第24話:だからこそ、守護りたい -後編-
時が流れ文音は2年生に、ゆめみたち10人は3年生になった。
「OK、全部撮れたよ。あとはこれをサラ経由で専門の人に編集してもらうだけ」
「あ、ありがとうございます……。私、その。おかしくありませんでしたか」
夏菜恵がカメラを構え、ゆめみとまほろが見守る中MVの撮影が終わった。ゆめみが思い立ってから完成まで半年近くかかった新しい文音の姿に彼女は思わずため息を漏らす。まほろが渾身の出来だと自慢気に着せた和風ゴシックな衣装姿で、文音は息を整えながらバチをぎゅっと抱きしめた。
「全然! すっごくかっこよかったよ! ね、まほろちゃん!」
「うん、まだ鳥肌が止まらないよ……。私の衣装、気に入ってくれた?」
「は、はい……。黒は、好きな色なので」
まっさらなダンススタジオで文音が衣装を着て太鼓を叩くだけだった数分間の動画は、撮影から1週間もしないうちに編集が施されプロ顔負けのMVとなった。
こうして、文音の新曲『新月宵祭』が世に放たれた。
漆黒の衣装を翻し、妖しげな演出が施された中で和太鼓を必死に演奏する文音の姿はみるみるうちにネット中へ、アイドルを愛でる人々へ拡散されていった。
そして誰にも分からないうちに蒔かれていた『文音さま』の種が、ついに芽を出した。
文音さまは彼らにとっての神だった。彼女を信じると決めた人々の灰色となった人生に積み重なった痛みや苦しみをすべて背負い、太鼓の音に変えて消し去ってくれる。
大人しい文学少女である七星文音に何かが取りついた以外考えられないほどの演奏ともはや絶叫に近くなってきた歌声が今日も響き渡る。
熱狂の渦は彼女の心を削り取り、その身体を『文音さま』の依り代へ変えていく。
毎週末のように11人を招待してくるイベント主催者たちの中には11人を呼んでおきながら文音を主役に据え、ゆめみたちはバックダンサーとして添えたいと言い出す者まで現れた。
文音本人だけでなくゆめみたちの意思をも超えて、ただの偶像である『文音さま』だけが祭り上げられていく。
ドリームテイルのフォロワーは10倍になり、文音さまを一目見ようとイベントへの来場者も倍以上に膨れ上がった。
彼らは『文音さま』以外誰にも興味がない。彼女が大人しい七星文音に戻れば一気に会場の熱は冷めていく。
とうとう年に数回の大型音楽番組までもが『文音さま』をドリームテイルから引き抜いて出演させた。
有名な歌手やプロアイドルの豪華コラボに続き、彼女の名がぽつんと1曲分の細い枠に押し込められている。
「今日は今話題沸騰中の、ドリームテイルから七星文音さんに来ていただきましたー!」
「はい、文音の声にめろめろきゅん、七星文音といいます。よろしくお願いします……」
1年前に朋香が即席で考えたコールアンドレスポンスが、誰からの返事ももらえぬまま流れていく。時折長い前髪から覗く文音の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
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ゆめみたち10人は揃っての活動を控え、自由にソロ活動をすると決めてしまっている。
しかし、先輩10人を置き去りにして文音だけが遠くへ行ってしまった現状を放っておくことは誰にもできなかった。
「最近、誰も私を見てくれなくなっちゃった。全部あの子のせいです」
「佐谷さん。これが本当に、七星さん自身が引き起こした熱狂だと考えているのですか」
授業の合間に、朋香と瑠璃子が中庭のベンチで静かに肩を並べる。朋香は瑠璃子の問いに食ってかかった。
「どう考えてもそうじゃない! シャイな女の子が顔真っ赤にしてそれでも歌って踊ってるだけでも十分すぎるのに、あんなに力強い一面を後出しにするなんて……。もうあの子のこと……。正直嫌いです」
「私はこの熱狂を見ながらずっと気になっていました。七星さんが意図的にあの一面を後出しにしてやろうとか、神になろうだとか、最初から画策していたとは思えません」
「何、あの子が無意識にみんなを虜にする大天才だったとでも?」
「佐谷さん、落ち着いてください。あの『文音さま』は、七星さんが本当に望んだ姿と言えるのでしょうか」
瑠璃子の視線が、朋香の中に居座る悪魔の胸を貫く。
「本当だ……。あの子、最初に私たちと会ったときは『小説が書きたい』って……」
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3年生になった望が部長となった料理同好会には、同じクラスの紗矢と美優も同席している姿が日常になりつつあった。
ドリームテイルの努力は実を結び、今年から通信制の生徒が部活動に入れないというルールが緩和されサラと花乃も時々顔を見せにやってくる。
料理同好会は本校の中庭に続くもう1つのドリームテイルのたまり場になっていた。この日に限っては浮かない表情が並び、楽しいティータイムとはいきそうにない。
「私さ、文音に悪いことしたなって思ってる」
「え? 石井ちゃん、なんで?」
美優は焼き上がったクッキーを口に放り込みながら『新月宵祭』が完成するまでを思い返していた。
「生の和太鼓演奏がつくって思ったらすごいやる気が出てきて。それであんな激しい曲作っちゃったんだけど、今それがあいつを苦しめてるわけだからさ。全ての元凶って私だよなって思っただけ」
「そ、そうだとしたら私も、文音さんにひどいことを……。でも、美優さんの作った曲もすごくかっこよくて、つい気合いが……」
花乃もまた、作詞を務めて『新月宵祭』が完成するまでに深く関わったうちの1人だ。そしてサラがMV撮影のための資金を全額出した。
「私たち、本当にただあの子の本気を見てみたかっただけだったのに。まさかこんな騒ぎになるなんて。パパたちをスポンサーにしてあの子の出演を止めさせるくらいするべきだったのかしら」
文音さま騒動の『元凶』たちのお茶会に紗矢も加わる。
紗矢は校外でのアイドル活動にすっかり夢中となり、プロアイドルに引けを取らないレベルでドリームテイルの校外ワンマンライブや楽曲配信なども2年生になった途端次々と実現させてしまった。
「文音さま現象でドリームテイルは空前の大ブーム、庭から石油が噴き出したってくらい興奮したけど……。あのまま放っておくのもなんだか申し訳なくなってきたわね」
「七星ちゃん……。今もどこかで辛そうに太鼓叩いてるのかな」
望の手にあるチョコレートクッキーの色ですら、画面の向こうで俯く文音の髪色を想起させてしまっていた。
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文音は1年生の頃の名残で、アイドルとして練習をするときはよくゆめみ・まほろ・夏菜恵の3人と過ごしていた。
ところがあの真面目な文音が、1人でイベントに駆り出された日を除いたとしても長期間ゆめみたちの前に姿を見せなくなった。
「ど、どうしよう……。文音ちゃん、また電話出てくれるけど返事がなかったよ……」
「私たちでだめなら、またあの人に頼ればいいんじゃない? 澪さん」
「それだ……!」
震える声でゆめみは通話履歴をスクロールし続ける。澪の番号を見つけると、すぐに電話をかけた。
(澪さん、助けてっ……!)
数回のコール音ののちに、澪と繋がった。
「も、もしもし……?」
澪もまた、何かを察したような声色だった。
澪は文音の状況と住所を聞くと家から飛び出した。
繋がれたままの電話から彼女の荒い息遣いや、家に閉じこもってしまった文音とのやり取りがすべて聞こえてくる。
文音は小学生の頃、たった1年で和太鼓部をやめた後も中学2年の夏までは夏祭りに駆り出されて演奏をしていた。
それが中学の同級生に見つかってしまいひどく揶揄われ、中学校に行けなくなったという。丸1年近く引きこもった末、これまでの人間関係を断つために双葉総合の通信制にやって来たと彼女は語った。
文音は電話の向こうで、澪に涙声で訴えかけた。それに答える澪の声もまた嗚咽混じりに震えていた。
「あなたにしか頼めないことがあります」
「私を、あなたの手で、神の座から引き摺り下ろして……」
「うん。もう文音ちゃんに辛い顔させないから。ずっと文音ちゃんのこと、守護りたいって思ってたから。何ができるか分からないけど、守護るから!」
その後文音を元の人間に戻すべく始まった澪の計画は誰の目から見ても異常な勢いを誇っていた。
意図的にSNSへ文音のちょっとした失敗やか弱い姿を投稿し続け、さらにはドリームテイル全体を巻き込み『文音さま』のイメージを根本から覆す曲を引っさげたミニライブまで開かせた。
文音本人を見ず、偶像『文音さま』を見ていただけのファンは、その姿に肩を落とし次々と離れていく。
一度文音とドリームテイルの人気を大きく落とすことでしかこの騒動を終わらせることはできなかった。
澪はそうして文音に根付いた『文音さま』のイメージを粉々に破壊し、ただの『七星文音』に戻してみせた。
澪の独断専行に近い行動の甲斐あってか、文音は3年生に進級する前の秋『学業専念のため』と銘打ってドリームテイルを卒業した。
それと同時に澪もゆめみたちの前から姿を消した。
七星文音と西木澪は、一晩で街を更地にしてしまう台風のような2人だった。
まほろが作り澪によってアレンジされた『新月宵祭』の衣装は、主を失い騒動の始まりとなった物置部屋であの小ぶりな和太鼓とともに静かな眠りについた。
「文音ちゃん、色々と……。ごめんね」
ゆめみたちの卒業ライブの足音も近づいていた。季節は違えど、夕焼けに照らされた物置部屋はゆめみに文音の運命を劇的に変えることとなった瞬間を想起させる。
彼女はトルソーに着せられた衣装を撫でながら、狂乱の渦に飲まれた文音のその後を案じていた。
「謝る必要など、ありませんよ」
「文音ちゃん!?」
聞き覚えのある声にゆめみが顔を上げると、物置部屋の扉の前に文音が立っていた。
「ここでゆめみさんたちの誰かに会えてよかったです。今日は、これをお渡ししようと思って」
文音の手には、コピー用紙の束があった。そこにはドリームテイルの駆け抜けた3年間が物語となってびっしりと書かれている。彼女が『文音さま』として祭り上げられる前、彼女は執拗なほどにゆめみたちが1年生の頃について聞いて回っていた。
「これ……。何?」
「皆さんの活動や胸の内を題材に、やっと小説が書けました。本当はきちんと業者の方に製本してもらってからお渡ししようと思っていたのですが、そうすると完成は来年度の夏だと言われてしまい……」
「そうなんだ、ありがとう。みんなで大切に読むね」
ステージを降りてから少し髪が伸びた文音は、原稿を手渡すとあどけなく頬を赤らめた。
「いえ、大したものではありません。まほろさんの手作りの髪飾りなどと一緒に部費の足しにでもしてください。……短い間でしたが、本当にお世話になりました」
「それに、謝らなければならないのは私の方です。皆さんに多大なご迷惑をおかけしました」
ゆめみに深く頭を下げると、彼女からの返事を待たずに文音は練習室を去った。




