第24話 お茶会という名の商談
レティシア様は、ロイヤルミルクティーに砂糖を三杯入れて一気に飲み干した。
豪快だが、その所作は美しい。うっとりとした顔で味わっているところを見るに、相変わらずの甘党のようだ。
「それでレティシア様。二週間よりも早く訪れたのは、火急の用件があるからではないのですか?」
「違う、違う☆エル・ファベル王国が、戦争を吹っかけてくるかもしれないでしょう。スフェラ領であれば守りは万全だから、ぜーんぜん心配していない。けれどイリーナが領主になったことを公言していないのなら、暗殺か事故死に見せかけて都合の良い傀儡を、この地に配置してそいつの意のままになる──なんてなったら私も困るからさ☆」
(なるほど、より有利に交渉をするために来たと)
「そこで☆私のお気に入りの護衛専門の子たちを連れてきたから、貸してあげる☆」
気軽なノリで言っているが、既に交渉が始まっている。忘れていたがレティシア様も、クラウスと同じように退屈を嫌う。だからこそ面白そうなことに目がないし、自分が楽しむこと、自国の利益もしっかり考えた上で動く。
(今回の護衛云々は渦中にいる私の傍にいれば、面白いことが起こると思っている節がある。だから私が提案した交渉日まで待てなかったのと、甘い物を食べたいという欲求に負けたというのが行動理由なのかも……。うーん、レティシア様らしくない。とはいえ……どうしようぅ~~~~)
即答せず、余裕のあるフリをしてもったいぶりながら紅茶を味わう。実際はガクブルでしかない。
(今紅茶の味とか、ぜんぜん分からないけれど……! せっかくヨハンナが美味しいお茶を入れてくれているのに……)
「女王閣下。失礼ですが、我が屋敷の警備に問題があると言うことでしょうか?」
「ん☆」
(あーーー)
話に割り込んだのは、屋敷の警備責任者でもある騎士団長のロルフだった。一瞬にして屋敷の空気が冷ややかになる。
気持ちは分からなくも無い。好意からだったとしても、戦力不足だからと部外者が屋敷の警護に加わるなんて、屈辱の何物でも無いだろう。
(変に部外者の護衛を入れて連携が取れない、裏切り、我が家の秘密を知ってしまった場合などデメリットのほうが大きい。戦力があっても統率の取れない兵は、敵よりも厄介なのは分かっている。しかし率直に断るのも……。しかし、こういう展開もレティシア様らしくないのよね。……可笑しいな、数秒まで温かいお茶だったのに一気に冷たく感じるわ)
答えを渋るため、まだカップに口を付けている。お茶も本当にちょっとずつ飲んでいる。この間に思考をフル回転させた。
「んん~~~~☆私の情報だと、つい最近、屋敷内の警備がたった一人の魔族に破られたと聞いたのだけれど?」
「(ん~さすが、亜人。耳が早い)レティシア様、あれは──」
「あれは私の主人が領主にふさわしいかの緊急避難訓練ですよ」
(ぶふっ!?)
クラウスの発言に、お茶を吹き出しそうになった。危なかった。
あんな惨劇が緊急避難訓練であってたまるかと言いたい。声を大きくして言いたい。
(あんなの私の三大トラウマに、ランクインしている出来事だったのだけれど!?)
「イリーナは知ってた?」
「いいえ。本番さながらの訓練で、王都から戻った私だけは情報が入っていませんでしたの。今回は最終ボーダーラインが陥落した場合、と設定も細かくしていたのです」
「こちらが掴んだ情報とは違うよね。それじゃあ、護衛の件は余計なことだったわね☆」
「お気遣い感謝しますわ。レティシア様が私のことを心配してくださって嬉しいです。護衛の件は現状人手が足りているので、こちらは正式にお断りをさせてください」
「あはっ☆私の早合点だから気にしないで☆」
「しかしレティシア様が二週間ほど早く我が屋敷に訪問したので、レティシア様の護衛に当てる予定に騎士たちは、別任務をさせているので、屋敷に戻すのに時間が借りそうなのです」
ティーカップをソーサーに戻す。少しだけ間を持たせて、言葉を続ける。
「ですので、レティシア様の護衛を一時的にお借りして、レティシア様の護衛に付けていただきたいのです」
「ふふふっ☆最高の返答だわ。もちろん、連絡係として騎士団の一人を付けてくれるのでしょう?」
「ええ、副団長のウィングスを付けますわ」
レティシア様は満足げに耳を揺らし、破顔した。
「素晴らしい提案ね~~☆これで二週間は退屈しないですみそう☆)
「(計算通りって訳ね。それにしても、まだ何か隠しているような?)それと交渉の準備があるので、屋敷からは出ないで下さいね」
「オッケー☆それじゃあ、しばらくの間シクヨロです」
(軽い)
「軽いですね本当に」
(クラウス……醜男って言われたのを根に持ってそう)
「自国では、もうちょっとちゃんとしているはず……」とロベルトは、身内だからかフォローを入れていた。うん、自国ではもっとちゃんとしてくれないと、臣下たちが大変だと思う。
執事長のハンスに、客室を急いで準備するよう指示を出した。別館1がちょうど良いだろう。それとウーテに菓子を人数分出すようにも命じておいた。
今回のスイーツ対決を申し出たのも、単に自国の料理の技術を向上させるための建前なのだから、本当に食えない人だ。この二週間の滞在で、屋敷のスイーツを研究する──いや堪能する気な気がする。
(まあ、気に入って貰えていて味方でいてくれるのは、有り難いけれど)
「私も魔王と同じで物見遊山だろうけれど、エル・ファベル王国は本当に馬鹿ねぇ☆金の卵を自国に引き入れたのに、好待遇せずに冷遇するなんて~~」
「王家は属国になった経緯や、諸々の契約を軽視していますからね。何代にも渡って、我が家との契約を都合の良いように歪曲した結果でしょうか(まあ、途中からは独立するため当主たちがそうなるように仕向けていたけれど)」
「んん〜〜☆おいしぃ。ふわっとしていくらでも食べられる☆」
レティシア様はシフォンケーキをホールごとペロリと食べてしまい、二杯目の紅茶を啜る。
(過剰な糖分摂取……。見ているだけでも、胃がキリキリしてきた)
「ま、アトラミュトス獣王国の支援もあるから、戦争になろうと暗殺者が来ようと、大船に乗ったつもりでいなさい」
「ありがとうございます」
「──で、婿選びはいつからする気?」
「ん?」
その一言で、室内の空気を凍りつかせた。いや爆弾投下に近いだろうか。この手の話題は、もっと落ち着いてから対処する予定だったが――遅かった。
「あの馬鹿王子との婚約は既に白紙に戻っていますし、いずれは議題にすべき案件でしょうね。まあ、私の愛しい人は私のものですので、誰かに渡す気はありませんが」
(クラウス……。間違ってないけれど、うん、色々根回しして、話し合ってからがよかったのに……。ま、まあ……私は……ハッキリ言ってくれてすごく嬉しいけれど)
凜としたクラウスにちょっとキュンとしてしまった。
「腹黒執事。お前がふさわしいか、まだ確定していないぞ」
(なんと!?)
「まさか、まさかのまさかで、ポンコツも立候補する気ですか? 勝算が0.0000123ぐらいなのに?」
「悪いか」
「婿……」
「お嬢様を幸せにできる殿方が前提ですわ! もちろん私たちもちゃんと見極めています!」
(は、始まってしまった……。この手の問題は落ち着いたらしたかったのに……)
いつか考えなければならない問題だが、少なくとも今すぐその手の話をする必要性もないと思い、スルーすることにした。
そもそもその前にすることが山積みなのだ。今はクラウスと恋人同士なので、婚約とか婿とかはもう少し領地が落ち着いたらでいい。
(それに恋人同士としての時間も大事にしたいもの!)
「なになになーに? あの馬鹿王子の婚約破棄後は、誰もイリーナにアタックしてないのね」
「いえ、クラウスとはすでに恋人です」
「まあ! ちょっと、愚弟☆お前も惚れているのならもっとアピールしないと!」
「姉上、お酒を飲んでもいないのに絡んでくるな……。姫さんは恩人なのだから、大事にしたい」
「うるさい! そんな図体でかいのに、どうして内面は可愛い感じなのよ! もー、ヘタレな愚弟め! こうしてやる☆」
「ぎゃ!? 姉上! ちょ、まっ!?」
(あ。姉弟喧嘩が始まった)
あちこち言い合いが勃発して賑やかだ。煩いけれどこのぐらいは日常BGMのようなものなので、大して気にしない。
気にしたら負けだ。
「ああ、そうだわ☆もう一つ、面白い情報を手に入れたのよね~。伯爵──イリーナのお父様の遠縁でモルガナという女主人が当主の許可証があるからって、裏カジノを立ち上げて荒稼ぎしているって話を聞いたのだけれど」
「裏カジノで?」
スフェラ領の中心市街地には、いくつかグレーゾーンの商売を許していた。しかしレティシア様の含んだ言い回し的に、違法行為を行っているのだろう。
モルガナ。
私に暗殺を送り込んだ親戚連中のリストにはなかった。当主の座を狙う連中の大半は、暗殺依頼をしていたので投獄できたが、それ以外は放流していたのを思い出す。
今回の交渉の件が終わり、領主としての仕事に着手してから手を出す予定だったが――そう暢気なことを言っている場合ではなさそうだ。
「これで二週間のうち少しは退屈しないで済むし、悪い芽は早い内に摘んじゃいましょう♪ 伯爵様、ううん、領主殿☆」
そうレティシア様は笑い、八重歯が見えた。しかし先ほどの笑みとは異なり、その瞳には怒りと真剣さが垣間見えた。
「(裏カジノが本命ってことかしら?)レティシア様も、裏カジノに同行したいということですね」
「そうよ☆だって面白そうじゃない! それにいくら途中で勝っていても最後は必ず負けるなんて、イカサマすぎるでしょう」
「イカサマ……」
賭け事を真剣に楽しむレティシア様的には、イカサマで金を巻き上げる行為をよく思っていないのだろう。
「それにうちの者がボロ負けしたってのが――気になるのよね」
「え? 亜人族の方々が?」
「そうなの☆」
「(亜人族は嗅覚、視力、直感力などの身体的能力が高い。相手が嘘をついているのかどうかも心音や血圧などで感知できるし、勘も鋭い。……クラウスのような何でもありじゃない限り、簡単に騙すのは難しい)……わかりました。こちらでも調べたのち、乗り込むとしましょう」
淑女にふさわしい完璧な笑みを浮かべて答える。
(嵐の前の静けさなんて味わう前に、大嵐が来たような気分だわ)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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