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サイドストーリー4 ハリエットの沈鬱

 この世界に於ける魔導士という存在は極めて特殊であり、人間の築き上げた法に囚われることなく全てに於いて自由であり、そして、神に近いとまで称される程の能力と、皆往々にして神々しいまでの美貌を兼ね備えている。


 その出生は謎に包まれており、いつどこで生まれいつどのようにして死するのかすら人智の及ばぬところであった。



◇◇◇◇



 パチリと暖炉の中で薪が音を発した。

 いくつも宙に浮かべた球体が発する光は揺らぐ事なく、魔道具制作に熱心に取り掛かるハリエットの手元を照らしている。

 時折メモを取りながら首を傾げ、溜息をついては瞳を細めるを繰り返し、ハリエットは装飾のついた眼鏡を外してテーブルの上に置いた。


 静まり返った室内に、カチャリと金属が擦れた音が響く。

 ため息をつきながら疲れた瞳に手を当てて、暫くの間物思いに耽った。


——紫焔は、本当に蘇るのだろうか。

 本来の紫焔はあの程度の魔力を消費した位では消えはしなかっただろう。私が魔力を分け与えられることで戻った記憶も消えてはいない。だからこそ、蘇る希望は十分あると踏んだ。


「だがもしも、私の見立てが間違いであったのなら……」


 そう呟いて、ハリエットは不安気に暖炉の中で揺らぐ炎を見つめた。


 心を寄せる者を失い、ハリエットの魔力もまた弱まっていた。

 生きる希望を失えば死を迎える者が居ると聞く。魔導士とは、人智を超越した存在でありながらも、その実、脆さも兼ね備えているのかと自嘲した。


 常に孤独を味わいながら生き続ける者には、あまりにも酷な仕打ちだろう。

 寿命という永遠に縮まる事のない差がある以上、人と関わる事は生命の危機が付きまとうのだから。


 それだというのに、グォドレイは人との関わりを止めなかった。自殺行為であると本人も解っていたはずだというのに、傷つき打ちひしがれて悲しみに暮れ、人との関わりを絶ったりしながらも、結局は手助けせざるを得ないという形で戻って行くのだ。


 幾度となくしたハリエットの忠告をグォドレイは聞き入れ無かった。

 だが、その報いを受けることなど望んではいなかった。


 寧ろ、彼の魔力が強まる程の関係性を誰かと結べたのならと、そう願っていたからこそ、ミルドレットを信じたのだ。


 それだというのに、まさかこんな事態になるとは想定していなかった。


 ミルドレットに、グォドレイを失って傷つき悲しんで欲しいと思う反面、彼女には別の男と幸せになって貰わなければグォドレイが蘇らないのだから。


 矛盾した思いが衝突し合い、魔道具制作にも集中できない。

 自分はこれほどまでに弱い存在だったのかと思い知って、苦々しく思う。


 もしも消えてしまったのが自分だったのならグォドレイは悲しんでくれただろうかと、くだらない考えすらも過って腹立たしくなった。


「……なんだ? 行き詰ったのか?」


 不意に、後方から掛けられた声に、ハリエットはドキリとした。


「魔道具制作の天才でも、スランプはあるんだな」


 振り向く事が出来ないまま、ハリエットはその声に耳を澄ませた。

 夢でも、幻聴でも良い。そのまま消えずに居て欲しいと願う気持ちが、ハリエットを静かに呼吸する事しかできない状態にしてしまっているのだ。


「おい、俺の声が聞こえてねぇのか? ハリエット」

「……紫焔……か?」


 問いかけと同時に、ハリエットの瞳から涙が零れ落ちた。


「俺様以外に、この氷の城に誰が訪れるってんだ?」

「本当に……?」


 無言であったものの、僅かに発せられた衣擦れの音が頷いたのだと分かった。

 サファイアの様な瞳を閉じると、頬を幾筋もの涙が伝った。唇が震える。


「なんだよ、泣いてやがるのか? おい、こっちを向けよ、ハリエット」

「泣いてなどいない!」


 勢いに任せて振り向いたハリエットの瞳に、ソファに腰かけながら煙管をふかす深い紫色の髪の男が映った。

 彼は口元に僅かに笑みを浮かべ、アメジストの様な瞳を細めて肩を揺らした。


「やっぱり泣いてるじゃねぇか。折角の美人が台無しだぜ?」

「黙れ! 私は、お前が死んだなど信じていなかった!!」

「それならどうして泣く?」


 言葉を失ったハリエットを見つめながらふぅっと煙を吐くと、ゆっくりとソファから立ち上がった。


「……悪い。泣きたいのはむしろ俺の方なんだ」


 僅かに嘲笑じみた笑いを混ぜながら、グォドレイは言葉を続けた。


「もう、誰も俺様を必要としてねぇってことなんだな。だからこうして魔力が解放された」


 寂しげに言ったグォドレイに、ハリエットは首を左右に振った。


「違う。自分達の足で立つ事に決めたのだ。寄りかかってばかりいたお前という支えを失ってしまって、倒れて息が出来なくなってしまったから」


「つまりは、俺はもう要らねぇってことだろう?」

「今度は、お前を支えたいと思ったのだ」


 ハリエットはそう言うと、サファイアの様な瞳を細めて微笑んだ。


「紫焔。独りは寂しいだろう?」

「……まあな」

「もう、何処にも行くな」


 グォドレイは幅の広い袖口に煙管を仕舞い込むと、チラリとアメジストの様な瞳をハリエットに向けた。


「そう言う割にはご大層に俺の墓なんか立てやがって。どういうつもりだ?」


 ハリエットはクスクスと笑うと、「気に入ったか?」と瞳を擦った。


 ハリエットの塒の側に、『ばかのはか』とでかでかと書かれた墓標が作られており、その前には怒りに任せて突き刺した様に煙管が供えられていた。


 グォドレイは唖然としながらそれを見つめた後、困った様に笑いながら煙管を回収したのだ。


「ったく、ひでぇ扱いしやがる。人の大事なモンを……」

「その煙管はゴミになったのではないのか?」

「違ぇよっ!」


——自分の大切な物を、ここに置いておきたかっただけだ。俺には行く場所が無くなっちまったから。


 そう考えながらグォドレイはわしわしと頭を掻き、ぶっきらぼうに言葉を放った。


「で、お前さんに修復の依頼をしていたものは出来上がったのか?」


 ハリエットはクスリと小さく笑うと手のひらを上へと向けた。そして、ぎゅっと閉じてグォドレイに向けて放り投げた。


「客の品物を乱暴に扱うんじゃねぇよ!」


 慌てて掴んだグォドレイの手の中には、アメジストに寄り添うようなサファイアの宝玉が埋め込まれた指輪があった。亀裂はすっかりと消えてなくなり、歪んでいた輪も滑らかに整えられていた。


「流石、良い腕じゃねぇか」

「次は壊れない様にと、より強固に作ったつもりだが」

「もう壊れる事もねぇさ」


 グォドレイは大事そうに指輪を右手の薬指へと嵌めると、満足気に笑った。


「あいつにはニールがついている。もう俺を必要となんかしねぇ。ツリーハウスも片づけておいた。今頃二人で幸せに暮らしてるところだろうさ」

「成程、それを確認したから指輪を受け取りに来たのか。もう、紫焔の弟子に呼びつけられる様な事は無いと踏んで」

「ああ。もう大事なもんを壊したくなんかねぇからな」


 指輪を見つめながら、グォドレイは寂しそうに瞳を細めた。


——行先が、どこにも無くなっちまった。洞窟の掘っ立て小屋に暫く身を置いていたが、ミリーとの思い出が詰まったあの場所は居心地が悪すぎる。


 やはり、住処なんてものは無い方が良い。


 何処か遠く。誰も俺の事を知らない所にでも行くしかない……。


「どうした? 弟子が幸せになったというのに嫌に寂しそうだが」


 わざとらしく問いかけるハリエットに、グォドレイは鼻を鳴らした。


「あいつが幸せになったから、俺はこうして蘇ったってことなんだからな。だから、もうあいつに俺は必要じゃねぇのさ」

「それはまた究極に寂しい存在だな。愛する者が不幸でなければお前は側に居られないだなどと、疫病神か何かか?」

「うるせぇな! 仕方ねぇだろ!?」


——俺が居ることで妙な蟠りが起こるなら、居ない事が一番だ。


 喚きながらも寂しげに肩を落とすグォドレイに、ハリエットはパチリと指を打ち鳴らして瞬時に身を寄せると、するりと手を服の隙間に滑らせた。


「私が愛してやろうか?」


 当然、『遠慮するぜ』といつも通りの回答が返って来るだろうと予測していたわけだが、グォドレイは抵抗する素振りも見せずに押し黙っていた。


「……紫焔?」


 訝しく思って声を掛けると、グォドレイは呟く様に「それもいいかもな」と言った。


 グォドレイらしくない落ち込み様に苛立ちを覚え、ハリエットは口づけをした。無抵抗な様子に更に苛立つ。

 身体を撫でつけながらゆっくりと下へと手を下ろしていくと、サファイアの様な瞳でキッと睨みつけて、ドンと突き飛ばした。


「痛ぇな! 何すんだよ!」


 ハリエットに突き飛ばされて喚いたグォドレイに、「だまれ!」と怒鳴り返した。


「バカにするのもいい加減にしろ! 勃ちもしないくせにどうやって愛せと言うのだ!?」

「ちょっ! ヒトを不能呼ばわりするんじゃねぇやっ!! 今はその、本調子じゃねぇっつーか……!」


 慌てて言い返したグォドレイに、ハリエットは更に憤慨して言い放った。


「ああそうだろうな! 弟子相手には勃つくせにな!! お前は結局、自分の性欲の捌け口も見つけられずに悶え苦しみ続けるのだ!」


「ん……なっ……!!」


 顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かすグォドレイに、ハリエットは声を上げて笑った。


「まあいい。お前への気持ちはもうとっくに折り合いをつけた。性欲の捌け口くらいになればと思ったが、その気もないならそれでも構わない。寧ろお前が不憫なくらいだ」


 顔を真っ赤にしたまま、不貞腐れた様にグォドレイは「すまねぇ」と言い、ハリエットは「何がだ?」と片眉を吊り上げながら肩を竦めた。


「その……寂しいからって、俺はお前さんを利用しようとしたから」

「利用して貰って構わないと言っているのだ。それどころか何の役にも立てなくて申し訳ないと思っているよ。どんな役割でも構わない。お前に居なくなられては私が困るのだ」


 グォドレイはハリエットに突き飛ばされた胸を撫でながら、小さくため息を吐いた。


「お前さんは、俺にとって永遠に大事な友人だ。確かに恋愛感情は無いが、大切な人であることには違いねぇよ」


 ハリエットは、ふっと鼻で笑って肩を竦めた。


「つくづく世話のやける男だな、紫焔」

「……あ?」

「手紙を預かっている」


 パチリとハリエットが指を打ち鳴らすと、グォドレイの前に封書が現れた。書きなぐった様な字で『お師匠様へ!』と書かれており、ハリエットの作った『ばかのはか』を思い出して渋い顔を浮かべた。


 ハリエットがクスクスと笑う。


「赤子が産まれたそうだ」

「読む前に内容言うんじゃねぇよっ!」

「行ってやれ。難儀しているようだ」

「……難儀だと? 何か困ってんのか?」

「ああ、そう聞いた」


 ハリエットの言葉を聞き、グォドレイは心配そうに封書を見つめた。

 出産で身体に不調を来したのだろうか。それともまだヒュリムトンや旧ルーデンベルンの事で困りごとが生じたのだろうか。もしやニールの身に何かあったのか、はたまた子が病を患って生まれたきたのかと、グォドレイの顔色がすぅっと青ざめた。


「紫焔?」

「解った。準備してから……そうだ、ガキの何か……金も必要か? 食い物も……」


 ブツブツと呟く様に言うグォドレイに、ハリエットは吹き出しそうになるのを必死に堪えながら、震える声で言った。


「早く行ってやれ。待ちわびているだろう」

「ああ!」


 慌てた様にパチリと指を打ち鳴らし、グォドレイは瞬時にその身を消し去った。

 恐らくハリエットの塒からは随分と離れた場所へと移動したはずだというのに、少しの詠唱すらも必要としなかったところを見ると、魔道具のピアスで失っていた魔力も取り戻し、本来の紫焔の魔導士へと戻りつつあるのだと予測できた。


「……強力過ぎる。指輪に悪戯のつもりで封印の効果も付け足してみたのだが、焼け石に水ということか」


「忘れてた!!」


 叫び声を上げながらグォドレイが再び姿を現すと、慌てた様にハリエットに言った。


「もう片方のピアス! 持ってるよな!?」

「……ああ、一応あれは私が作った魔道具だ。あずかり知らぬ人の手に渡るのはつまらぬと回収しておいたが」

「くれ!」


 手を差し出すグォドレイを見つめて、ハリエットは眉を寄せた。


「だが、お前にはもう不要なはずだろう? 残りを人間に渡したとて、長く寿命を延ばす効果はない」

「何言ってんだ? お前からのプレゼントじゃねぇか。一度俺が貰ったんだから俺のものだ。返してくれ」


 戸惑ながら、ハリエットは指をパチリと打ち鳴らした。グォドレイの手に竜の羽根のピアスが現れて、すかさず身に付ける様子を、呆然としたまま見つめた。

 シャラリと音を発して、アメジストの様な瞳を嬉しそうに細める。


「やっぱりこの方が落ち着くな。ありがとな!」


 そう言い残して、今度は歌う様な詠唱をして印を切り、姿を消した。


「あんなもの、不便だろうに……」


『何言ってんだ? お前からのプレゼントじゃねぇか。一度俺が貰ったんだから俺のものだ。返してくれ』


——だが、悪い気はしない。


 ふ、と笑うと、ハリエットは久方ぶりに清々しく思って伸びをした。


 ミルドレットの元に茶化しに行ってみようか、どうせならば出産祝いを兼ねて何か馬鹿馬鹿しい悪戯を添えてみてはどうか。

 と、あれこれ考えて、鼻歌交じりで魔道具の制作に取り掛かった。

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