第十二話 『南冠の醜宴、影は刃を欲す』
第十二話『南冠の醜宴、影は刃を欲す』です。
今回は南方シュライド領から始まります。
北方メテオとの休戦が成立した一方で、南にもまた別種の火種が存在しています。
醜悪な宴、歪んだ欲望、そして王城ヴァルメイアへ戻った者たちが選ぶ次の一手。
覇王なき時代へ向けて、物語はさらに不穏さを増していきます。
よろしくお願いします。
南方シュライド領の都市イルジオンには、王城ヴァルメイアに負けじと豪華に彩られた城がある。城の中ではここ数日、毎晩のように宴会が行われていた。
「おぉ、貴様良い尻をしておるな! 名はなんという? ……ほう、リリーか! もっと近くに来なさい! 他の者はさっさと下がれ。三流踊り子共が」
宴会と言っても、騒いでいるのは領主のカムイ・エアハルトのみである。彼の席は小太りな体型に似合わず純金に龍のデザインが施されており、数人の幹部だけが木製の椅子に座ることを許されていた。
その中で最も身体の大きい男に、カムイは視線を向ける。
「ハンニボル! ゲームをするぞ」
「はは。内容は?」
「ファングがあと何日で死ぬか、だ。お前は確か酒嫌いだったな?」
「はい。どうも私は酒が弱いようで……」
「では、今すぐファングが何日後に死ぬか予想しろ。そして死んだ日、お前の予想から外れた日数分の酒瓶を一気に飲め」
「はぁ……」
そのゲームは先日もしていて、10日間と予想していました……などとは誰も言わない。
「そうですな。私は12日間と予想します」
伸びた、とその場にいた誰もが思った。
「えー、リ……なんだったかな。尻の良い女、貴様はどう思う?」
参加者が増えた、とその場にいた誰もが思った。
「えっ、私ですか!? 分かりません……」
空気が凍る。
「私は予想をしろと指示したはずだが?」
「も、申し訳ありません! 私は……」
「もう良い。連れて行け」
兵士が2人駆けつけてきて、俯いたまま大人しく立ち上がった女の腕を強く抑えた。
「お待ちください」
幹部で最も小柄な少女―ファイン・ルールが立ち上がり、主に向かい深々と頭を下げた。
「カムイ様、彼女はまだこのような場に慣れておりません。どうか、寛大な処置を」
「……フン、二度とこの城に立ち入れないようにするだけだ。子供は黙っておれ」
「感謝いたします」
カムイが機嫌を損ねたことで宴会はその後すぐに終わった。片付けが終わり給仕が全員退出すると、広間にはファインとハンニボルの2人だけが残される。ファインは緊張が解けたのか倒れ込むように机に突っ伏した。
「はぁー……」
「頑張ったな、ファイン。お前は優しい」
「優しくなんかないわよ。流石に可哀想だと思っただけ」
「そうか」
ハンニボルは目を合わせようとしないファインを見て微笑む。
「そういえば、バルカ兄さんは?」
「バルカには例の檄文の調査に行くよう頼んだ。どうやら北方の連中はとても頭が良いらしい」
「ふーん、よく分かんないけど。最近宴会ばっかりだし、そろそろ帰ってきてカムイ様のお相手してほしいなぁ。私もう疲れちゃった」
「うむ……これからもっと忙しくなるかもしれんしな」
「え?」
「また話すよ。今日は寝なさい」
首をかしげるファイン。だがすぐに大人しく立ち上がり、扉の方へ駆け出して行った。
「あ!」
ファインは振り向いて、無邪気な笑顔を浮かべる。
「おやすみ、パパ」
そう言って自室へ向かっていった彼女を、ハンニボル・ルールは優しげな瞳で見守っていた。
◇
「あぁ! なんだあのガキ! 生意気なクソチビ貧乳が!」
家具一つ一つに至るまで純金で満たされている自室で、小太りな領主は壁を蹴り続けていた。
「なんで記憶しかいじれないんだこの魔法は……雑魚魔法め」
カムイは生まれつき記憶改変という特殊な魔法が使えるが、その代償か、魔力はあまり強くない。
「そうだな……性格まで変えられるならチビ貧乳には首輪をつけて動物のように扱ってやろう。常に舌が出ているといい……」
陰湿な魔法を持つと、本人まで陰湿になるらしい。ヨダレが落ちて服にシミを作ってしまい、カムイは現実に引き戻される。
「……まぁいい。ファングさえ死ねば俺はもっと好き勝手やれる。領土を拡大して仲間を増やし、従順なやつだけ記憶をいじって下僕にしてやるんだ」
カムイの声は、ドア越しのノック音にかき消された。
「カムイさま。アイリスでございます。本日もご指名ありがとうございます」
「おぉ、アイリスか。今開けるよぉー!」
彼の野望は、目先の性欲に上書きされた。
◇
王城ヴァルメイアに帰還したエース一行は、玉座の間へと足を運んだ。玉座には、アルテミス王子が暫定的に座っている。いかにも荘厳な玉座は、アルテミスにとって似つかわしくない。
横には、近衛騎士団の団長を務めるドラゴン・ザ・レフトが立っていた。王を守る近衛兵など、ファングの全盛時代には存在価値がなかったのだが、アルテミスだけではいかにも頼りない、ということで、マックスの指令で王子を隣で守っている。
「交渉はまとまったのか」
感情のない声で、アルテミスは問うた。自分に権力が存在しないことを、わかっているようだった。
「はい……メテオ領から兵を退き、いましばらくは停戦する手はずです」
「そうか。大儀であった」
アルテミスは目を合わせようとしない。自信のなさが見て取れた。
「向こうの要求は何だったのだ?」
「メテオ領から撤退し、休戦を結ぶ、それだけです」
「それだけ?」
「ええ」
「何がしたい……」
エースは、アルテミスのつぶやきにすぐには答えられなかった。代わってナイトメアが前に出る。咄嗟にエースが制止しようとするが、半歩遅かった。
「メテオはすでに目的を達成した、ということだ。つまり、これ以上要求を釣り上げる必要がなかったわけだ。わかるか?」
「口調を正せ! 何様だ!」
ドラゴンが怒るが、ふっとアルテミスは笑っていた。
「では、貴様に問うが、そのメテオの達成した“目的”というのを教えていただきたい。私は父と違って優秀ではないようだからな」
「……」
答えなど、あるわけがなかった。そんなものがわかれば苦労はしない。
「アルバートが言った目的は“平和”でございました」
「平和……そうか」
代わってマックスが答えると、アルテミスは思案するように頭に手を当てた。
「報告は以上で結構だ。後のことはタチャンカに聞いてくれ」
「はっ」
そのまま一礼して、エースは玉座の間を後にした。その後ろ姿を見て、アルテミスはぽつりとつぶやいた。
「ドラゴン……私に王は務まるのか?」
「殿下以外に国を治められる者はおりません。このドラゴンが剣となり、盾となりましょう」
それを聞いて、アルテミスはややの安堵の表情を浮かべた。
◇
玉座の間を後にした一行は、タチャンカの下へと向かった。
「イライラするな。自分に能力がないくせに、俺をコケにするようなあの言い方はなんだ」
「ナイトメア、口を慎みなさい。答えられなかったのはあなたです」
「ちっ……」
ナイトメアは、アルテミスのことをよく知らなかった。正確に言えば、大して興味がなかったのだが、玉座の間に座るものとしての風格もなければ、自分で何かを決めようとする意志もない。ドミニオン王国の王にふさわしくない、というのがナイトメアの所見であった。
「愚者ではないだけマシだ。殿下を名目上の王に据え、裏では我々が政治を取り仕切る。それが、今もっとも安定する」
マックスが言い聞かせるが、ナイトメアはなおも納得できない様子であった。「いつまで文句を言っているのか」とエースに叱責されるまで、ナイトメアはずっとブツブツとしゃべり続けていた。
「さて、今後についてだが、殿下にはすでに許可を得ている。軍は我らの協議によって勝手に動かしてよい、とな。便宜上の軍のトップにはエース殿を据えるように言われている」
「それだけですか? タチャンカ」
「それだけだ」
エースは少し天を仰いだ。
「わかりました。精一杯努めましょう」
「不安ではないか?」
マックスの問いの意味が、エースにはわからなかった。
「不安がないと言えば嘘になりますが、感じていても仕方ありません」
「……そうか」
タチャンカはその会話を聞き流しながら、休戦協定書に目を通していた。
「できることはなさそうだな。しばらくは軍も動かせん」
「なぜだ!? 反乱を起こしたのはメテオだけじゃない。あのハシナ領に軍を出し、メテオに味方したらどうなるかを知らしめるべきだろう!」
「少しは考えろ、ナイトメア。メテオがハシナ領に軍を駐屯させていたら? ハシナ領とメテオは同盟関係だ。そうなった時、メテオ軍に一切手を出さずに、ハシナ軍にだけ攻撃するなどという器用なことがお前にできるのか?」
ナイトメアはなおも言い返せなかった。
「実に上手い協定だが、こちらにも利はある。王の容体が怪しい今、下手に軍は出せないが、これを休戦協定のせいにできるからな。何より、メテオが要求を“釣り上げなかった”という事実が、我らの武威は未だ死んでいないことを喧伝できる要素になる」
「王が死ねば、すべてが変わるだろう」
「その通りだマックス。死ぬ前に手を打たねばならん」
「どんな手がある?」
タチャンカは考えこんだ。マックスも、エースも、この場にいる誰もが良い手を思いつかなかった。ただ一人、ナイトメアを除いて。
「刃、だ」
「刃?」
「恐怖が必要だ。圧倒的な力、カリスマが死んだ今、次に必要なものは明確だ」
エースはナイトメアをにらんだ。視線で、その考えを否定するかのように。だが、何も言い返さなかった。
「俺に分遣隊の指揮を任せてくれ」
「……分遣隊、か」
「反逆は、その前に芽を摘むべきだ。そのための刃が必要だ。各地方に眠っている“刃”をすべて召集する」
本来ならば、反対されてしかるべき発言だった。少なくとも、普段のエースなら絶対に制止していたはずである。ナイトメアがすべての権限を持つ部隊など、何をやらかすかわかったものではない。ただ、他の将軍は手がいっぱいだった。ナイトメア以外に適任はいない。
「お前の私兵が欲しい、という話に聞こえるが?」
「では、機能として必要ないと?」
「……いや、必要だ。元はと言えば、メテオの行動もそうした部隊さえあれば事前につかめていた。今まで王威にかまけていた分のツケが回ってきた形だ」
ナイトメアは手柄顔をしたが、その表情は次の発言でかき消えた。
「お前に指揮権を認めるが、幹部は我らで決める。お前が暴走しないようにな」
それでは意味がない、とナイトメアは言おうとしたが、後ろで控えるエースの覇気にけおされて、黙り込むしかなかった。
「良いですか。一度暴走すれば、二度と日の光を浴びることはないと心得なさい」
「“影”の俺に日の光は必要ない」
苛立ちながら、ナイトメアは立ち去る。その遠くで、夜を告げる鐘が鳴っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
第十二話でした。
今回はカムイ・エアハルト側の描写と、休戦後のドミニオン王国側の動きを中心に書きました。
ファングという圧倒的な存在が揺らいだことで、各地の均衡も少しずつ崩れ始めています。その中でナイトメアが求めた“刃”が、今後どのような形になるのか。
次回もよろしくお願いします。




