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第12話 執事クラウスの視点1

 ずっと退屈だった。

 何もかも簡単に手に入って、全ては想定内。

 賭けをしても負けたことなど、ただの一度も無かった。

 そんな我の前に現れたのは、聖女と呼ばれる矮小な人間の娘で、何の前口上もなく賭を申し出た。


 最初は暇つぶし程度に考えていたはずなのに、気付けば本気になって――()()()()()()()()()。力が強かったとかではなく、人間特有の強かさが勝敗を分けたのだ。


「私と一緒に、この領土で三国相手に独立宣言しませんか?」


 娘は、三国が血眼になって欲していた領土を指さして告げた。その土地は三国の間にあり、遙か昔神々が他種族と交流できるように作られた神聖な場所で、唯一の通行手段でもある。


 三国は隣接しているものの国境付近は、《樹海》と呼ばれる魔力磁場が狂った空間が広がっており、誤ってそこに入り込んでしまうと抜け出すことができない。

 それはどの種族でも例外はない。

 それゆえ、三国が繋がる唯一の領土を巡って領土争いが勃発した。

 魔族の圧倒的な戦力に対して、亜人族はずば抜けた勘と俊敏さを発揮し、人間は策略を駆使して拮抗状態を作りだした。


 脆弱な人の持つ策略という武器に興味を覚え、聖女の口車に乗った。

 退屈が一変した。

 その領土を俺と聖女のものにするため様々な制約と楔を打つことで、強引に独立国を作り上げた。制約を逆手にとって問題をひっくり返す聖女の発想と行動力に、毎日が驚きの連続だった。


 人族は例えるのなら『線香花火のように人を惹きつける輝き』を放ち、一生という時間を短距離走のように駆け抜けていく。

 老いた聖女は、枯れ木のような腕と皺が刻まれていても出会った頃と変わらない紅の瞳で、我を見つめて笑った。


『いつか貴方を信用して全部を捧げる子が現れるわ、絶対。()()()()()()


 いつか全てを捧げて、私と同じ立ち位置で、この世界をとことん楽しむ快楽主義者(大馬鹿者)が現れると。

 現れたのは聖女とは似ても似つかない泣き虫で、有能なのに、自分は無能で何もできないと自己評価が低い少女だった。

 そつなくこなす有能な父親と、自分のせいで亡くなった母親。悪意の塊の親戚たち。どうにでもできたのに、当主はお嬢様自身が乗り越えるように、あらゆる試練を用意していた。

 

 王族の一時的な婚約というなの盾も、計画の一つ。いずれ婚約破棄を王家が言い出して、お嬢様が傷つくまでも読んでいた。

 自分の死を対価としても、お嬢様がスフェラ領地の領主となることを望まれていた。人族の考えることはよく分からない。


 お嬢様。私のことを好きだと言って、後ろを着いて歩いてきた。次の後継者になる人間。それだけだったのに、何が変わったのだろう。

 気づけば目で追っていた。

 気づけばさりげなくフォローをして、時に|難易度の高い試練を与えた《遊んであげた》。

 いつの間にか成長して、現当主を超える才覚を現し始めて──。万華鏡のようにキラキラした瞳を私に向けてくる。

 今までも同じような眼差しを向ける者はいたし、興味など欠片も無かった。


 でも──。

 お嬢様が私を好いていると言って、目の前から消えた日。

 心にポッカリと穴が開いた。何をしても穴は塞がらない。

 満たさせれていたのに。

 今は、なんだか落ち着かない。


 視界の端にお嬢様が、イリーナがいない。

 イリーナの笑顔を見ていない。

 たったそれだけの事実に気づくまで三時間掛かった。

 どうしていないのか。

 王都に出向いたのなら、会いに行けばいい。

 そう単純な話しだと思って、遠目でお嬢様を見つけたのに、お嬢様は私に気づいてくれなかった。



 侍女長のヨハンナと一緒にいて、私のことなど忘れてしまったかのように、笑顔で暮らしていた。

 どうして?

 いやそもそも、どうして気になるのか。

 分からない。

 いつも私を見て、熱の籠もった眼差しが心地よかった。朝の挨拶も、言葉を交わす時間も、課題に嘆く姿も、次期当主として発揮される有能さも私が一番近くで見ていた。

 にこやかに微笑む。それが毎日見られない。

 苦しい。

 なぜ?


 お嬢様が、イリーナがいない。

 たったそれだけなのに体が、心が、変な音を立てる。自分で心臓を取り出してみたけれど、何ら変わらない。なら何が変わったのか。

 分からない。


「おい、ポンコツ……」

「なんだ、陰湿執事」

「…………お嬢様が頭から離れない。それなのにお傍にいないと落ち着かなくて、胸がなんだか可笑しいんだ。一度心臓を取り出しても異常はなかった」

「取り出したのか……」

「瞼を閉じても、お嬢様の笑顔が目に焼き付いて離れない。傍に居ないとそわそわしてしまう……これは、いったいどのような症状なのか分かるか?」

 

 だから業腹だけれど、同僚に聞くことにした。

 その結果。

 恋というものを知った。


 そして恋愛小説を読むことで、この感情が恋であり、愛だと理解して……理解はしたけれど、感情がよく分からずに暴走してしまう。

 魔族は基本的にいくつもの結界を張り巡らせて、核となる魂を守っている。だがイリーナの──私の愛しい人(マイハニー)の声を思い浮かべるだけで、魂が敏感に反応する。


「好き」とたったそれだけの言葉だけで、魂がかつてないほど満たされ、弾むような、溢れるような感覚に陥る。肌に触れても今までは何も感じなかったのに、私の愛しい人(マイハニー)に触れられただけで、魂に直接触れられ、ぐっと体が熱くなる。

 そんな感覚を魔族は知らない。

 基本的に他種族の感情を糧にしている。それなのにこの恋という感覚は、言葉や接触で数百年以上の感情の塊(エネルギー)を得るに等しい。明らかな許容限界(キャパオーバー)。それ故に思考回路が停止してしまう。


(人族は毎回あのような膨大な感情(エネルギー)を、特定の相手に与えているというのですか。なんという……これは人族の評価を考え直す必要がありそうですね)


 それから恋愛小説を読みまくり、もし自分が私の愛しい人(マイハニー)に言われたら嬉しいだろうという言葉を想像し、いつかしてみたいシチュエーションも手帳に書き留めて、「頭撫で」や「後ろからのハグ」や「行ってきますのキス」など、「壁ドン」や「膝の上に抱っこ」、「膝枕」など妄想を膨らませ、再会を楽しみにしていたし、脳内で思い返すだけで心が満たされて、体が熱くなった。


私の愛しい人(マイハニー)。……三年もかかりましたが、愛や恋が少しは分かった……はず。当主の許可も得ましたし、ようやく迎えに行ける)


 そんな折、当主の死。

 織り込み済みだったのか、事故だったのか、暗殺だったのか微妙な死に方だった。舞台は最初から用意されていたかのように整えられていて「あの方らしい」と屋敷の者全員が思ったと思う。


 みな当主に対しては好いていたが、それ以上に私の愛しい人(マイハニー)をより溺愛していた。 

 特に妖精や精霊の類いの者は、惹かれやすいのだろう。だからこそ当主の死によって全員の認識が私の愛しい人(マイハニー)の安全こそ最優先となった。


 誰が迎えに行くか。屋敷内で大騒ぎになったほどだ。

 結局、執事であることと、スフェラ領地から出られるほどの実力者ということで、私に決まった。


(再会したら、好きだという気持ちをお伝えしよう。……大丈夫、大丈夫、大丈夫。愛いと何度も練習したのだから)


 結果は惨敗。仕事モードを保てないほど、私の愛しい人(マイハニー)の一足一挙に目を奪われ、言葉が上手く出てこない。

 魂がバクバク、ゴロゴロ、グルグルとよく分からない音を出すし、言葉が上手く出てこない。形容しがたい感情に体が熱くなって、上手く処理もできない。


私の愛しい人(マイハニー)が愛いすぎる……愛い……)



 ***



 私の制約を解き放し、再契約を結んだ私の愛しい人(マイハニー)は聖女とは異なる。異なるけれど――私の心を大いに揺さぶり、満たす唯一無二の存在。

 彼女は、私の愛しい人(マイハニー)はいつだって予想以上の言葉を返す。

 名前を呼ばれるたびに、自然と口元が緩んで「もっと」と望んでしまう。


 私の愛しい人(マイハニー)の言葉も、接触も何もかもが愛おしくて、魂が歓喜の悲鳴を上げて続けている。それと同時に、他のモノたちの接触に腹立たしく、苛立つことも増えた。


私の愛しい人(マイハニー)なのに、私の愛しい人(マイハニー)に全部をくださると約束してくれたのに……なんて酷い裏切り。ああ、でも私は他と違う。私だけがずっと好きだったのだから、特別)


 私の愛しい人(マイハニー)の特別。私だけ。

 それがこんなに甘美で、胸が温かくなるとは思ってもいなかった。


 エル・ファベル王国へ独立宣言したことを伝えた時、泣いて我に縋ると思っていたのに――。

 困難に立ち向かうその双眸は聖女と被る。いや彼女よりも、眩く、愛おしい。


(愛い……ああ、少し前までは、独立宣言であの領地での戦争ゲームも楽しいと思っていたのに、今は私の愛しい人(マイハニー)とのデート、恋人らしいお茶会や、一緒にいる時間のほうが楽しくてしょうがない。面倒なことはさっさと終わらせて、私の愛しい人(マイハニー)に沢山ほめて貰いましょう……)


 そう思いながら手帳を開き、やりたいことリストを眺めてほくそ笑んだ。


(次は「はい、あーん」と「膝の上抱っこ」……いやその前に「お帰りなさいのキスとハグ」でしょうか。それとも「キスの嵐」……うむ、どちらも捨てがたい)



 ***



 瘴気と灰色の空に包まれた魔界、ティリオ魔王国。

 白銀の建造物が建ち並び、紫の棘に包まれた故郷は人族や亜人族に比べて生活水準が高い。それは魔石という特殊な原石がごろごろと転がっているからで、この建造物などの設計は全て人族が考え建築依頼を頼んだとか。


 魔族は基本的に温和でずぼらが多い癖に芸術に煩い――クソ面倒なインテリ気質で、芸術品を造り出す人族に対して好意的だったりする。


(ここに来るのは何百年ぶりだ?)


 数百年ぶりに帰還した魔王城は前衛的と言うべきか、螺旋を描いた形で屋根はガラス細工に似た青色と目立っていた。城の中は高級ホテルのような大理石の石畳に豪華なシャンデリアが吊され、玉座の間の両壁には巨大な水槽がはめ込まれており、全体に青が美しく映えるような造りになっている。


 魔王としてこの国を統治している兄は数百年前と変わらず、長い黒髪に黒紫色の瞳、六つの角にコウモリの羽根を生やし、軍服めいた衣服を纏ってその場に君臨していた。

 ここを出て行ったときと、何も変わらない。


「愚弟か。我の贈った刺客は役に立ったか?」

「ええ……。当主が死ぬ度に緊張がある刺客を送って下さったおかげで、中々に楽しませていただきました。ただ今回は今までと違って、少々やり過ぎだと感じましたが」

「そりゃあお前が消えかけていたのだから、しょうがないだろう。昔から何を考えているのかさっぱり分からない奴だったが、あの娘が当主を継がなければ、お前は間違いなく消えていただろう」

「でしょうね。それだけ緊迫してなければ、私の愛しい人(マイハニー)は当主にならなかった」


 肘掛けに右手を乗せて、魔王は私を見下ろす。

 何もかもお見通しと言わんばかりの視線に、溜息が漏れる。


「はぁ」

「ああ見えて、私の愛しい人(マイハニー)は思い切りがよいのですよ。普段はまったくやる気がないと言いながら、歴代の当主の中で最高傑作の逸材なのです。相手を騙すのなら90パーセントの中に1パーセントの嘘を混ぜる。その方が騙されやすい」

「相変わらずまどろっこしい奴だ。そんなに惚れ込んでいたのなら、さっさと手篭めにしてしまえばいいというのに」


 惚れている。

 面白い冗談だ。

 そんな陳腐な感情などと一緒にされたくない。


「……私の愛しい人(マイハニー)は私に惚れていて、……私も好きですから、これは実質、どこからどう見ても両思い。手篭めなどのような無粋なものではなく……愛い……私に全部くださるといったのです……愛で、溢れた気持ち……愛い……。今回も送り出す時にキスをして……大胆でした」

「!???」

楽しんでいただけたのなら幸いです。

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