わなかった。ただ、冷ややかな目つきで見つめるだけである。


「では、協定の方に移りましょう」


 イーブルはナイトメアの騒ぎなど全く眼中にない様子で、休戦の準備を進めていた。


 協定の文面は、驚くほど簡潔だった。ドミニオン王国軍は北方自治区メテオ領より撤退する。メテオ側は撤退中の軍に攻撃を加えない。双方は一定期間、軍事行動を停止する。


 それだけだった。


 あまりに少ない条文に、エースもマックスも言葉を失った。メテオ側がこの機会に政治的優位を形にしようとするなら、いくらでも条件を書き加えられるはずだった。だが、イーブルはそれをしない。


 必要な署名が終わると、アルバートは静かに口を開いた。


「陛下の容体はどうだ?」

「……まだ、意識は戻っていません」

「そうか」


 アルバートの顔に、痛ましげな影が落ちた。


「陛下は、私にとっても大きな存在だった。意識が戻ることを願うばかりだ」

「陛下を侮辱(ぶじょく)した檄文(げきぶん)を出しておいて、よくそんなことを(のたま)えるな」

「ナイトメア! いい加減にしなさい」


 エースが立ち上がって叱責する。


 イーブルが一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの調子へ戻った。


檄文(げきぶん)とはそう言うもの...私どももあの時は必死でしたからな。ああいう風に言うしかありませんでした。ですが、我が主は本心で物事を喋っていますよ」


 薄気味悪い笑みを浮かべたイーブルに、なおもナイトメアは言い(つの)ろうとしたが、エースが睨みを利かせているので、何も言えない。


「ともあれ、協定は成立しました」


 イーブルは文書を整え、立ち上がった。


「長くお引き止めする理由もありません。お戻りになり、王都の安定に努められるのがよろしいでしょう」

「……随分と急かすな」

「ごゆっくりなされたいのなら、菓子をお召し上がりください。まだ、茶も冷めてはいませんよ」


 マックスとイーブルの間に緊張が走った。


「いえ、結構です」


 エースは文書を受け取り、静かに立ち上がる。


「本日の協定、確かに持ち帰ります」

「よろしくお願いいたします」


 アルバートは最後にもう一度、深く頭を下げた。


「ファング陛下のご快復を祈っている」


 ナイトメアは何も答えなかった。


    ◇


 使節団の馬車が遠ざかるのを、白嶺城の窓からイーブルは見送っていた。


「ファング陛下は、快癒なさると思うか?」


 背後でアルバートが言った。


「それは、対面したお前が1番わかっているのではないか?」


 イーブルは振り返りもせずに答えた。アルバートが口ごもり、ハッと思いついたように返答する。


「まさかイーブル、陛下の死去に際して王都を急襲せよ、と言うのではなかろうな」

喪中(もちゅう)の軍を攻めるのも大人気(おとなげ)ないだろう」


 アルバートはそれを聞いて、少しだけ安堵の笑みを浮かべた。


「それに、力量差は思った以上に明白だった。こちらに大義がある戦なら良いものの、侵略戦争でドミニオンに勝つ未来はあり得ない」

「では、どうするのだ?」


 イーブルは薄く笑った。


「まずは足場固めだな。ひとまず危機は去った。これからは守るためにより一層努力せねばならんぞ」

「……覚悟の上だ」


 アルバートは窓の外を見た。白い雪が、壊れた城壁の上に降り積もっている。


 白嶺城アステリオンの中で、将兵たちは働き続けていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


第十一話では、休戦協定という形でドミニオンとメテオが再び向き合うことになりました。


戦場では圧倒的な力を見せたナイトメアですが、今回のような場ではその存在そのものが火種にもなります。黙っていることも役目、というのは彼にとってかなり屈辱的だったと思います。


一方で、メテオ側が何を得て、何を狙っているのか。

アルバートとイーブルの温度差も含めて、今後に繋がる回になったかと思います。


次回も引き続きよろしくお願いします。

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