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サイドストーリー1 王国の崩壊

 ルーデンベルンの王城に次々と届く知らせに、王太子であるクロフォードはただただ唖然としていた。


 領土が消えていく……。


 父である国王は突如姿を消し、どうやらヒュリムトンの王城に紫焔の魔導士グォドレイの手によって拉致されたのだということが分かったが、その知らせを受け取って以来どこぞの誰かに領土が買収されたという書状を持った伝令兵が、怒涛の如く王城を訪れるのだ。


——このままでは国が崩壊してしまう……。いや、もう既に崩壊していっている。


 一体、何故……?


 何者が……?


「……お兄様」


 いつの間に執務室内に入って来たのか、妹のアリテミラが不安げに声を放った。

 クロフォードは苛立ち、怒鳴りつけた。


「ここは女が来る場所ではない! 即刻出ていけ!!」

「ですが!」


 アリテミラは震えながら反論した。


「お父様から、ヒュリムトンの王城に登城するようにと……」

「何!?」


 アリテミラが差し出す手紙を奪い取る様に掴むと、皺くちゃになった紙を机の上に叩きつけ、食い入る様に目を走らせた。

 そこには確かに父王のサインが書かれており、第一王女アリテミラをヒュリムトン王太子妃として登城させる様にとの言伝がはっきりと記載されていた。


「つまり、この全ての元凶はヒュリムトンの仕業というわけなのか!?」

「それは、解りませんが……」


 僅かに頬を染め、アリテミラは胸に手を当てた。


「ニール様が、私を妃にとお望みなのかしら?」


 その名を聞き、クロフォードの脳裏に赤みがかった栗色の髪をした男の姿が浮かび上がった。

 いつも温厚そうに笑顔を絶やさないでいるものの、あの男が裏でどのような仕事を父からさせられていたか、クロフォードには分かっていた。

 どんなにか残虐な行為でも、眉一つ動かさずにやってのけるのだという事も……。


 あの男に情などない。

 長きにわたり自分を拘束し続けていたルーデンベルンという国に、深い憎悪を抱いていてもおかしくはない。


「やはりあの捕虜をヒュリムトンに帰すべきでは無かったのだ」


 あのままルーデンベルンの飼い犬として鎖に繋いでおけば、このような惨事にはならなかったはず。


 そう考えて、クロフォードは眉を寄せた。


「待て、何故父上がお前をヒュリムトンに呼ぶ必要があるのだ……?」

「ですから、私をヒュリムトン王太子妃にと……」


——そんなはずはない。


 クロフォードは喉まで出かかった言葉をすんでのところで止めた。


 他人に一切の興味を示さない化け物じみたあの男が、アリテミラを好いているはずがない。何か裏があるに違いない。


 だが、ルーデンベルンの崩壊は刻一刻と迫ってきている。民が暴徒化する恐れもある今、このままアリテミラをルーデンベルンに置いておくよりは、ヒュリムトンへと送り届けた方が得策だろう。


 この国は、もう終わったのだ……。


「馬車を用意させよう。ヒュリムトンに行く支度を急ぐのだ、アリテミラ」


 アリテミラはパッと顔を明るくすると「ありがとうございます、お兄様!」と、ふわりと頭を下げた。


「私がヒュリムトン王太子妃になれば、ルーデンベルンの事もきっとなんとかなりますわ。ニール様が育ったのはルーデンベルンなのですもの、故郷の様なものでしょう? 必ず力になってくださるはずよ」


 アリテミラはそう言うと、喜び勇んで部屋から出て行った。


 無邪気なものだが、アリテミラはそう育てられたのだから致し方ない。この世の汚いもの全てを彼女の目の前から排除し、美しいものだけをさも世界の全てであるかのように見せて育てられた、純粋な王女なのだ。


 本当にヒュリムトン王太子妃にアリテミラが選ばれるのであればこの上無いが、そんな事はありえないだろう。


 クロフォードは深いため息を吐くと、項垂れた。


 今更父王へと知らせを送ったところで無意味だ。もう既に領地は国の手中を離れ、貴族も買収されているのだから。


「つまりは、この国は王族への忠誠心が皆無であったというわけだ」


 ポツリと呟く様に言った言葉に、「ああ、その通りだな」と返事が返って来たので、クロフォードは驚いて顔を上げた。


 突如、目の前に現れた男はアメジストの様な瞳でクロフォードを見つめ、深い紫色の髪をさらりと肩から零した。驚く程に整った顔立ちで、どこか神々しさすら感じる事に、クロフォードは観念した様に眉を下げた。


「……死神か?」


 掠れた様なその言葉を聞き、男は「そんなご大層なものじゃねぇよ」と笑った。


「俺様はこの城を買いに来たんだ」


 そう言うと、男は幅の広い袖口から煙管を取り出して魔術で炎を灯すと、ぷかぷかとふかし始めた。


「魔術……? もしや……」


 眉を寄せたクロフォードに、男はすっと煙管を向けた。


「ああ、人間共は俺様を『紫焔の魔導士』と呼ぶ」


 クロフォードは乾いた笑いを発した。


「紫焔の魔導士グォドレイ殿。貴方に目をつけられては、例え大国であろうとも砂に帰すことでしょう。ルーデンベルンはもう終わったのですね」


——アリテミラだけでも、この国から脱出させなければならない。


 クロフォードはそう考えて、少しでも時間稼ぎをしようと、自らテーブルの上にワインを用意し、グラスへと注ぎ入れた。


「どうぞ。私は酒を嗜みませんが、父が好んでいた上等なものだそうです。それとも、私の命をお望みですか?」

「さあて? そこはお前さん次第ってやつだろうな」


 グォドレイはぷかぷかと煙管をふかしながら、ソファへとどっかりと腰を下ろすとジロリとアメジストの様な瞳を向けた。


「お前さん、ミルドレットという末の妹の事を覚えているか?」


 グォドレイの問いかけに、クロフォードは躊躇いながらも頷いた。

 ミルドレットが修道院を抜け出し、紫焔の魔導士グォドレイの元に身を寄せているという噂は聞いていた。

 言葉の選択を間違えれば自分の命は一瞬で消えることだろうと理解したが、不思議と恐怖は感じなかった。


「……誰よりも、心の綺麗な子でした」


 クロフォードはそう言うと、深いため息を吐いた。


「私も、そしてアリテミラも、あの子を愛していたのです」

「へぇ? 聞いていた話とは違うが?」

「そうでしょうね」


 小さく頷くと、クロフォードは懐かしむ様に瞳を細めた。


「最も母に愛されたミルドレットに嫉妬したのは事実です。父を恐ろしく思った事もまた事実です。次は自分が標的になるのではと、母に愛されない様に振舞い、父の言いなりになるしかなかった事が私達の罪でしょうか」

「全部アーヴィングが悪いって言うつもりか?」

「いいえ」


 クロフォードはゆっくりと首を左右に振った。


「私が、父を殺しておけば良かったのです」


 そう言った後、僅かに手を震わせながら次の言葉を放った。


「ですが、父にはあの化け物がついていた……」


 ぎゅっと拳を握り、クロフォードは唇を噛みしめた。


 ルーデンベルン国王である父、アーヴィングの暗殺を企む者は国内外問わず多く居た事だろう。自国内では悪政とまではいかないものの、気に入らない者をとことん排除する性格であった為、被害を被った上級貴族も少なくはない。


 紫焔の魔導士の祝福を受けた花嫁として、アーヴィングよりも民から慕われていたオーレリア妃が存命中は多少の抑止力になってはいたが、彼女が死に、捌け口として扱われていたミルドレットが修道院から逃げおおせてからは、アーヴィングの所業はタガが外れた様に狂って行った。


 クロフォードにも手を上げる事が増え、彼の背にもミルドレットと揃いの鞭打ちの跡が刻まれていた。


「何度か父の暗殺を企てましたが、私程度の腕では父のお気に入りに適うはずがありません。ルーデンベルンはもう、ずっと前に崩壊していたのです」


「……ああ、ニコニコ仮面相手に普通の人間が敵うとは俺も思わねぇさ」


 グォドレイのその言葉に、クロフォードは眉を上げた。ニールはいつも笑顔の仮面を貼り付けて、己の感情を一切表に出さない男だった。


「氏は、ニールをご存知なのですか?」

「嫌になるくらいにな」


 肩を竦めて見せるグォドレイの様子を見て、クロフォードは口元に僅かに笑みを浮かべた。

 グォドレイは最初こそ殺気を感じる恐ろしさを醸し出していたものの、あの恐ろしいニールという男の話題にはどこか諦めの様な、うんざりした様な雰囲気を表しているのだから。


 笑みを浮かべたクロフォードに気づき、グォドレイは気まずそうに咳払いをした。


「……まあ、お前さんも苦労したんだってことは解った」

「ご理解頂けて喜ばしい限りです」


 さらりと吐いた言葉に、グォドレイは「言うねぇ」と苦笑いを浮かべた。


「だがな、お前さんやこのルーデンベルンを今更ミリーに受け入れさせようとは思わないぜ? そいつはリスクでしかない。あいつが一番助けて欲しい時に、救いの手を伸べずに見放した事実は変わらないんだからな」


 クロフォードは頷くと、先ほどまでの苛立ちがすっと取れた様な気分でグォドレイを見つめた。


「ミルドレットは、国の犠牲となるしかなかった。あの子が耐えてくれていたからこそ、全てが丸く収まっていたのですから。その責任を押し付けた代償は、王太子である私が担います」


「実直なこった。お前さん、本当にアーヴィングの息子か?」


 グォドレイはアメジストの様な瞳でクロフォードを見つめながら、パチリと指を打ち鳴らした。テーブルの上にほんのりと光輝く書類が現れ、クロフォードは手に取った。


 そこには、ルーデンベルンの王族全ての地位と財産が剥奪される事。今後一切、『ルーデンベルン』を名乗らない事。ミルドレットの前に姿を現さない事、また、関わらない事。

 そして、付け足された様な一文が最期に記されていた。


 子等は、母オーレリアの墓を代々守り続ける事。


「氏よ、この最後の意味は……?」

「まんまだ。リアの墓参りに誰も行かねぇんじゃ、あいつがかわいそうだからな。勿論、アーヴィングの野郎にはそんな権利なんか無いが」


 オーレリアは、ミルドレットが入っていた修道院側の寺院に埋葬されている。王墓には弔われず、たった独りで眠っているのだ。

 とはいえ、その寺院は莫大な寄付金が集まっており、近隣には立派な館が立てられているものの、そこの主を見た者は居ないと聞く。


 その館の主とは、まさか……。


 クロフォードが書類の頁をめくると、一枚の権利書が出て来た。それは、寺院近くに建設された館の権利書だった。


「そいつは契約の魔術が施されている。もしも破ったのなら……」


 グォドレイが言い終わる前に、クロフォードはさっとペンを取り、サインをした。


「おいおい、契約を最期まで聞きもしねぇのかよ!?」

「破るつもりなど毛頭ございませんから」


 クロフォードの頬をつっと涙が伝った。


「紫焔の魔導士グォドレイ様。貴方ほど慈悲深く、そして思慮深く配慮に長けた方こそ、国を纏めるべき方と存じます。この国は、王族が廃され民が選出した者が国政を執り行う形へと変わる事でしょう」


 感極まった様に言うクロフォードに、グォドレイは顔を顰めた。


「俺様にこの国を纏めろってのか? 勘弁してくれ。これ以上人間に関わる気なんか無ぇよ」

「人非ざる者が統べるからこそ、人は従うのです」

「それは、人間の国とは言わないだろ」


 グォドレイは溜息を吐くと、煙管をくるくると指先で回した。


「人非ざる者だからこそ、人に深く関わっちゃいけねぇんだ。俺様は、お前さんらの気持ちを真に理解する事なんかできねぇし、逆もまた然りだろう?」


 クロフォードは残念でならなかった。今までこの人ぞと思う目上の者に出会った事が無かったのだから。

 それだというのに、恐らくこれがグォドレイとの最初で最後の顔合わせになるのだろう。


 彼の元で、もっと沢山の事を学べたのならと考えて、ミルドレットが羨ましく思った。


「さてと、まあそんな調子だから宜しく頼むぜ。お前さんになら、安心して任せられそうだ」


 そう言って指を打ち鳴らそうとしたグォドレイに、クロフォードは「お待ちください!」と引き留めた。


「……父上は、どうなるのでしょうか。ヒュリムトンに滞在している様ですが」


 グォドレイは「ハッ」と一声乾いた笑いを放つと、アメジストの様な瞳を細めた。


「帰って来たらビックリだろうな。城はもぬけの殻、お前さんら家族も何もかも無くなっちまってんだから」


 アーヴィングの全てを奪い取る。


 それが、グォドレイの報復なのだろう。


「間違っても手を差し伸べたりするんじゃねぇぜ?」

「……解っています。ミルドレットに手を差し伸べなかった私が、父を助けるはずもありません。父は、私達の心を繋ぎ止める術を何一つ持ってはいなかったのですから」


 グォドレイは納得したように何度か小さく頷くと、指を打ち鳴らして姿を消した。


 クロフォードはしんと静まり返った室内で、アリテミラがヒュリムトンに行く事を止めなければと考えて、首を左右に振った。


——アリテミラは、ヒュリムトンに行かなければならない。


 ミルドレットへの謝罪の為に。


 何も知らず生きて来た自分への、罰の為に……。

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