第25話:だからこそ、未来へ
2026/04/07 一部の誤字を修正しました。
初代ドリームテイルの卒業ライブは、3年生の2月に滞りなく行われた。
七星文音がゆめみたちよりも早くステージを去り、皮肉にも元の状態に戻ったことで10人の結束は再び強まった。
ドリームテイルの卒業ライブは文音が大々的な卒業ライブをした時と同じ、5000人収容のホールで行われた。
しかし『文音さま』騒動が鎮圧されるとともにドリームテイルの注目度も下がり、ホールは半分ほどしか埋まらなかった。
会場に文音は現れなかったものの、澪は空席が目立つ客席でも声を枯らしペンライトを振り回していたという。
立ちはだかる現実を前にしてもゆめみはいじけず、最後のライブをやり通した。
10人が高め合い、ぶつかり合い、輝きを増し続けた3年間が詰まった最高の卒業ライブは無事に幕を下ろす。苦しくも愛おしい3年間は、到底数字で表せるものではない。
これでドリームテイルは全てのメンバーが卒業し、完全に消滅する。
卒業ライブを終えれば、ゆめみたちの目の前には本物の卒業式が待っていた。全日制、通信制両方の3年生が一堂に会する唯一の機会である。
この日10人は最後にあの中庭で写真を撮ろうと約束しており、分校にいる花乃とサラも、式が終わった後本校までやって来る。
式が行われる体育館へ向けて3年2組の列が作られる中、望は紗矢の制服を少し引っ張った。
「ねえ、今日佐谷ちゃん見た?」
「さあ。通信制の方は私もよく分かってないもの。文音に聞いてみれば? あの子、通信制の卒業生受付してたの見たし。もはやあの子の握手会よ。でも、久しぶりにいい顔してた」
「そっか~。ちょっと聞いてみるよ」
望が文音にメッセージを送るとすぐに既読がついた。文音曰く、今日は姿を見ていないという。
「佐谷ちゃんのことだからきっとオーディションの予定でも入れちゃったんだろうね、うっかりさんなんだから」
「そうね、自分のことしか考えてない朋香らしい選択だわ。卒業式に出なければ、なんて機会費用の損失を見逃すような子じゃないもの」
(……いや、本当にただのうっかりなのかな)
望は冗談めかして紗矢に朋香の不在を伝えたが、ふと彼女が1年生の頃合宿で望と花乃だけに放った言葉を思い出した。
――私、高校卒業までにプロアイドルになれなかったら首括って死ぬつもりなので。
望には、朋香の放った言葉がとても冗談とは思えなかった。
卒業式も滞りなく終わった。最後のホームルームを終えてゆめみたちが中庭に来るとそこには信じがたい光景が広がっていた。
たくさんの卒業生がお互いの所属関係なく、雪解けの温もりとともにあの中庭の大樹の下で会話をし、写真を撮っては友との別れを惜しんでいる。
「あ! あそこにいるのドリームテイルじゃない!?」
「え、嘘!?」
1人の女子生徒がゆめみたちを見つけると、人波が押し寄せる。握手やサインをせがまれて、あっという間にゆめみたちは取り囲まれた。
「卒業ライブ行けなくてごめんなさい、あの日入試があって……」
「俺も同じ! ったく、絶対生で観たかったのに~!」
「ゆめみちゃんたちのおかげで、通信制の子と友達になれました! 私たち一生の親友なんです!」
まっすぐな感謝の言葉が口々に飛んでくる。
卒業ライブや卒業式でも泣かなかったゆめみの目に、涙が浮かんだ。彼女の涙を止めなければいけない理由はもうない。高宮ゆめみは単なるひとりの高校生に戻ったのだから。
「うっ、うぅっ……。私、3年間頑張って本当によかったぁあ~~~~っ……」
「そうだね。ゆめみがあの時一緒にアイドルしようって言ってくれなかったら私、ずっとバスケ部で腐ってたままだったかも」
「私もだよ。衣装づくりの経験でもっと色々なことができるようになったし、大変だったけど作った1着1着が全部宝物だよ」
小さな子どものように泣きじゃくるゆめみの涙を、夏菜恵はそっと拭う。まほろもしゃくりあげるゆめみの背中を優しくさすった。
そこから少し離れたところでは大学入試のためにトレードマークだった明るいメッシュをやめた美優と、いつもと変わらない紗矢と望が抱き合う3人を眺めていた。
美優が喧騒を眺めながらため息をつく。
「あーあ。あんなに泣いちゃって。でも、今この場所がまさにゆめみの探し続けた景色なんだろうね」
「やっぱり高宮ちゃん、最後の最後まで全力だね。至田ちゃん、どうよ。この景色の感想は?」
「……悪くはないんじゃない? 不毛に争っているよりはよっぽどマシよ」
紗矢は自分がドリームテイルに接近した動機を思い出しながら、少しだけ素直に口角を上げた。
「って、ドライに振舞ってるけど美優も卒業式で泣いてたじゃない。退場するとき肩震えてたわよ」
「だって合唱で初めてまともに歌えたのが、嬉しくて」
「案外ピュアな所あるのね」
最後のホームルームから1時間経っても、中庭から卒業生は帰ろうとしない。一方、校門の前には1台のリムジンが滑り込んできた。
「ゆめみさんたち、まだいるといいけど……」
「きっと大丈夫よ、花乃さん。みんな約束を破って帰るような子たちじゃないもの」
リムジンのドアが開かれる。校門の前では瑠璃子が腕を組んで2人を待ち構えていた。
「瑠璃子さんっ!」
花乃はドアが開き切る前にリムジンを飛び出し、彼女の胸に飛び込んだ。瑠璃子も思わず組んだ腕を解いて花乃を抱きとめる。
「うわっ……! そんなに走っては身体に障ります!」
「むぅっ。何度も『もう大丈夫』って言いましたし、卒業ライブだって一緒に歌って踊れたのに……」
花乃に続いて、サラも姿を現す。
「やっぱり、瑠璃子さんは花乃さんの最高のナイトね」
「城ヶ崎さんまで……っ。早く行きますよ。高宮さんたちだけでなく、ドリームテイルに会いたいという生徒が大挙していましたから」
花乃に頬ずりされ、サラの言葉に瑠璃子は耳まで顔を真っ赤に染めていた。
「それなら、尚更早く行きましょ!」
サラは2人の手を取って中庭に向かって走り出した。あの瑠璃子も廊下を走るという大罪を今日だけはと目を瞑った。
校内を駆け抜け、角を曲がろうとした3人と女子生徒2人がすれ違う。
「今の見た? あのなんとかってアイドルごっこの子じゃない?」
「あー、文音って子が出てきてから完全に添え物になってたよね。病人まで連れ出してお涙頂戴してあのザマ」
「文音が抜けた後の卒業ライブは空席まみれで大爆死、黒歴史確定ってネットで叩かれてたしね。あははっ」
瑠璃子の耳はその嘲笑を聞き逃さず踵を返そうとした。急停止した彼女にサラたちは顔を見合わせる。
「うわ、こっち見た。早く行こっ」
かつて瑠璃子を止めた者も、今日ここには来ていない。彼女はすれ違った2人に速足で接近した。
「佐谷さんは私に言いました。アイドルを否定する者は実力で黙らせろと」
「誰よその子」
「知らないなら知らないで結構! 既に今の私はアイドルではありません。それに今日は卒業式。ならばもう守るべき肩書はどこにもない」
「え、何? もう行こうよ、こんなのほっといてさ」
「待ちなさい!」
2人の女子生徒は立ち去ろうとするが、その腕を瑠璃子は思いきり掴んだ。
「ちょっ……! 痛っ、暴力反対ーっ!」
「今の言葉、全て撤回していただきます。何もかもあなたたちの思い込みです」
「思い込み? 事実じゃん。ネットでみんな言ってたよ」
「ではあなたたちに、私がこの目で見た真実をお伝えするまでです」
瑠璃子は口角を引きつらせる2人の喉元に言葉の刃を突きつけた。
七星文音は望んで自分を盲信するファンたちを生み出したわけではなく、ゆめみたちがただ彼女の添え物となったわけでもない。
救えるものなら自分たちは文音を1日でも早くあの熱狂の渦から救い出したかった。西木澪が介入するときまで手が出せなかったことを10人は心の奥で悔やんでいた。
卒業ライブはいくら空席が出来ようと資金のほとんどは庶民には信じがたい額であるサラのポケットマネーから出たもので、言ってしまえば『金持ちの道楽』だった。
花乃のことについて、瑠璃子はさらに語気を強めた。
「花乃さんは、断じて客寄せパンダなどではありません! 彼女は自らステージに立ちたいと願い、わずか3年にも満たない時間で手術とリハビリを乗り越えここにいる!」
「そ、卒業式なんだし、そんな本気にならなくたって……。さっきのはただの内緒話じゃない!」
「では、なぜ私が今耳にしてあなたたちに掴みかかっているのか説明してください。できないくせに。自分勝手に放つ言葉が、これから先どれだけの人間を傷つけていくのか肝に銘じなさい!」
瑠璃子の尋常でない剣幕に、女子生徒たちは走って逃げだした。
その背中に、瑠璃子は最後の一喝を叩きつける。
「廊下を走るなっ!!」
この3年弱の間に瑠璃子を本気で怒らせてしまうとどうなっていたのか、目の前で見せつけられた花乃とサラは思わず手を取り合い小さく震えていた。
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中庭に再び歩き始めた3人の間で、花乃は柔らかく微笑んだ。
「瑠璃子さん……。ありがとうございます、こんな私のために怒ってくれて」
「いえ。人として当然のことをしたまでです」
「それにしても瑠璃子さん。いつものあなたとちょっとだけ論点がずれてるように思えたんだけど……。ルールを守ることと悪口を言わないことってちょっと違う気がするのよね」
サラの問いに、平静を取り戻した瑠璃子は再び口を開く。
「本当に許せないのは、言葉で人を傷つける人間です。服装の乱れは心の乱れ。全校生徒が校則を遵守すれば心無い言葉が飛び交うことはないはずだと。何年も私はそんな暴論に取りつかれてきました」
他人に激情をぶつけたこともまた風紀の乱れのように感じられ、瑠璃子は小さな声でつぶやく。彼女の髪は今日も規則正しい2つの三つ編みに結われていた。
他に誰の目もなかった廊下でそんなひと悶着があったものの、中庭にドリームテイルが9人揃った。
朋香の行方を心配する声もあったが、ゆめみは明るく答えた。朋香はきっと今日もどこかでプロアイドルへの夢を追いかけているに違いない。
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同じ頃、朋香の自室には最後のオーディション落選通知がばさりと置かれた。
朋香が人生最後と決めたオーディションは、新進気鋭のアイドル事務所であるプリズム・エージェンシーのものだった。
生まれて初めて受けたアイドルオーディション以来、およそ4年ぶりの挑戦となる。
あの頃の自分とライバルには決して負けないという確信に近いものがあったにも関わらず、最終審査で落ちてしまった。敗因はもう朋香には分析できない。
封筒を開け、不合格の文字が見えた瞬間彼女の頭から血の気が引いた。何かしらの考え事をしている余裕もなくなったからだ。
朋香は呼吸が浅くなる中で、部屋の片隅でその時を待っていたレジ袋の中身をぶちまける。
そこにはこれまでオーディションで他所に行く度、ドリームテイルの活動でイベントに行く度、あちこちのドラッグストアから慎重に買い集めてきた大量の錠剤があった。
首を括って死ぬと後が醜いらしい、という噂を小耳にはさみ人生の終わらせ方を急遽変更した結果だ。
朋香の視界が涙で霞む。彼女は『世界で1番可愛い佐谷朋香』ではなかった。
本当は世界で100番目、1000番目、それ以下だったのだろう。そう確信に至った朋香は錠剤を銀色の包装から震える指で押し出し続ける。
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時刻は昼下がり、日が最も高く上りあの中庭にも春光が降り注ぐ。
ゆめみは片手で卒業証書や色とりどりの花束を抱え、もう片方では携帯を持った手を目いっぱい伸ばし9人の笑顔を携帯の画面に収めようとした。
「じゃあ、行くよ!」
ゆめみは撮影ボタンを長押しし、けたたましい連写音が鳴る。
「あははっ。ゆめみ、そんなに撮ることないじゃん」
「だって、これっ……。親指が攣っちゃいそうなんだもん! ……ああっ!」
ゆめみの携帯は持ち主の手から滑り落ち芝生に落ちた。柔らかな土と草が優しく受け止め、傷はない。
双葉総合を旅立つゆめみたちのこれからを思わせるような空が画面と皆の頭上に広がっていた。そんな空を、鳥たちが群れをなして飛んでいく。
9人と卒業生たちの笑い声は、未だ絶えそうになかった。
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(……なんで、こんな時にもおしゃれしてるんだろう)
ふと姿見に映った朋香自身の姿は、朋香が忌み嫌う醜い人間のように映った。
この日までに夢が叶わなければ人生に幕を下ろすとずっと前から決めていた朋香は、ためらいなく錠剤を柑橘のパックジュースで呷る。
家族にも内緒で何度も涙を吸い込ませてきたベッドに身体を埋め、朋香は目を閉じる。
(バイバイ、世界で1番可愛いって勘違いしてた私。今度はもっと完璧な美貌と体型と美意識を持って生まれてきてよね。バカ)
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「じゃあみんな、次会うときはみんなで遊園地でも行こうねーっ! あーあ、朋香ちゃんも来ればよかったのに!」
【十色の永久光石 おわり】




