第13話 執事クラウスの視点2
「……………………………………お前、本当にエミールか?」
「そうですけれど? ……はあ、私の愛しい人の元に早く帰りたいので、さっさと話を終わらせましょう」
「…………………本当に、エミールか?」
かつてないほど表情の変化が乏しかった兄が、目を丸くしていた。そんな感情が兄にあったことのほうが驚きだ。
今ながらに王であり、完璧だった存在。
私と違って他種族から得る芸術品からの感情に満足していた。何も感じず、兄の駒として生きてきた傀儡とは違う。
「エミールは死にましたよ。私はスフェラ領地の私の愛しい人の恋人兼執事のクラウスです」
「…………なるほど。では執事、エル・ファベル王国から独立宣言しようとも我が国とは今まで通り友好関係を結び、通行料や待遇が変わらなければ文句は言わん」
「それは、それは! 手間が掛からなくてたすかります。これで私の愛しい人との時間が確保できて、デートなど色々楽しむことができそうです」
予想はしていたが、現状維持。
地上で兄よりも強い存在はなく本気になれば、容易く世界地図を書き換えられるというのに「興味が無い」で済ませるのだ。私の愛しい人としても、戦争などで時間を浪費されるよりもずっと建設的だ。
「我らは現状に満足しているし、欲張れば国土の維持が出来ず破滅に繋がると言うことを知っている」
「ではここにサインをお願いします。それをいただいたら、すぐにでもお暇しますので!」
ティリオ魔王国の土産など私の愛しい人は喜ぶだろうか。恋愛小説には、他国や他の領地に行ったときに『お土産』というものを贈ると、好感度が上がると言っていた。
贈ったら私の愛しい人が喜ぶ。
その笑顔が見てみたい。喜ぶだけではなく、ハグやキスをしてくれるかもしれないと考えたら、「くくくっ」と笑みが漏れた。
さらさらと、兄は予め用意しておいた書面に目を通してサインをした。これで帰れる──そう、踵を返した時だった。
「ちょっと待て。本当にもう帰るのか? 数百年ぶりだというのに、父や母に挨拶などは」
「しません。そちらも興味などないでしょう。私は一刻も早く私の愛しい人に会いたいのです」
「そこまで心酔しているとは……。よし、それでは次期当主がどのような人物か、我が直々に見定めてやろう」
「は?」
出不精で王城に引きこもりの兄が、わざわざスフェラ領に出向くという言葉に理解が追いつかなかった。
魔王は悪戯を思いついた顔で、不敵に笑う。
「それに家臣たちもいい加減嫁を迎えろと煩くて困っている。ついでにスフェラ領で花嫁でも見繕うのも悪くないだろう」
「私の愛しい人はあげませんよ? すでに私のものです」
「…………お前からそんな言葉が出てくるとは、ますます気になるな。新たな当主とやら」
気まぐれなどいつものことだ。挨拶だけならまあ、問題ないだろう。私の愛しい人に変なちょっかいを出さないのなら、どうでもいい。
「わかりました。合同お見合いのセッティングをスフェラ領で設ければ、よいのでしょうか」
「そういうことだ」
我が兄ながら突拍子もないことを言い出す。それにしても、家臣に言われたからといって花嫁を持とうと思うだろうか。
兄──為政者の考えは、昔からよく分からない。
そもそも魔族は恋人や婚約者を持つ者のほうが圧倒的に少ない。出会った時に一目惚れや、運命の伴侶と直感で選ぶからだ。私にはそれもなかった。
だからこそ異端扱いもされたものだ。今となっては私の愛しい人がいるので過去なんてどうでもいい。
(合同お見合いの模擬練習として、私の愛しい人と一緒に視察デートや、疑似お見合いなども面白そうですね。ああ、早く帰ってご褒美もたくさん頂かないと!)
***
夜明け前に屋敷に戻ってみると私の愛しい人が、寝室で無謀に眠っていた。
「…………………………愛い……………………私の愛しい人って、眠っていても愛らしい……! 眠っているとあどけない上に、無防備過ぎる…………愛い……………………」
「ん~~~~」
寝返りを打つ仕草も可愛くて堪らない。しかしこれでは「お帰りなさいのハグとキス」は難しい。かといって、まだ起床まで時間がある。
ティリオ魔王国での話は、そう急ぎではない。他の報告も緊急性は低かった。
(それなら私の愛しい人の寝顔を堪能するというのも、有りでしょうか。こ、恋人なのでそのぐらいは良いでしょう。すでに王家との婚約契約は破棄しましたし……!)
そう思ってベッド端に腰を下ろしたのがまずかった。少しでも私の愛しい人の傍に居たいと思った結果、寝ぼけた私の愛しい人が私の腰に引っ付いたのだ。
「むにゃ〜〜」
「繝槭■□◇繝上□◇繝シ??シ繧%#■■※螟ァ閭!?」
思わず言語が乱れてしまった。魂を包み込むような温もりと柔らかさ。甘い香りに、私の愛しい人の吐息など様々な情報が、雪崩のように入ってくる。
演算能力を使っても処理しきれない。
「…………………………愛い、愛いすぎるっ」
それから数時間の記憶はない。心地よくて、愛おしくて、温かい。その後、私の愛しい人の寝室に忍び込んだのは家事妖精のミーとニー、門番のチャムとレオだ。
私の愛しい人と同衾するためなら、と猫や子犬、小鳥に擬態して紛れ込む連中も多かった。最終的にキングサイズのベッドの端や傍に小動物が大集合する形になる。ちなみに私は私の愛しい人に抱きつかれたまま思考停止していた。
(至福……愛い…………)
***
翌日、早朝。
ヨハンナに叩き起こされたのは、誤算だった。どうせなら私の愛しい人が良かったのに。結果的に私の愛しい人にモーニングティーを出せたので嬉しい。
「………………私の愛しい人、今日は……ハニーミルクティーです……愛い」
「ありがとう。……ってクラウス、もう帰ってきたの?」
寝ぼけた顔も可愛らしい。寝癖姿も悪くない。 私の愛しい人は重たげな体を起こして、ベッドの上で目覚めの紅茶を口にする。
「ええ。私の愛しい人に会いたくて、会いたくて、急いで帰ってきたのですよ。……ご褒美がほしくて………愛い」
「……ん、お帰りなさい」
ふにゃ、と笑った言葉に意識が飛ぶ。
「………………愛い」
前払いのキスよりも、魂にすさまじい感情が飛び込んでくる。心臓がうるさい音を立てるし、感情が上手く制御できずに、体温が急激に上昇して──止まらない。
「ロルフが言っていた通り、重傷ね」
「ふふっ。でもこんな風に、感情を表に出してくれるクラウスが見られて嬉しいわ」
「お嬢──ご当主様。本当にこの執事が好きなのですね」
「……うん。大好き」
ずるい。
私のほうが私の愛しい人を好いているのに、どうしてヨハンナと楽しくおしゃべりをしているのか。私の話だったとしても、その笑顔は私に向けてくれないと、胸がざわざわして、苦しくなる。
しかし体が硬直して、言葉が出てこない。
「……ずるい。でも……愛い」
単語ぐらいしか上手く言葉が紡げない。それでも私の愛しい人の視界に入りたくて、体を傾ける。
「クラウス?」
その華やいだ声も、その瞳も、笑顔も、独り占めしたい。
「はいはい、甘い雰囲気は後にて報告したらどうなの?」
(ヨハンナめ……だが。仕事モードなら……普通に話せる)
自分でも理屈はよくわからないが、不思議と切り替えがオンオフで可能だった。
「――と言うことで、…………愛い」
切り替えたつもりでも、私の愛しい人を目の前にすると、気持ちが高まって上手くコントロールができない。
私の愛しい人が可愛らしくて、愛くるしさがいけないのだ。
「関税や待遇は現状維持で問題なく、こちらは書面にサインを頂いております。それと魔王様に相応しい見合い相手の斡旋と、合同お見合いの場を設けてほしいとのことでした………………愛い」
「ぶっ」
優雅に紅茶を飲んでいた彼女は、思わず噴き出しそうになっていた。相変わらず面白い反応をしてくれる。
言葉一つで赤くなったり青くなったり、かと思えばコチラの想定とは異なる言動で、驚かせるのだ。一瞬でも目が離せない。
私の愛しい人の表情ならどんな顔でも網膜に焼き付けたい。
「……まあ、戦争になるよりはマシだけれど『魔王様にふさわしい花嫁候補』と見合い場所を用意しないとダメってことね」
「はい。そこで私たちも…………見合いに必要な場所の……リサーチのため……デート……したい……デートすべき…………デート……愛い」
「まあ! クラウスは私とデートしてくれるの?」
「……ええ、こ、恋人なのでしょう。……デートは……必須です」
「ええ!」
大輪が咲いたような笑顔に、ドクンと心臓が跳ね上がる。
面倒ごとは私に命じてくだされば、サクッと終わらせられるだろう。そうすれば私の愛しい人との時間は確保できる。
大輪が咲いたような笑顔に、ドクンと心臓が跳ね上がる。
面倒ごとは私に命じてくだされば、サクッと終わらせられるだろう。そうすれば私の愛しい人との時間は確保できる。
以前は私の愛しい人に「助けてほしい」と言わせたいと思っていた。
無理難題をなんとか奮闘する姿も、挫折する表情も、泣いて縋る顔もどれも好ましい──と思っていた時期もあった。けれど今はふにゃと笑う姿や、ぱああと笑う姿がすごく可愛らしい。そっちのほうが見たい。
「すごいわ、クラウス。最悪戦争になることを考えていたもの。……故郷はどうだった? やっぱりクラウスを窓口にしたのは軽率だったわよね……何か言われた?」
ぱああ、と目を輝かせる私の愛しい人はとても可愛らしくて、心臓がさらに煩くさせる。これはなんなのだろう。
苦しいけれど、むずむずするくすぐったさと心地よさ。心配してくれると、今度はホワホワと胸が温かくなる。でも悲しい顔は自分の胸が痛くなった。
「……もちろんです……愛い。……心配して……いるのなら、たくさん触れて無傷か……確認してみますか?」
「まあ。戦闘になったの!?」
「◇繝上□◇!?」
頬から胸、腹部、足など軽く触れている感覚が全て直接的に魂に伝わってくる。この処理に、演算能力は役に立たなかった。
「………………大胆」
「うん、怪我はないわね」
「ご当主様、魔族で魔王の次に強いのは王弟であるこの方なので、早々怪我などしませんし、他種族や半端者では危険が跳ね上がりますので、彼を魔界に向かわせたご当主様の判断は間違っておりませんわ」
「ありがとう、ヨハンナ」
「いえ、差し出がましいことを申しました」
「そんなことないわ」
また私を見ていない。私の愛しい人の肩に身を委ねてみた。これはあの門番のチャムとレオたちから教わった「甘えたい時は擦り寄る」というものだ。
(……自分から触れるのは多少意識しますが、そこまで魂が揺らがない??)
「クラウス?」
(ああ、でもこうやって名前を呼ばれて、頭を撫でられるのは…………すごくいい…………薦めるだけはある……)
「会場はスフェラ領中心部の一流ホテルに依頼して……見合いの求人も出さないと……。クラウス、魔王様の好みのタイプはわかるかしら?」
私の愛しい人は、今までなら「ムリムリムリムリ、もうやだぁ」とボロボロと泣いていたのに、サラッと指示を出す。頼られるのも良いが、凛とした姿も素敵だ。
「……会場の候補リストを後で提出します。兄の好みは……芸術肌でしょうか? この辺りも書面にします」
「うん、お願い」
「………………愛い…………デートの……日付も…………算出します………………愛い」
「デート! そうね。親族問題をちゃちゃっと終わらせたら、行きましょうね」
「………………浮気はしないで……くださいね」
「しないわよ!」
「いえ、ご当主様この場合は、また厄介そうな人種を拾ってくるな的な意味かと……」
「まあ。そんな毎回出かけるたびに拾ってきて……ないわ。たぶん!」
頬を膨らませて、ぷいっと怒っている姿も可愛い。何をしても可愛いのではないだろうか。
次期伯爵当主としての自覚が芽生えたのか、以前よりも気構えが違う。目を離した隙に、人族は驚くほどの成長を遂げる。
時には壊れる当主もいたが、私の愛しい人なら大丈夫だろう。私が付いているのだから。
「あ、お嬢。アトラミュトス獣王国から早馬で書簡が届いたってさ」
「ロ、ロルフ! あ、うん」
一瞬で当主の仮面が剥がれ落ちて、いじらしく頬を染めて、自動人形に視線を向ける。
(…………は?)
「お嬢?」
「ううん、なんでもない。ありがとう」
なぜ顔を赤くしたのだろう。驚いた?
その相手が、あのポンコツなのが腹立たしい。
「それと叔母君の馬車が、こちらに向かっているという知らせが来ている。迎撃はせず、客人待遇でとりあえずいいんだな」
「ええ。叔母様的には私たちの暗殺が成功しているかどうか見に来るだろうから、しっかりとおもてなしをしようと思うの」
「承知した。ではまた後で。《《イリーナ》》」
「!」
ポンコツがお嬢様の名前を呼んだ瞬間、耳まで真っ赤になる姿に、困惑と形容しがたい感情が胸の内に宿った。
(……………………あのポンコツ、闇に葬っても…………私の愛しい人が怒るな…………浮気よりも進行している場合は、何という名称になるのでしょう。ハグやギュッと抱きしめていないのに、あのポンコツに関して浮気の単語がピッタリな気がします……ふむ、リーン殿に手頃な小説がないか相談しますか)
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