第23話 突然の来訪
全てが順調に進んでいるという時ほど、予想外の事件は起こりやすい。
カーテンから漏れる陽射しの熱を感じて、薄らと目を開く。
いつもなら小鳥の囀りが耳に届くのだが、そういったものはない。寝返りを打ちながら近くのクッションがないことに気づき、抱き寄せようとした瞬間、壁のような硬い何かにぶつかる。
(んん……壁?)
こんなにベッドが狭かっただろうか。
寝ぼけていた私は違和感を覚えながらも、重たげな瞼を開くと――。
「おはようございます。……………………私の愛しい人、………………愛い」
「~~~~!?」
新品のような黒の燕尾服を着こなした偉丈夫――クラウスがベッドに横になっていたのだから、驚くのも無理はない。
悲鳴にならない悲鳴を上げる私をクラウスのアメジスト色の双眸は、宝石のように輝かせていた。
「く、クラウス!??」
「…………一応弁明しますと、私の愛しい人が眠っている時にキスをしようと……試みまして……近づいたら……その抱き枕だと勘違いしたようで………………大胆……反則………………愛い」
(なるほど? 寝ぼけて抱きついて話さなかった、と。……九割私のせいね。残り一割は寝室にクラウスが忍び……入ってきたこと。それにしても本当にクラウスに抱きついているわ、私。無意識下で何しているのかしら)
クラウスをよく見れば耳は真っ赤だし、頬も赤く染まって、なんだか色っぽいよりも可愛らしい。
(クラウスって自分からは全然恥ずかしがらないくせに、私発信だとすごく照れて、表情が豊かになる……)
今は大事な話をしているわけではない、そう思いお帰りなさいのハグは既にしているので、キスを頬にする。
「お帰りなさい、クラウス」
「!?」
ぼん、と一瞬で顔が真っ赤になって、フリーズしてしまった。ここ最近のパターン化した反応だ。きっと今までのクラウスは、愛情や恋を受け入れる心の器がなかったのだろう。
でも三年の間に、恋愛小説や他種族の恋バナを聞いて、愛を学びその想いを受け取ろうとして……心が敏感に反応している。そう私は解釈した。
(あるいは私と再契約する時に、私の死後全てを捧げると契約を行ったことで、クラウスの封じていたもの全てが解き放たれた──とか? 今まで感情が動かなかったのは、心まで土地に封じていたとか? ……片鱗はあったけれど、一気に解放されたのは、やっぱり再契約後かも?)
「私の愛しい人は、…………甘くて…………愛い」
「ふふっ、クラウス大好きよ」
「私の愛しい人……」
「………………そしておやすみなさい……」
クラウスをギュッとしたまま、私はダラダラした生活を夢見て、瞼を閉じた。昨日はバタバタしたのだ。数日はもう少しぐうたらしても、許されるだろう。
(来客の予定もないし……)
「…………私の愛しい人は…………可愛い」
「ひゃう……」
ストレートに可愛いと言うのは、反則ではないですか。愛いという言葉より胸がキュンキュンする。言葉ってすごい。
そんな幸福感を味わいながら、私は二度寝をする。
(なんて幸せなのかしら──)
そう思った直後、コンコンと切羽詰まったようなノックの音が聞こえた。
聞こえただけなので、意識を手放してしまおう。
(本日の営業時間は終了ですぅ……)
「お嬢!!」
扉を強引に開けて、ロルフが飛びこんできた。緊急事態っぽいが、私の意識は微睡の中に──。
「──腹黒執事っ!?」
「私の愛しい人の睡眠の邪魔をするな、ポンコツ」
「お嬢の部屋に侵入するなど──万死に値する」
(値しないけど!?)
不穏な空気を察して、私の意識は級浮上する。目を開けた瞬間、ロルフは剣を抜いてクラウスに斬りかかる。
(ひゃあ!?)
ボフッ。
しかし剣はクラウスを貫くことはなく、クッションを真っ二つに切り裂き、羽毛が舞った。
「お気に入りのクッションが……」
「まったく、私の愛しい人のために粉骨砕身しているのだから、ご褒美を貰っていただけだというのに……」
「主人と同衾しようなどと、不遜にもほどがある」
「おや、羨ましかっただけではないのですか? 私の愛しい人の魂も体も心も私のものですし、そもそも恋人ですし!」
「黙れ! だとしても節度を弁えろ!」
クラウスは道化の曲芸のような身軽さで、ロルフの剣戟をさらりと躱す。
(さ……最悪の目覚め……そしてうるさい)
私はベッド傍に置いてあったティーポットを手に取り、自分でお茶をカップに注ぐ。
ほのかにミントの香りがした。
ポットも温かい。
恐らく目覚めの紅茶を用意したのは、家事妖精のミーだろう。普段は家の片付けや修復だが、お茶も淹れられるのだ。
そして使用人たちの強い希望で、モーニングティーは当番制になっている。
「お嬢は嫁入り前なのだぞ」
「それは人間の、王国の決めたルールでしょうに」
ドッタンバッタンして騒がしいけれど、お茶は美味しくてホッコリする。できれば水分補給をしたので、手洗いに行ってからそのままフカフカで温かいベッドに戻りたいところだ。
「ん、美味しい」
「ミルクを入れると、さらに美味しいにゃー。オススメにゃー」
「ミー。美味しいお茶を有り難う」
「にゃー」
ミーはベッドの下から、にょーんと姿を見せる。この子は屋敷の中ならどこでも自由に行き来ができる。愛くるしい姿に頭を撫でたら、ゴロゴロして可愛い。
(そういえばロルフは何しに来たのかしら?)
背後ではまだ戦いは続いていた。壁は破れるし、ナイフが壁に突き刺さって、クッションの羽毛が飛ぶ。それをミーはささっと復元する。
クラウスはロルフの剣を両手の平で合わせるように挟んで受け止めてた。素手で機械人形(狩猟妖精)の剣技を受け止めている時点で、色々可笑しいのだが、深くは考えずミーのお茶を堪能する。
この屋敷が賑やかで騒がしいのは、いつものことだ。まだ爆音が聞こえない限り、平穏――なはず。
そう思っていた私の考えを打ち砕くように、またしてもノックも無しに扉が勢いよく開いた。今度はリーンだ。
(ノックの存在は忘れてないでほしい……)
「お嬢様! 大変です、屋敷に獣王がお目見えになっています!」
「え」
獣王。
アトラミュトス獣王国を収める女王で、今回の交渉にも来るだろうと思っていたのだが、思っていた以上に早い。二週間も待てなかったのか。
身支度を調えて、急いで客間へと向かった。眠気なんて彼方に消えていきましたとも!
***
「遅くなって申し訳ありません、レティシア女王陛下」
「堅苦しいのはいいって、イリーナ。お久しぶり☆元気だったぁ?」
「はい」
ケモ耳を生やした狼人であり、アトラミュトス獣王国の女王。豊満な胸に腰のラインも引き締まっており、真っ白なフリル満載のドレスを纏う彼女は、「お忍び」と言う言葉をまったくもって理解していなかった。
いや、スフェラ領に入るまでは、身分を隠していたと思う。たぶん。
アトラミュトス獣王国の挨拶は、抱擁から始まる。これは『あなたを信頼している』という意味があるらしい。
「ええっと、レティシア様。交渉日は二週間後と思うのですが……」
「ああああん、もう! イリーナ、イリーナ。相変わらずかわいいわねぇ。もうお肌もツルツルで、ちっちゃくて可愛い。可愛い。もう、お持ち帰りしたいわ~~~☆」
(ぎゃあああああ)
私の言葉を遮って、百九十センチの巨体は私を抱き上げた後、その豊満な胸にぎゅうぎゅうにされる。圧死するんじゃないかな、これ。
「女王。お戯れは、その辺にしていただけないでしょうか」
「ふん、醜男が私に意見を言うとは。不愉快だな」
眉目秀麗のクラウスに対して醜男なんて言うのは、レティシア様ぐらいだ。
彼女は可愛いものが大好きで、愛でる趣向がある。そのため彼女の傍に侍る騎士たちは皆少年だ。しかも可愛い。
この女王様は可愛いもの、美味しいものが大好きな変わり者なのだが、生まれが私と近いこともあり、外交で何度かあったことがある。
幼い頃から自分の外見にコンプレックスのある彼女は現在、女王としては文句ない働きをしているのだが、色々拗らせていた。
「姉上……相変わらずだな」とロベルトがひょっこりと顔を出す。
ロベルトは、王位継承権を放棄してスフェラ領に逃亡した――実は第一王子だったりする。がたいがよく、この姉弟が並ぶと壁にしか思えない。庭仕事をしていた彼を呼びつけたのは私だ。
「ん、ああ。ロベルトか。お前は本当に私と同じで、可愛げのない体格だな」
「ほっとけ」
久々の姉弟の再会を果たした後、漸くお茶を出して話し合いになった。もっとも、この時はまだ、女王が急に訪問した──事態の深刻さに気づいていなかった。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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