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カンの隊商6

人物紹介

オマル・ホージャ:(ホラズムに向かう)チンギス・カンの隊商を率いる隊長


アリー:隊商のラクダ係


ハーリド:隊商でのアリーの少し先輩


人物紹介終了

 その翌日のこと。

 隊商はオトラルの高台を遠望できるところにまで至った。

 ラクダ係の青年アリーの心は一層、はやっておった。

 それも理由のないことではない。

 隊長が譲ってくれると約束してくれたラクダ。

そのラクダはサイラームでの長逗留がかえって良かったらしく、

――足のケガもすっかり癒え、元気な体に回復し、

――今はオトラルへとしっかり荷を運んでおった。


 これが喜ばずにいられようか。

 次回からは信頼できる人で荷を預けようという人がいれば、

――あるいは遠国で何々を買って来てくれという人がいれば、

――己のラクダで運ぶことができるのだ。

 このラクダを大事に使っていけば、己の商いの元手となるのだ。


 若いというのも無論ある。ただそもそも希望にはちきれんばかりの者が、旅の疲れなど感じようはずもない。

 更に言えば、ラクダのことを早く妻に報告したくて、心は既にオトラルを通り過ぎ、サマルカンドに至っておった。

 (何て幸運なんだろう。何て恵まれているんだろう。)




 隊商の全体の雰囲気は、それより落ち着いたものだとはいえ、悪かろうはずはなかった。

 サイラームからオトラルまでわずか五日の旅程であった。

 それにもかかわらず、一体どれほど待たされたであろうか。

 そのじりじりした想いから解放されたのである。

 ようやくカンに託された務めを果たすことができる。

 待っておる間に雪は無くなり、それどころか昼は汗ばむ季節となっておった。

 それも風さえ吹けば、苦に感じることはない。

 いや、たとえ吹かぬとしても、

――それを補って余りある解放感が、爽快な気分に隊商の者を誘っておった。

 



 やがてホラズムの国境警備兵がおる街道上の衛所が、前方に見えて来た。

 隊長がハーリドのみ連れてそちらに出向いた。

 隊商に留まりたいとの二人の願いを受けて、隊長が自身の雑用係を命じたのはアリーではなく、ハーリドの方であった。

 正直アリーはうらやましかった。

 少し先輩とはいえ、年はほぼ同じ。

 悔しい想いもまたあった。

 

 しばらくして、隊長たちが出て来た。

 ホラズムの兵がここから先は案内するとのことであった。

 モンゴルの護衛兵はサイラームに戻って行った。




 陽は傾きかけてはおるものの、夕刻にはまだ間がある時刻には、

――オトラル外城の門に至るを得た。

 ここまで護衛して来たホラズム兵は、城門の衛兵たちに何事かを告げると、去って行った。

 隊長がカンより授かった虎符を渡すのが、アリーからも見えた。

 衛兵たちの顔に緊張が走る。

 一人がすぐにそれを持って、詰所らしきところに駆けて行った。

 やがて明らかに上官らしき身なりの者が出て来ると、


「モンゴルのチンギス・カンのところから来られた隊商とのことであるが、間違いないか。」


「間違いありません。」


と隊長が答える。

 上官は虎符を再び見てから、それを隊長に戻して、


「イナルチュク・カンからそなたたちが到着したら、案内するよう命を受けておる。付いて来るように。」


「おお。城門で留められることもなくか。

 さすが、カンの虎符は違うわい。」


「当然のことよ。何せ今や東の地にては従わぬ国がないと言っても良いくらいだ。」


 先輩たちのそんな会話が聞こえて来た。

 やはり己もチンギス・カンを主に選んで良かったとアリーも想う。

 ただ己自身で選んだというより、奉公する隊長が選んだのだが。


『良い人こそが、更に良い人とのつながりを呼ぶ。

あの人は良いお人じゃ。

よくよく心して仕えるのじゃぞ。』


 隊長に仕える時、まだかくしゃくとしておった祖父にそう言われたが、まさにその言葉通りであったと想う。

 ただ次に帰った時には祖父はおらなかった。

 正直、なんでとアリーは想った。

 この時、人というのが突然亡くなるものだと初めて知った。



 

 隊商を衛兵が取り囲むようにして引率しておった。

 その先頭におるは、先ほどの上官である。

 衛兵は全員槍を携え、

――それがオトラルを照らす陽光を鈍く反射しておった。

 頭にはターバンを巻いており、胴体のみ防具を着けておった。

 隊商は一つの建物に案内された。


「さすがに本丸に直接という訳ではないのだな。」


「旅の汚れを落とさずに会うは、さすがに城主様に失礼に当たろう。」


「我も正直イナルチュク・カンに会う前に少し落ち着きたい。」


 先輩たちの会話を隊長がそうしめくくろうとした。

 しかし、


「そうだ。そうだ。」


「久しぶりにオトラルの葡萄酒も飲みてえ。」


「ここの女も抱きてえってか。」


「そこまでは城主様も世話してくれぬぞ。」


「自分で探すさ。オトラルの女なら、俺に任せてくれ。」


「おう。そうか。頼むぜ。」


 かえって隊商の者の饒舌(じょうぜつ)に火を付けた如くとなった。

 野卑な言葉を聞いて、衛兵が不快に想わぬかとアリーは不安になった。

 しかし上官は館の内まで案内すると、


「ここにてお休み下さい。

 食事の方は用意させます。

 それにそなたたちはモンゴルのチンギス・カンを(あるじ)とする方々。

 傷付けようなどという良からぬ想いを抱く者がおらぬとも限りませぬ。

 外出を控えさせよとの、イナルチュク・カンの命でございます。

 どうか、お従い下さいますよう。

 中庭に出るのは構いませぬ。

 たまには陽光と外気が欲しくなりましょう。

 そして館の西端に礼拝室が設けてあります。

 お祈りはそこでお済ませ下さい。

 それと武器はあらかじめ預かっておけとのご命令も下されました。

 ゆめゆめ疑う訳ではありませぬが、そなたたちの主と我らの主が手を結んだのはほんの先だってのこと。

 イナルチュク・カンはとても用心深い方であられます。

 どうか気分を害されませぬよう。」


とあくまで丁重さを崩すことはなかった。


「ああ。無論、それはかまわぬ。

 ホラズム国と問題を起こすなと、我らのカンにも厳に命じられております。」


 そうは答えたものの、さすがにカンに授かった銀の短剣を渡すとなると、隊長は一瞬躊躇(ちゅうちょ)したようであった。

 しかし結局相手の要求に応じた。



 

 食事はもういらぬというほど毎食豪勢であり、しかもただでそれに預かれるのである。

 長い旅の間、粗末な食事に耐えて来た彼らにすれば、賓客(ひんきゃく)並みのこの待遇が続くことこそ望ましいはずであったが。


「中中イナルチュク・カンからお呼びがかからぬな。」


「俺たちはいつまでここに留まらねばならぬのか。」


「早く(あきな)いがしてえ。」


「カンがお喜びになる品を絶対に手に入れるぞ。」


 そうした声が数日もせずに上がるようになった。

 隊長は、皆の声には同意し共感を示しはするものの、次の理由を挙げ、待つように(さと)すを常とした。


 「カンとスルターンの間に和約が結ばれたと、使者に赴いたヤラワチ様本人が言われたのだ。

 何を疑ったり不満を持ったりする必要があろうかと。」

 

 ただ日が経つにつれ、アリーにはそれはむしろ隊長自身に向けての言葉の如くに聞こえて来た。

――己の心を落ち着けようとしての。

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