08 あべこべアールグレイ
自分の幼少期から中等部かけてLINEとかインスタがなくてよかったな。と!
何故〈あれ〉が起きてしまったのか、原因を探るために私は話を続ける。あるいは、納得したいのかもしれない。伝は未だ俯きながら私の言葉を待っている。
「生き残るべきがだれかって、意味が分からないよね。当たり前のように学校に行って、友達とたわいもない話をして、帰ってからごろごろして、テレビを観て、ご飯を食べて、時々夜更かしなんかしちゃって・・・。っていう普通の生活だったのにね。」
〈時はさかのぼり、十年前のあの日〉
私たち家族四人は、玄関にいる。
「お前たちの中で生き残るべきなのはだれか?」
それぞれが持っている端末から音が響く。同時に鳴り響いたためか、頭に響く嫌な感じだ。
「なにこれ!誰が仕組んだの?」と、ゆきがいたずらっぽく口を開く。先ほどの修羅場があったからだろう。お母さん、お父さん、私の三人は口を開かない。流石に不気味に思ったのか、ゆきも表情が暗くなる。「わたし、汗かいたからシャワー浴びてきていい?行ってくる!」と浴室に逃げるように駆け出した。それを見送ったと同時に深い溜息を吐くのはお母さんだった。私は反射的にお父さんに目線が移る。「・・・まずはママ、話をしようか。みおは適当に飲み物を淹れてくれ。」と伝え、二人はダイニングの方へ移動する。私は少し安堵する。なんせ、空気が重く、どうすればいいかが全く分からなかったためだ。思いついたのは、私がいい子供でいるために、「わかったー。適当に紅茶と麦茶混ぜとくねー。」と状況が分からないふりをする。ということだ。しかし、いつもみたいに誰かしらのツッコミがなかったことに恥ずかしさを覚える。紅茶をいれるためにお湯を沸かす。いつもは手間のかからない冷蔵庫の冷たい麦茶を荒っぽく飲んでいるが、少しでも遅く行きたいなとおもったので紅茶を用意しようと思った。偉いでしょ?と自分と慰めあう。
ケトルに水を入れ、電源を入れる。椅子に座り、机に突っ伏しながらお湯が沸くのを待つ。いつもは家族みんなを見渡せる大好きなカウンターキッチンを、今だけは気まずい空間に変えている。否が応でも両親の表情や声が脳内に入ってきてしまうからだ。
私から数メートル先にある四人掛けのダイニングテーブルは、いつも食事の時に使っている。お父さんとお母さんが隣で、ゆきと私が隣になっている。みんなそれぞれ好きな色のクッションが置いてあるから、なんとなく席は決まっている。でも、お父さんは自分の席で、お母さんは正面の私の席に座っている。ピンク色で、私のお気に入りの可愛いクッション。踏まないように背中に置いてくれている。座ってもいいのに・・・でも、お母さんのそういうところが好きだなぁとかみしめると、徐々に泣きそうになる。
二人は向かい合って話し始める。
「ごめんね。」「何が?」「・・・はぁ。」「こっちがため息をつきたいんだけど。」「そうだね、聞いてくれないもんね、自分が正しいんだもんね。」「・・・浮気した側が何で開き直ってるんだ?」「何よその言い方。」
私は聞こえないふりをする。いい子だから。
「いつからだよ。っていうか、どこの誰だよ!」「あなたには関係ないでしょ。」「関係ない!?じゃあ俺とお前はなんだ!夫婦じゃないのか!?」「その、お前っていうの辞めてくんない?」「話を逸らすなよめんどくさい!」「めんどくさいなら聞かなきゃいいじゃん。」
あぁ、ケトルから湯気がいっぱい出てきたなぁ。
「俺の何が悪かったんだ、毎日毎日仕事をして、稼いでるだろうが!」「私も家事やってるし、仕事だけが偉いと思わないで。」「はっ、自分のペースでやれるのと、上司とか外部の人間がいるわけでもないじゃないか!気の重さが全然違うんだよ!!」「そっちは休みがあるでしょ、こっちは休みなんてないよ。」「何をえらそうに!何にも金になってないじゃん。」「・・・・・・はぁ・・。」「・・・悪い、言い過ぎた、かもしれない。」「そうね、かもしれないね。」
水を入れすぎちゃったかな。ケトルの入れ口から噴き出してきちゃった。
そうだ、紅茶を淹れないと。私は小刻みに震えながらコップを準備する。
「あ!」とバランスを崩して落としそうになると、目を赤くしたゆきが私を支えてくれた。「おねぇちゃん、大丈夫だった?」その問いに頷きながら抱き寄せる。私が分からないふりをしているのと同様、この子も耐えているんだとわかる。姉妹だから。
二人で紅茶の準備をする。
ゆきがティーカップを準備してくれているので、私はアールグレイの茶葉を取り出す。これもこの間家族旅行で買ったやつだったなぁ。みんなで飲み比べをして、満場一致で決まったっけ。華やかで爽やかだねって。取り出したアールグレイの香りを無性に嗅ぎたくなり、鼻に近づける。そして、目を閉じる。いい香りということはわかるのに、あの時の香りとはなにか違う気がする。何故か目頭が熱くなる。思い出の形が崩れていくようで、とにかく震えと悲しみが止まらない。でも、でも泣かない。泣きたくないのは、ゆきがいるから。そして私はおねぇちゃんであるから。だからこの子が頑張っていると自然と強くなれる気がする。私はまだ子供だけど、これが親心っていうやつなのかな?と思ってみたり。「はい、おねぇちゃん。」と、お盆に乗せてくれたティーカップにアールグレイを注いでいく。「うん、みんなで試飲した時と一緒のいい香りだね。」と、嬉しそうにゆきが微笑む。私とは感じ方が違うようで、疑問が生まれる。お父さんはどう思うかな。お母さんはどう感じるだろう。あの時と一緒だと思ってくれたら嬉しいな。そういえば、店員さんが言ってた。「アールグレイには、レモンやオレンジのような爽やかな柑橘系の香りと、上品な甘さ。そして、心を落ち着かせるリラックス効果をあわせ持っています。」って。
少しずつ震えはおさまってきた。淡い期待を抱き、お盆を持ち上げる。一呼吸置き、ゆきの方を向く。「ありがとうね。あっちいこっか。」と声をかけ、ダイニングテーブルへ持っていく。
テーブルに四つのティーカップを置く。両親の言い合いが鮮明に聞こえるようになったと共に、私は窓の外から見える異変に気がつく。
「ねぇ!何あの緑色の光!」
遮るように出した大声に驚いた3人も、その光景を見た。そして、あの嫌な音が端末から鳴り響く。
「さぁ!決めろ!!お前ら家族で生き残る1人を。」
自尊心ぼっろぼろになる気がするから!




