44:ブハーラー戦13:本丸戦5:亡霊4
人物紹介 モンゴル側
チンギス・カン:モンゴル帝国の君主
耶律阿海:チンギスの家臣。キタイ族。
ボオルチュ:チンギス筆頭の家臣。アルラト氏族。四駿(馬)の一人。
人物紹介終了
待っておった阿海の下へようやく坑道を掘り終えましたとの連絡が入った。
先の2人きりの謁見にての、それを終える前のこと。
坑道から攻め入るのが、兵の犠牲を最も少なくする方法と想われますとして、
――阿海の方からチンギスに提案し、了承され、工兵を借りるを得たのであった。
そもそもチンギスからは攻めを論じたいとして呼ばれておったので、阿海としても、手ぶらで行けるはずもなく、策をひねりだしたのであった。
「てっきり攻城ハシゴで攻めるであろうと想いなし、堀を埋めさせたのであったが。
あれは無駄であったか」
と、その際、カンは嘆じたが、
そこも阿海は考えており、
「いえ、そうではございませぬ。カンが前もって、それをなされたからこそ、この策は成功するを得るのです」
当然のこと、戦ごとに通じておられるカンならば、全てを言う必要はなかった。
「なるほど。陽動か。ならば、坑道を掘る逆側から投石機で攻撃すれば、より完璧となろう」
そうおっしゃられ、一転、お顔は晴れやかなものとなった。
「そうしていただければ、大変ありがたく想います」
そうして作戦は決まり、それに従って動いての今であった。
その大天幕におる阿海にも、大石が敵本丸に当たって立てる轟音が、聞こえて来ておった。
次子の綿思哥(メンスゲ、もしくはメンスケ。ここは以下メンスゲで行く)を呼ぶ。
長子の忙古台の方は阿海の弟の禿花の下で金国戦に従軍しており、ここにはおらぬ。
メンスゲに、まずは坑道の出口を確保せよと命じ、なし終えたらすぐに連絡せよとして、百人隊をもって赴かせた。
そのメンスゲ。
坑道を通り抜け、出口の少し前で待つ工兵隊長にご苦労というように手をかざしてみせ、脇を通り抜ける。
引き継ぎというには、明らかに不十分であるが、声を出すことは、はばかられた。
その出口より半分だけ顔をのぞかせる。
ここまで掘り進めた際に、敵がここにおらぬことは確認済であるはずであったが、念のためであった。
ランプもかかげず、当たりをうかがう。
暗闇に沈んでおる。
敵は見当たらなかった。
まさに陽動のおかげと言える。
ここは地下にある土倉のはずだった。
兵糧や酒などを蓄えるところとのこと。
ここへと物資の搬入をおおせつかったという出入りの商人より、手に入れた情報であり、それもあって、ここへ向けて坑道を掘り進んで来たのだ。
少し離れたところにおる背後の兵にランプを要求した。
それをかざしつつ中に入る。
恐らく長期戦に備えてであろう、中身は知れぬが、袋や樽や壺で、土倉の内部は埋まっておると言って良かった。
荷の出し入れの便を考えてのものであろう、土倉の端の斜路で1階に上がる。
やはり人はおらぬ。
一端戻り、百人隊に出て来るよう、手振りで合図する。
それから兵に土倉の入口を確保するよう命じた。
そして伝令を父上の下に発する。
恐らく敵は城壁が崩された時に備えて、多くをそちらに差し向けておるのだろう。
また堀はその全周を埋めてある。
攻城ハシゴを用いれば、城壁を崩さずとも、城への侵入は可能である。
当然、投石機で攻撃しておらぬ城壁にても、最低限の警戒は怠るまい。
ただ城に籠もるは、数百に過ぎぬと聞く。
必要なところに、監視の兵を配置すれば、余剰人員のあろうはずがない。
ましてや坑道を掘って来るとは、敵は想っておらぬ。
父上の策がずばり的中したということである。
どこから掘り進めるかについては、ボオルチュと議して決めよとカンは仰せであり、投石機隊もボオルチュ・ノヤンに指揮させるとのことであった。
そこで父上に私も加わり、3人で議論し、決めたのであった。
丁度、本丸から少し離れたところに宮殿があり、そこの広い中庭に一際大きな天幕を張って、本丸から見えぬようにして、そこから掘り進めたのであった。
占領時、敵の君主の居所を指揮所とするは、しばしばなされることゆえ、兵が多く出入りしても疑われまいと考えてのことであった。
伝令は兵を送るゆえ、その千人隊をもって本丸の攻略へ向かえとの父上の命をたずさえて戻って来た。
『己も後に続く』との言葉と共に、『グル・カンを生きて捕らえよ』との命が再びあった。
カンよりの命だとは、既に聞いておった。
残りの百人隊9隊が続々と到着するにつれ、我々は1階の通廊に展開した。
「敵将は殺すな。全員生きて捕らえよ。
また、動けぬ兵もあえて殺す必要はない。しばって転がしておけ。
よいな。敵将は殺すな」
と念を押した後、
「敵を追い行け。
ただし、敵の抵抗が激しい時は、無理に攻めるな。
時をかけて、降伏を勧告せよ。
矢が尽き、水と食い物が尽きれば、その戦意も失せよう。
これを配下に徹底せよ」
敵が投石機戦で撃ち返して来るはまばらであるとの情報が入っておった。
投石機の扱いに熟練した者が残っておらぬのか。
あるいは白刃戦、まさにそこに死に場所を求めて残ったゆえであろうか。
後者とすれば、用心せねばならぬ。
下手に追い詰めれば、却ってこちらの犠牲を大きくしてしまう。
後半はそれを考えての指示であった。
メンスゲは自らの近くに9人の百人隊長を呼んで伝えたのであった。
いずれもキタイの将であった。
兵もまたそうである。
阿海直属であった。
父上は、カンより授かった2千をもって、我らの後詰めをなさる。
兵も無闇に殺すなとしたのは、いくつか理由があった。
まずその一つは、そのグル・カンとやらが、兵に身をやつしてまぎれ込んで逃げるかもしれぬと考えてのことであった。
また、こちらがしかと、その武装から、敵の将と兵を区別できるとは限らぬというのもあった。
何せ、ホラズム兵と我らキタイ部隊が刃を交えるは初めて。
これについては、父上と話した。
カンはあくまで『できうるならば、』と言われたとのこと。
――とすれば、最悪、誤って殺しても罰されぬということ。
――当然、敵将を殺さぬことにとらわれるほどに、下手をすると、こちらの犠牲を増やしかねない。
――それゆえ、カンはできうるならばと言われたのだ。
――これが父上の認識であった。
無論、我にも異論はない。
――ただカンの頼みだ。それに応えたい。
――と父上
それでこの方針となった。
そして、我らが侵入した本丸とやらも、見慣れたものではなかった。
我らキタイならば、四囲を城壁で長方形に囲む程度。
城造りが得意な金国勢の築くものとも異なる。
何せ、こちらは巨大な、ひとかたまりの建築物であった。
メンスゲは自ら百人隊を率いて、先陣を務める。
父上からは部隊を委ねられるに際し、「大功を期せ」との励ましを受けておった。
無論のこと、父上のお気持ちにはお応えしたい。
「進むぞ」
それもあって、そう命じた声は、我知らず、震えを帯びておった。
それに自身気付き、最早若いと言い得る年齢でもないのに、との忸怩たる想いを抱く。
展開しておる部隊の脇をすり抜ける。
千人隊の残りには後に続かせる。
一気にかたをつける。
そのつもりであった。
敵は備えをしておらぬのだ。
更に数でもこちらが上回る。
それでも口の中は既に乾いておった。
しばらく進むと、2階への階段があった。
そこを上る。
投降兵から『お偉いさんは大体最上階の4階にいなさる』との情報を得ておった。
その者から、倉からそこへ至る経路も入手しておった。
最初は案内させる必要があるかとも想ったが、結局、単純な行き方であったので、止めにした。
下手に案内させて、恐怖のあまり途中で逃げ帰ったり騒がれたりしても困る。
いずれにしろ、こうしたことは、訓練が行き届き、また、互いに信頼しておる者のみでやれるならば、それが1番良い。
十分な灯りがない中を
――矢を射るためであろう、壁にほぼ等間隔に設えてある狭間より内に差し込む外光を頼りに進む。
ただ、そこより外に見えるものも建物であり、本丸の一部と想われ、ゆえに最外周沿いを進んでおる訳では無い。
この建物自体が複雑な造りをなしておるのだろう。
恐らくは外敵が攻めにくくするために。
狭間のある方の逆側には部屋が並んでおり、扉が閉めてあるものもあれば、開け放しのものもある。
ついに4階に上がる。
投石の立てる轟音の合間に、遠くに人の声らしきものが聞こえる。
先を警戒しつつ進むと、通廊にポツンと一人の監視兵がおった。
外壁に背をもたせかけ、何事かを話しておった。
恐らくその顔を向けている方にも部屋があり、その中におる者と話しておるのだろう。
監視兵をあえて置くということは、そこが重要な場所であるからに他ならない。
目指して来たところである可能性が高かった。
矢を一本、箙より抜き、半ばつがえつつ近付く。
あくまで音を立てぬよう気をつけながら。
外したくはなかった。
十分に近付き、会話を止めておるときに、一撃で仕留められたならば、
――部屋の中におる者に我らの接近を知られずに済む。
――いや、どのみち、知られるだろうが、少しでもそれを遅らせたかった。
敵兵は明らかに気持ちがゆるんでおるようだった。
あくまで念のための警備であろうゆえか。
ただ気付かれずに進む距離には自ずと限りがあった。
幸いなのは投石が轟音を立てておることと、あの者が会話に夢中になっておるらしいこと。
少しは気付かれる可能性も減ろう。
ただこの通廊に身を隠せるものはない。
光は狭間から入るのみで、薄暗き中に沈んでおるとはいえ、こちらに目を向けられれば、それまでと想われた。
じっとしておるなら、気付かれぬ可能性もあるが、こちらは近付かねばならぬのだ。
そうは行かぬ。
とにかく、会話をしている間にと想い、こちらに目を向けぬことを期待して、進む。
敵兵が会話を止める。
こちらも止まる。
再び会話を始めるのを待った。
背を壁から離すのが見えた。
こちらを向くなよ、そう想いつつ、兜の下に狙いを定め、矢をひきしぼる。
まだ十分近付いたとは言い難い。
こちらを向いた。
矢より指を離す。
狙い違わずとは行かなかった。
それでも当たりはしたようであり、ずい分と大きな音を立てて倒れた。
しかも大声でわめいておる。
我は二の矢を放つも、絶命させることはできなかったようで、敵の声は止んでおらぬ。
「続け」
後方を向いて、そう叫ぶと、我は弓を棄て、剣を抜きつつ、その倒れている者のところに急ぎ駆け寄る。
そうしてようやくその喉を掻ききり、黙らせることができたが、我は右腕に激しい痛みを感じる。
肘の内側から矢で射抜かれておった。
次の時には体を後ろに引っ張られた。
「手当します」との声。
「攻めを続けよ。父上が来る」
「分かっております。それは他の者でなし得ましょう。まずは止血をせねば、お命にかかわりますぞ」




