第25話 仮面を外した私・前編
「あーーーもーーーーうーーーー。次から次へと問題が出てくるぅうう。もう無理ーーーーー」
私はベッドに身を投げて愚痴を漏らした。レティシア様を客室に案内して、自室に戻った瞬間、悪女の仮面を外す。
常に凜として、自信に満ちた悪女らしさに慣れてきたとは思う。しかし素に戻ると一気に力が抜けて、何もやる気が起きないダメな令嬢へと逆戻りする。
(無理無理無理ーーーーー。今更心臓がバクバクするんだけれどぉおおおおお)
ヨハンナは苦笑しつつも、話を聞いてくれるので、安心して愚痴を零せる。もっとも三十分以上、愚痴愚痴していると叱られるので五分ほどに留めている。
「それにしてもあのクラウスが、裏カジノの件をお嬢様に話していなかったことに驚きました」
「みんなは知っていたの?」
「いえ。そう言うわけではないのですが……。この手の報告なら、真っ先に面白がって報告するのでは? と思ったのです」
「ああ……そっち(たしかに面白いこと大好きなクラウスが、見逃すとは思えない。いや、この場合、事態がさらに面倒な方向になった頃に、何食わぬ顔で『実は~』と言い出して私の反応を楽しむためなのでは? と以前のクラウスなら思ったけれど、今のクラウスは私との時間を作るために、そんな面倒ごとを持ち込むとは思えない)……うーん、もしかしたらお父様が残して行った課題かもしれないわ」
「ああ。なるほど」
そう考えると、ストンと腑に落ちた。
お父様は普段は溺愛なのに、領地が絡むと途端にスパルタになる。
そしてお父様なら私が領主になった後で、その手腕を確かめるため幾つか火種などを残していそうな気がする──いや、あのお父様なら、絶対やるだろう。
「そうだったとしても、クラウスが黙っているなんて珍しいと思います」
「うーん。それは……そうかも?(以前のクラウスがノリノリで参加した後だから、私に話しづらい。あるいは暗躍していたことを私に知られたくない……とかならあり得そう)」
コンコン、とノックの音がしたので、この話はここで切り上げた。私はベッドでゴロゴロ転がっていたので、身なりを整えてソファに座る。ヨハンナと入れ替わりにクラウスが部屋に入った。
「失礼します、ご当主様。少しよろしいですか?」
「クラウス、ええ」
今は執事モードのようで、呼び方もご当主様にしている。これはおそらく執事長のハンスに指摘されたのだろう。
私たち屋敷の人間だけの時はいいかもしれないが、外部の──今はレティシア様たちが来ているのを考えると、正しい選択だ。
「先ほどの件ですが、前伯爵当主のサイン付き書類と特別な印を持って、裏カジノの一角を買い取ったのが一週間前です。それからあるディーラーを雇い、今のところ全戦全勝。ディーラーの名前はジャック・ド・フルノー、エル・ファベル王国出身のただの人族のようです」
「(フルノー……)――ん??」
やたら声が近くで聞こえるので顔を上げると、すぐ傍にクラウスの顔があった。
吐息がかかりそうなほど近い。
「ひゃう!?」
「報告は終わりましたので、私の愛しい人と普段の距離に戻りました…………ダメでしたか?」
(スイッチのオンオフが早い!)
ダメとは言えず、けれど素直に「うん」とも言いたくなくて、頬にキスをして誤魔化した。クラウスは予想していなかったキスにボフッ、と一瞬で顔が赤くなる。
その純情ぶりが愛らしくて、自分の行動で照れてくれたのが嬉しくなった。
「ふふっ」
「不意打ちとは…………豪胆すぎる」
(新しい単語が出てきたわ)
照れ照れするクラウスは立ったままだったので、両手を繋いで隣に座るように促す。
「……っと、もう一つ情報があります。裏カジノですが、思っていた以上に違法行為を繰り返しており、裏組織のボスであるラファエル様も動くところだったようです」
「え……ラファエルおじさまが?」
ラファエル・グレルマン。
スフェラ領の裏組織の総括であり父の古い友人、そしてレティシア様の親戚に筋に当たる。アトラミュトス獣王国に居られず、彷徨っていたところを父が声をかけたという。
義理人情に厚い人望もある人だが、戦闘となるとド派手にやらかすので、その前に情報を掴めたことは幸いだっただろう。
「そう。……独立宣言をした以上、伯爵当主ではなく領主として闇組織の方々に名前を覚えて貰うには、ちょうどいいかもしれないわね」
「確かに。私の愛しい人を怒らせたらどうなるのか、知らしめるには都合が良い舞台だと思います」
「それじゃあ、レティシア様に今夜向かうことを伝えておいて」
「承知しました」
できるのなら、本当にできるのならこのままベッドにダイブしたい。そして惰眠を貪りたい。でも、事態は刻一刻と変化している。
涙を呑んで、愛しのベッドに別れを告げた。
「…………愛しのは私では?」
「ふふっ、もちろん。クラウスが一番よ」
「二番目も、三番目、百番目まで私が独占したい。独占して良い権利だと思います」
もじもじしつつも、自分の気持ちを話すクラウスはやっぱり可愛く見える。こんなに気持ちを素直に話してくれて、口元が綻んだ。
「私も同じく独占してもいいのなら、考えるわ」
「……約束……愛い……………………。んんん、かしこまりました。……ところで護衛として連れて行く人数は、いかがしますか?」
(あ、なんとか執事モードに戻したわね)
急に凜とする。その切り替えは本当に凄いと感心してしまった。
「んー、そうね。戦争をしにいくわけじゃないのだから、私とクラウス、ロルフ、レティシア様でいいでしょう。ロベルトには先触れとしてラファエルおじさまの所に向かわせて事情を説明。いざという時の援軍に来て貰うようにするわ」
「承知しました。ではそのように」
部屋を立ち去ろうとするクラウスの背中に、私は声をかける。
「クラウス」
「なんでしょう?」
「貴方はこの件について、どこまで知っていたの?」
「…………………………………………それは」
「それは?」
「………………今は、まだ言えません」
へにゃり、と背中を丸めて凹んでいるのが分かる。
間違いなくお父様が絡んでいて、それにクラウスも関わっている──ような反応だ。でも何に凹んでいるのかが分からない。そのままクラウスは一礼すると、部屋を出て行った。
(あああああああああああーもう、絶対に面倒ごとが待っているぅううう!!)
私はベッドに再びダイブした。とりあえず色々準備を整えて、クラウスたちが戻ってくるまで、仮眠という名の自堕落な時間を堪能することにした。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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