引退戦②
涙目で呆然とするフェチ・ティッツに巨大な手が迫る。その掌から吹き出す瘴気に中てられ、心が埋もれていくようだった。
「なに、これ……」
無数の亡者が自分の足を引っ張り、腰に掴まり、腕を取り、髪を握って、地の底へと引き摺り込んでくるように感じる。
聞こえてくるのは、世界中の自分に向けられる欲望の声。
そうだ、そのままひん剥け。
ボロボロになっていくフェチ・ティッツが見たい。
どうせ、エロさしか取り柄がないんだ。
犯せ。
無残に泣き叫ぶ姿が見たい。
そのドデカイのぶち込んでやれ。
犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ。犯せ――。
「嫌ぁあぁああああぁああああぁああああああああぁああ!」
力無く、がっくりと膝をつく。
ああ、そうなんだ。
こんな自分をまだ応援してくれる人がいるって、思っていたけど、結局はそう思ていたんだ。
怪物の辱められる自分の姿が見たいだけ。
「もう、いいや……」
求められているのが、敗北する事なら、これ以上頑張って戦っても意味はない。
巨大な手に体が握られ、高く持ち上げられていく。
「うおおおお、ティッツを離せ!」
盾を前に押しだして、体当たりしていくフェイク。
魔法の光弾が連射される音がする。
「ティッツ、今、助けるから!」
魔力の限界で、どんどん肌の露出が増してもアッスが攻撃を続けてくれる。
――二人とも、ごめんなさい。私、もう……。
『なに、悲劇のヒロインに酔っているんですか!』
「へ?」
高田川の声が脳内に響いてきた。
「べ、別に酔ってなんて……」
『いいえ、貴女は今、陶酔しています。可哀想な自分に』
「ん、んな、訳……、あ、あ、ある訳ないでしょ!」
『いやいや、たかが、欲望鬼が合体して、ちょっと形が変わったからって、何をびびっているんですか?』
「ビビるでしょ、これは!」
胴体を握られ、悪魔のような顔が迫ってきていた。
「ハァ、ハァ、ハァ、フェチ・ティッツぅ!」
だらしなく相貌を崩し、涎を垂らし、舌をだらんと出している。
怖さより、気持ち悪さが増した瞬間だった。
「ヒイぃいい、別のベクトルでこわ!」
叱咤でも、激励でも、応援でも、怒りでもなく、生理的に無理。もう、この感情一択で、諦めるのを止めた。
腕は自由になっている。
ステッキを叩き付けるが、合体欲望鬼に痛がっている様子はまるでない。
ならば、と魔法のカミソリで、斬り付ける。
刻んだその次の瞬間には再生していた。
眼下を見れば、既にアッスもフェイクも諦めていた。
「って、もう諦めてる!?」
疲れ切って、ゼー、ゼーと呼吸しているフェイク。
アッスに至っては、乳輪が見えそうで、恥毛も覗けているので、テレビ局的にストップがかかっている。
――く……、二人とも限界が早い……。って、ちょっと待って?
よく考えてみれば、アッスがあんなに露出していくのに、自分のコスチュームが消えたりする事はなかった。直しが入って、生地が少なかった事はあるが。
――つまり、コスチュームには自分の魔力が宿っていて、それを私は全く消費していない、と……。
何だろう、アッスに比べて、サボっている感が出てきた。
思えば、ストイックに魔法少女を頑張った事はあっただろうか?
アッスは甥っ子マスコットと訓練もしていたみたいだし、比べて自分は現場に行くまでは何もしていない。
「ふぇひいっふ、がんばれぇええ!」
小さな女の子の声が聞こえた。
「う……」
この罪悪感はなに?
ダイエット中に蜂蜜たっぷり、生クリームどっさりのパンケーキを食べている様なアレ。
「フェチ・ティッツ、頑張れぇ!」
太った大きなお友達の声が聞こえた。
お前には言われたくない。
「ああん、もう!」
悪魔顏の裂けた口が開き、大きな気持ち悪い舌が伸びてくる。
「じょ、冗談じゃないわよ!」
あんなのに舐められたら、一生、変な臭いが体に付着しそう。
もう、お嫁にいけなくなる。結構、焦っているのに。
「このぉおおおおおおおおおおおおお!」
魔法のステッキを両手で握り、本当に何となく感じる魔力の流れを注いでいく。
眩い光が発せられる。
更に迫る臭い舌と口。
これが火事場の馬鹿力なのか、コスチューム全体も光り始めた。
光量が一気に増すと同時に、コスチュームが燃えていく。
え? 燃えている?
「うわぁあああっ!? ちょ、ちょっと、これ何ぃ!」
パニックになりそうだ。
が、熱くはない。
「えーと、魔法の炎? うわ、私、めっちゃ燃えているんですけど」
心は冷めている。
しかし、欲望鬼には効果的だぞ。
グオオオオオオ――、と悶絶するような叫びが木霊して、フェチ・ティッツを握っている手からジューと香ばしい匂いが発せられていた。
「い、いける! さあ、もっと、もっと、焼けちゃえぇえええ!」
限界突破の魔力を注ぎ、コスチュームの外側のドレス部分が焼失していく。
ブーツが小さくなっていき、内側の競泳水着のような部分だって、虫食いになっていった。
こうなったら、全裸になるのが先か、欲望鬼が耐えられずに手を離すのが先かの勝負である。
「フェチ・ティッツ、頑張れぇ!」
応援してくれる人々がいる。
「欲望鬼負けるな! も、もうちょっとだぞ!」
素直な男性がいる。
テレビカメラに撮られていた。スマホが向けられている。
熱は欲望鬼の拳を焼き、腕まで火傷を広げていった。
「ぐああああ、おで、フェチ・ティッツが、ぜ、全裸になるまで、頑張るぅううう!」
何という執念。
――くっ、こ、これ以上、コスチュームの魔力を消費したら……。乳輪と陰毛(生えかけ)は仕方ないけど、乳首とワレメは死守するのよ。ああ、他に魔力に変換できるのは……。
腋毛が燃えた。
すると、これまでの全てを凌駕する魔力量が噴き上がって、フェチ・ティッツの体全体が
立体的な魔法陣に包まれる。
「こ、これは!?」
頭の中に浮かんでくるそのままに、フェチ・ティッツは叫ぶ。
「マジカル・スーパーノヴァ!」
魔法少女を中心に四方八方へと虹色の閃光が発せられ、超絶な爆裂が、欲望鬼を飲み込んでいく。
スタジアムを守る魔法の障壁も最大限に、それにも罅が入った。
世界が刹那、真っ白になって、熱線の柱が、成層圏を突破して昇っていった。
それは一秒にも満たない時間であった。
瞳を閉じた人々が、再び開いたその時、フェチ・ティッツはグラウンドに立っていて、合体欲望鬼は、その体の半数を失っていた。
フェチ・ティッツは、キリッと欲望鬼を見詰めている。
ほぼ全裸。乳首と股間のワレメだけは守られていた。
ツインテールが揺れている。
「…………どうして、リボンは残っているの?」
この時、戦いを見詰めていたローリー馬塲は、ハッと気付いていた。
後に雑誌で語っている。
『ええ、どうして、フェチ・ティッツだけ、あんなに、膨大な魔力を有していたか、それがずっと疑問だったの。あの時、分かったわ。フェチ・ティッツの魔力の源は、腋の下にあったのね。え、リボン? 裸にリボンだけとか、世界は分かっていたのね』
勝った。
今、どんなに恥ずかしい思いでいても、これで、全て終わった。
後は、最後の挨拶だけ。
――やばい、まだ、何も考えていないわ。え、えーと、とりあえず、力を使い果たした感じで、ふらついて、それで、時間を稼ぐしか……。ん?
体の半分以上を失っていたはずの合体欲望鬼が立ちあがった。
そして、急速な肉体の再生が始まったのである。
「う……そ……」
完全に復活する前に、攻撃して、とっとと封印の儀をしなくてはならない。
だが、残っている魔力は、乳首と股間のほんの一部のみ。
「アッス、フェイク、力を――」
先程のマジカル・スーパーノヴァに巻き込まれた二人は、担架で運ばれていた。
「うう、私一人で、するしかないの?」
どうやら世界は、どうしてもフェチ・ティッツを全裸にしたいらしい。
――いいえ、まだよ。まだ、魔力を感じる個所はある。
お尻の中心から、まだ強い魔力が残っていた。
あって良かった、肛門の周りの毛。
「で、でも……、うう、お尻の谷間の中から燃えあがったりしたら、もう、外を歩けない」
迷っている間に、合体欲望鬼の再生は完了していた。
「あ……」
巨体に見下ろされる。
非常に不味い状況だ。
ラスボス戦、ギリギリ勝ったと思ったら、まだ最終形態が残っていたような状態で、リセットボタンでやり直させて欲しい。
『七原さん、魔力は自然に回復します。それまで時間を稼いで』
「わ、分かったわ。で、どれくらいで戻る」
『コスチューム分なら、数時間で……。ただ、腋毛の分は、やはり、自然にまた生えてくるまでは……』
「うう、もう、こうなったら、体中のムダ毛に宿る魔力を全部燃やして……」
安上がりなエステだ。
不気味な瞳が見詰めてくる。
「く……」
フェチ・ティッツは構えた。
迂闊に動くと、また掴まえられる。
こうなったら、今度こそ、十八禁指定になってしまうだろう。
スタンドの観客も固唾を飲んで見詰めていた。
静まり返ったその時、
「うわぁあああああ――――」
欲望鬼が泣いた。
「え?」
それは絶望の嘆き。大粒の涙を零し、膝をつき、両手をグラウンドに置く。
「どうして……、腋毛のないフェチ・ティッツなんて、フェチ・ティッツじゃないぃいいいいいいいい!」
がっくりと頭を垂れて、泣き続けるのだった。
「…………」
目の前に差し出される頭。ちょっと大きさは違うが、以前にも同じ様な事があった。
観客は期待している。
そして、フェチ・ティッツは振り被ったステッキを、欲望鬼の後頭部目掛けて、渾身の力で思い切り、振り下ろした。
――――
最後は物理で決着がついた。
欲望鬼の頭は、西瓜のように割れて、今度は再生する前に、封印を行った。
封印の儀の舞いの時に、股間の奥のぷるんぷるんしたピンク色の何かとか、色々と見えそうになったが、フェチ・ティッツは淡々と済ませたのだった。
とあるスポーツ誌の一面では「フェチ・ティッツ、燃えて、濡れる」との見出しがされ、限界ギリギリの写真が掲載された。
燃えたのはそれだけでなく、最後の挨拶でフェチ・ティッツが
「こんな世界、壊れればいいのに」
と発言した事で炎上。
それも、一月も経たずに、過去の事となっている。
結局、欲望大帝がフェチ・ティッツのファンの心に干渉して、彼女への強い執着を膨らませた欲望鬼を生みだした事も公にされた。
欲望大帝が穢れた欲望を強引に覚醒させた事で、逆に一気に回収は進んだ。
それでもまだ全てが残っているわけでもないし、人間がいるからには、新しい穢れた欲望が生まれても不思議ではないらしい。
フェチ・ティッツは引退したが、フェチ・アッスをリーダーに、魔法少女が活動を続け、日々、羞恥心と引き換えに、人々を守っている。
新しい魔法少女も増えていた。
三十八歳主婦。魔法少女フェチ・マム。マスコットは元引き籠りの息子。
三十六歳女医。魔法少女フェチ・レッグ。マスコットは入院患者。
真の魔法少女の登場はまだ遠い。
彼女らは、今日も忙しい仕事の合間に戦い続ける。過労死寸前で。
まあ、年端もいかない少女を戦わせる方が、本当はいけないんだろうけど。
大人が頑張る、それが健全な社会だ。
そして、七原雪花は、転職して、新しい職場にも慣れ、今日も夕暮れの商店街を帰路についていた。
「んん――、普通の生活、普通の日常、それが、本当の幸せ」
買ったばかりの温かな惣菜を入れたエコバックを揺らして、笑顔で歩く。
この先に、引っ越したばかりのマンションがある。
下町の風情が残る通りを抜けて、閑静な住宅街の一角と、日常系の舞台になりそうだ。
ドカン!
爆発音のような物が聞こえた。
聞かなかった事にする。
人々が騒いでいる。スマホを見た少年が騒いだ。
「近くに欲望鬼が出ったってさ。見に行ってみようぜ」
「ファチ・アッス、どこまで露出すっかな」
やめなさい。彼女は十八禁です。
最近の魔法少女の戦績は、悪い。
むしろ、美女と美女っぽい何か、がやられる姿を見て、マニアが興奮しているらしい。
いや、もう私は関係ないですから。
「おっ、ライブ中継、もうやってるじゃん」
「ああ、また苦戦してる。アッス、もうコスチュームの半分が無くなってるし」
「今回の敗戦解説」を高田川が配信して人気を得ているらしい。
新人の二人は、主婦の方はまだ怖いらしく、女医の方は時々、急患に呼ばれて、戦闘中に抜けている。研修期間っぽさがまだ抜けていない。
「あーあ、こりゃ、ダメだ」
「アッス、今回も限界ギリギリ」
「フェイクって、本当は男なんだろ。もっと、ちゃんとしろよ」
文句を言いながらも、応援するファン心理。
毎回窮地でハラハラさせられる。
それでも、尚、欲望鬼がちゃんと封印されているのは――。
はあぁあああ、と雪花は大きく溜息を吐いた。
「敵か味方か。魔法少女、ネオ・フェチ・ティッツ。参上!」
二分後、現場にいた彼女の正体は、謎、という事で、マスコミも空気を読んでいた。
腋の下のムダ毛が風に揺れている。
読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
知る人ぞ知る、この小説、自分としては新しい試みでしたが、漫画だともっと面白いんだろうな、といった作品でしたかね。
R18の方では「おちぶれ悪魔貴族に転生したので馬鹿にされ続けたけど、牝天使を変態プレイで堕天させて、最強軍団を作ってみた」を連載中ですので、そちらも宜しくお願いします。
また新しい試みも考えていますので、活動報告、ツイッター等で報告させていただきます。