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問責の使者2

中ほどの使者の若者とシギ・クトクのエピソードの変更及び追記をしました。その部分が分かりやすいように、前後の行間を6行と大きく取っています(2022.4.19)


  人物紹介

 モンゴル側

チンギス・カン:モンゴル帝国の君主


シギ・クトク:チンギスの寵臣。戦場で拾われ正妻ボルテに育てられた。タタルの王族。


クラン・カトン チンギスの后妃。第2オルドの主人。メルキトの王女。


イブン・カフラジ・ブグラー:問責の使者として赴き殺害される。


その妻と2人の子


スイケトゥ・チェルビ:本話が初出



 ホラズム側

スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。

   先代テキッシュとテルケン・カトンの間の子。


ティムール・マリク:ホジェンド城主


  人物紹介終了

 シルダリヤ川を舟で渡って進むと、遠くに我らの護衛隊の天幕(ゲル)群が見えて来た。ここまでずっとホラズム軍の監視が付いており、今はホジェンド城主のティムール・マリクに送られておった。


 衣はモンゴルより着て来た白のデール(モンゴルの民族衣装)のままであった。長旅の土ぼこりのゆえに、半ば薄茶色となっておる。


「ムスリムは白の衣を(たっと)しとします。それをまとうなら、スルターンの敬意を得られやすいでしょう」


 とのブグラーの進言に従って、三人そろってのこの白衣であったのだが。


 そのブグラーを伴うを得なかった二人である。ここまでほとんど会話らしきものをすることなく至る。そして一端会話を始めたならば、次の如くとなるは避けがたかったであろう。


「最早その必要もないとみなしておるのでしょうか。往路の如くに挑発して来ることはないようです」


「先にカンの隊商を殺し、こたびブグラーを殺したのだ。()会う時は、矢の射かけ合いとなるは、互いに武人(ぶじん)ならば明らかなこと」


「今、やる訳には行かぬのですか。敵は我らの数倍といえど、やれぬとは言い切れますまい」


「落ち着け」


「ブグラーの(あだ)を討たずして、何でおめおめ逃げ帰るが如くをなして、何が武人ですか」


「落ち着けと言うておる」


「落ち着いております。不意を突き、命を賭すならば、やれるはずです」


「忘れるな。我らにはカンへの報告という重大事がある」


「我らは仇すら討つを許されぬのですか」


「カンを信じろ。カンはきっと仇を討って下さる」


 若い方の使者は黙った。


「それに我らのみでは、良くてあの城主を討てるのみ。そしてあのスルターンとやらを()()()()()生かすことになる。そうさせぬためには、我らはこれを何としてもカンに伝えねばならぬ」


 駒を並べて進むその若者は、遠巻きにして近寄らぬホラズム軍に視線を据えて外さぬ。


「そのカンの軍を、あの者は小馬鹿にしました。我らはそれをとがめることもしませんでした。今もまたそれをなさず、再び行き過ぎよと言われるのですか」


「ならば、そなたに約束しよう。我はカンにホジェンド征討を願い出る。その際、そなたも加えてもらうべく進言しよう」


 若者は初めて耳を傾けた如くであった。


「忘れるな。我もまたブグラーの仇を討ちたいと想うておることを。ならばこそ、共に討とうぞ。しかし今ではない。カンを信じよ。我を信じよ。

 スルターンについては、カンが大中軍(イェケ・ゴル)を率いて踏みにじろう。

 我らはあの者に、カンの騎兵の戦い振りを見せつけようぞ。あのような言葉を吐いたは誤りであったと、想い知らせようぞ」


 スイケトゥ・チェルビはようやく説得するを得た。




 チンギスの筆頭の重臣と言っても良いコンゴタンのモンリク・エチゲ――その子たるスイケトゥがこの危険な使者の任にあったのは、やはりブグラー同様に理由があった。


 そもそも実の父のイェスゲイ亡き後、モンリクはまさに父代わりとしてチンギスの養育に努めた。それゆえにこそ、この者はエチゲ(父上)とチンギスに呼ばれ、その地位を得たのであった。


 オルドの宴にての席次は、ボオルチュやムカリを上回るほどであった。また軍議にても、現在では王子が立つことが多いチンギスの右側は、モンリクの定位置であった。


 ただ子の一人にしてチンギスのテンゲリ(シャマン)であったココチュ。『チンギス・カン』との称号を授けたのは、この者であった。それほどに、テンゲリとしての権威は高く、またチンギスの寵も深かった。


 しかしチンギスの弟たちともめてしまい、更には当時まだ生きておった正妻ボルテまで敵に回してしまった。結局この件はココチュ一人の処刑により落着を見た。


 しかしこの事件を機にチンギスのコンゴタン一党に向ける目は明らかに厳しいものとなった。スイケトゥは、カンの信頼を取り戻そうとして、この使者に志願したのであった。




 二人はついに護衛隊の下に至った。スイケトゥは、まずはサマルカンドで起こったこと、またスルターンのカンへの伝言を隊員に告げた。


 隊の雰囲気は明らかに一変した。もし若い使者がここで「仇を討つぞ」と呼びかければ、最早スイケトゥには抑えられぬであろうほどに。しかしかたわらの者がそうすることはなく、ゆえにスイケトゥは続けるを得た。


 護衛隊全員の十分な替え馬の確保は無理であること――それゆえ我ら二人のみが先にカンに報告に行くと告げた。急ぎ準備を済ませると、替え馬を一人当たり十頭ばかりと多く連れて、出発した。


 ティムール・マリクの方は我らと距離をとったまま、こちらをうかがっておったが、いつの間にかいなくなっておった。




 二人は限界に挑む如くの強行軍にて早駆けした。余りに急いだために、途中でほとんどの馬が足を痛めてしまった。


 それゆえ二人は、宿駅に馬の備えが有るところではそれを用いた。無いところでは、途上で出会った牧民にチンギスの虎符を見せて強制的に馬を徴発して進んだ。




 秋営地から移動して来たばかりのため、(あわ)ただしさの残るケルレンの大宮廷(オルド)に、ようやく至った。


 辿り着いたのは一人であった。スイケトゥ・チェルビは途中落馬し、腕を骨折したゆえ、あきらめざるを得なかった。若者に遅れまいと無理したゆえであった。




 すぐに妃たるクラン・カトンの天幕(ゲル)に案内された。宮廷(オルド)におった側近たちが呼び集められた。若い使者は長旅の辛苦を、こけた頬とやせ細った体にて如実に示しておった。


 報告を受けたチンギスは「ご苦労であった。休め」と穏やかに話しかけ、退くを許した。







 これまでの疲労に加え、自らの務めをようやく果たしたとの安心感がどっと押し寄せたのであろう――使者は自らの足ではすぐに立ち上がれなかった。その様を見かねたのであろう、シギ・クトクが肩を貸して、カンに問うに、


「私のゲルまで送り届けたく想いますが、よろしいでしょうか」


「そなたの方からも、よろしくねぎらえ」


 2人が天幕(ゲル)の外に出るのを見届けた後、チンギスは共に報告を受けたクラン・カトンと側近たちに、「討つぞ」とのみまずは告げた。大きく一呼吸した。それから伝令隊長を呼んだ。


「我が一族並びに隊長(ノヤン)たちに伝えよ。ホラズムを討つ。至急に大集会(クリルタ)を開く。宮廷(オルド)に集え」


 クラン・カトンはいかめしき顔でぼそっとつぶやいた。


「許し難きこと」


 早くもモンゴル高原では雪が舞い始めておった。




 シギ・クトクは体格が格別良いという訳ではなかったが、ブジルに肩を貸して歩く際に、ふらつくということは無かった。それほどに、この若き使者は体重が落ちておったのである。


「よくぞ大任を成し遂げた。しかも戻り報告するを得たのは、そなた1人。カンはこの後、より一層そなたを信頼し、重用しよう。そしてそれは我らタタルにとっても喜ばしきこと」


 シギ・クトクは、領袖として、分家筋の若者たるこの者に告げた。自らに直属しておる訳ではなかったが、タタルの血筋中では最もチンギスに近く、また高位であるシギ・クトクは、自ずと同族を庇護するべく努め、また随所に心配りを見せた。チンギスの父イェスゲイを毒殺したタタルは、モンゴルにとってまさに仇と言い得る存在である。それもあっての、シギ・クトクのこの動きであり、やはり同族たるチンギスの3番目の后妃イェスイ・カトンと共にこれに努めたのであった。


「そこでお頼みがあります。ブグラーのことですが」


「おお。スルターンに命を奪われた者だな」


「その仇を討ちたく想います」


「無論だ。カンは間違いなく、そう決断されよう。ホラズムに攻め込み、スルターンを討つと」


「そのことは私も疑っておりませぬ」


「ならば・・・・・・」

 

 そこで、ブジルはホジェンドでのティムール・マリクとの会見について伝えた。


「その者を自ら討ちたいということか」


「はい。スイケトゥ・チェルビも同じ気持ちであり、そして私をその旗下に加えてくださる考えとのことです。それをカンに願い出るとうかがいました」


「分かった。そういうことならば、我の方からも、カンに認めていただくよう、口添えしよう」


「助かります」


「何を言うか。カンの軍をかように()()にされて、黙っておれるか。そなたたちが動かぬならば、我自らが討つを願い出るところ」


「何とお礼を申し上げれば良いのか」


「よいよい。礼など要らぬ。ゆっくりしておれ。カンにも言われたろう」


 ブジルはようやく落ち着くを得たのか、その口を閉じた。更には、体の力が抜けた如くとなり、さすがに、ある程度は自らの足で立ってもらわねば、シギ・クトク一人では満足に支えきれぬ。

ゆえに、急ぎ少し離れたところにおる近衛隊(ケシクテン)の者を大声で呼ぶと手伝わせて、ブジルを自らの天幕(ゲル)へと何とか運び込んだのだった。







 夫の言う通りであった。初めてそう想った。


 それまではずっとほれみなさい。わたしの言う通りだったじゃない。むざむざ、あれの前に出向き、殺されてしまったじゃない。そう想い続けておった。


 それが今回、息子二人と共にカンに呼ばれたのだった。夫の死の報がもたらされて半月後のことであった。無論こんなことは、夫の生きておる間でさえなかった。初めてであった。


 逃げるように故郷を出て来たので、かさばる衣服の類いは満足に携えて来ておらず、このような時に着て行くものがなくて困った。


 己はムスリマの身だしなみとして、髪を黒のヴェールで隠し、二着しかないうちの上品な方の一着をまとい、その上から黒の外套を羽織れば問題ない。それでも母が生きていれば、もっとふさわしいものを着なさいと叱られただろうが。


 問題は息子二人であった。この地で成長した息子たちは、君主の御前で着るような服を作っておらなかった。


 夫の服を仕立て直して、着て行くものを急ごしらえする必要があった。弟の方は少し背が低いくらいで、幸いほとんど手を入れる必要はなかった。しかし、兄の方は頭一つ背が高く、そのままではどうしても寸足らずであった。腰回りの方は、夫も息子二人も()せており、手直しの必要はなかった。


 そういえばあの人はホラズムにいた頃は太っていたわ。こちらに来て何度も腰回りを仕立て直す必要があったことを想い出し、ついつい、つくろい直す手が止まり、服に涙がしたたっては、染みになってはと急ぎ別布に吸わせることを繰り返した。

 



 枯れ草を踏みつつ向かう。息子たちも馬に乗れぬわたしに合わせて、歩いてであった。


 またわたしの嫌いな冬が来るのか。この地の冬は信じがたいほどに寒かった。その冬をわたしは夫無しに過ごさねばならぬのか。


 あのわたしの嫌いな大ネズミどもは早くも冬ごもりして、姿を全く見せぬのはありがたかったが。それを夫はモンゴル人に分けてもらっては、うまいうまいと食べておった。そんな姿さえ想い出しては、涙が溢れそうになるので、急ぎ頭から追い払った。


 そしてカンの待つクラン・カトンの天幕(ゲル)へと案内され、入ることを許された。息子共共、お二人の前に進み出てひざまずいた。


「ブグラーのこと。その無念。我は決して忘れぬぞ。そなたらにこそ誓おうぞ。我はホラズムを滅ぼし、あのスルターンの首を取らぬ限り、この地には戻らぬことを。そして我が四狗(ドルベン・ヌカス)に地の果てまでもあの者を追わせることを」


 そうおっしゃると、カンは玉座から立ち上がり、壇上から降りて来られて、息子に手自ら宝物を授けて下さった。柄に宝石をはめ込んだ黄金の懐剣を一振りずつであった。


 その後クラン・カトンも降りて来て、我からですとおっしゃり、わたしに髪飾りを授けて下さった。それは、故国におる時でさえ見たこともないほどの大きなルビーを、黄金の蝶の台座の上にあしらったものであった。わたしがあまりの賜りに驚いておると、


「二人はブグラーの忘れ形見。望むならば、我に仕えることを許すぞ」


 とのカンの声がすぐ近くで聞こえた。


「お願い致します」


「ありがとうございます」


 後ろに控える息子たちは、わたしの許可を求めることもなく、それを受けた。


「まずはシギ・クトクの下に入り、様々なことを学ぶが良い。いかなる仕えをなすかは、そなたらの働き次第だ」


 更には牛車一台分の絹布、加えて大盆にあふれるほどに盛った黄金を授かった。そこを立ち去る際、クラン・カトンには


「故郷から遠い地で夫を亡くしては、さぞ心細いでしょう。何かあれば頼って来なさい」


 とのありがたい言葉を授かり、抱擁(ほうよう)までして頂いた。


 確かに夫の言う通りであった。しかし、わたしの心には一片の喜びもなかった。


(第一部終了)

ここまで読んでいただき、大変ありがとうございました。

本話で第一部は終了です。

「なろう」に投稿するのは初めてであり、

いろいろと至らぬところ、読みにくいところはあったと想います。

それもあり、ここまで読んでくださり、感に堪えません。


ところで、第2部「開戦」のスタートまで一月ほどお時間をいただきたく想います。

7月初めを予定しております。

全体構成を見定め、しっかりと作り込むにはどうしても、ある程度の時間がかかります。

また、ここのところが、作品の読み応え、面白さに直結します。

どうかご了承をたまわりたく想います。


また第2部を読みたいと想われた方は、よろしければブックマークをお願いいたします。

それを糧に、第2部を少しでも良いものにすべく努めます。

(また「オトラル」「サマルカンド」「ブハーラー」「ウルゲンチ」などの地名検索は、ネタばれするものも多く、できうるなら、検索は控えていただければと想います。)




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