第23話:だからこそ、守護りたい -前編-
七星文音は、初めこそ『シャイな文学少女がアイドルをやっている』というだけだった。
彼女は誰が聞いても小中学生の頃については『色々なことがあったから覚えていない』『話すと長くなるからやめておく』などと黙秘を貫き続けている。
ことが起きたのは、文音の自己紹介動画を公開した翌日だった。
梅雨を無視したかのような暑さの6月、その日の練習を終えてゆめみたちが借り物のダンススタジオを順に後にしていく中で文音は未だ誰も開けたことがない物置部屋の扉を開けた。
「……あっ」
一方、ゆめみとまほろが最後にスタジオを出ようとした途端、不可解な重低音が彼女たちの耳に飛び込んだ。微かでありながら、切実なものを持って響いてくる音にゆめみとまほろは足を止める。
「な、何……? 何か変な音しない? どんどん、って」
「変な音じゃないよゆめみちゃん。これ、太鼓の音……。でもあの部屋にそんなものなかったように見えたけど……。とりあえず、行ってみよう」
「う、うん!」
2人がスタジオに駆け戻っていく。音の発端は先ほど練習していたスタジオで間違いない。これまで誰も開けたことがなかったスタジオ内の扉が少し開いている。ゆめみはそれを勢いよく開け放った。
埃が積もったガラクタたちの最奥に、小ぶりながらも立派な和太鼓と七星文音がいる。
音の発端は文音だった。いつも身を縮こまらせか細い声で話す彼女が、凛とした立ち姿でバチを振り上げるその瞬間だった。
ゆめみたちの突入と同時に彼女は破っていた殻をすべて被り直してしまう。
「え、文音ちゃんだったの!?」
「ひっ……! か、勝手に入ってしまいごめんなさいっ……」
「びっくりした! 急にすごい音がしたから戻ってきたら、文音ちゃんだったなんて!」
「ご、ごめんなさいっ!」
扉が開け放たれたと気づいた瞬間、顔を一気に青ざめさせた文音は2人の間を縫うように逃げ出した。
2人が後を追っても彼女は逃げ足だけは速く見失ってしまう。夕闇の中から、走り去る音と文音のずてっと転ぶ音が交互に聞こえ、次第に遠のいていった。
「でも、あれを文音ちゃんがやってるなんて……。かっこよすぎるよ、絶対活かしてあげたい!」
「うん。文音ちゃんにあんな特技があったなんてギャップ萌え以外の何物でもないよ」
文音が最高に輝ける舞台を作りたい。ゆめみとまほろの脳内では文音が輝かしいステージで華麗に和太鼓の演奏を届ける姿がはっきりと浮かんでいた。
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ついに痺れを切らしたゆめみは、文音のことをよく知る他人にあたろうと企てた。全日制に比べれば短い1日を終えて下校しようとする文音に突撃する。
「ねえ、文音ちゃん! 昔の文音ちゃんのこと、私たちどうしても知りたいんだ! お願い、思い出すのが難しかったら覚えてそうな人教えて~っ!」
「え、ええっ……?」
文音の過去を知りたいというメンバーは多かった。あの中庭ライブ直前に行った合宿のこともあってかドリームテイルは不信感を取り除くことへ躍起になっていた。
長い押し問答の末文音は折れて、手帳の中から丁寧に折りたたまれた紙きれを差し出した。丁寧なのは折り目だけで、紙そのものは雑に破り取られて書かれた字もガタガタだ。
それには『西木澪』という名前と携帯電話番号が書かれていた。
「西木……澪?」
「あ、えっと……。それは、澪と読むそうです」
「へえー、澪さんか~! どんな人なんだろう、文音ちゃんとはどんな関係なの?」
「そ、れは……。同級生で友人、と言いますか……。えっと……」
ゆめみは文音に黙ってその番号へ電話をかけた。すぐに電話は切られてしまったが、澪は留守番電話を残させているようで発信音が鳴る。
「急なお電話ごめんなさい! 私、高宮ゆめみって言います! 七星文音ちゃんと知り合いだった西木澪さんに聞きたいことがあって電話しました……」
数分後、留守番電話を聞いたらしい澪からすぐに折り返し電話がかかって来た。その声は滑稽なほど上ずり震えている。
「さ、さっきは切ってごめんなさい! まさか文音ちゃんが入ったユニットのリーダー直々の電話とは思ってなくて……。えっと、土日なら全部空いてるんで、いつでも言ってください!」
ゆめみと澪は、とあるカフェで直接会うこととなった。
洗練されたカフェには、コーヒーの香りと微かなざわめきが混ざり合っている。男女問わず若者があちこちの席に座って、和やかな空気に満ちていた。待ち合わせ時間ちょうどに店に入って来た若い女性に、ゆめみは目いっぱい手を振る。
「すご、生で見たらやっぱ可愛い……。あ、私が西木澪です、どうも……」
「えへへ、そう見えます? 私、高宮ゆめみです! 今日は来てくださってありがとうございます!」
澪は長く黒い髪をローポニーテールにし、Tシャツにジーンズというさっぱりしすぎている姿で現れた。文音の言葉を信じれば、澪の歳はゆめみたちの1つ下のはずだ。ゆめみの目には髪型を中心に彼女の見た目は電話越しの様子と比べれば別人のように見えた。彼女は運ばれてきたコーヒーにスティックシュガーを2本入れ、ゆめみの視線を気にしながらもカップを口元に運ぶ。澪の落ち着きを失った視線は窓の外やテーブルのおしぼり、スタンドに押し込められたメニューなどあらゆる場所をふらふらと飛び回っていた。
ゆめみの前にはホイップクリームをうず高く巻いた期間限定ドリンクが鎮座している。
「あの、文音ちゃんって昔……和太鼓やってたりしませんでした!?」
テーブルに身を乗り出す勢いで飛んできたゆめみの問いに、澪はむせてせき込んだ。彼女はひとしきりむせてから落ち着きを取り戻すと、突拍子もない質問の意図を問う。
ゆめみはあの日の出来事をそのまま話した。すると、澪は返事をせず固まってしまう。
「だ、大丈夫……?」
ゆめみの一声で意識が現在に戻って来た澪は、彼女が過去見た文音の姿を語り始めた。澪は文音に恋心にも近い憧れを抱いていた。
澪は小学生の頃の文音を知っていた。
2人は小学生の頃、同じクラスで時を過ごした。文音は現在と変わらない内気な人間でありながら和太鼓部に所属していたらしい。
文音に見惚れていた澪でさえも、彼女が児童集会で和太鼓部の一員として舞台に立った日までそんなことは知らなかったという。
幼い頃の文音が和太鼓を演奏する姿を「楽しそうだった」と澪は愛おしそうに語ってみせた。
「へー……。楽しそう……?」
ゆめみの目にあの日映った文音は、『楽しそう』で片づけるには重い何かを背負っているように見えた。
あの日の文音が恥ずかしいところを見られて逃げ出した、というだけとは思えずゆめみは文音の過去についてもっと詳しく問い詰めた。
ただ澪も文音の中学生の頃についてはよく知らないという。断片的であったとしても、ゆめみにとっては大収穫だ。
彼女は勢いのあまり会計を澪に押し付けながらカフェを後にした。カフェへ置き去りにされた澪は、伝票と財布の中身を交互に見ながら苦笑する。
――私現役、いや一生ドルオタしてるから、もし行き詰まったら相談して!
(そっか。思い出した。あれでかけてきたんだ。中学卒業間際、やっと文音ちゃんと話せた日に渡したメモ。私が自分の生徒手帳破って書いたやつ)
彼女の鼓動を不快なテンポにする原因は想定外の値段が書かれた伝票か、文音の秘密を話したことへの罪悪感か、今の澪には判別できそうになかった。
(……ごめん。文音ちゃん。秘密にしておきたかったよね。だけど文音ちゃんにアイドル姿で太鼓叩かれたら、きっと可愛くてかっこいいから)
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七星文音はシャイな文学少女でありながらドリームテイルでアイドルをし、さらに幼い頃は和太鼓部だった。あの情熱が完全に消え失せたとはゆめみにはとても思えない。
文音が持つめちゃくちゃなようで強力すぎる個性をゆめみたちは封じ込めたままにできなかった。
10人はたった1人の後輩である彼女のために和太鼓の力強さとアイドルの輝きを織り交ぜた唯一無二のステージを構想し始める。
文音が抱える秘密の扉は、開かれた。




