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カンの隊商3(謀略1)

サブタイトルを変更しました。内容に変更はありません(2021.10.12)

前節の「カンの隊商2」の方に加筆しております。加筆部分は本筋の流れには直接関連しませんので、気が向いたときなどにお読み下さればと想います。

(人物紹介

ホラズム側

スルターン・ムハンマド:ホラズム帝国の現君主。

   先代テキッシュとテルケン・カトンの間の子。


ニザーム・アル・ムルク:スルターンの家臣。位は文官筆頭。(これは名ではなく、称号である))


イマド・アル・ムルク:スルターンの重臣。先のイラク遠征後、ルクン皇子のアター・ベグに任命された。


 イナルチュク・カン:オトラル城主。カンクリ勢)



 白のターバンに白の上下をまとう老人は、その邸宅の門を出るや否や、振り返り癇癪(かんしゃく)を爆発させた。


「あの男には、この件の前金として特大の緑石の指輪を渡したのだぞ。

更には毎月の初日には金貨の付け届けも怠らなかった。

それを一言もなくウルゲンチに帰っただと。」


 その眼前には既に閉められかけておる美しく透かし彫りした木製の扉があった。


「これもまた我らの金で造らせたものであろう。」


と聞こえよがしに更に言いつのる。

 それでも憤懣(ふんまん)は去らなかったようで、

 カァーとばかりにツバを吐きかけようとした、

 しかし、誰が見ておるか分からぬと想ったのだろう、

慌てて顔をそらし、半ば出かけておったツバをそちらに吐いた。

 その者の脇を支える若者

――この者は何の身体の特徴もなければ、そのまま〈何の身体特徴もなき者〉と呼ぶことにしよう

――はそのツバを避けるために、顔を下げるしかなかった。

何せ手を離そうものなら、老人は倒れかねなかった。


 全てはこの老人

――長老(シャイフ)と呼ばれておった

――の下に、昨日1報がもたらされたことに始まる。

 モンゴル使節団がサマルカンド門よりブハーラーを出たと。

 それでこの件について結果が()()()報せて下さいと頼んでおったニザーム・アル・ムルクの屋敷に来てみれば、このざまであった。


「皆を呼べ。至急に対策を練らねばならぬ。

やっかいなことになるぞ。」



 そもそもこの者たちは、モンゴルの使節団が和平協定の締結のために来ておることは、随分前に把握しておった。

 それが両国間の交易を大々的になすことを目的とするものであることも。

 そしてモンゴルの隊商がスルターンの締結合意を待ってサイラームに留まっておるとの情報は、北より帰った同業者により二ヶ月ほど前には既にもたらされておった。

 ただスルターンがいかなる結論を出すか分からぬ以上、

――というより、これまでの経緯からスルターンは十中八九断るであろうとみなしつつも、

――成り行きを注視しておったのだった。

 この者たちはニザームとは既に浅からぬ仲となっており、宮廷内の情報を得るのに常日頃から大きく依存しておった。

 ところが、ニザームは次の協力者として頼りになる人物を紹介することもなく、去っておった。



 この件の最初の会合。

 この者たちの常で、長老宅に集った。

 そしてあっさりと次の如くの結論に至った。

 モンゴルとの和平協定が結ばれたのなら、例え数日遅れであっても公布されるはず。

とりあえずそれを待つことにした。

 しかし待てども、公布はなかなかされなかった。

 ならば結局締結されなかったのでは、と想いたかった。

 しかし、スルターンからの贈り物とおぼしきものを馬車や牛車に満載して去るモンゴル使節団の姿を、多くの者が目撃しておった。



 公布がされぬまま開かれた二度目の会合。


「ニザームの解任により宮廷の事務処理は混乱に陥っており、それで公布されないのでは。」


との懸念が〈(くちびる)(うす)き者〉より出された。

 それに他の協力者からかき集めた情報を勘案すると、どうも締結されたようであった。

 そこで確認のために、恐れながらとして宮廷にお(うかが)いを立てた。

 ただ返答は得られなかった。


 ゆえに再び各々の持つ協力者より情報を仕入れるべく試みた。



 その結果を持ち寄った三度目の会合。

 その各々が報告するところでは。

 大物の協力者を有する副長老いわく、


「スルターンはモンゴル人の使節の一人を次の夜にあらためて呼び出し、二人きりで密談したと、

 そこでいかなる話が交わされたかは、未だスルターンの口からは明らかにされておらず、ただモンゴル使節に返礼品として、これこれの贈り物を授けるよう命があったとのこと。」


 この集団にては年齢もその立場も副長老の次に位置すると言って良い〈(ふと)っちょ〉いわく


「宮廷内ではニザーム解任後、臣下のスルターンを恐れる気持ちは()()()()()おり、よほどの必要に迫られなければ、誰も進んで近付こうとせぬという。

 ましてや何であれ、こちらからスルターンに問うなどありえないと断言されました。」


 誰かがそう指示した訳ではなかったが、こう続くと年齢順の発言になるのはいつものこと。

 次に若い、といっても年の頃は中年。その者は、皆が手を伸ばさぬ中、ただ一人テーブルの皿に盛られた干しプラムを間断無く口に運んでおった。

 その神経質そうな〈やせぎす〉いわく、


「臣下の間で()()()()()()()ささやかれておるのは、スルターンはカリフ征討の失敗の腹いせに、ニザームを解任したに違いない。

 しかし、それでもなお気が済まず、更なる犠牲者を求めておるとのことです。

 そして最も()()()()()()()ニザーム、そのはけ口となっておったニザームがいなくなった以上、あるいは次は己かも知れぬと皆、戦戦兢兢としておると。」


 そこで改めて宮廷内に何人かおる協力者に、それもスルターンに声をかけることのできる立場におる協力者に前金を渡して頼んでみることに決まった。



 各自がそれをなした後の四度目の会合。

 若い〈デコの広い者〉いわく、


「遠国のモンゴルとのことなどを尋ねて、身を危険にさらす者など一人もおらぬとの返答でした。」


 副長老いわく、


「どうせそれで困るのはモンゴル人だけであろう。

 そなたらは何故そんなことを聞きたがるのだと、逆に質問される始末。」


 長老いわく、


「よほどに何も答えることがなかったのか。

 あるいは、何か()()()()()と想ったかは分からぬ。

 ただ我が得たは、今のスルターンに何か言えるのは、イマド・アル・ムルクくらいであろう、という何の足しにもならぬ助言のみ。

 そもそもイマドが遠征につきしたがってイラクに留まったことは、皆の知るところ。

 ()()()()おらぬと分かっておろうに。

 更に言えば、あの者の清廉潔白なる性格を知って、あえてそう言うのかとの疑念さえ抱くわ。

 我自身何度か試みたが、あの者には何らのつながりを得ることも()()()()()()であったわ。」


 遂にそう吐き捨てて、それに区切りを付けた後、


「一体どうするか。」


と長老が改めて皆に問うた。

 それに真っ先に答えるを得たは、副長老であった。


「すぐに動くべきと考えます。

 もし本当に協定が締結されたのならば、モンゴル隊商のホラズム入りを許すことになります。

 そうなってしまっては、全てが後手後手に回りかねません。

 後の対応が()()()()むずかしくなりましょう。」


「そんなことは分かっておるわ。」


と長老の怒声が響き渡る。

 ただ副長老はそれに屈することなく続けた。


「これは従来から、もしもの時の備えとして提案しておりました。

 やはりオトラルの城主たるイナルチュク・カンの下に、早々に赴かねばならぬと考えます。

 どうしてもモンゴルの隊商より先に、そこに至る必要があります。

 そして隊商を足止めするよう、説得したく想います。」


 そこで〈太っちょ〉が付け加える。


「そして長老も御存知の通り、我らとてスルターンが和平協定を締結した場合について、全く考慮しておらぬ訳ではありませぬ。

 お怒りを静めていただくために、改めてそれを説明致します。

 使節団がオトラルからサイラームに至り、協定合意を報せ、それから隊商がそこを発しオトラルに到着するだけで十日ほどかかります。

 更にはサマルカンド経由の隊商が通常取る経路を、使節団は帰還するものと想われます。

 対して我らはキジル・クムを突っ切るという()()()()()計画。

 その地は水を得るのが難しく、ゆえに隊商も余り採りません。

 しかし、おおよそまっすぐ進めますゆえ、その分、全行程の距離は短くなります。

 加えて地は平坦ゆえ、一日あたり長く進めます。

 サマルカンド経由に比べれば六、七日ほど早く到達できましょう。

 あわせて十六、七日の余裕はあります。

 加えて使節のペースは遅いはずです。何せ、スルターンからの贈り物を運ぶ荷車がおるのに加え、ホラズム側の護衛も付きます。例え使節がそれを望んだとて、そうそう急ぎ帰るという訳には行かぬでしょう。

 身軽な騎馬にて進む我らの方が、確実に早いと考えます。」


 長老の性格を良く知るゆえか、〈太っちょ〉はことさら詳細に説明した。

 そして、まさにそのゆえであろうか、長老は落ち着きを取り戻した。

 それを見て、副長老が再び口を開いた。


「そしてモンゴルの使節が出発してから数えて、まさに今日で十日です。

 残念ながらその余裕の半ばは、失われております。

 至急に発つべきです。」


「ならば誰が行くか。」


「これもやはり以前から提案しておりました。

 わたくしが(ひき)いたく想います。」


 それから副長老は、他に誰が行くべきかを指名した。

 長老は反対を示さず、また指名された者たちも拒むことはなかった。

 ゆえに()つのは、明日の朝の都城の門の開く刻限とした。それまでに各々が替え馬、食糧、水を用意してサマルカンド門に集まれとして、解散となった。

 まだ幸運が残っておることを皆に印象づけようとしてであろうか、副長老は声を一際大きくして、次の如く付け加えた。


「しかしこうなってみれば、公布がされておらぬことは、かえって我らに有利と言えましょう。

 最悪、モンゴルの隊商が我らより先にオトラルに至っても、イナルチュク・カンがひとまず足止めし、入国の是非をスルターンに求めるのではと期待されます。

 無論、我らはあくまでモンゴル隊商より先にオトラルに入るべく努めます。」


 あたりは既に夕暮れに包まれておった。

 日没の礼拝の時刻は近い。

 しかし、出発の準備をせねばならぬ者たちが、モスクへ寄るべく誘い合うことはなかった。


(補足 サマルカンド門といっても、この場面の舞台はあくまでブハーラーです。西域では、その向かう先の地を、門の名とする伝統があるのです。無論、常にではありません。)



 一行は白のターバンと白の上下に(よそお)いをそろえた。

 ただ上に羽織(はお)るチャパン(コートの如くのもの)は、色とりどりの縦縞模様で華やかである。

 砂漠の風砂よけに加え、夜の冷え込みに備えてであった。

 各人の替え馬を伴って出発した。

 男11人であった。



 早くにたどり着こうと、巡礼者たちを追い抜き、馬にムチ打って先を急いでおる時であった。

 ホラズムの軍旗を押し立てて、数騎が追い抜いて行った。

 明らかに伝令隊であった。

 それで、この先のやや大きな城市ヌールに着くや、役所に向う。

 頃は夕刻に近く、役所は閉まっておった。

 そこの夜警に尋ねると、役人はまだ役所内に残っておるとのこと。

 呼んで来てもらった。



 役人は不機嫌そのものであった。

 副長老が伝令が来たか否かを問うと、

 「来た」との返事であった。

 それで次に、どのような内容であるかを問うと、

 入り口の立て札を指さされる。

 見逃したかと想い、急ぎ行って確かめる。

 案の定、スルターンがモンゴルのカンと和平と交易の協定を結んだことが、記されておった。

 こうなってしまっては、我らが公布を催促したことが、この状況を生んでしまったのか。

 まさにやぶ蛇となってしまったか、そう想わざるを得なかった。

 これで、協定締結の報せがオトラルに至ることが確実になった。

 イナルチュク・カンが隊商を留めることは、全く期待できなくなったということだ。

 つまり何が何でも隊商より先に赴かねばならなくなった。



 ()()()であった。

 このヌールの役人より想わぬ情報がもたらされ、()()焦らざるを得ぬ状況となった。

 本当なのか口実に過ぎぬのか定かならぬが、礼拝に行かねばならぬと、役人は去ろうとした。

 強引に引き留めて、副長老がディナール金貨一枚を与えると、役人は途端に饒舌になったのであった。

 何とモンゴル使節団が、ここを通ったという。

 それを聞いた我らは、想わず顔を見合わせた。


「てっきりサマルカンドを経由して帰るものと想い込んでおった。」


と一行の中の一人。


「この近くまではブハーラーから運河が伸び、またここは泉が湧くゆえに水に苦労しませぬ。

 ただここから先は、そうは行かぬはず。」


と〈デコの広い者〉が言えば、


「公式の使節団なら、あえて自ら水不足に(おちい)る如き経路は取らぬもの。」


と一行の中の他の一人が同意を示す。


「この地に(くわ)しくないゆえでしょうか。」


と〈唇薄き者〉。


「しかし護衛隊が付いておるとの目撃情報も確かにある。

 いくら使節団がそれを望んだとしても、護衛隊が強く反対するはず。

 水が足りず、行き倒れになってしまっては元も子もない。」


と副長老は、未だ納得が行かぬ。

 そこで更に役人に尋ねると、今年は例年になくキジル・クムに雨が多いことが分かった。


「鋭敏にそれを知ってここを通ったのだ。しかしどうやって知ったのだ。」


と更に別の一行の中の一人。


「そもそも、このあたりに協力者がおったのか。」


と〈太っちょ〉。


「おっても不思議はないか。

 使節団の半ば以上はムスリムであり、しかもこの国の出身者であると聞く。

 恐らくあらかじめ最短で帰れる経路を探らせておったのだろう。」


〈太っちょ〉が苦々しく自ら結論を下す。


「全く何かと準備の良い奴らだ。」


「やはり警戒すべき輩だ。」


 そう皆が憤懣(ふんまん)を口にするのを聞きつつ、


(いまさらどうしようもない。

 これでこちら側の余裕分と計算しておった六、七日が更に吹き飛んだことになる。)


と副長老もまた、憤懣やるかたない想いを抱かざるを得なかった。

 そしてその使節団の様子をよりくわしく知りたく想い、尋ねる。

 やはり先を急いでおったという。

 そして護衛隊は、ここで丸一日休むことを欲した。

 しかし使節側に押し切られる形で、休まず進発したという。


「この先は水が得られなくなるので、通常であれば休むものだが。」


と一行中の一人。

 護衛隊長は()()()水が足りなくなった時に備え、ラクダ十数頭を臨時で買い入れ、水を入れた革袋をその背に積んで同行させたという。

 更には、水を携えさせたラクダ隊がキジル・クムを迎えに来るよう手配すべく、オトラルに早馬を発したとのこと。


「まさにスルターンの客人でもなければ、受けられぬ高待遇だな。」


 副長老はそう独り言を言ってから、一つのことが気にかかり、問うた。


「護衛隊長は誰が務めておるのですか。」


(例えスルターンの御旗を授かって同行しておるとしても、そうそうオトラルのイナルチュク・カンには頼み事はできなかろう。

 ならば同格の将が就いておるのではないか。)


そう考えたのであった。


「オグル・ハージブ様です。」


との返答を得る。


(やはりか。)

 今度は副長老は心中にて()()()()に留めた。

 それとともに、一つの悔いが心に湧きいずる。


(スルターンが自らの信任あつき者に護衛隊長を託す理由。

 それはただ一つ。

 協約の締結に他ならぬ。

 我らは()()()日数を無駄にしたのか。

 モンゴル使節出発の日に、もう少し注意深く情報を集めておったならば。

 我らは宮廷のみを見ておった。

 スルターンの動きのみを追っておった。

 もっと注意深く使節団の帰還を追うべきであった。

 ()()()()その出立の日には、締結は成っておったと知るを得たものを。

 ならば、かように急ぎ()()()せねばならぬ状況に、追い込まれることはなかったものを。

 しかも抜かりのないことに、水を運ぶラクダの手配まで。

 まったく何ゆえ()()()()()()()今回スルターンに護衛隊長を託された者が有能であるのか。

 これで使節団が水不足のために立ち往生したり、引き返して来る可能性は全く無くなった。)


 モンゴル使節団がここを発ったのは九日前という。

 我らもまたここで丸一日休む予定を取りやめ、次の朝には発った。



 この者たちは、かつて隊商の経験のある者、そして現にそれを()()()()とする者がほとんどであった。

 とはいえ、そもそも馬を駆るなどの経験はそれほど多くない。

 しかもそれが長行程に及ぶなら、なおさらであった。

 隊商は通常ラクダの足、馬の足に合わせて進むことになる。

 下手に急がせれば、ラクダや馬はすぐに足を痛め、果ては死んでしまう。

 これら駄獣(だじゅう)はまさに隊商にとって()()()()()()()()()であり、それを失うは()()()()を失うに等しい。

 ゆえにこの者たちにとっては本来、長距離、馬を駆るなど論外であった。

 しかしこうなっては、そうせざるを得ない。

 そもそもヌールに達する前に、慣れぬ乗馬のために尻の皮がむけて、


「痛くて痛くてたまりません」


として早々に脱落する者が一人。

 そしてヌールから更にペースを上げたのであった。

 とはいえ、早駆けに早駆けを重ねてというのとはほど遠い。

 それだけの技量も体力も、そもそもこの者たちにはないのである。

 当人の気ばかり()いても、なかなか馬は駆けてくれぬ。

 替え馬という形で、馬については配慮した。

 人についていえば、日一日と手綱(たづな)を握る手は力を失い、(あぶみ)の上で体を支えるべき(ひざ)は震えだす。

 それでも馬を駆けさせ続けると、やがては注意力が散漫となる。

 自ずと落馬や馬が転ぶ危険は、増さざるを得なかった。

 その技量以上に早く走らせようとして、馬もろとも転んだ者もおった。

 その手荒な扱いに怒った馬に、振り落とされた者もおった。

 後者は、見た目には大丈夫そうであった。

 しかし、すっかり(おび)えてしまい、


「とても、もう馬を駆ることはできませぬ」


と繰り返すばかり。

 そこから先の同行を拒み、一人戻って行った。

 ただそれは()()()()方であった。

 前者は、馬は足を折ってしまい、騎乗の者も転倒の際、馬の下敷きとなり、すぐに亡くなった。

 そこで我らは馬をこのまま残しても、生きたまま肉食獣に食われるだけと想い、殺した。

 〈唇薄き者〉が、亡くなった若者のその広いデコや頭に()()()()()()血と砂をそそぎ洗う。

 本来は全身を洗うべきであったが、水は()()()()であった。

 死者と死馬の臭いを()ぎつけてか、昼にもかかわらず腐肉喰らいのジャッカルが周りに集まって来た。

 我々はそれを追い払いつつ、交替で懐剣(かいけん)にて土を掘り返した。

 それから誰も(ほうむ)るに際しての正しい祈りの順序もアラビア語の句も知らなかったので、ただ神をたたえる言葉を四度唱えることによって()()()の言葉とした。

 とても十分な深さとはいえぬ穴に、仲間の右半身を下にして顔をメッカの方角に向けて埋めた。

 仲間が()()花を好んだのを、〈唇薄き者〉を含め二、三人が知っておった。

 ゆえに皆でジャッカルを追い払いつつ、周囲からチューリップなどの花を取って来て、()()()()()()の上に置いた。

 埋葬に半日近くを要したが、さすがに誰も急ぐべきとは言わなかった。それどころか、一言も発さなかった。

 そしてジャッカルの遠吠えの中、とりあえず次の宿駅までは夜行した。

 この者たちの顔はいずれも引きつっておった。

 ジャッカルどもが仲間の墓を(あば)き、その死体を喰らう、

 その図がいくら消そうとしても脳裏に浮かぶが如くの表情であった。



 更に翌日には、二人落馬した。

 幸いにも両名とも死はまぬがれた。

 ただ一名は手で落下の衝撃を和らげようとしたために、手首の骨を折っておった。

 もう一人は肩から落ち、激痛が走るとのことで、体をまっすぐにできぬ状態であった。

 我らは再びペースを落として、両名を次の宿駅まで送り届け、別れた。

 そしてこの時になると、


「果たして我らは神に呪われておるのか。」


と〈唇薄き者〉が言い出しており、副長老に度々(たびたび)しかられておった。



 その日は朝から雨が降り続け、昼となっても止む気配はなかった。

 騎乗したままでは泥土(でいど)に深くはまり込んでしまい、馬が足を痛めかねなかった。

 それゆえに、既に一行は下馬して進むことを強いられておった。

「果たして神は、我らがオトラルに至るのを望んでおられるのか。」


との言を〈唇薄き者〉が発し、


()れ言を申すな。神をたたえよ。」


と副長老が再びしかる。

 それで〈唇薄き者〉は黙り込んだ。

 しかし、しばし進んで後のこと。

 中段を進んでおった()()()()()()皆を追い抜き、先頭に出て、立ち止まり、訴え始めたのであった。


「もう引き返しませんか。

 あの者たちがホラズムに入ったって良いではないですか。

 確かに商売()()()ではあれ、それで我らの商いが行き詰まる訳でもありません。

 既に仲間が一人死にました。

 これに命を賭ける価値などありますか。」


 口の中に雨粒が入り込むのにも構わず、男は言葉を続ける。

 仕方なく他の者も足を止めて、聞き続けておった。


「我らブハーラーの商人は、代々カラ・ハンやカラ・キタイなどの遊牧勢ともうまくやって来ました。

 それを想えば、モンゴルだって同じこと。

 やめませんか。

 このままでは我らは神に呪われてしまいます。」


 そこで声は止まった。

 (のど)に短剣が当てられたせいであった。

 副長老であった。そして口を開いた。


「戻りたければ、お前だけ戻れば良い。

 はっきり言ってやろう。

 神は呪ったりはせぬ。

 お前は間違っておる。

 予言者気取りめ。

 そなたに神の声が聞こえておる訳ではあるまい。

 預言者を(かた)るは重罪ぞ。

 そなたの身を偽預言者として裁判官(カーディー)に差し出しても良いのだぞ。

 ただこれまでの付き合いもある。

 またそなたは親友を失ったばかり。

 平静さを失うは致し方なきことであろう。

 ただちに我らより去れ。

 従うならば、罪は問うまい。」


 〈唇薄き者〉は最早何も言わず、一人来た道を去った。

 他の者は、その間一言も発することなく、ただその様を見ておった。

 そして副長老が何も告げることなくオトラルへ向け出発すると、その後を追い始めた。


注 ヌール 現在のウズベキスタンのヌラタ。ブハーラー(現ブハラ)の北東約140キロほどのところにある。

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