第22話:だからこそ、始めよう
波乱の展開となった中庭ライブから1週間。双葉総合には日常が戻り校外からもイベント出演の依頼がかかる中、ドリームテイルは来年も活動を続けること自体は決まっていた。
早速ゆめみは来年ドリームテイルをどうするかの作戦会議でゆめみは早速次の無茶を提案する。
「私ね、来年ドリームテイルに新しい子を加えようかなって思ってる」
「は!?」「え?」「いや無理だって!」
特に美優は強く否定した。彼女曰く『2期生』という概念はファンに不信感を与えることも少なくない上にバランスが崩れることでパフォーマンスの質を大幅に下げる可能性もあるという。
「フォロワーは1万人が見えてきてるし私たちの活動はもう学校だけのものじゃない。ある意味、双葉総合を背負った存在になってるんだから。下手に炎上したら学校もろとも燃えることになるよ」
「じゃあ、万が一私たちに憧れて『ドリームテイルに入りたい』って子が現れたらどうする?」
「それは……。断るのも忍びないけど」
「でしょ?」
これには夏菜恵も反対した。10人でも面倒を見きれない状態で11人目を迎え入れるのは難しい、と視線を泳がせる。
「どうしても、どうしても仲間を増やしたいなら。1人だけって約束できる?」
「かなちゃん……! うん、約束する」
2期生加入の約束をしてゆめみがほっとため息をついても、意地でも止めたいメンバーは後を絶たない。
10人でやっと回せていたグループをどうするのか大論争に発展する中、美優が半ば自棄になりながら意見を差し込んだ。
「じゃあもう、仮に11人になったとして束になるのやめる? 全員で合わせるのはいざって時だけ。歌詞くらい自分たちで書いて、花乃に添削してもらうくらいなら回るでしょ」
「あの、作曲の方は……」
「私、授業以外は暇人だからいくらでも書くよ。メインメロディはあると嬉しいけど。これなら文句ないでしょ」
小さな声で尋ねた花乃に答える美優の言葉には、作曲者としてドリームテイルにやって来た身としての覚悟が滲んでいた。
「よーし、じゃあ今度の通信制入試の日にスカウトしてくるよ! 絶対可愛い子見つけるぞーっ!」
「入学試験の日は在校生立ち入り厳禁ですよ」
瑠璃子の意見も聞きつつ、ゆめみは校門の前で11人目を探すという。
「それも結構黒に近いのですが。仕方ありませんね」
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ゆめみは2月、校門の前で入学試験を終えて出てくる通信制受験生の姿をひとりひとり目で追いかけた。
(実際、どんな子がいいのかな。可愛いって感じの子はいっぱいいるけど、ちょっとピンと来ないんだよなぁ)
俯き加減で携帯をいじりながら出てくる受験生、辺りを睨みつけるかのようなオーラを放ち去っていく受験生……。なかなかドリームテイルの個性に埋もれそうにないほどの者は見当たらない。
出てくる受験生もまばらになり始めた頃、1人の受験生がゆめみの目に留まった。
ボブカットに切りそろえられたマホガニーブラウンの髪を揺らし、目元を隠すほどに長い前髪が陰のある印象を強めている。大ぶりな分厚いコートに全身を包んで、足音すら押し殺して歩いていく。
ドリームテイルの面々とは明らかに違う、大きな秘密を抱えていそうな少女にゆめみの目は釘付けになりついに物陰から飛び出した。
「あ、あの!」
「ひっ……!」
薄墨色の空の下、少女はゆめみと視線が交わると弾かれたように走り出した。寒空の下、ゆめみは吹き出す汗にマフラーを解きながら彼女を追い続ける。
「待って、逃げないでー!」
「はぁっ、はぁっ……!」
逃げ続ける少女は小柄な見かけによらずペースを落とさない。ゆめみも道が分からなくなるほど走り回った末、少女もついに力尽きた。息も絶え絶えに、ゆめみは彼女の肩をがしっと掴む。
「あの、あのっ! 私たちと一緒にアイドルやりませんか!?」
「え、あ、アイドル……? 歌って踊る、あのアイドルですか……?」
「はい! 私ここの生徒なんです! 双葉総合高校1年、ドリームテイルの高宮ゆめみ! 私は高校1年生で、今度の春通信制に行って2年生になるんです。あなたは受かったら、次の1年生?」
鞄を前に抱え身を守りながら、ゆめみの前で少女は立ち尽くす。
「そ、そういうことになりますが……。アイドルなんて、無理です……私、人前で何かをするなんて、もうそんなことは」
「と、とりあえず! 断っても何もしないから! 気持ちが決まったら、また教えてください!」
ゆめみは半ば無理やり少女とメッセージアプリの連絡先を交換して退散した。
(文、音……? 何て読むんだろう)
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3月の半ば、ついに例の少女『文音』から連絡が来た。
『連絡が遅くなってしまい申し訳ありません。周囲の方々と相談した結果、アイドルになると決めました。ご指導よろしくお願いいたします』
ゆめみの携帯を全員で覗き込む。花乃が文音の文章を目にすると、小さく吹き出した。
「なんだか、瑠璃子さんとそっくり」
「そうでしょうか」
「とても真面目そうで、まっすぐで、心の奥に強い思いを秘めていそうな人。そんな気がします」
文音との顔合わせは、全員揃ったうえでサラが大枚をはたいて借りた練習スペースで行われた。ダンススタジオの重い扉を細く開けて、文音が姿を現した。
大きな鏡は文音と他の10人が透明な壁で隔てられたかのように立つ姿を映し出す。自身に突き刺さる10人分の視線と静寂に耐えかねて、文音はそっと口を開く。
「な、七星、文音です……」
「文音ちゃんか~! 文音ちゃん。ようこそ、ドリームテイルへ! あなたはここで、何を叶えたい?」
文音はほとんど囁き声のような声色で答えた。
「小説の……。題材が欲しいのです」
ふと彼女の前髪の隙間から、黒縁のメガネと赤い瞳が覗く。今にも影に溶けてしまいそうな七星文音が11人目の仲間に加わった。
歌声は声量に欠け、ダンスもぎこちない。練習着すら少しオーバーサイズな臙脂色のジャージ姿である文音は、誰がどう見ても垢抜けないただの文学少女だ。
それでも、彼女は10人の個性を1人で塗りつぶしてしまうほどの小説とは違う特技を持っていた。文音はその個性の存在を周囲に悟られぬようにドリームテイルの中で数か月過ごした。
アイドルのことを一切知らない文音は、今日も練習に打ち込むメンバーの姿を見ながらメモ帳にペンを走らせていた。
その姿に気づいたまほろが、彼女の様子をそっと窺う。視線が合うと、文音はびくりと肩を跳ねさせ、メモ帳を抱きしめるように自分の方へ引き寄せる。
まほろからも一瞬見えたそれには、これまでゆめみたちが互いに交わしてきたアドバイスがびっしりと書き込まれていた。
「な、何か、ありましたか……?」
「ううん。すごく勉強熱心なんだなって感じただけですよ」
「何が小説の題材に、私がここで活動するときの道しるべになるかまだ分かりませんから……。すべて書き記しておかないと、後悔してしまいそうな気がしたのです」
この七星文音が、そう遠くないうちに『文音さま』と彼女を崇拝するほどのファンを大量に生み出すことになる。
そして神のように祭り上げられた彼女を救うべく、ゆめみ以上の強引さを持つ人間がここへ乗り込んでくることとなる。
この時のゆめみたちは、誰ひとりとしてそんな未来を予想できなかった。




