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十色の永久光石  作者: みいみ
第2章 結束
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第21話:だからこそ、響かせたい

 来る、1月15日の夕方。

 城ヶ崎グループのリゾートから持ち込まれた機材がひしめき合い、生徒たちのみならず保護者までもがこの学校のタブーを覆そうとするドリームテイルを一目見ようと中庭に溢れかえっている。

 その一方で、全日制の制服姿と通信制の私服姿はそれぞれの校舎ごとに偏って、あからさまな空白を空けて立ち尽くしていた。

 観客はその中庭にも収まりきらず、生徒たちが窓から顔を覗かせている。曇天の中庭にはプロの野外フェスを無理やり小さくしたようなステージが突如出現していた。


 ステージ横のテントでは、衣装の下にはまほろがコスプレイヤーとしての知恵を総動員したカイロやインナーといった寒さ対策が施されているものの10人はコートを羽織って身を寄せ合う。


「ううっ、寒いよかなちゃん~っ。まほろちゃんが頑張ってくれたのは分かってるけど、寒いのは寒い!」

「ゆめみ。わがまま言わないの。どうせ動けば暑いくらいになるよ」

「私運動部じゃないもん……」

「いや、ドリームテイルの活動はどう考えても運動部並みの激しさだよ。よくここまで耐えたね。ゆめみ」


 すると、インカムをつけた音響スタッフがテントをめくり声をかけた。


「皆さん、そろそろスタンバイお願いします」

「はい!」


 その声で、寒さに震えていたゆめみの顔つきが変わった。コートを脱ぎ捨て、9人と目を合わせる。


「本当にこの時が来たんだ。みんな、今日までの頑張りを全部出しに行こう!」

「ふふっ。切り替え速すぎるのよ。まあ、ゆめみらしいといえばらしいわね」


 紗矢はため息をつきながらも、リーダーとともに立ち上がる。他のメンバーもそれに続き、10人は全員で手を重ねた。


「よし、夢にまで見た最高のステージ、絶対双葉総合に笑顔を取り戻そう! ドリームテイル、頑張るぞ――っ!」

「お――――っ!」


 -----


 10人の叫びは、中庭まで届いていた。

 照明が一斉に暗転する。歓声ではなくざわめきが中庭を包んだ。


「すごい、本当に始まるんだ……」

「楽しみにしてたけど、本当にこんなことで解決するのかな」


 ステージに姿を現したドリームテイルの10人に、観客は息を呑む。

 10人がそれぞれ選んだ色で固められた衣装が鮮烈に彼らの目に飛び込んだ。左右非対称のスカートが、丁寧に重ねられたフリルのパニエに支えられている。

 

 文化祭のステージで美しくも悲しい旋律を響かせた美優(みゆう)が作ったとは誰にも想像できない、眩しいほどのオリジナル曲『ドリームコール』が始まった。

 美優(みゆう)の曲に、花乃(かの)が紡ぎ美優をここへ導いた歌詞も重なる。


 ――夢見てる 僕らはまだ眠ってる

 ――甘い夢ばかりじゃない 悪夢だって時には見るし

 ――目覚め方も分からずに 君からのモーニングコールを待ってるんだ


 サビが始まるとともに、10人の歌声が重なった。美優(みゆう)の低い声も、9人の歌と重なることで厚いハーモニーを生み出している。

 ピーコック色の衣装を翻しながら、彼女の顔からは思いがけず笑みがあふれ出す。


 (信じられない、こんなに……。こんなにみんなと歌うと楽しいんだ。明るい曲なんてガラじゃないって思い込んでたけど、書いてよかった)


 ステージの熱はゆめみの願い通り両者の溝を埋めていくはずだった。


 ――いつかの日に 少しだけ違う朝が来ると信じて

 ――覚めない夢とこの景色を僕と見よう


 真冬にも関わらず、渾身の1曲を終えたドリームテイルの面々の額には汗が浮かぶ。


 次の瞬間、通信制の生徒たちがいる方から思わぬ声が浴びせられた。


「何よ! 結局あんたたち10人がふりふりの服着て幸せアピールしに来ただけじゃない! その他大勢な私たちには指一本差し伸べないくせに!」


 通信制の女子生徒から上がった悲鳴のようなヤジを皮切りに、押し寄せるようにステージ下手側から罵声が浴びせられる。


「どうせちやほやされたいだけで笑顔とか何とかは言い訳なんだろ!」

「署名した名前返せ!」

「こんなので私たちが救われると思わないで! この1年、あんたたちのせいで惨めになる一方だったんだから!」


 ヤジは全日制の生徒たちの困惑を飲み込むほどになり、次第に空からは静かに雪が舞い始める。刺すような北風とともに、音響は大きくハウリングした。10人はグループ名も名乗れないまま、時間だけが過ぎていく。


「……そう、だよね。最初からできるわけなかったんだ」

「ゆめみ……!?」


 夏菜恵(かなえ)の表情が険しくなる。ゆめみらしからぬ言葉が音響に乗り、中庭じゅうに響いた。


「アイドルで学校を救えるなら、そもそもこんなことしなくたってみんな笑顔になれてたんだ」

「何言ってんのよゆめみ!」


 紗矢の叫びも届かず、ゆめみの心は揺るがぬ現実を前についに砕け散った。その身体は静かにステージの真ん中で膝をつく。震える唇で、彼女はぽつりとつぶやいた。


「これだってどうせ、私が勝手にみんなを巻き込んで見ただけの夢物語だったんだ……」


 罵声の嵐は、容赦なく10人の心を抉っていた。

 

 ゆめみの心は現実という鈍器で砕かれ、まほろには記憶にまだ新しい炎上を想起させ、夏菜恵(かなえ)の脳裏にはかつての先輩の項垂れる姿が『輝きたくてもできなかった』象徴として過る。

 紗矢が思い描いていた通りの呆れるほどに貪欲な通信制生徒の姿が目の前にあり、朋香がパフォーマンスで見下すつもりだった人々は今やステージに上がり込んできそうなほどになっている。

 (のぞむ)に至っては個人宛の罵声が浴びせられ、瑠璃子がいくら静粛を求めても彼らは聞く耳を持たない。

 サラにも止められるはずがなく、花乃(かの)はそばにいた美優(みゆう)へしがみつく。


「私の大嫌いなパターンだ。何も知らない連中が外野から、何も知らないくせしてアイドルに向かってギャーギャー言ってくるパターン」


 美優(みゆう)がぽつりと呟いた時、生徒たちの境界線の真ん中、最後列からよく通る声が響いた。

 

「まほろ――っ! 怯えんな――――っ!!」


「お姉……ちゃん」


 まほろの涙で霞む視界に、ラベンダー色のペンライトが輝く。それを掲げる声の主はまほろの姉、林あすみだった。


「林さん、声大きいっすよ。めっちゃ見られてる」

「こうでもしなきゃ、届かないと思ってさ。ほら、1番可愛い妹ちゃんの姿照らしてあげなよ!」


 声の方から、ピーコック色の光も灯る。美優(みゆう)の兄も双葉総合に乗り込んできていた。


「ちょっ、兄さん……だよね……? 来ちゃったの……?」

「美優――っ! がんばれ――――っ!」


 2人の叫びも、心が砕けたゆめみには届かない。彼女は震える声で次の言葉を紡いだ。


「そう……。だよね。私、みんなのこと何も分かってなかった。本当は何が嫌で私たちをそんなに嫌うのか、全然分かってなかった」


「そうだそうだ!」

「偽善者め!」


 再び浴びせられる罵声の雨に打たれながら、ゆめみは続ける。


「私、決めた。2年生から通信制に行く」

 

「ちょっと、この状況で何言ってんのよ!」

「ゆめみ、それがどれだけのことか今日までよく分かったはずじゃ……」


「どれだけいじめられたって、無視されたっていい。私は通信制に行って、みんなの本当の気持ちを聞きに行く」


 雪は止む気配を見せずステージに、生徒たちの傘や肩に降り積もる。


「それじゃあだめ……かな」


 ゆめみの不器用な自己犠牲の前に、瑠璃子とサラが手を差し伸べた。

 

「あなたの覚悟、確かに聞きました。周りがどう言おうと私たちが受け入れましょう」

「意外と気楽で、戻れなくなっても知りませんからね?」


 2人に続き、朋香も声をかける。


「今すぐ立って。ドリームテイルのライブは今まさに、始まったばかりなんだから」

「でも、もうここに私たちの味方は……」

「1人も、1000人も、全部同じよ。そこに応援してくれるファンがいる限りアイドルは命がけで歌い続けるの」


 朋香が指さす先には、あすみと美優の兄が今でも声援を送り続けている。

 美優(みゆう)は次に予定されていた曲のためにサックスを携えて戻って来た。


「ゆめみには負けたよ。必死にアイドルになろうとするみんなを見ていたら、アイドル個人の生きざまにも関心が向くようになっちゃった」

「え、それって……。わっ!」


 手袋越しに美優(みゆう)はゆめみの手を力ずくで引っ張り上げる。


「ゆめみが私にとって、初めての推しメンだよ。あの日、あんたに協力してよかった」

美優(みゆう)……ちゃんっ……」


「行くよ、ゆめみ。ここにいる全員、実力で黙らせるんでしょ」 

「もう。そんなのじゃないよ……」


 自嘲気味に笑いながら、ゆめみは前を向く。美優(みゆう)のサックスが照明を一際きらびやかに反射した。

 そこには後に味わうこととなるペンライトの光の海も、熱狂の雄叫びもまだない。


「私たち、ドリームテイルです。みんなの心の溝を埋めるなんて、やっぱりただの夢だった」


 ゆめみはメイクが崩れることも厭わず、溢れそうになった涙を腕で拭う。


「それでも、そんな夢のしっぽだけでも掴むために私たちはここにいます! 次の曲、聴いてください」

 

 ドリームテイルの物語は、むき出しの敵意とたった2つの光から真の幕を開けた。


 -----


 冬の朝、彩度を失った双葉総合の渡り廊下に、ビーズアクセサリーの落ちる音がした。

 全日制の生徒の鞄から外れてしまった音を聞き、すれ違おうとした私服の通信制生徒が立ち止まる。彼女の持つトートバッグにも、色違いの同じものがついていた。


「あの、落としましたよ」


 私服の生徒が拾い上げ、落とし主に手渡す。サラが加入する前、まほろが1つ1つ手作りして活動資金の足しにしていたアクセサリーのひとつだ。


「ドリームテイルのこと、かなり前から応援してたんですね」

「そっちこそ。まほろちゃん推しなんて変わってる」

「ド直球にゆめみちゃん推してるくせに」


 静かな渡り廊下に、お互いを見知らぬ生徒同士の密かな笑い声が響いた。

 

 春が近づいている。赤と青の境界線も、雪解けに混じって少しずつ溶けだそうとしていた。

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